81話:食事は進むが調査は進まない
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「クゥ……クゥ……」
「ラフ、ラム、時の審判者よ、その者の、 過去を暴き、顕現せよ」
小屋の中央で眠りにつくココに触れて、魔法を詠唱する。
これはかつてティコの死体に使った物と同じ――対象の記憶を映像として表示する魔法である。
「ビーストマスターズが始まる以前の記憶は……この辺りからか」
病院にいた頃の記憶やコロシアムで戦っている記憶を経て、ココが元気だった頃の記憶を見つけた。
俺はそこから更に、記憶の映像を過去へと遡らせていく。
――ココをこの小屋へ収容してから、一週間という時間が経過していた。
レナータちゃん達3人組はいま、魔物使いの国で必死にココの治療方法を探している。
病院でココと同じ病状の魔物が他にいないか尋ねてみたり、図書館の資料に何か載ってないか調べてみたり、果ては学校の先生達や他の大人達にも協力をしてもらっているらしい。
俺も手を抜くわけにはいかない。
初めは魔法による治療を試してみたのだが、体の傷を癒すばかりで特に効果も見られなかった。
ユビキタス商会のつてを頼ってココに効きそうな薬を取り寄せて貰ったりもしたが、思うような効き目は表れず、飲み薬に至ってはそもそもココが呑みこんでくれなかったりもした。
そこで今回はアプローチを変えてみることにしたのだ。
ココを襲っているのが病気であるのなら、そこには必ず病気に罹る原因があるはずだ。
それに、ココの病状はティコがかつて罹っていた病気と全く同じ物だとレナータちゃんから聞いている。
ならば――きっと俺が成り代わる以前のティコとココの記憶には共通点がある。
病気の原因となる何かが、あるはずだ。
そういうわけで、俺はココが眠っている隙をついて記憶を覗き込んでいるのであった。
「共通点……食事内容……肉食のためティコと重なる部分多数……。1日の行動……学校にいる時間が多い……これも重なる……」
2匹が食べていた物、行ったことのある場所、関わった他の魔物や人間などを、俺は手に持った紙にペンで書き込んでいく。
書き出した共通点をリスト化して、手掛かりにならないかレナータちゃんに聞いてみるとしよう。
「この日はチェック完了……更に遡れ……ッッ!」
過去を遡ることおよそ1ヶ月分、そこから更に遡ろうとすると頭の中に激痛が走り、映像がブツんと途切れてしまった。
……魔法の限界が来たのだ。
以前ティコの記憶を探った時より、この魔法は周囲の情景も映し出すようにした分高い出力が必要になる。
1つ1つの魔法の出力が弱い俺では、1ヶ月分しか過去を遡ることができなかった。
「〜〜っ。ああくそ!」
自分の才能の無さに、思わず罵倒が口から漏れる。
病気の原因が1ヶ月以上も前にあるかもしれないというのに、俺の力では届かない。
「……ジャクリーヌならもっと過去まで遡れるはず。ちょっと頼みに行くか」
レナータちゃん達が頑張っているのだ、俺だってなりふり構ってはいられないぞ。
「ただいま帰ってきました……」
「はぁ、ただいま……」
「ただいまだぞー……」
「チュゥチュゥ……」(ただいま、と若干落ち込んでる感じの重低音)
「お帰りなさいませ、レナータ様、シャーロット様、エリー様、ジンクス様」
「みんなお疲れ様」
『ガウガウ』
夕刻になり、レナータちゃん達が屋敷の玄関ホールへ帰って来た。
俺とジャクリーヌと、そしてティコで彼女たちを迎え入れる。
……あまりめぼしい成果を上げられなかったのか、彼女たちの顔色は芳しくない。
「あ――ダグラスさん。ココは大丈夫ですか?」
「うん。何度か起きたけど、すぐに眠ってもらったから怪我は無い。でも調子は相変わらずだ」
「そうですか……」
離れている間ココが心配だったのだろう、シャーロットは真っ先に聞いてきた。
そう、確かにあの小屋のお陰でココは怪我を負わずにすんでいるものの、だからといって病状が回復しているわけではない。
悔しそうに俯くシャーロットに、俺も心が痛む。
「オホン、皆さま、まずはお食事はいかがでしょうか? 夕食の時刻ですし、お腹も空かされてることでしょう」
「いやったー! 食べる食べる! 食べるぞー!」
「……アンタねぇ、人の家なのに遠慮が無さすぎよ。もう」
「あははは、エリーらしいっていうか……。それじゃあ今日もご馳走になります」
重苦しい雰囲気を変えるためか、ジャクリーヌがそう提案すると、エリーちゃんが弾けるように反応してくれた。
すがすがしいまでの喜びように、レナータちゃんも思わず苦笑してしまう。
「うん、それがいい。今日の成果も食べてる時に聞こうか」
お腹が空いたら気分も落ち込みやすくなるし、まずは何か食べるとしよう。
「むぐっ、あむあむっ……まずはあたしからなー、はむっ、今日は……あたしは図書館に行って……」
「食べるか喋るかどっちかにしなさいよ」
パンにシチューにサラダにそのほか諸々、机の上にずらりと並ぶ料理を水を飲むかの如く口へ運んでいくエリーちゃん。
あまりの豪勢な喰いっぷりにシャーロットもドン引きである。
まあ、お客さんだし、ウチはテーブルマナーとかそんなに気にしてないからいいんだけどね。
料理を作ったムーブンがさっきから嬉しそうにニコニコしてるし、寧ろもっと食べて貰ってもいいくらいだ。
「エリーちゃん、報告はあとでいいよ。先に満足するまで食べといで」
「! わかったぞー! はむまむ……!」
「まったくもう。……それじゃあ私から報告するわ」
一先ずエリーちゃんには食べて貰っておいて、シャーロットから報告してもらうことにした。
「今日はココが入院してた病院に行って、血液検査の結果を聞いてきたわ」
「血液検査? 血で何か分かるの?」
「血の成分を調べれば、何の病気に罹ってるか分かるんです」
「へぇ……まさか血液にそんな利用方法があるとは……」
「逆にそれ以外の利用方法が気になるんですけど……」
ドラゴンの血液なら薬になるし、後は魔法陣を書くインクとして最高級品の物が作れたりする。
とはいえ話を脱線させるのもいけないので、まずは結果を聞くことにしよう。
「まあまあ、それで結果はどうだった?」
「それが……確かに成分は健康な時と比べて変化してるけど、それは何も食べて無いから栄養失調になってるだけ。って感じで……」
「目立った部分や、病気を特定するような情報は得られなかった感じか」
「はい……」
なるほどそれでシャーロットは落ち込んでいたわけだ。
医者からも原因が不明と言われ、詳しく検査をしても無駄だったならそうなるだろう。
「しかしそれも変な話だ。ココの様態は明らかに異常だし……。その検査の通りなら、ココがちゃんと食事を取ったら健康体ってことだろう?」
「ダグラスさんもそう思いますよね! 私も「検査結果間違えてるんじゃないの!?」ってずっと思ってるんです! 口には出しませんでしたけどっ!」
「ま、まあまあ落ち着いて。お医者さんも頑張ってると思うし、ね?」
ココがもし仮にちゃんと食事をとれば、元通りの状態に戻ってくれるのかと言われれば、ちょっと考えられなかった。
医者が間違った検査結果を出している……とは思いたくないものの、違和感はあった。
「それじゃあ、次はレナータちゃん」
「はいっ、私もシャーロットちゃんと一緒に病院に行ってました」
とはいえ、違和感の原因が現時点で分かるはずもない。
皆の結果を聞くことを優先し、レナータちゃんへ話を振る。
「レナータちゃんも血液検査の結果を聞いてたの?」
「いえ、私は同じ病気に罹ってる魔物が他にも居ないか聞いてたのと……ティコとベルとトム、あっ、私が前に飼ってた二匹の魔物なんですけど、そのカルテを貰ってきたんです」
「なるほど、病気が同じなら何か共通点があるかもって訳だ」
「はいっ」
ティコ以外の相棒であるサーベルタイガーのベルとネコマタのトム、この二匹もココと同じ病にかかって亡くなっている。
どうやら、レナータちゃんは俺と同様の発想で病気について調べていたらしい。
「で、どうだった?」
「それが、同じ病状の魔物は見つかりませんでした。錯乱と昏睡を繰り返す魔物はいるんですけど、それは心の病に罹ってパニックを起こしてる子なんです」
「ココが心の病に罹ったっていうのは、ちょっと考えられないなぁ」
「私もそう思います。それに、そういう心の病に罹ってる魔物も検査をしたら異常が分かる筈なんです」
あれだけシャーロットに愛情を込めて可愛がられているココが、心を病むとは思えない。
「カルテも確認したんですけど、診察の結果はココと同じで異常は特に無くって……数値の上では健康体でした」
「それじゃあその心の病と今回の病気は別物ってわけだ」
「はい……」
同じ病状の魔物が居ればまだ分かることもあったんだろうけど……居ないものは仕方がない。
しかし「健康体」ね……。
こうなると、異常が出ないこと自体が怪しい気がしてくるぞ。
「……ごくん! よしっ、次はあたしだなー!」
「食べ終わったかい? それじゃ頼むよ」
丁度いいタイミングでエリーちゃんも食べ終えたようだ。
そのまま彼女に今日の成果を話してもらう事にする。
「行きつけの図書館で、ドラゴンが罹りそうな病気について調べてたぞー!」
「ほうほう、魔物使いの国の図書館ならその手の本はありそうだ。成果は?」
「なかったぞー……」
「なかったの!?」
さっきまでの元気はどこへやら、エリーちゃんのテンションが急転直下している。
「さ、流石に一冊や二冊はあるでしょ?」
「それがなー、ドラゴンに関する文献って滅茶苦茶すくなくてなー。しかもドラゴンって病気知らずな魔物だから、病気にかかった記録なんてどこにもなかったんだぞー……」
「正直言って私も、ココが病気に罹ったのってコレが初めてなのよね……」
エリーちゃんに続いて、シャーロットもため息をついている。
流石ドラゴン、希少かつ強大な魔物だけあって参考になりそうな文献そのものが無いときた。
おそらく、あったとしてもお伽噺の様な物ばかりなのだろう。
「それじゃあ、今日も目立った成果は無しか……」
「「「めんぼくないです(ぞー)……」」」
ココの検査結果も怪しいところはない、同じ症例の魔物は居ない、参考になりそうな資料は見つからない。
悔しい事に、進展があったとは言い難い。
「まだ時間はある、大丈夫。それで俺の方なんだけど……ココとティコの記憶を探ってみた。二匹の病気が同じなら原因も同じと仮定して、過去の行動、食事、生活範囲の共通点を3ヶ月分。この紙に纏めてある」
バサッ、と俺は懐に仕舞っていた紙の束を手に取って、三人に見せる。
三人、特にシャーロットは食い入るようにそれを見つめている。
「この中に病気の原因が……」
「ただ残念ながら、俺にはこの共通点から怪しい所を見つけることは出来なかった。でも、魔物使いの君たちなら、何か掴めるものがあるかもしれない」
そう、いくら過去を覗き共通点を見出したとしても俺に出来るのはそこまでだ。
数多くの共通点からこの病気の正体を掴めるのは、魔物使いたる彼女たちの役割である。
「そこで俺からは提案なんだけど。この一週間の成果も鑑みてみるに、調査の方針を変えてみたらどうだろう? ティコとココの共通点に注目して原因を探すんだ。例えば2匹の食事は似通ってるから、食べ物に問題があるかもとかね」
目の前の料理を見ながら、俺はそう提案した。
闇雲に調査をしても治療法や手がかりすらも見つからない、それならばこうして調査の方針を固めた方が良いはずだ。
「確かにそれなら原因が見つかるかも」
「レナータ、食べ終わったらさっそく調べてみるわよ!」
「よーし! あたしも手伝うぞー!」
魔物の病気なんて門外漢な俺の提案にも、彼女たちは快く乗ってくれた。
信頼されているなぁと思う反面、不安が頭をよぎる。
(でも、これで本当にココの治療法が見つかるのか……?)
ココを助けるという決意は、決して揺らいでいない。
しかし、ココを治療できるイメージが湧かないのだ。
一週間かけて調べてもなお、尻尾ひとつ見せないこの悪意の塊の様な病気は、着実に俺から自信を奪っている。
もし、このやり方でも病気の正体が、治療法が分からなかったら……。
(弱気になるな俺。原因は必ずある、レナータちゃん達がきっと見つけてみせる)
まとわりつく思考を振り払う。
とにかく今は、レナータちゃん達が共通点から原因を見出す事に賭けるしかなかった。




