85話:進みつつある野望
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この国を作ったといわれる伝説の英雄、「魔を飼う者メルセス」の血を引く父、そして歴史研究家の母、その間に生まれたのが僕だった。
「メルツェル、お前の名前はな、偉大なご先祖様の名前を頂いたんだ」
「貴方が立派な人になって、幸せに生きていけるようにって、お父さんと考えてそう付けたのよ」
僕の両親は、優しくて、強い魔物使いだった。
この国の歴史、特にご先祖様の事を研究していた2人は、僕が物心ついた頃から家を空けがちで、外の世界にいる時間の方が長かった。
時々寂しい思いもしたけれど、家族一緒に居られる時は最大限の愛情を注いでもらったと、今でもその温かい記憶を鮮明に思い出すことができる。
けれど、そんな日々は突如として、永遠に失われてしまうことになる。
僕が7歳になった頃だ。
父さんと母さんは、外の世界で野生の魔物に殺された。
ご先祖様の生前の足取りを調べていた最中に、とてつもなく強い野生の魔物と遭遇してしまったと、両親に同行していた冒険者ギルドの人達に聞いた。
2人は他のみんなを逃すために、相棒と一緒に立ち向かって、帰ってこなかった。
僕は最初、父さんと母さんが死ぬはずがない、2人はまだ生きてると、きっと帰ってくるとそう信じていた。
だけど、それから一週間が経って――2人が従えていた魔物だけが瀕死の状態で帰ってきて、父さんと母さんの千切れた腕を持ち帰って、僕は2人の死を認めるしか無くなった。
両親は死んで、2人が従えていた魔物も直ぐに力尽きて、僕は一人ぼっちになってしまった。
寂しかった、悲しかった。
でもそれ以上に、言葉では出しきれないほどに――――憎かった。
2人の命を奪った野生の魔物、その全てが、嫌いで、憎くて、たまらなくなった。
復讐してやりたい、外の世界にいる全ての魔物に。
だけどそんな事はできっこないと、野生の魔物を絶滅させることなんて無理だと、僕の頭は理解していた。
だから、僕は父さんと母さんの跡を継ぐ事にした。
父さんから授かった魔物使いとしての力と、母さんから授かった探求者の能力を生かす事にした。
建国の英雄、魔を飼う者メルセス、その謎に満ちた生涯を明らかにして見せる。
それが2人への手向けになるんだと自分に言い聞かせて、心の根底に昏い想いを仕舞い込んで。
そうして十数年と時が経ち、僕は冒険者になって――ついにメルセスがその生涯を閉じた場所と謳われる「禁域の森」へと到達した。
禁域の森は、異様な場所だった。
共存などありない異種の魔物同士が、まるで同じ生き物の様に暮らし合っている。
更に驚くべき事に、ここの魔物達は人間を襲うことが無かった。
まるで人間を迎え入れるかの様なその森を僕は突き進み――森の最奥で、二つのメルセスの秘宝を手に入れる。
一つはパールセノンの星、身につけた者に植物魔法を自在に操る力を与える秘宝。
もう一つはパールセノン、あらゆる魔物が食す事ができる万能食にして――食した魔物は人間に対して隷属する様になる究極の餌。
僕はこのパールセノンこそが、魔を飼う者メルセスの真実であると気付いた。
あらゆる魔物を飼い慣らした英雄は、このパールセノンを使って魔物を餌付けしていたのだと。
――そしてその真実は、僕の心に閉まっていた昏い想いを呼び起こす事になる。
復讐するのだ、外の世界にいる全ての魔物に。
パールセノンの力で野生の魔物を1匹残らず服従させ、この世界全ての魔物を魔物使いの国で管理される存在へと貶める。
パールセノンはモンスターフードへと加工され、今や魔物使いの国に広まっている。
この国で飼われる魔物の種類も、モンスターフードのお陰で常に増えつつある。
僕の野望は、着実に進んでいる。
そのはず、だったのに――――
「メルツェル先生、今日はお話があって来ました」
メルツェルのギルド「パルセノビースト」の本拠地の一つ、パールセノンの植物園に来ていた。
星形の葉っぱをつけた植物が青々と生い茂るその中に、メルツェルはいた。
レナータちゃんは、神妙な面持ちで彼に話しかける。
「? レナータさん、どうしたんだい――って、なんだかすごい大所帯だね? というか、学園長先生やリアーネさんまで……」
植物の世話をしていたらしいメルツェルは、こちらを振り返るなり驚いていた。
そう、この場に来ているのはレナータちゃんとティコだけではない。
シャーロットとココ、エリーちゃんとジンクス、学園長とグリフォン、極め付けはリアーネさんにシャッピーまで一緒に来てもらったのだ。
この面子で来た理由はごく単純、相棒の魔物がモンスターフードの影響下にない上で、万が一の事態が発生した際メルツェルを取り押さえられるからである。
「よう、メルツェル。よくもやってくれたじゃねぇか。オレの娘の魔物を殺しやがったとはなぁ……?」
「フナァーォ……!!!」
「リアーネさん。何を言ってるんですか?」
モンスターフードに仕込まれていた呪いのせいで、レナータちゃんの相棒達はすでに死んでしまっている。
その事実に怒り心頭といった様子で、リアーネさんとシャッピーが殺意も含んだ怒気をメルツェルへ飛ばした。
……が、当のメルツェルは何のことか分からないと困惑している。
演技にしては、あまりにも自然な反応であった。
「お話というのは、モンスターフードの事です。ここで作られているモンスターフードには、食べた魔物の身体に呪いを刻み込むよう仕込まれていました。私のベルとトムが死んだのも、シャーロットちゃんのココが死にかけたのも、その呪いが原因でした」
「呪い……?」
「はい。ある魔法使いの人に調べて貰って、裏付けは取れています。……メルツェル先生、いますぐモンスターフードの製造を止めてください」
「なっ、モンスターフードの製造を、止めろだって!?」
モンスターフードに付着していた微生物が、原料である植物パールセノン由来の物であることも確認済みである。
その動かぬ事実がある限り、この事件の犯人はそれを魔物使いの国へ持ち込んだメルツェルなのだ。
「もうこの国にいる沢山の魔物達に呪いがかかってるんです。メルツェル先生、お願いです、もう止めてください……! どうして先生が、魔物達に呪いなんてかけるんですか……!」
とうとう感情があふれてしまったのか、レナータちゃんは涙ながらに訴える。
家族同然でもあった相棒達の命を奪った犯人が、敬愛している師だったという事実。
それを一番信じたくないのは間違いなく彼女自身だろう。
「そうだぞメルツェルさん! どうしてなんだー!」
「チュゥー!」
「モンスターフードを食べたせいで、ココは死にかけたのよ! それも、洗脳の魔法でアンタが死なせようとしてた! 私達に一体何の怨みがあったわけ!?」
「キュルルゥッ!」
エリーちゃんとシャーロットも、メルツェルを強く批判する。
……そう、ただ一点、分からない所がそこだ。
なぜ、英雄と謳われる彼がこんなことを起こしたのか。
どうしてもその動機だけが俺にも分からないのだ。
「ま、待ってくれ、僕はそんな事していない! みんな、いきなり何を言ってるんだ!?」
「メルツェル君、往生際が悪いぞ。この件についてはワシも調べておっての。ここ数年、年老いた魔物達が老衰の様に亡くなることが多くなっておった。大方、君がそのように見せかけて殺したのじゃろう? 洗脳の魔法が聞かぬ程絆を深めた魔物というのは、えてして長く人と暮らしておった魔物が多いからの……老いた魔物なら、わざわざ暴れさせずとも静かに死なせることも簡単じゃ」
学園長先生も独自の視点で調査していたらしい。
やはり、呪いで死亡していた魔物達はもっと存在したのだ。
「君があれだけの数の魔物を従えていたのも、モンスターフードの呪いとやらのお陰じゃろう? 理由はなんじゃ? この国全ての魔物を支配するつもりじゃったのか?」
「学園長っ、僕がそんな事思うわけないでしょう!? 僕はただ――」
「……もうよい、じきに衛兵も来る。君が関わっておらずとも、モンスターフードの製造は今日で終わりじゃ」
この期に及んでもメルツェルはこんな事をした理由を明かそうとはしない。
その反応はどこまでも、何も知らない人間のそれで。
「そんな。僕が、僕の野望が、終わり――――?」
学園長のその一言が、止めとばかりに彼を茫然とさせて。
「っ―――グッ!? ――ガ、ぁ――!?」
「メルツェル先生!?」
「ガウッ!? ガウガウ!!」(待ってレナータちゃん!? 様子がおかしい!!)
突如としてその顔が苦痛に歪み、頭を抱えて崩れ落ちるメルツェル。
何か嫌な予感がして、俺はレナータちゃんを引き留める。
(一体どうしたんだ!? ってか今、メルツェルの胸で何か光ってたような――)
「――ァガ、ァァアアアアアアア!!!!」
「「「「「!!?」」」」」
獣のようにメルツェルが叫び、その場の全員が思わず固まる。
一頻り叫んだのち、ゆらりとメルツェルは立ち上がり。
「――――ふざけルな……僕の野望を終わらセてたまるカ……!!!」
血走ったその瞳を俺達に向け、唸るように言い放つ。
……どうやらこの事件、一筋縄では終わってくれないらしい。




