80話:マジックアイテムの真骨頂
お待たせしました、80話更新になります!
レナータちゃん達がユビキタス家へと突撃し、俺はダグラスとしてココを助ける事を約束した。
敵はココを襲う病気、しかし魔物の専門家たちの総本山である魔物使いの国の医者たちでも原因不明としか説明できない病気である。
マンティコアとして偽装生活を送り、合間を縫ってダグラスとして治療法を探すのでは明らかに分が悪い。
そこで俺は、この偽装生活に大きな変化を加えた。
俺がティコでいられる時間をなるべく短く、俺がダグラスでいられる時間をなるべく伸ばすための、創意工夫という奴だ。
「テスト完了。いやー久々の大型マジックアイテムは作ってて楽しいぜ、くっひっひ」
俺はココをこれから収容する場所――ユビキタス家の敷地内にある木造の小屋内部にいた。
小屋中にありったけの魔法陣を書き終えて、試しにティコを暴れさせていたのである。
『グックック』
部屋の中心――即ち魔法陣の中心にいるティコは、俺が上機嫌に笑うのと全く同じタイミングで笑った。
まるで俺の動きと連動して動いてるように見えて、その実、連動して動かしているのだ。
そう、これこそ偽造生活に加えた大きな変化。
「着ぐるみマンティコアくん」に遠隔操作機能を追加したのである。
俺が一定範囲内で魔力を流し操作することで、中に誰も入っていなくともマンティコアの動きをさせる事が出来るのだ。
(くあぁ……しっかし、うん。眠い)
『ガファァ……』
俺が大欠伸をすると、ティコも連動して大欠伸をする。
この機能を追加するために夜中じゅう起きていたので今は眠くて仕方がなかった。
最近はティコとして規則正しい生活を送っていたし、久々の徹夜は堪えるものがある。
「……ココがこっちに来るまで仮眠でもとるかな」
まあ、もう小屋の改造も終わったことだし、俺が今日やるべきことは大体片付いたと言っていいだろう。
ガチャりと扉を開けて、ティコと一緒に外に出る。
(あ、レナータちゃんだ)
すると、屋敷の方から見慣れた銀髪の美少女がこちらへ歩いて来るのが見えた。
レナータちゃんはエリーちゃんとシャーロット共々、ユビキタス家の屋敷に泊まり込んでいる。
昨日はもう夜遅かったのもあるし、どうせ魔物使いの国はめっちゃ進めるくんでひとっとびだから特に問題は無いだろうという判断だ。
そして今日はココをユビキタス家の屋敷へ移動するため、今朝から魔物使いの国へ戻っていった筈。
という事は、もうココを連れてきたのかもしれないな。
「ダグラスさん! こんにちは!」
「ガウッ。ガウガウ」(レナータちゃん。こんにちは)
「……がうがう?」
――って何マンティコア感覚でレナータちゃんに挨拶してんだ俺ェェェェェ!!?
『ななななぁんちゃって、ティコの真似だよ』
「ティコが喋ってるー!!?」
――混乱しすぎてティコに人語喋らせちゃったよ俺ェェェェェ!!?
「ふふふふ腹話術!!! 腹話術だよレナータちゃん! 驚いてくれたかな!!?」
「ふ、腹話術、ですか? びっくりしたぁ……」
ほんっとうに幸いにも、レナータちゃんには腹話術という事で誤魔化せた。
いやほんと偽装生活最大の危機だった、徹夜で頭がボヤボヤした状態は危険だという事が骨身にしみた。
「くっひっひ、驚いてくれたようで何より! それで、どうしたのかな?」
「あ、はい。ココを連れてきたんですけど、ダグラスさんの方は準備できてるのかなって……」
「ナイスタイミング。たった今こっちも仕上がったところ」
誤魔化しを兼ねてレナータちゃんに聞いてみると、どうやら俺の予想は当たっていたようだ。
「それじゃあココをこの小屋の中へ。屋外で暴れると手が付けられないし」
「はいっ!」
レナータちゃんは屋敷の方へ駆けていく。
ふあぁ……昼寝は、もう少し後になりそうだ。
「わっせ、わっせ! おーい、つれてきたぞー!」
「こういう時にエリーがいるとほんと助かるわね……」
ドドドドド! とエリーちゃんはココを乗せた荷台を押して、土煙を上げながら爆走してきた。
エアロドラゴンの重量なんて感じさせないほどの走りっぷりに、シャーロットも引き気味である。
「こっちこっち! この小屋の中だー!」
「わかったぞー! よっこいしょー!」
「ココを軽々と……。正直エリーがビーストマスターズに出てたら危なかった気がするわ……」
「あははは、そうだね……」
エリーちゃんはココを軽々と持ち上げて、小屋の中へと運び込んでいった。
うーん相変わらず、いや以前よりも力が増しているなこれは。
リアーネさんの特訓の成果が出ているに違いない。
「よし、それじゃあココを部屋の中央に寝かせておいてくれ」
「ここかー? よいしょー!」
床、壁、天井に至るまで柔らかいクッションで埋め尽くされた小屋内部、その中央がココの定位置となる。
「わぁ……。ふわっふわですね、この小屋!」
「ココが暴れたら壊れそうなんだけど……本当に大丈夫なんですか?」
レナータちゃんはぴょんぴょんと無邪気にジャンプする。
シャーロットは、この小屋と以前ココを収容していた病院と比較しているのか、心配そうにしていた。
「大丈夫だよシャーロット。この小屋はティコが暴れたって壊れないのは確認済みだ。それに、あんまり硬いとココの体を傷つけちゃうだろ?」
「そっ、それなら安心、ですけど……」
「……むー」
……?
何故かシャーロットは恥ずかしそうにしている、それと、レナータちゃんの顔がムッとしているような気も。
変な事を言ったつもりは無いのだが……。
まあ兎も角、このクッションだらけの部屋は「ココを傷つけず収容する」という名目の元に作ってあるのだ。
部屋中のクッションも、その一機能に過ぎない。
「お、おおおお……? この部屋すごいぞー。部屋中に魔法陣が書いてある……」
エリーちゃんは周りを見回して驚愕していた。
どうやら魔法陣の存在に気付けたらしい。
そう、この小屋にココを収容するためのキモは、内部どころか外部、そして屋根や土台に至るまで書き巡らした魔法陣だ。
「しかも……何だこれ? 風魔法、いやなんか水とか混ざってるなー?」
「エリーちゃん、魔法陣が読めるんだ?」
「え、ああ。最近勉強してて、ちょっとは読めるようになったけど……。でもコレ、見たことあるような無いような、こんがらがってる感じが……」
こんがらがってるか。
まあ魔法の組み合わせなんて教本には載ってないし、傍目からはそう見えるだろうなぁ。
「色んな魔法を組み合わせたら、こんな魔法陣になるんだよ」
「組み合わせる……?」
「俺のオリジナルだからねぇ。気になるなら、今度読み方を教えてあげよう」
「! 是非お願いするぞー!」
どうやら1人で魔法を勉強するにも限界があると感じていたのか、エリーちゃんは俺の提案に喜んでくれていた。
俺の魔法は異端で、魔法使いの国では受け入れがたいものなのだが、魔物使いのエリーちゃんならすんなり受け入れてくれるかもしれないな。
「……いいなぁ、私もエリーみたいに魔法陣が読めたらなぁ……」
「うん? レナータちゃんは植物魔法が使えるでしょ? 植物魔法の魔法陣なら読めるんじゃ?」
魔法陣とは基本的に、詠唱を文字化するだけのものだから、レナータちゃんにも読めるものはあると思っていたのだが……。
「いや、その……私、魔法は我流というか、メルツェルのを真似して唱えてるだけで、魔法陣の書き方も読み方も知らないんです……」
「えっ」
「大体の魔物使いはそんな感じよ。魔法が使える人は詠唱しか知らないわ。どんな文字を書くのかなんて教わらないもの」
「ええ……嘘でしょ?」
詠唱の文字化なんて基礎中の基礎の筈なのだが……。
レナータちゃんとシャーロットの言葉通りなら、魔物使いの国の人達は魔法の基礎すら知らないままに、なんとなく魔法を使っているらしい。
「なら試しに……レナータちゃんに問題。頭詞って、詠唱のどの部分でしょうか?」
「とう……し……?」
「詠唱する直前にいつも唱えてるアレのことだぞー」
「エリーちゃん、正解」
俺だったら「ラフ、ラム」、レナータちゃんなら「ニャル、ナーオ」って言ってるとこだね。
魔法を使う集中力を引き出すために唱えるもので、人それぞれ違う言葉になるんだけど……そうか、レナータちゃんは、知らないまま唱えていたのか……。
「そうだったんだ……アレって頭詞っていうんだ……」
「落ち込むことないわよ。魔法なんて唱えて使えればそれでいいでしょ」
愕然とするレナータちゃんを、シャーロットはフォローする。
唱えて使えればいいとは、また乱暴な……。
まあ他の国の人にとって、魔法はその程度の認識なのだろう。
「まあまあ、魔法は唱えるだけじゃあ勿体無いぜ。こうして魔法陣をかけば――
魔法を詳しく知るメリットについて話そうとした、その時。
「グギッ……ギ、ィ」
「「「「!」」」」
ココの瞳が開かれ、その口から枯れ果てた声が漏れるのであった。
ココの目が覚めたということは、今から暴れ始めるに違いない。
しかし、小屋の中には俺たちがいる。
このままではこの小屋の機能は十全に発揮できない。
「「緊急!」「対象は部屋中央!」「それ以外は外へ移動!」」
俺はとっさにそう叫び、声で魔法陣を起動させる。
すると、あっという間にココをのぞく全員が光に包まれ――小屋の外へ転送されていた。
「ココ――って、え!?」
「そ、外……いつのまに」
「い、いま転移魔法を使ったのかー!?」
突然外に放り出されたレナータちゃん達は、大いに混乱する。
「正確には、あらかじめ仕込んでた転移の魔法陣を、声を鍵にして発動しただけさ」
そう、魔法陣の書き方を工夫すれば、詠唱以外の動作を鍵にして魔法を発動することもできる。
「さーて、こっからが勝負だ。俺の技術が果たしてココに通用するか……! ラフ、ラム、この目が捉えし者よ、空関心の加護により、遮る者よ姿を眩ませ!」
慌てるレナータちゃん達をよそに、俺は着々と最終確認の準備を整える。
まずは外から小屋の中に居るココの様子を見れるようにしよう。
目印魔法により目視したものを魔法の対象に指定、さらに空間魔法で壁を透かすことによって中の様子を明らかにする。
「ダグラスさん! 壁が消えちゃいました!?」
「透けて見えるようにしただけだよ。さあ、ココが中でどうなるか確認しよう」
「そんな事が出来るのかー!?」
「もう何が何だか……」
傍から見れば壁が消えたようにしか見えないので、これまたレナータちゃん達は大慌て。
だが、驚くのはまだこれから。
ダグラス・ユビキタスのマジックアイテムの粋、とくとご覧あれ!
「ギュアァァ!!!」
目を覚ましたココは、濁り切った声で咆哮する。
残念ながら病気は一向に良くなっていないらしい、病室に居た時と同じように狂気に任せて暴れようとしている。
その肉体を壁にぶつけるべく、一歩踏み出そうとしたその時――――。
「ギュ、アッ……?」
「ココの動きが、鈍くなってる……?」
シャーロットがいち早く、ココの変化に気付いた。
そう、遅いのだ。
ココが踏み出した足は、行き先の地面に到達するまでに数秒はかかっている。
それだけではない、足のみならずその四肢、両翼、そして頭――体全体の動きが鈍くなっていた。
動きが鈍いという事は即ち、いくら身体をぶつけてもクッションに覆われた壁相手では全くの無傷で終わるという事である。
「エリーちゃんが最初に見つけたあの魔法陣の効果さ。水、風、そのほか諸々組み合わせて、あの小屋の中の空気を沼みたいに重く感じるようにしてる。流石のエアロドラゴンも、泥沼の中じゃ思うようには動けなくなるってね」
「あの魔法陣にそんな効果があったのかー……!?」
エリーちゃんは目をキラキラさせて、中の様子を見ている。
うんうん、良いリアクションだ。
「ギャゥ……ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛……!」
「で、でもゆっくりと壁に近づいてるわよ!? いくら動きが鈍くなっても、木の壁なんてココの力じゃ簡単に破っちゃうわ!?」
シャーロットの指摘通り、ココは動きを鈍くされてもなお壁へと向かっていた。
確かに空気が重くなる効果は小屋内部しか作用していない、壁を破壊されて外に出られてしまえば一巻の終わりである。
「はいはい、それじゃあ部屋の中央に戻りましょうねー」
「ギュイッ!!?」
そんな事はこちらとて織り込み済みだ。
壁へとにじり寄っていた筈のココは、立ったままの姿勢で部屋の中央へと戻っていった。
引っ張られているわけでもなく、さりとて歩いて戻ったわけでもなく、そのままの姿勢でスライドしたかのような動きである。
「ええっ!? 今の何……!? なんか変な動きしてない!?」
「うん、ココが壁に近づくと床が動くんだ。こう……ウィーンって」
「う、うぃーん……? というかそんな事も魔法で出来るわけ?」
「大体何でもできる」
単純に封印魔法の鎖とかで引っ張ったりすると、ココと引っ張り合いになるし怪我の元になる。
そこでココが立ってる床を動かして、中央まで位置を戻してやってるわけだ。
「グギギッ……! スァァ――――」
「! ブレスを撃つつもりです、ダグラスさんっ!」
勿論それも予測済みだ。
碌に動けず、動いたとしても戻されるのなら、ココが取れる手段はそれしかあるまい。
「――――ッカアァッ!」
ドラゴンの基本にして最強の技、風のブレスが小屋の壁に向けて放たれた。
ブレスの衝突音、そして壁が大きく軋み歪む音が辺りに広がる。
しかし――
「大丈夫、何度ブレスを撃っても無駄だ」
「凄い……、壊れた端から元に戻ってく……!」
壊れかけた壁が、数秒もしないうちに元の形へと再生していく姿をみて、レナータちゃんは驚愕する。
そう、ドラゴンのブレスに耐えられる壁なぞ作らなくても、壊れても元通りに再生してしまえばいい。
「スァァァ――」
しかし、それでもココはブレスを撃つ事をやめようとしない。
寧ろブレスを無駄打ちすることで、わざと消耗しようとしているようにも見える。
「さて、そろそろ仕上げだ。そう何度もブレスを撃てると思うなよ」
「――カ、ァ……ケフンッ!?」
そんなことはさせない。
ブワッ、と小屋の中に薄水色をしたガスが広がっていく。
「ギュ、クァァ……」
「睡眠に煙の魔法を組み合わせて作った睡眠ガスだ。思いっきり吸い込んだら、流石のドラゴンでも効くだろう?」
ブレスを撃つ直前の呼吸に合わせて、このガスを吸わせる。
効果は覿面だったらしく、ココはあっという間にうつらうつらと頭を揺らして――
「クゥ……クゥ……」
――その身を沈め、夢の世界へと旅経つのであった。
「ココに怪我は無し、せいぜいブレスを一発撃てるか撃てないかってところか」
「良かった……!」
シャーロットが胸を撫で下ろす。
ココが暴れ出している内は気が気じゃなかったのだろう。
だがもう安心だ、この小屋の中にいればココは自分を傷つけることは出来ない。
これで俺たちは、ココの治療のスタートラインに立ったというわけである。
「よし、これからは病気について調べていこう。ココは、ウチの使用人さんの誰かに見張りをしてもらうように頼んでおくからさ」
「「はいっ!」」
先ほどの一部始終を見たからか、レナータちゃんとシャーロットの返事は明るかった。
ココの命が尽きるまでの時間は大幅に延びて、数ヶ月は持つ見立てである。
病気の正体、そして治療法も見つけ出せると思っているのだろう。
「んー……」
「? どうしたのエリーちゃん」
しかしただ1人、エリーちゃんだけがなぜか釈然としない表情で小屋を眺めていた。
「ちょっと気になっててなー。魔法陣って発動するのに誰かが魔力を注がないとダメだって本に書いてあったんだけど……その、ダグラス……さんは魔力を注いで無かったよなー?」
「……! 鋭いね」
正直、気づかれるとは思っていなかった。
エリーちゃんの言う通りである。
魔法陣は魔力を注がないと発動しないし、俺はあの小屋の魔法陣に魔力は注いでいない。
では、どうして魔法陣が起動するのか。
その理由こそが、俺のマジックアイテムの真骨頂なのである。
「確かに俺は魔力を注いでない。あの小屋の魔法陣はね、大地の魔力を循環させて発動してるんだよ」
「大地の魔力を?」
「そ、まず無限に等しい大地の魔力を汲み上げて魔法陣を発動させる書き方があってね。使い過ぎると土地が死ぬからって国じゃあ禁術扱い、つまり研究することも許されてないんだけど……俺はこっそり研究して、組み上げた魔力を再び大地へ還元する方法を編み出したってわけ」
「無限……するとどうなるんだー?」
「あの小屋の魔法陣には術者は不要、なおかつ無限に魔法陣を発動することができる。ついでに土地は死なない」
「えー……ち、ちなみに欠点とかないのかー?」
「強いて言うなら手動で魔法陣を止められるように書いておかないと、永久にあの小屋から出られなくなる」
「滅茶苦茶だぞー!!?」
常識をことごとく覆す俺の話に、エリーちゃんは口をあんぐりと開けて固まってしまうのであった。
今回の解説
小屋:今回発動した魔法陣はほんの一部分に過ぎない。ココを収容する為の発動パターンはいくつも用意してある。
大地の魔力:正確には星が保有している魔力。魔力が尽きると草一本生えない不毛の土地となる。再生にも非常に時間がかかる。
大地の魔力利用:古い時代から「大地の魔力をくみ上げる」魔法陣は存在している。しかし未完成の技術だったために使用した魔力を大気へ霧散させてしまい、結果土地を死なせる禁術となっていた。
大地の魔力循環:大地の魔力利用にて使用した魔力を、大地へ還すようにダグラスが改良した。もともと膨大な魔力を持つダグラスには必要性が薄い技術なのだが――――




