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78話:偽りの希望にすがる者共

お待たせしました、78話更新です!

皆様からのブクマ、感想、評価、大変励みになっております、ありがとうございますね。

「グギィ、ギュアァァ!!!」


 眼前の病室で、空色の竜が咆哮する。

 喉を傷つけてもなお吼え続け、そしてブレスを撃ち続けていたのだろう、いつもの楽しそうな声は既に聞く影もなく濁り切っていた。


「ガゥ、グルル……?」(ココ、だよな……?)


 変わり果てた姿のココを前にして、俺は動くことができない。 

 あの悪戯好きで甘えん坊だったココと、目の前の存在が同じモノだと信じることができなかった。



「おねがい……ココを、止めて……!」

「――っ! ティコ! 押さえ込んでっ!」

「! ガ、ガウッ!」


 シャーロットの懇願を聞いたレナータちゃんが、即座に俺へ指示を飛ばす。

 それでようやく我に返った俺は、慌てて病室へと飛び込んだ。


(むぐっ、匂いが……)


 病室の中は、むせ返るような血の匂いが漂っている。

 あらゆる箇所に、新鮮な血液がこびり付いているのだ。

 シャーロットの血にしては量が多すぎるし、おそらくコレはココの血なのだろう。


「ギュィッ、ググギ! ギャゥ!」


 ココはシャーロットが傷つき倒れていても、お構いなしに暴れている。

 腕が傷つこうとも鎖を引きちぎろうとし、翼や頭を砕かんばかりに、壁へと打ち付けていた。

 まさに、狂乱しているとしか言えない状態である。



「ガァッ!」(やめろっ!)


 ココの自傷行為を止めるべく、俺は全体重を乗せて飛びかかりその体に組み付いた。


「ギャゥ! ガブゥッ!」

「ガギャァッ!?」(あっだぁ!?)


 俺に対し、ココは容赦なく本気で噛み付いてくる。

 着ぐるみと痛覚がリンクしているために、右肩辺りが燃えるような痛みに襲われる。


「ティコぉっ!?」

「ココっ! だめっ、やめてぇぇぇ!」


 レナータちゃんとシャーロットの叫び声が耳に届く。

 怯むな俺、この場でココを抑え込めるのは俺しかいないんだぞ……!

 彼女たちの声を聞いて奮起した俺は、改めて四肢に力を込め、ココの動きを封じ込めた。



「ガギャ、グオォォォ!!!」

「ガウッ! ガウガウ! ガォォォッ!」(ココ! 俺だ! わからないのか!)


 ココに向かって呼びかけるが正気に戻る様子はなく、理性のない咆哮をあげながら、拘束を解こうと踠き続けている。


(くそっ! 最高出力じゃないと抑え込めない! でもそれじゃ何が起きるか……!)


 俺とココの力は拮抗している、しかしそれは一時的なものすぎない。

 片方が理性をなくし、その力を滅茶苦茶に振り回している以上、何が起きるか分からないからだ。

 いつ、何かのはずみで均衡が破れて、俺かココが大怪我を負ってもおかしくなかった。



「ジンクス! 封印魔法でココを縛り上げろー!」

「チュゥ! チュウチュウチュゥーーッ!」


 何か打てる手は無いかと思案したその時、病室の扉からエリーちゃんとジンクスの声が聞こえた。

 直後、光り輝く鎖が何十本とジンクスの足元から生えてきて、俺とココに向かって伸びていく。


「ガオッ!」(俺ごと縛ってくれ!)

「チュウッ!」


 ジンクスが封印魔法を使った事に驚く余裕はない、このまま俺もろともココを縛ってもらうことにする。

 何重もの鎖で俺達はぐるぐるに縛り上げられ、身動き一つ取れなくなった。

 結構な出力だ、きっとジンクスの得意な魔法なのだろう。



「ギュ、グ、ギッ、ギ……」

「ガルルゥ?」(落ち着いてきたか?)


 俺の拘束もあってココは完全に動けなくなり、抵抗する力も次第に弱まっていくの感じた。


「グ……スゥーッ……スゥーッ……」

「ガ、ガウッ……」(ね、寝たか……)


 やがて、どう足掻こうと無意味に終わると悟ったのか、それとも精魂尽き果ててしまったのか、ココはアッサリと眠りに落ちるのであった。



「良かった、止まってくれた……!」

「ナイスだぞジンクスー!」

「チュウッ!」(特訓の成果ですよご主人、といった重低音)


 暴走するココを止めて、ほっと一安心する俺たち。

 ココはしばらくは俺もろとも縛っておいた方がいいだろう。

 起きる様子がなければ、拘束を解けばいい。


「シャーロットちゃん、一体何があったの?」

「…………ひぐっ」

「シャーロットちゃん?」


 その間にシャーロットから事情を聞こうと、腕の中にいる彼女へ問いかけるレナータちゃん。

 するとシャーロットは――


「ひぐっ、ひっく……レナータぁ……! ココが、ココが……うわぁぁぁぁぁん!!!」


 ――俺たちが来てくれた事で安心したのか、堰をきったようにボロボロと大粒の涙を流し、泣き叫ぶのであった。




「シャーロットちゃん、大丈夫? 落ち着いた?」

「ありがと……大丈夫じゃないけど……落ち着いたわ」


 それから数分が経ち、俺達は病室の前の廊下にいた。

 ひとまずシャーロットは泣くだけ泣いて、落ち着きを取り戻したらしい。


 ココの方もあれから起きる様子はなかったので、既に拘束は解かれている。

 先程までの狂乱っぷりが嘘のように、静かに眠っていた。

 その間にエリーちゃんが医者を呼んできてくれたので、今は暴れて傷ついた箇所の治療をしてもらっている最中だ。


「なあシャーロット、ココは一体どうしたんだー? その……なんか、病室は血塗れだし、ココもお前もボロボロだったし……」


 魔物の血が苦手なエリーちゃんは、なるべく病室の中を見ないようにしながら事情を尋ねた。

 すると、シャーロットは泣きそうな、そして悔しそうな表情で語り始めた。



「……私にも、全然わかんないの。ビーストマスターズの本戦に出る直前で……突然ココの意識が無くなって……病院に連れて行ったら、その日のうちに目が覚めたんだけど……それからずっとああ(・・)なの」

「ああって、もしかして3日前からあの調子なのかー……?」


「そう、目が覚める度に暴れるようになって、私の言うことも全然聞いてくれなくなった。……一頻ひとしきり暴れ終わったら、また眠ってを繰り返して……」


「もうずっと、ご飯も食べてないの。お医者様が調べても何の病気なのか分からないって言われて、私……、私、どうしたら良いか分からなくて……このままじゃココが、しっ、死んじゃう……のに……!」


 再び目から涙を零し始めるシャーロット。

 つまり、ココは原因不明の病に冒されて、この3日間の間起きては自分を傷付けるように暴れまわり、それが終われば意識を失う事を繰り返し続けていたのだった。


 そしてシャーロットは俺たちが来るまでずっと1人、不眠不休で暴れるココを止めていたのである。


(何も分からないまま、か……辛かったろうに)


 何の病気かわからないということは、つまり治る見込みもわかっていないということだ。

 何の薬を投薬すれば良いのか、時が経てば治癒するのか、それとも……既に手遅れなのかもわからない。

 そんな状態で、シャーロットはきっと治るという希望に縋り、暴走するココと1人向き合っていたのだ。


 どれほどまでに辛かっただろうか、俺には計り知れなかった。



「……ひぐっ。2人とも……お願い……助けて……! 私、っ、ココを死なせたくない……!」


 あの気丈で、誰よりもプライドの高かったシャーロットが、涙を零しながらレナータちゃんとエリーちゃんに懇願している。

 今やそれほどまでに、シャーロットは擦り切れて、弱り果てていたのだ。


「…………」

(――? レナータちゃん、何か……)


 シャーロットの懇願にレナータちゃんなら即答しそうなものなのだが、少しだけ間が空いた。

 俺がレナータちゃんの方に目を向けると、彼女は何か逡巡しゅんじゅんしている様に見える。


 まさか迷っているのだろうか、いや、あの友達想いで優しい彼女からすれば、有り得ないと思うのだが……。




「……安心してシャーロットちゃん。私も協力する、ココは絶対に死なせない!」


 ああ、良かった。

 レナータちゃんはシャーロットに、ココを助ける事を約束してくれたのだった。

 まあ友人の相棒を見捨てるなんてことを、彼女がするはずがないのは分かり切っていたが。


「あたしもココを助けるぞー!」

「ちゅぅちゅう!」(自分もです!といった感じの重低音)

「ガォッ!」(もちろん!)


 レナータちゃんに続いて、エリーちゃん達や俺も協力を約束した。

 俺だって、このままの状態のココを放って置けないからな。



「それで、シャーロットちゃん。さっき言ってたココの病気の事なんだけど……お医者様は「何の病気か分からない」って言ってたんだよね?」

「うん……」

 

 早速、レナータちゃんはシャーロットに先ほどの話の確認を取る。

 ココを苦しめているのは、この病院の医者でさえも原因が分からない病気だ。


「うっ……冷静に考えてみると、これあたし達でどうにかなる問題なのかー?」


 エリーちゃんはその事実を再確認し、尻込みする。

 確かにエリーちゃんの言うことももっともだ……ココを助けると誓っておいてアレだが、医者でもない俺達でどうにかなるものなのだろうか。




「大丈夫だよ2人とも。私ね、ココが罹ってる病気、見たことがあるんだ」

「そうなのかー!?」

「えっ!?」


 なんと、我がご主人は同じ病気を目にしたことがあるらしい。

 レナータちゃんは驚く2人に対して、実に頼もしく頷き返す。


「ホント!? それでっ、この病気は治るものなのっ!?」

「うん。治すことが出来る人も知ってる」


 おいおいマジかよ、楽勝じゃないか!

 だったらあとは、その病気を治した事のある奴の元でココを診て貰えば解決したも同然。


 さすがレナータちゃんだ、腕のいい医者を知ってるんだな――




ねっ(・・)ティコ(・・・)!」

「ガウ?」


 そう思っていたら、俺は何故かレナータちゃんに同意を求められる様に話を振られる。


 この会話の流れで同意を求められると言うことは、つまるところ、レナータちゃんが知っている「病気を治した人」は、どうやらティコ(オレ)も知っていると言う認識だと言うことだ。



(ま、さ、か)


 背筋にヒヤリとした感覚を覚え、頭の中が危機感で埋め尽くされる。

 人は、危機的状況に陥ると通常より早く回ってくれるらしい。

 此処に辿り着くまでに覚えた数々の疑問が、氷解していく。



 『ココが罹っている病気、見たことあるんだ』『ティコも前に入ってたでしょ?』

 あれは、以前ティコが入院していた理由が、ココと全く同じ理由だったからではないのか?


 『お医者様はなんの病気か分からないっていったんだよね』

 ティコや、他の魔物達の命を奪った病気もまた、原因も病名も不明のままだった。


 『…………』

 彼女が逡巡していたのは、まさか本当に迷っていたのか。

 ソイツから、ただ一度きりの貴重なマジックアイテムで病気を治したと聞いたから、二度目がある保証がないから。


 『うん、治すことが出来る人も知ってる』『ねっ、ティコ』

 そして、病気を(・・・)治した事(・・・・)にした(・・・)、レナータちゃんとティコが知る共通の人物は。




「ダグラスさんなら、きっとココも治してくれる!」

(う、う、嘘だろぉぉぉぉぉ!!?)


 そう、俺ことダグラス・ユビキタスに他ならない。


 ここにきて俺はようやく、ココの命が俺にかかってしまっていることに気付いたのである。

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