84話:世界最小のマジックアイテム
ブクマに評価、ありがとうございます。特に前回は感想までいただいて、本当にうれしかったです!
そんなわけで84話更新となります!
「…………」
研究室の机上に置いてある「ソレ」を、親の仇のように睨み付ける。
「ソレ」はレナータちゃん達が持ってきてくれた手がかり、ココが食していた食べ物の内の一つ。
今目の前にあるこいつが、呪いの元凶となる食べ物だった。
そう、実の所、調査を開始して直ぐに原因の食べ物を特定することが出来たのである。
「……食べ物が原因なら、実際に食わせてみればいいってね。うまかったかー?」
「んみゃあ!」
俺の足元で、黒くて小さいネコ型魔物が元気よく鳴き声をあげる。
屋敷近くの林で捕まえてきた野良の魔物に、俺はココの餌をあげてみたのだ。
餌を一つあげては魔法陣が書き込まれてないか調べる、これを繰り返すことで簡単に特定する事が出来た。
だが、これで一安心というわけにはいかない。
俺の目的は元凶を探すのではなく、魔法陣の消し方を見つける事だ。
そのためにはどうやって魔法陣を書いているのか知る必要がある。
「しっかし、すっかり人に慣れたなぁお前。お前の口の中の魔法陣も、消してやらないとな」
「みゃー?」
あげた餌がよほど美味かったのか、甘えるように足にすり寄ってくるネコちゃんに、おれは罪悪感を覚える。
こいつを実験台にしたわけだからなぁ……。
まあそれも、魔法陣の書き方さえ分かれば帳消しである。
そんなわけで先ほどから俺は、呪いの元凶たるその食べ物に向かって魔法を掛け続けていた。
「んじゃ早速、ラフ、ラム――」
ソレに魔法陣が書きこまれていないか調べるために、魔法を使う。
けれども、おかしな魔法陣は見当たらない。
ソレを作る工程で怪しいものが仕込まれてないか調べるために、過去を覗く。
けれども、ソレが食品に加工される工程には、不審な点が見つからない。
「むぎぎぎ……! コイツが原因だってのは分かるのに、一体どうやって魔法陣を書いてるんだ……?」
結局、何かを調べるための常套手段では、ココの体内に魔法陣を書く仕組みは見つからなかった。
しかし、諦めるつもりは毛頭ない。
現にコレを食べたネコちゃんには魔法陣が刻まれているのだ。
方法は必ずある、それが見つからないということは俺の探し方が悪いのだ。
「ええい、それなら細かいとこも全部見るまで! ラフ、ラム、この瞳は細部を捉え、空間神の加護により、捉えたものを拡大せよ!」
身体能力を強化する魔法を目にのみ集中させ、更に空間魔法を組み合わせて視線の先にあるものを大きく見える様にする。
そうすることで、通常の肉眼では見えない小さなものを視界にとらえる事が出来るのだ。
……まあ、この魔法で見える光景といえば、大抵細菌がうじゃうじゃいる光景なのだが。
「ん?」
何千倍にも拡大された世界を見て、俺は首を傾げる。
いない。
いつも見えるはずの細菌達が見当たらない。
いや、これは……。
「……これ、細菌じゃない別の何かだな」
どうやら、視界拡大の倍率が高すぎて、細菌よりも大きな何かに視界を遮られてしまったらしい。
気になったので拡大の倍率を下げて、ソレの全体を見てみる。
「虫、なのか?」
細く長い体と頭だけの、ウネウネと蠢く何かが視界に映る。
頭と思わしき部分は、まるで植物の花のようになっており、どうやらその中心に口があるようだ。
今のところ、そいつは視界の中で何かを探すように口を揺らしている。
「ちょっと気持ち悪いな、なんだこれ。 ……お前、ちょっと口を開けろ」
「んなー?」
見た事のない虫を前に怪しい物を感じた俺は、ネコちゃんの口を開けさせて、口内を覗き込んだ。
アレを食べたって事は、このネコちゃんの体の中にもあの虫がいるって事だ。
「――これか」
拡大された視界の中、広がったそれは。
例の虫が、花びらのような口から緑色の液体を放出している光景だった。
拡大の倍率をどんどんさげて、広い範囲を見てみると――虫達の群れが放出した液体で魔法陣を描いていることが分かる。
「この微生物達を操って、魔法陣を書かせてたのか……!」
信じられない、という言葉が真っ先に浮かぶ。
こんな生物が存在するなんて聞いたこともない、魔法陣を書く微生物がいると魔法使いの国に伝えたら、それこそ国中に激震が走るだろう。
そしてなによりも、微生物を利用してまで呪いをかけるその手法は、人による所業とは到底思えなかった。
「でもこんなやり方……本当にあの人がやったのか?」
呪いの元凶となった食べ物を特定した時点で、俺は魔法陣を書いた犯人に見当がついている。
しかし、違和感がどうしても拭えない。
この魔法陣を書く手法は、あまりにも生物的すぎるというか……。
「……今はとにかく、魔法陣の消し方を優先しよう」
視力拡大の魔法を解いて、俺は再び研究机へと向き直る。
考察する時間がないわけではないが、やるべき事を先に済ましてしまおう。
「さて、どうやって消してやろうか……」
ぐるぐると思考をかき混ぜる。
微生物に魔法陣を書かせるなんて想定外も良いところだ。
俺だってこんな書き方をした事はない、ならば……。
「……よーっし、思い浮かんだ」
がちり、と頭の歯車が噛み合い、思わず笑みが溢れる。
やった事がないなら、やってしまえばいい。
「作ってやるぜ、世界最小のマジックアイテム」
机の上に置かれた元凶たる食べ物を見据え、俺はそう宣言するのであった。
「ラフ、ラム、この瞳は細部を捉え、空間神の加護により、捉えたものを拡大せよ」
再び視力拡大の魔法を詠唱する。
視認対象は研究机の上にある例の食べ物、それに付着しているあの小さな虫。
「よし、コイツにするか。ラフ、ラム――」
適当な1匹の虫を視界に収めた後、俺はさらに魔法を詠唱する。
「――色彩よ、我が視界に捉えし者へ、小さく、小さく、小さく、ひたすらに小さく、細かく、細かく、細かく、ひたすらに細かく、我が意思の元に、刻印を刻め」
小さい、というのは良いものだ。
ほんの僅かな出力で、魔法の効果を十全に及ばせる事ができる。
今唱えているのはこの虫がやっている事と全く同じ魔法、すなわち魔法陣を書くための魔法だ。
「くっひっひっひ! 光栄に思うと良い、お前が世界最小のマジックアイテム第一号だ」
俺が思いついた事は、実に単純明快。
この虫に魔法陣を刻み込んで、体内の魔法陣を消すマジックアイテムに、生きたまま加工してやるのだ。
「さぁーて、まずは行動原理から加工を始めよう! 洗脳の魔法陣書くその本能を、意味のない魔法陣に書き換えるように矯正だ!」
真っ先に行うのは、洗脳の魔法陣の無力化である。
この虫自身に洗脳の魔法陣を書き込んで、行動を設定してやる。
虫の体表に極めて小さな魔法陣が刻まれる。
これでコイツは、魔物の体内にいると全く効果のなさない出鱈目な魔法陣を描きはじめるようになった。
「よし、次は運動性能を強化してやる。未改造の奴らより優れた種に生まれ変われるぞ!」
身体能力強化の魔法陣をさらに書きこむ。
これな未改造の種より広範囲にわたって魔法陣を書きこむ事ができる。
「さーらーに、もっと仲間を増やせるよう、他の虫も同じマジックアイテムに加工する機能をつけてやろう。一人ぼっちは寂しいだろう!」
この虫1匹だけでは、体内の魔法陣全てを書き換える事は難しい。
ならば、この虫の魔法陣を書く能力を使って、他の虫に同じ改造を施すようにしてやればいい。
改造された虫は、未改造の虫を改造する、さらにその改造された虫が未改造の虫へ……そう、まさにネズミのようにうじゃうじゃと増えていくのだ!
「くっひひひひ! 新しいマジックアイテムを作るのは久々だから燃えてきた! よっし、なら今度は手動操作の機能もつけてやって――――」
着ぐるみマンティコアくんを作った以来だからか、ゴポゴポと水が湧き出すようにコイツに付け足す機能が、アイデアが思い浮かんでくる。
こうして俺は、前代未聞の微生物をゴリッゴリにマジックアイテムへ加工していって――
「完成っ! これぞ「体内魔法陣無力化くん」だ!」
液体の入った小瓶を三つを掲げ、ついに世界最小のマジックアイテムが完成するのであった。
「……あの、ダグラス。その直球すぎる名前はどうなのでしょうか」
「どわぁっ!? ジャクリーヌ!? いつの間に!?」
「ちょうど今来たところです。作業が捗っているようでしたから、飲み物をお持ちしました」
「あ、ああ、ありがとう。貰うよ」
ジャクリーヌの呆れた声が聞こえてビックリする。
どうやら完成の瞬間を見られてしまったらしい、有頂天になっていたのでちょっと恥ずかしいな……。
「それで、その小瓶がココ様の呪いを解くマジックアイテムなのですか?」
「ああ、飲みやすいように液体にしてみた。そうだ聞いて驚いてくれよ。なんとこの液体の中に目に見えない微生物がいるんだ、そいつを操って体内の魔法陣を書き換えるってわけ」
「微生物が……魔法陣を……?」
微生物が魔法陣を書くイメージが上手く湧かないのか、ジャクリーヌは首を傾げる。
ここは実際に試してみた方が分かりやすいだろう。
「まあ、早速見てくれよ。おーい、ちょっと口開けてくれ」
「んみゃっ」
「あ……ねこちゃん」
再び野良ネコちゃんに実験台になってもらうことにする。
俺が言って聞かすと、ネコちゃんはパカ、と口を開けてくれた。
「さ、これを飲んで」
「なぉ?」
小瓶の一つを傾けて、中の液体をお皿に注ぎネコちゃんに差し出す。
すんすん、と匂いを嗅いだ後、ネコちゃんは迷うことなくペロペロと液体を飲み始めた。
「そろそろかなー……。はい、また口開けてー」
「なぁぉ」
「見てろよジャクリーヌ。ラフ、ラム――」
数分経った後、再びネコちゃんの口を開けさせて今度は魔法を詠唱する。
魔法陣を光らせる魔法を発動すると、ネコちゃんの口の中には――
「こ、これは……口の中に魔法陣が。ですが、この書き方だと何の魔法も発動しませんが……」
「それでいいんだよ。元は洗脳の魔法陣だったんだから。よし、これで成功だ!」
――なんの効果も無さない魔法陣が、ネコちゃんの口の中で爛々と輝いていた。
これなら、ココの魔法陣も無力化することができるだろう。
「ジャクリーヌ、この小瓶をさっそく母さんの工房に持って行って、量産してもらえるようにお願いしてくれ」
「構いませんが……量産ですか? ココ様の以外にも呪いにかかっている魔物がいるのですか?」
確かに、当初の目的はココの呪いを解くことだった。
しかし、呪いの原因となるその食べ物が判明した今、俺はこの「体内魔法陣無力化くん」を量産する必要があると考えている。
「ああ、いる。それも沢山だ」
「沢山……」
一本の小瓶をジャクリーヌに渡して、頷く。
ちらりと、俺は呪いの元凶を睨みつける。
「ソレ」が原因なら、間違いなくココ以外にも……もしかしたら、この呪いは魔物使いの国中に広まっている可能性が高い。
「とはいえ、まずはココの治療が優先だ。じゃあ行ってくる。ジャクリーヌ、頼んだよ」
「承知いたしました。お任せください」
ジャクリーヌに任せた後、最後に残った瓶をもってココの元へ向かう。
……ひょっとしたら俺は、とんでもない大事件に足を突っ込んでるのかもしれないな。
行く道すがらレナータちゃん達にも声をかけたので、俺達は4人でココの小屋を訪れていた。
呪いの元凶が分かった事、そしてその呪いをこれから解くと話すと、彼女たちは夜中にも関わらずついてきてくれたのである。
「ダグラスさん、その瓶の中にあるのが呪いを解くマジックアイテムなんですね」
「よくぞ聞いてくれたレナータちゃん、その通り。たった今完成したこの「体内魔法陣無力化くん」。コレを飲ませればココに罹ってる呪いを解くことが出来るよ」
「そ、そのまんまね……」
「そのまんまだなー」
眠るココを前にして、俺はレナータちゃん達にマジックアイテムを紹介する。
……だが、シャーロットとエリーちゃんにまでそのまんまなネーミングセンスを呆れられてしまった。
むぅ、俺的にはそのまんまな名前の方が、何に使うマジックアイテムなのかが分かって良いとおもうんだけどな……。
「言いやすい名前のほうが良いのかなぁ……」
「な、名前なんてどうでもいいですから、早くココを治してください!」
ちょっと悩んでると、シャーロットに急かされてしまった。
そうだった、今はココを治すことが第一優先である。
「ごめんごめん。直ぐにやるよ。さあココ、コレを飲むんだ」
「クゥ……クァ……」
相変わらず眠ったままのココ。
その頭を持ち上げて口を開かせ、体内魔法陣無力化くんを注ぎ込む。
「これで良いんだけど……、もう一押ししてみるかな。えいっ」
「何してるんだー?」
「魔力を流してマジックアイテムを活性化させるのさ。限度はあるけど、これでもっと早く治療ができるんだよ」
「ほへー……」
エリーちゃんは魔力を流す俺を見て感心している。
ココの巨体から、おそらく効き目が表れるのはネコちゃんより時間が掛かることを見越して付けた機能だ。
いやー色々とおまけの機能を付けた甲斐があったよ。
「あのっ、ダグラスさん。それ、私にもできますか?」
「魔力さえあれば誰でも出来るよ。魔力を流して動作するマジックアイテムを使うのと、似た感覚というか……」
「それなら私も手伝わせてください。 ココのために出来ることはなんでもしたいんです!」
すると、シャーロットがいてもたっても居られないといった具合に、お手伝いを申し出てきた。
まあ、俺1人いれば魔力は充分足りているのだけれど、そうだな……。
「……よし、みんなでやろうか。みんなでココを助けよう」
「! はいっ!」
「私も頑張ります!」
「おー! いいなそれー!」
「それじゃあみんな、ココの頭に手を乗せて――」
せっかくだ、みんなの力を合わせようじゃないか。
俺達はココの頭に掌を重ねて乗せる。
魔力の流し方について俺がレクチャーしながら、マジックアイテムへ全員の魔力を注ぎ込んでいく。
そうして、しばらく時間が経過すると――
「……キュ?」
「――! ココ!? 起きたの!? ねぇ大丈夫!?」
「キュゥ! キュァッ!」
――むくり、とココはゆっくり顔を起こす。
開いた瞳には、ビーストマスターズ当日と同じ、確かな理性と好奇心の光が宿っている。
今までのように錯乱する様子もなく、すなわち――体内の魔法陣が完全に無力化されたことを示していた。
「ココ、ココっ!! うぅっ、ううぅぁぁぁ……!」
「キュァ!? キュゥ、キュゥ……」
「シャーロットちゃん……」
「ぐすっ……よがっだぞー……」
「ああ、本当によかった……」
ココに抱きつき、ボロボロと涙を零すシャーロット。
それを見たレナータちゃん達も、俺でさえも、目に涙を浮かべてココが助かったことを喜ぶのであった。
「ダグラスさん、ココを助けてくれて本当に、本当にありがとうございました!」
「キュアっ!」
こうしてココの呪いは解かれ、お世話になった専用の小屋を出た直後、シャーロットは俺に向かって深々と頭を下げた。
「どういたしまして。でもまあ、ココが治ったのは俺1人の力じゃない、みんなが頑張ってくれたからこそだよ」
実際、俺だけではこの呪いの正体には気付くことができなかっただろう。
レナータちゃん達と俺が力を合わせてやっと、ココを治すことが出来たのだ。
「そう、ですね。――レナータ、エリー、ありがとう。みんながいなかったら、きっと今頃ココは助かってなかったわ」
「頭をあげて、シャーロットちゃん。私たちがココを助けたのだって当然の事だよ」
「なんたってあたし達、友達だもんなー」
「みんなっ……!」
シャーロットはレナータちゃんとエリーちゃんにもお礼を言う。
ただまあ2人にとって友達を助けることは当然の事で、その結果シャーロットはまた大泣きしそうになっているわけだ。
ココの呪いは解け、少女達の友情はより深まった。
これだけ見ると、目指していた目的も達成されめでたしめでたしといった風に見える。
「……皆、感動している所悪いんだけど、まだやらないといけないことが残ってる」
レナータちゃん達が喜び合っている中、俺は割って入るようにそう言い放つ。
そう、この事件はまだ終わっていない。
「! ダグラスさん、それって……」
「流石レナータちゃん、気付いたみたいだね。そう、ココに呪いをかけた犯人を捕まえないといけない」
俺の言葉を聞いたレナータちゃん達の表情が、一気に引き締まる。
そう、ココを苦しめていたのが魔法であるが故に、この事件には「犯人」が存在している。
そいつを止めなければ、きっとココと同じ被害を受ける魔物がどんどん出てくるに違いなかった。
「犯人……絶対に許さないわ」
「そんなやつアタシがとっちめてやるぞー!」
犯人を絶対に許せない、と奮起する彼女達。
「ダグラスさん、呪いをかけた犯人について何か手掛かりはありませんか? 魔物使いの国に犯人がいるなら、私たちが必ず捕まえて見せます!」
レナータちゃんのこの言葉を聞いて、俺は一瞬だけ思考をめぐらせる。
ああ、犯人が誰なのかなんて、とっくに分かっているとも。
でも犯人の名前は、俺が直接口に出す事はできない。
なぜなら、ダグラスはソイツに会ったことは無く、ティコとして対面したのだから。
「犯人が誰かまでは特定できないけど……」
だから、そう、ダグラスがソイツこそが犯人だと彼女達に教えるなら――――
「……呪いが仕込まれてた食べ物は、このモンスターフードっていう食べ物だったよ」
――モンスターフードこそが、呪いの元凶たるソレであったと、伝えるべきだろう。
そう、この事件の犯人、この呪いをかけた張本人は。
「メルツェル、先生…………!?」
英雄、百獣使いのメルツェル。
今回の解説
体内魔法陣無力化くん:モンスターフードに付着していた微生物を丸ごとマジックアイテムに改造した一品。生命のマジックアイテム化という禁忌をサラリとやらかしている。一口飲めばあっという間に浸透し、体内へ自由に魔法陣を書くことが出来る=呪いをかけることが可能、というヤバすぎる代物。
ネコちゃん:庭をうろついていただけで実験台にされたネコちゃん。この後正式にユビキタス家の飼いネコとなりました。




