79話:ダグラスとして、ティコとして
お待たせしました、79話更新になります!
謎の病魔に襲われたココを助けられるのは、ダグラスしかいない。
その結論に至ったレナータちゃんの行動は実に迅速であった。
ココの様態を確認したその日のうちに、シャーロットとエリーちゃん、そしてジンクスを引き連れてレナータちゃんの実家へ向かった。
理由は明白、彼女の実家には俺の家へ瞬間移動出来る魔法陣――「めっちゃ進めるくん」がある。
当然、ギュンター卿はレナータちゃんを止めようとしたのだが……ココの命が懸っている所為か、レナータちゃんは頑固として譲らず、彼女たちは半ば無理やり魔法陣を使ってしまった。
「ユビキタスさん、お邪魔します! レナータです!」
「ガワワワ……」(やばいよもう来ちゃったよ……)
そうして、俺達はめっちゃ進めるくんを使ってユビキタス家の屋敷へと到着してしまった。
まずい、とてもまずいぞコレは。
なんせ事前連絡も無しにここへ来てしまったのだ。
屋敷の皆は当然混乱するだろうし、偽装生活のボロが出てしまうかもしれないし……。
「も、もう魔法使いの国についたのだー?」
「事実だとしたらとんでもないマジックアイテムね……」
「チュウ……」(お邪魔します、という感じの重低音)
(エリーちゃん達まで来ちゃってるしー!)
後ろでは屋敷へ転移したことに驚いているエリーちゃん達が居た。
そう、今回はレナータちゃんを誤魔化せればいいという問題ではない。
ココを襲っている病魔は何と、以前ティコが罹り、俺が治したことにしたソレと全く同じ症状だとレナータちゃんは言った。
つまり彼女たちは、俺にココも治療してもらうよう頼みに来たのである。
「? 誰か来られ――っ!? レナータ様? いっ、いらっしゃいませ」
「ジャクリーヌさん、突然すみません。みんな、この人はジャクリーヌさん。ダグラスさんのお家のメイド長さんで――」
(! ナイスだジャクリーヌ!)
不幸中の幸いというべきか、俺達を真っ先に迎えてくれたのはジャクリーヌだった。
しめた、ジャクリーヌなら視線だけで会話できる!
今は兎に角、ティコがダグラスに戻れる時間を作ってもらわなければ。
(ジャクリーヌ、ちょっといいか?)
(ダグラス、これは一体どういう状況ですか!?)
(すまん、レナータちゃん達を止める間もなかった! 事情はレナータちゃんが言うと思うから、今はとにかく俺を引き離して、ドンゾウさんにティコの代役をしてもらうよう手配を頼む!)
(ああもうっ、承知いたしましたっ!)
レナータちゃんがジャクリーヌを皆に紹介している間に視線を交わす。
頼んだぞジャクリーヌ……!
「――お願いしますジャクリーヌさん。私達、どうしてもダグラスさんに頼みたいことがあるんです!」
「なるほど……、でしたらお待ちください」
ジャクリーヌはそういうと、懐から手のひらサイズの赤いスイッチがついた物体を取り出す。
あれは俺が作った「手動式、屋敷のみんなに声を届けるくん」じゃないか。
「では失礼して……おほん『ダグラスおぼっちゃま、来客です。レナータ様がご友人を連れて、おぼっちゃまに依頼したい事があるとのこと。至急連絡をお願い致します!』
「「!?」」
「チュゥッ!?」
「わわっ! 急にでっかい声がー!?」
ジャクリーヌがスイッチを押して喋り出すと、その声は増強され、屋敷中のあちこちへ拡散されていく。
マジックアイテムのことを知らないレナータちゃん達は、突然の事に驚いたようだ。
なるほど、これで他の使用人にもこの緊急事態を伝えられるな。
(さあダグラス、返事をするついでにティコの診断をするように言ってください)
(ありがとうジャクリーヌ! ラフ、ラム――)
俺は「屋敷のみんなに声を届けるくん」に使用した魔法陣を思い出しながら詠唱する。
使用した魔法陣と全く同じ魔法を唱えれば、マジックアイテムがなくても同じ現象が起こせるのだ。
さらに、チョチョイと別の魔法を組み合わせれば、俺の思考をそのまま声として拡散させることも可能になる。
つまり、ティコとして黙ったまま、ダグラスとして声を拡散させることも可能というわけだ。
『レナータちゃん、久しぶりだね』
「ふぇ!? え、ダグラスさん!?」
虚空から響く俺の声に、レナータちゃんは非常に驚いている。
姿が見えないのに声だけが聞こえている事、そしてジャクリーヌの話が俺にまで届いている事が信じられない様子だ。
丁度いい、混乱している間にこっちのペースに乗せてしまおう。
「い、一体どこに――」
『もちろん自室にいるよ。いや丁度よかった、ティコの体調が心配になって仕方なくてね。用事があるのに悪いんだけど、少しの間でいいから先に診察させてくれないかな?』
「申し訳ありません、あのようにおぼっちゃまは気になった事があるとそちらに集中してしまわれるので……。そう長くはならないと思われます。レナータ様、御友人の皆様もまずは客間にご案内させて頂きますね」
「えっ、は、はい……」
よし、これでなんとかティコの役を交代することは出来そうだ。
そして……稼いだ時間で考えなければなるまい。
俺がこれから、どうするべきなのかを。
「ドンゾウさん、ただいま……なんて言ってる場合じゃないか。ごめんなさい、突然帰ってきちゃって」
「いやいや構いませぬぞ、よくぞ帰られましたな」
まんまとレナータちゃん達と別れて、俺はドンゾウさんと一緒に使用人達の談話室に居た。
俺は着ぐるみマンティコア君を脱ぎながらドンゾウさんに謝る。
「しかし驚きましたぞ。今日は一体どうなされたのですか?」
「簡潔に言うと、レナータちゃんの友達の相棒が、ティコが死んだ病気と同じ病気に罹った。彼女たちは俺にその病気を治してもらうように頼みに来てる」
「それは……なんと」
事情を聞いたドンゾウさんは難しそうな顔をする。
かくいう俺も同じ表情をしていることだろう。
俺はティコを治してなどいない、彼女達の頼みを叶える事なんて出来ないからだ。
賢者の石を作りだし、それをティコに与えることで病を治療して見せた――そんなものは全て嘘っぱち。
実際はティコの死体をいじくって、マジックアイテムを作り、ティコが生きていると見せかけているだけ。
「それで、どのように返事をされますか?」
「断る……しかないでしょうね。賢者の石はもう作れないって嘘をつくしか、ない」
賢者の石なんて一生かかっても作れない。
更にいうなら、ダグラスにはココを助ける義理なんて存在しない訳だし、そもそも魔物の病気なんて専門外だ。
だから、そう、ダグラスは断るしかない訳で。
『私、っ、ココを死なせたくない……!』
(――っ)
頭によぎるのは、ボロボロになって、泣きながら懇願するシャーロットに、変わり果ててしまったココ。
そして、ティコとしてココを助けると誓った――自分自身。
「ねえ、ドンゾウさん。俺さ――」
「?」
一呼吸おいて、俺はドンゾウさんにちょっとした相談を持ち掛ける。
覚悟は決まった、あとは、彼女たちが受け入れてくれるかどうかだ。
「やあレナータちゃん」
「お久しぶりです、ダグラスさん。それで、ティコは……」
「異常はなかったよ。今は眠ってもらってる」
客間にはレナータちゃん達と、3人に対して茶菓子を振る舞っているジャクリーヌがいた。
一緒にきたはずのジンクスは居ない、まあこの客間に物理的に入れないから、きっと玄関でお留守番しているのだろう。
「それと、そこの友達さん達は初めまして、俺がダグラス・ユビキタスだ」
「初めまして、シャーロットです」
「あたしはエリー、初めましてだぞー!」
3人が座るソファとテーブルを挟んで向き合う形で、俺もまたソファに座って自己紹介を始める。
シャーロットはどこか緊張している表情で、エリーちゃんはいつも通りの元気な調子で自己紹介を交わした。
「それじゃあさっそく本題に入ろうか。何か俺に頼みがあるって話」
「はい。今日はダグラスさんにお願いがあって来ました。どうしても助けて欲しい子がいるんです」
レナータちゃんはそういうと、助けて欲しい子……ココについて話し始める。
眠っては自傷する様に暴れ出すのを繰り返していること、医者からは原因不明の病と診断されたこと。
どれも既に知っている事だが、ダグラスとしては初めて聞くし、ジャクリーヌにも聞かせるつもりもあって俺は黙って聞く事にする。
「ココの病状は以前ティコが罹ってた病気とまったく同じなんです。それで、ダグラスさんにまた「賢者の石」を作って貰えないかお願いしにきたんです」
「――っ!?」
レナータちゃんがここへ来た理由を聞いて、ジャクリーヌの表情が一瞬だけ強張る。
賢者の石を作ったという嘘が、今まさに牙を剥いている事に気づいたからだ。
さらにレナータちゃんは言葉を続ける。
「賢者の石を作るのがとっても難しいのはわかってます。だから、作るための素材は私たちが集めます、どんなに貴重な物だって集めてみせます、お礼もなんだってしますっ、だから……ココを助けてくださいっ」
「お願いします! ココは私の大切な家族なんです!」
「あたしにできる事なら、なんだってするぞー!」
レナータちゃん達が一斉に頭を下げる。
俺に賢者の石を作ってもらう、必要な物は全て自分たちが集めてみせる。
彼女達のなんとしてでもココを救いたいと言う決意は固い、俺がどんなに希少な物が必要と言っても、取りに行くに違いない。
「悪いけど、賢者の石は作れない」
だがその決意は、そもそも前提からして間違っている。
彼女達の信じる希望は、初めから存在しない。
賢者の石を生み出し、それをティコへ与えることでえ治療を成し遂げた、偉大な魔法使いなど何処にもいない。
「そんなっ!?」
「――どっ、どうしてよ!? あんたはその賢者の石ってやつを作ったことがあるんでしょ!? どういうことよ!?」
「そうだそうだー!」
俺の返答に、レナータちゃんは悲壮な表情で驚愕し、シャーロットは掴みかからんばかりの勢いで問い詰めてくる。
「ティコの治療に使った賢者の石は偶然の産物なんだ。同じ材料、同じ工程を何度試しても二個目は作れなかった」
「それなら、別のやり方を試したらいいじゃない!」
「魔法使いが生涯かけて、その「別のやり方」を探して一生を棒に振る。それが賢者の石というマジックアイテムなんだよ。どんなに貴重な素材が一瞬で集まったとしても、作るまでに膨大な試行錯誤が必要になる。それまでココの命は持たないだろうね」
「そん、な」
がっくりと、シャーロットは絶望の表情でソファへ崩れ落ちる。
結局のところ、俺は賢者の石を作ることはできない。
その点だけは彼女達に伝えなければならなかった。
「でも――」
そして、伝えなければならないことはもう一つある。
「――俺は、ココの病気の治療法を探す手伝いはできる」
「ダグラスさん、それって……!」
「手伝ってくれるのかー!?」
「え、えっ!?」
俺の言葉にレナータちゃんの瞳に光が灯り、シャーロットも俯く顔をあげた。
そう、賢者の石を作れないとは言ったが、ココを治療しないとは言っていない。
ティコとして抱いた「ココを助ける」という誓いを、俺は投げ出す気にはなれなかった。
「そうだな……シャーロット。エアロドラゴンって飲まず食わずじゃあ何日くらい生きるんだ?」
「えっ。 えっ……と、まったく動かないなら3年は保つわ。でも、ココは暴れて体力も消費するし、そんなに時間は残されてなくって……」
俺の問いかけにシャーロットが動揺した気がするが……まあ気のせいだろう。
やはりあの病気の厄介なところは、罹患した魔物が暴れ出し自傷してしまう事らしい。
それならば、俺にもできることはある。
「それじゃあ俺が専用の病室を作ろう。暴れて消費する体力を最小限に抑えられるよう、病室そのものをマジックアイテム化しておく。これなら病気の治療法を探す時間は稼げるはずだ」
「そんなことが……」
「くっひっひ、できるんだよな」
無数の魔法を組み合わせれば、暴れ狂うドラゴンだって無傷で抑え込める自信が俺にはある。
そうして稼いだ時間でココの治療方法を見つけることができれば、偽りの希望に頼る必要なんてなくなる。
「魔物の治療は専門外だけど、俺も病気について調べてみるよ」
「ダグラスさん、ありがとうございます! それで、お礼は……」
「お礼? ああ、エアロドラゴンの生き血をちょろっと採らせてくれたらそれでいいよ」
元よりお礼目当てでやってるわけじゃないので、俺はレナータちゃんに適当な返事をする。
まあドラゴンの生き血もまた貴重な素材だ、この「お願い」のお礼には相応しいだろう。
「あ、あのっ、ダグラスさん! 本当にありがとうございます! その、途中で失礼なことを言ってしまって、すみませんでした!」
「いいっていいって、俺も紛らわしい言い方しちゃったし。それに、大変なのはこれからだ。医者でもわからない様な病気の正体を、俺たちで突き止めないといけないからね」
シャーロットが先ほどの突っかかってしまったことを詫びるが、俺は気にしていなかった。
そう、これはあくまで戦いの始まりに過ぎない。
ココの命が尽きるのが先か、俺たちが病気を治療するのが先か。
幸い時間は沢山稼げる見込みだ、必ず勝利してみせるさ。
「なーなー、ダグラス……さん。ちょっといいかー?」
「うん? どしたのエリーちゃん」
レナータちゃん達のお願いも少し形を変えて承諾したし、早速作業に入ろうかと思ったその時、エリーちゃんが話しかけてきた。
一体どうしたというのだろうか。
「いや、アタシがちょっと気になっただけで、ココの話とは全然関係ないんだけどなー。どうして賢者の石をティコの治療に使ったんだー? 一度しか作れない貴重なものだったんだろー?」
ふむふむ、そういうことか。
まあ……もし本当に賢者の石を作っていたとしても、きっと俺はティコを治療するためにただ一つの賢者の石使っていただろう。
何故なら――
「一度しか作れなかったから、俺はティコの治療に使ったんだよ。便利な道具っていうのは沢山の人達に使われるべきもので、量産できないマジックアイテムなんて失敗作と同じ。それにいくら価値があっても使わないと損だから、さっさと人のために使った方がいいだろ?」
「おおー、なるほどなー」
「す、凄いわね……」
「ほえぇ……」
俺がその質問に答えると、エリーちゃんだけではなくレナータちゃんとシャーロットにまで尊敬のまなざしで見られてしまうのであった。