77話:納得できない結末と、行方知れずの彼女
お待たせしました、77話更新です!
「シャーロットちゃん、今日も来てないね……」
「グゥゥ……」(そうだね……)
教室に入り、レナータちゃんはまっ先にシャーロットの席がある方向を確認する。
……しかし、そこには空席があるだけだ。
「ビーストマスターズからもう3日も経ってるのに、大丈夫なのかな……」
この3日間、レナータちゃんは姿の見えないシャーロットと、その相棒のココをずっと心配していた。
魔物使いの国で最も強い魔物使いを決定する大会、ビーストマスターズは既に終わりを迎えている。
成人の部はリアーネさんの活躍により見事参加者全滅の優勝者なし、そして学生の部ではタクマとまるもちのコンビが優勝をしている。
しかし、優勝者が決まるまでの過程に納得できる人間は、殆どいなかっただろう。
全ての原因は、あの学生の部本戦第1試合にある。
前代未聞のシャーロットの棄権により、タクマは無傷での不戦勝を果たしてしまった。
強力な魔物であるボーパルバニーが、全く消耗せずに勝ち上がってしまった影響は非常に大きい。
結果、タクマ達は消耗している他の選手達を圧倒し、あれよあれよと優勝してしまっている。
本来であれば、シャーロットとタクマの戦いで最高のスタートを切り、消耗しボロボロとなった選手達の全力のぶつかり合いがみられるはずだったのに。
「あのー、タクマくん? 優勝トロフィー、受け取ってもらえませんかー……?」
「嫌です。 俺、シャーロットと決着をつけない限りはソレは受け取りません」
教室の片隅では、今日もセラ先生がタクマにトロフィーを差し出して、断られている。
タクマもどうしても納得できず、優勝トロフィーの授与を断固拒否している始末。
今や魔物使いの国の誰もが、ビーストマスターズの結果に満足していなかった。
「……ティコ。シャーロットちゃん、きっと大丈夫だよね……?」
「ガウガウ、グゥ……」(大丈夫だよ、多分……)
そして何よりも気がかりで不可解なのは、あれから一度もシャーロット達の姿を見ていないことである。
シャーロットが棄権した理由は、ココの具合が急に悪くなったことが原因だと、そう聞いている。
だが、それは本当なのだろうか?
試合直前に俺とレナータちゃんはシャーロット達に会っている。
見た限りだと、ココはいつもどおり元気いっぱいで、どこもおかしな所は無かった。
「信じられない」と、今でもそう感じている。
しかし、彼女たちは本戦を棄権しているし、今日も学校を休んでいた。
(間違いなく、何かあったんだ。でも、何があったっていうんだ……?)
直前までシャーロット達と一緒に居た癖に、俺達には事情が何一つわかっていない。
「…………」
「ガウゥ、ガウガウ?」(レナータちゃん、そろそろ席に座ろう)
不安の表情のまま立ち尽くしているレナータちゃんに、俺は授業が始まりそうなので席に座るように言った。
しかし……。
「うう……今日もタクマくんにトロフィーを渡せませんでしたぁ……」
「あの、セラ先生!」
「ガウッ?」(レナータちゃん?)
レナータちゃんは意を決したように力強い足取りで、セラ先生の方へ歩いていく。
「はいっ!? 何ですかレナータさ……」
「シャーロットちゃんのいる所を教えてください!」
「いっ!? それは言え……、いえっ!? 先生はシャーロットさんが何処にいるかは全然知りませんから」
「話してくれたら今度お母様がいる時に先生をお家に招待します」
「シャーロットさんは国立魔物病院で入院してるココちゃんを看病してまぁす!」
「ガガゥ!?」(口軽すぎ!?)
生徒の個人情報ダダ漏れじゃねぇか!?
というかレナータちゃん、シャーロットが心配だから様子を見にいくつもりなのか。
「ありがとうございます先生! ティコ、早速病院に行こう!」
「ガウガウ!?」(しかも今から!?)
「レナータ様、いってらっしゃいませ!」
「ガウガガ!」(いや先生は止めろよ!)
居てもたってもいられない様子のレナータちゃんは、俺を連れて教室の外へと飛び出していく。
セラ先生もすっかり隷属してるし、ダメだこりゃ。
「レナータ! 俺もついて行――」
「タクマくん! ダメですよ今から授業を始めるんですから!」
「ええええ!? なんで俺はダメなの!!?」
教室を出ていく俺たちを見て、タクマが付いていこうと立ち上がった瞬間に、正気(?)に戻ったセラ先生がエンリルをけしかけた。
なるほど、セラ先生はあくまでレナータちゃん限定の下僕だということか、これはひどい。
そして俺たちは教室を後にして、外へ向かおうと来た道を逆走していると……。
「おー! レナータおはよー……ってもう直ぐ授業始まるのにどうしたんだー?」
「ちゅう?」(早退するんですか?という感じの重低音)
今まさに教室へ向かおうとするエリーちゃん達と、ばったり鉢合わせた。
「エリー、おはよう! ちょっと私、シャーロットちゃんが心配だから様子を見にいく!」
「なるほどなー、それならあたしも付いてくぞー!」
「ちゅう!?」
なんと、エリーちゃんも授業を放って俺たちについてくると言い出した。
いやまあ、ここは教室の外だし、セラ先生もいないから授業をばっくれることも可能なんだろうけど……。
「ええっ!? でも授業は」
「それはレナータも一緒だろー? あたしもシャーロットの友達だからなー!」
「エリー……」
やはり、エリーちゃんもシャーロットのことが心配らしい。
何をいっても彼女達は付いてくるだろう。
(まあ、俺もなんだかんだ心配だしなぁ)
マンティコアである俺に、異論を挟む余地はあるまい。
俺たちは2人と2匹になって、シャーロットの元へと向かう。
(……しかし病院か、本当にココの具合が悪かったのか)
セラ先生が告げたシャーロットの居場所。
それはつまり、シャーロットがビーストマスターズ本戦を棄権した理由に偽りがなかったことを指している。
……だからといって違和感が消える訳でもなく、むしろより一層強まってしまう俺なのであった。
国立魔物病院という場所は、その名の通り魔物のための病院であるらしい。
しかも国立と付くことから、きっと国一番の病院であることは想像できた。
「ガウッ、ガファァ……。ガウガウガァ」(それにしたって、城かよ……。いやまあ学校も似たようなもんだったけど)
「久しぶりに来たよね、ティコ。でも今日はティコの診察じゃなくて、シャーロットちゃんのお見舞いだから」
目の前にある白亜色をした巨大な建造物を前に思わず固まる俺。
病院という名前に似つかわしくない程に厳かな雰囲気を纏っているそこが、国立魔物病院なのであった。
沢山の魔物達が利用するから仕方ないのかもしれないが、中にドラゴンとかが住み着いてると言われても信じられるレベルででっかかった。
「ちゅぅ……ちゅぅ……」(病院怖い……と言った感じの重低音)
「ジンクス安心しろー、お前の診察に来た訳でもないからなー」
ガタガタと巨体を揺らすジンクスを、エリーちゃんが宥めている。
見てみれば、この病院に入っていく魔物達は皆揃って怯えているようだった。
どうやら、苦い薬やら痛い注射やらが嫌いなのは魔物も同じらしい。
だがまあ、レナータちゃんの言う通り今日はシャーロットのお見舞いに来ている。
そのまま俺たちは病院へと入って、これまただだっ広い待合室を通って、受付さんの元へ向かった。
「おはようございます。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あの、私達シャーロットちゃんと、エアロドラゴンのココのお見舞いに来たんですけど」
「お見舞いですね。シャーロットとエアロドラゴンの……ココ?」
「あ、ココは愛称で、本名はクロードって言います」
「ああ、エアロドラゴンのクロードさんですね。確かにこちらに入院されていますよ」
受付のお姉さんに聞いたところ、確かにシャーロットとココはこの病院に入院しているとのことだった。
……そういえば、ココって名前は愛称だったんだな。
「ですがお見舞いは……うーん」
「「?」」
すると、何故だか受付のお姉さんは俺とジンクスを交互に視線を向けた。
俺とジンクスはそろって首を傾げる。
ひょっとして、俺たちのサイズがデカすぎて病室に入れないとか?
「……マンティコアにビックリマウス、この2人なら多分大丈夫よね」
「? どう言うことなのだー?」
「いえ、なんでもありませんよ。お見舞いですね、クロードさんは地下病棟の方に入院されてますから、そちらの階段を下ってください」
気になったエリーちゃんが問いかけるも、受付さんはひらりと質問を躱して、シャーロットのいる場所を教えてくれた。
……この2人なら大丈夫とか言っていたが、なんなのだろう。
「ただ……病室に入るのは危険な時がありますので、気を付けてくださいね」
「!? そ、それって一体――」
「それは……直接見にいかれた方が、分かりやすいと思います」
受付さんから不穏な言葉が飛び出してきて、衝撃を受ける俺たち。
「……行こう。みんな」
「お、おうー」
「ガァフ」
「ちゅう……」
だんだんと膨らんでく不安を振り切るように、俺たちは地下病棟へと向かった。
「グルゥ」(暗いな)
「暗いね……」
そうして訪れた地下病棟は、病院の白い外観とは正反対の暗い場所であった。
壁に掛けられたランタンがぼうっと廊下を照らし、あちこちの扉からは魔物の声が響いている。
視覚的にも、そして雰囲気的にも暗い、暗すぎて俺とレナータちゃんの言葉がかぶってしまうくらいだ。
「ま、まるで牢獄だぞー……」
「チュゥ……」
おどろおどろしい様相にエリーちゃんとジンクスは怖がっている。
確かに、此処はまるで罪人を閉じ込めておく牢獄のようにも見える。
しかし、シャーロットは本当にここに居るのだろうか……?
「それもあながち間違ってないかも。ここって、怯えたりして暴れちゃう魔物を収容してるところだもん」
「ガウ?」(そうなの?)
「うん……って、ティコも前に入ったでしょ?」
「ガ、ガウガウ……?」(そ、そうだったね……?)
え、そうだったの?
俺に覚えがないという事は、きっと生前のティコの話に違いない。
しかしティコがこんなところに収容されるというのはどうにも引っかかるなぁ。
ココもそうだが、ご主人様によく懐いている魔物は制御が効くし、暴れだすなんてそうそう無いと思うのだが……。
「シャーロットはどこなんだー?」
「もう近いと思うんだけど……」
廊下を歩き続けて暫く経つ、レナータちゃんがもうそろそろだと言ったその時―――
「きゃあぁぁぁあ!!!」
「「「「!!?」」」」
ガゴン!! という轟音と共に扉の一つがぶち破られて、中から一人の少女――シャーロットが悲鳴を上げながら転がり出てくる。
「がっ!? ――か、は」
「シャーロットちゃんっ!!?」
シャーロットは勢いのまま壁に強く背中を打ち付けて倒れる。
それを見たレナータちゃんが真っ先に駆け寄って、彼女を抱き起した。
「ガウッ!!?」(大丈夫かっ!?)
「シャーロットー!?」
「チュウゥ!?」
俺達は一瞬何が起きたのか理解できずに固まってしまうも、レナータちゃんの行動を見てすぐさま正気に戻った。
俺達も慌ててシャーロットの元へ駆け寄る。
「っはっ……だめ……、お願い……」
「シャーロットちゃん! 大丈夫!? 何があったの!?」
「ガ、ガウガウ」(ぼ、ボロボロじゃないか)
三日ぶりに見たシャーロットの姿は、酷いものだった。
服も体もボロボロで、その顔からは生気がすっかり抜け落ちてしまっている。
碌に眠っていないのか目に隈まで出来ていて、あの自信に満ち溢れた表情は見る影もない。
一体、何があったって言うんだ!?
「……お願いだから、いう事をきいて……大人しく、して……」
シャーロットはやって来た俺達に意識を向ける余裕すらないのか、自分が飛び出してきた部屋に向かって手を伸ばし、力なく語りかけているだけだ。
「ガルルルルル……!」(この部屋にいる奴がっ……!)
シャーロットがこんなにボロボロなのも、今しがた吹き飛ばされて来たのも、おそらくこの部屋に居る奴が犯人に違いない。
俺は臨戦態勢に入り、その部屋を睨み付けて――――
(―――――)
――そして、気付いてしまった。
部屋の中に居るソイツが何なのか。
いや、実の所、俺は分かっていたのかもしれない。
シャーロットが此処に居て、ソイツが此処に居ないなんてある筈がないのだから。
「……ココ……どうして……」
「グギ、ガ、ガァァぁァァ!!!」
鼓膜を破らんばかりの咆哮。
空色の鱗に覆われた体は、所々血がにじんでいて。
瞳には理性など存在せず、四肢は鎖でガチガチに縛られていて。
その部屋には、変わり果ててしまったココが、収容されていた。