75話:予選・終戦
お待たせしました、第75話更新となります。
次回の更新ですが、忙しくなりそうなので5/18は難しいかもしれません。
更新が無ければ再来週の5/25に更新となります。
「ルフが降りてくるぞー!」
「わあああ逃げろぉぉぉ!!?」
メルツェルにより怪鳥ルフが予選へ投入され、数刻が経つ。
予選参加者は今や、その一挙一動に恐慌するほどにルフに対して恐れを抱いていた。
「クァァァァアアア!」
「あっ――――むぎゅん…………」
ルフがホバリングを止めて、アリーナへと降下する。
地面へ着地したと同時に、参加者の何人かを踏み潰してしまった。
アリーナの3分の2を埋めてしまうほどの巨体は、ただ地面におりるだけで地上の生命体にとって致命的な威力を発揮する。
「くそったれっ! ティサラ、火炎弾だ!」
「ブギャウッ!」
火蜥蜴を従えた参加者が、地上に降りたルフに向かって火球を放つよう命令した。
サラマンダーの口から放たれた火球は結構な速度でルフへと向かってゆき、見事直撃する……が。
「嘘だろ、おい。燃えてねぇじゃねぇか!?」
怪鳥ルフが成体のドラゴンに匹敵する理由の一つが、その羽毛の頑強さにあった。
軽く、燃えず、硬く、しかし柔らかいという、二律背反が成立しているソレに、ルフの体は覆われている。
「クァッ!!」
「ちょ、こっち来て……むぎゃ!?」
「ぷぎゃん!?」
自らに攻撃を加えたものを見逃すはずもなく、ルフは小鳥が地面を跳ねて移動するのと全く同じように、ぴょんと主従を踏み潰してしまった。
――先ほどからルフは、上空へ留まっているかと思えば時折地面へと降りてくる、この行為を繰り返していた。
空中での羽ばたきはそれだけで烈風を起こし、空を舞う他の存在を地上へと叩き落としてしまう。
地上に着地をするだけで、尽くを踏み潰していく。
攻撃らしい攻撃は全く行わないままに、その巨体がもつアドバンテージだけで参加者たちを壊滅状態まで追い詰めていったのだ。
「ひゃああああ!!?」
「こんな怪物勝てっこない!?」
「時間終了まで逃げ切るんだー!」
当初はルフを倒そうと挑んだ参加者たちも、今やみっともなく逃げ惑うばかり。
しかし、アリーナにはまだルフ以外にも強い魔物たちが残っていて、逃げた先でやられてしまう者もいる。
それでも選手の大半は、魔物を倒すという考えは捨て、何とか予選終了まで生き残ることを優先してしまっていた。
「うんうん、これで僕の想定通りだ」
「ガウェー……」(ええー……)
満足げに笑うメルツェルを見て、俺はちょっとだけ引いてしまう。
まさかこんな一方的な蹂躙劇をするつもりだったとは……。
「メルツェル先生、一体いつのまに怪鳥ルフなんて魔物を……!?」
「ついこの間だよ、前の遠征で手懐けてきたんだ。モンスターフードで餌付けしたらあっさりね」
「この国で飼われた事のない魔物って、ルフのことだったんですか!?」
「ガウガウ」(モンスターフードすげぇ)
怪鳥ルフを餌付ただけで手懐けられるものなのか!?
メルツェルの手腕もあるのだろうけど、それにしたってモンスターフード凄すぎだろう!?
「さて、後は参加者が全滅するか、時間まで生き残るのか、はたまたルフを倒すかの三択になった訳だ」
「……」
レナータちゃんは不安そうな表情でアリーナを見つめていた。
シャーロットやタクマたちが心配なのだろう、確かに2人は強いが、怪鳥ルフは天災級の魔物だ。
真正面から戦って勝てる者は皆無に違いない。
「シャーロットちゃん、タクマくん、頑張って……!」
それでもレナータちゃんは、親友2人の無事を願わずにいられなかったのだ。
「キュゥゥ……!」
「ココ、無理して飛ばなくて良いわ。今下手に目立つとルフに狙われる」
ルフが再び上空へと戻り、シャーロットとココは地上へと降りていた。
ココが翼を振るおうとするものの、上から猛然と吹きつけてくる風によって上手く飛翔できないのだ。
「さすが百獣使い、素直に予選を終わらせる気はないってわけね。……とゆーか、このままだと全員普通に全滅するんじゃない?」
ルフによる蹂躙から逃れつつも、どこか他人事のように現状を分析するシャーロット。
ココに騎乗しての空中戦は、向こうが飛ぶだけで封殺されてしまう。
自慢の槍も、ルフの羽毛を貫くほどの化け物じみた一品ではない。
最大威力である空気ブレスへの引火も、向こうが羽ばたけば爆風がこっちに返ってくるだろう。
実際問題、彼女にはルフに対抗する手段がまるでないのであった。
「今の私とココじゃ無理……」
「キュゥ……」
シャーロットは冷静に分析を終えると、そう結論づける。
自分では絶対にルフに勝てない。
それならば、他の選手と同じく逃げ回るのか?
否、空を飛べない自分たちなど、他の魔物にやられてしまう可能性すらある。
では、諦めるしかないのか?
「私は絶対に諦めない――」
シャーロットは周囲を観察する。
逃げ惑う者、恐怖しつつも余力を残しているらしい者、なんとか反撃を試みようとする者たちが、バラバラに存在している。
「――けど、尻尾巻いて逃げるのも御免よ」
シャーロットは諦めない。
自分を見守っているだろう、ただ一人の親友に無様を見せるつもりもない。
その証拠に、彼女はルフに対する敵愾心を、決して捨ててはいなかった。
「くおおお、風がすげぇ……!?」
「……怪鳥ルフ……こんなの聞いてない」
上空からの烈風に、タクマとツクヨはたまらず怯む。
先ほどまで戦闘していた2人だが、ルフの出現により戦闘どころではなくなってしまっていた。
「フ、フシャー!?」
「まるもち! あっぶねぇ……っ!」
その体重の軽さから吹き飛ばされそうになるまるもちを、タクマは慌てて抱き込んだ。
「ツクヨ! ちょい休戦していいか!?」
「わかった……これじゃあ戦いにならないし……私も飛ばされそうだし」
「――――!?」
ツクヨの方は本人が飛ばされそうになっており、相棒のフェルナンデスが彼女の服に足を引っ掛けて何とか留めている状態だった。
とても戦えるような状態ではないため、一時的に矛を収める事にする。
「……休戦するのは良いけど……どうしようか」
「だな、これじゃ点数も稼げねぇし……」
片や相棒が吹き飛ばされ、片や主人が吹き飛ばされかける。
強風吹き荒れるアリーナでは、二人とも思い通りには戦えそうにない。
「ちょっとアンタ達大丈夫!? まだ生きてるわよね!」
「キュアーッ!」
「どわあっ!? シャーロット!?」
突然後ろから掛けられた声にタクマは驚く。
シャーロットとココのコンビが、まさか走ってくるとは思わないだろう。
「くそう! 俺達がまともに戦えないから、とどめを刺しに来たのか!?」
「……たんま……すとっぷ……当方に戦闘の意思はない」
「アンタ達私を何だと思ってるわけ!? 私は竜騎士よこの状況で攻撃するほど落ちぶれちゃいないわよ!」
タクマとツクヨはシャーロットがてっきり自分達を倒しに来たと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
「はぁ……ったく。ねぇ、アンタ達ルフをどうにかしたいとは思わない?」
「そりゃ、倒せるもんなら倒したいけど」
「……流石にあれは無理かも……でも邪魔だから消えてほしい」
唐突にルフを倒したいかと問われ、困惑しながらもタクマとツクヨは「倒したいけどムリだろう」と答える。
その答えを聞いたシャーロットは二ヤリと笑う。
――倒したい意思が残っているなら、十分だと言わんばかりに。
「だったら、私達で手を組まない? 」
「は、はあっ!?」
「……うそぉ」
「私に策があるわ、それが上手くいったらルフを倒せる」
蹴落とし合う関係にある者同士が、手を組む。
まさかの提案を、あり得ない人物からされたことで二人は大いに驚く。
「……それって……ルール違反じゃないの?」
「ルール違反じゃないわよ。そもそも選参加者同士で手を組んではいけないなんてルールは存在しないわ」
「……でも……参加者同士で攻撃していいって」
「それは「許可」であって、私達は互いを攻撃するように強要されてるわけじゃない。つまり、参加者同士手を組んでルフを倒したって何も問題はないってこと。……まあ、手を組んで倒したら点数がどうなるかまでは知らないけど」
「……確かに」
シャーロットに説き伏せられて、ツクヨは納得する。
メルツェルからはルールにないことをしてはいけないとは言われてはいない。
協力して倒した場合の得点が分からない以外は、参加者同士で協力し合っても失格にはならなさそうであった。
「――うっし、そういうことなら乗ったぜ! ツクヨもやるだろ?」
「……私で役に立つなら……あと二人が裏切らないなら」
「竜騎士の称号に誓って、この予選中は裏切らないと宣言するわ。これで安心でしょ」
「俺もぜってぇ裏切らねぇ!」
「……わかった……私も協力する」
こうして、一つのチームが結成された。
怪鳥ルフを倒すべく、3人と3匹が動き出す。
シャーロットの策により、このチームは二手に別れていた。
「キュゥクッ!」
「ツクヨ、後ろにしっかり掴まってなさい」
「……まるもち……すっごいふわふわ」
「キュー」
「ちょっと聞いてる!? アンタが結界をしっかり張らないと私達危ないんだからね!?」
ココに騎乗しているのは、シャーロット、ツクヨ、そしてまるもちである。
まるもちを抱っこし、その毛並みにうっとりするツクヨを、シャーロットが叱り飛ばしていた。
「まるもちめ……女子に抱っこされて満悦そうな顔しやがって……! 羨ましくないんだからな!」
「―――」
「俺が要なんだからしっかりしろ? わ、わかってるぜフェルナンデス。……ところでお前、すっげー艶々だな。鏡みたいだ」
「――!」
「お、嬉しいみたいだな、よしよし」
もう一方は、タクマとフェルナンデスである。
フェルナンデスの甲殻をタクマが褒めると、フェルナンデスは嬉しそうにツノを上下させている。
この作戦にあたり本来の主従を入れ替えるというのは、魔物使いにとっては異色の行動だ。
しかし、ルフを倒すにはタクマとツクヨ、そしてそれぞれの相棒の力を組み合わせる必要がある。
「クァアアアアっ!!!」
「っ! ルフが降りてきた! 仕掛けるわよ!」
ルフが耳をつんざくような声をあげ、次なる犠牲者を出すべく地上へと降り立つ。
上空から降り注ぐ烈風が無くなるこのタイミングが、作戦開始の合図であった。
「キュックーーッ!!!」
ココが待ってましたとばかりに翼を振るい、2人と一匹を乗せて空へ舞い上がる。
行く先は、怪鳥ルフの真正面だ。
「ココ! 最大威力! ガオ、ラグーン、ニール、炎よ!!!」
「スァァァ――カァッ!!!」
怪鳥ルフに対し、真っ向から全力をぶつけるシャーロットとココ。
エアロドラゴンの空気ブレスが引火し、爆炎となってルフへ襲い掛かる、だが――
「クァッ、クァァァッッ!!!」
――不意打ちでもなんでもない、小細工なしのその攻撃をルフは冷ややかに一瞥すると、片方の翼を一閃。
「キュゥゥゥゥ!!?」
「あ、ああっ!?」
たったそれだけの動作で爆炎は打ち返されて、烈風と共にシャーロットへと跳ね返ってくる。
このままでは爆炎にのまれた挙句、風に吹き飛ばされて壁に叩きつけられてしまうだろう。
「……バグ、ライナ、サラス、結界よ、硬く、さらに硬く、決して燃えず、我が身を守れ!」
すかさず、ツクヨが結界魔法でココとココにのる全員を防護する。
全身を覆う結界により、シャーロット達は爆炎と風に襲われ、壁に叩きつけられても、無傷でやり過ごすことができた。
「……すごい威力……結界もろとも押し流された」
「無傷ならなんの問題もないわ! もっともっと仕掛けるわよ!」
「……うん……何度でも……守ってみせる」
シャーロット達はルフに対して爆炎を撃ち続けるつもりであった。
「――炎よ!」
「――カァッ!!!」
爆炎を撃ち、烈風と共に打ち返される。
明かに無駄だとわかっても、攻撃を繰り返す。
何発撃ったところでルフに傷一つつけられなくとも、なんの問題はない。
これは目眩しだ、恐るべき視力をもつ怪鳥ルフの視界を、爆炎によって眩ませ、注意を引き付けるための。
シャーロット達にとっての本命、それは。
「いまだフェルナンデス。俺をカチあげろぉ!」
「――!!!」
フェルナンデスを砲台として撃ち出される、タクマであった。
フェルナンデスの頭角が跳ね上がり、それにしがみついていたタクマを遥か上空まで打ち上げる。
放物線を描いてとぶタクマ、その着陸地点は――ルフの背中。
「っし、着地成功」
「……クァッ???」
シャーロット達の相手に集中していたルフは、背中にひっそりとしがみついているタクマの存在に気づけない。
「クァァァ!」
だが微かな違和感を感じたのか、ルフはシャーロットの相手を止めると上空へ撤退していった。
背中にひっつく、タクマもろとも。
「よし! ちょっときついけどっ……ルフを追うわよ!」
「キュッ……キュアァァ!!」
ルフが空を飛び、烈風が押し寄せる中でシャーロット達はその後を追う。
翼を全力で振るうことで、ココはなんとか飛翔した。
「クア!」
ルフの視界は、自らを追跡するエアロドラゴンを捉えていた。
先ほどから力が足りずとも、何度も自分へと挑みかかってきた個体。
彼我の戦力差にも怯まないその姿勢は、ついこの間まで野生で生きていた彼にとって、まるで評価に値しないものだった。
弱者は弱者らしく、生き残るためには逃走を選択すべきである。
我が主人の望みは、いかなる状況においても、手段を選ばず、生き残る意志を手放さない者が、この予選で残ること。
であれば、勝てぬと分かって挑み続ける蛮勇は、いまこの場で失格の烙印を押すべきだ。
「クゥァァァアアア!!!!」
ルフはエアロドラゴンを地へと失墜させるべく、失望の咆哮と共に、両翼に込める力を調整すると――――
「ビット、バフ、その翼を強く、更に強く、殊更に強くあれ!」
――背中から何者かの声が聞こえて。
出してはいけない、全力以上の大旋風が生み出されてしまった。
「アンタのその攻撃を、待ってたわ」
暴虐の風を結界越しに受けながら、シャーロットは笑う。
タクマによる強化魔法がかかった状態で放たれた風は、あっという間にシャーロット達を地面へと叩き伏していた。
しかし、ツクヨの結界により全員が無傷である。
「さっきから飛んだり降りたりで私達を舐めてる風に見えるけど、ホントは全力が出せないだけなんでしょ?」
シャーロットは、怪鳥ルフに課せられたハンデを見抜いていた。
そう、怪鳥ルフはあきらかに手を抜いて戦っているように見えて、その実、手を抜かざるをえない状態であった。
なぜなら――
「だってアンタは強すぎるから。強すぎて本気を出したら」
「きゃあああ!!」「ひぃぃぃぃ!!?」
「と、飛ばされるぅぅぅ!!?」
ゴアアアアアアアア!!!! と、何もかもを吹飛ばす風が、アリーナはおろか観客席にいる者達まで被害が及んでいた。
「本気を出したら、お仕置きされちゃうから!」
『戦闘と無関係の人間に対する攻撃を検知しました、罰としてゲキニガモードを執行します』
「ク―クケ、ケカ!? ゴ、クァ、ァ!?!?」
服従の首輪が赤く輝いて、ルフは空中で苦しみ悶え始めた。
服従の首輪によるお仕置きは、五感に直接与える苦痛だ、如何にルフが頑強であっても耐えられるものではない。
あまりの苦痛にルフは羽ばたく事も出来ず、そのまま真っ直ぐ地面へと落ちてゆき。
「クアーっ!? クァぁア――ッ! ……ァッ!!?」
見事に墜落、防御結界を発動させてしまうのであった。
「「「―――――は?」」」
あの怪鳥ルフが、ただ攻撃しただけで墜落した。
その事実に、アリーナにいる者たちや観客、果てはメルツェルの魔物達すらも、驚愕で動きが止まる。
「うおおお!!?」
「ココ! タクマを拾って!」
「キュックー! ハムッ!」
そんな中、シャーロット達だけは忙しなく動き続ける。
遅れて落下するタクマを、ココが間一髪で咥えあげあた。
「へへっ、やったぜ!」
「……信じられない……本当に倒せた」
ルフはよっぽど酷い罰を受けているのか、ピクピクと痙攣したまま動き出す様子はない。
3人の完全勝利であった。
「アンタ達が協力してくれたおかげよ。その、あっ……ありがと」
「……信じられない……シャーロットがお礼を言った」
「あ、ああ、信じられねぇ。俺は夢でも見てるのか……!?」
「ちょっと失礼すぎるんじゃない!? アンタ達叩き落とすわよ!?」
ルフを倒した事実より、あのシャーロットが素直にお礼を言うことの方がタクマとツクヨにとっては衝撃だったらしい。
あんまりな反応にシャーロットも思わず怒り心頭である。
「ったくもう、それじゃあ、ルフは倒したし協力はこれで解消ね」
「……うん、でも」
「?」
タクマとツクヨを地上へと下ろして、シャーロットは協力関係の解消を提案した。
しかし、ツクヨは何か言いたそうにしている。
「……シャーロットが協力を持ちかけてくれたからルフを倒せた……ありがとう。……予選中私は、2人の邪魔はしないことにする」
「それいいな! じゃあ俺も、予選中は2人のジャマはしないぜ! な、まるもち!」
「んきゅう!」
「ところでそろそろツクヨから離れような!」
「アンタ達……」
協力関係は解消するが、恩義は別。
タクマとツクヨは、予選中の不可侵を約束してくれた。
それを聞いたシャーロットは、一瞬唖然としながらもすぐに笑顔になって――
「いいわ、私もアンタ達の邪魔はしないであげる! でもその代わり、本戦じゃあ手加減なしよ!」
「おう!」
「……のぞむところ」
――本戦での全力を出し合うことを誓うのであった。
「やったーっ! シャーロットちゃん凄い! 凄いよ! ホントにルフを倒しちゃった!」
「ガフッ!? ガ、ガワワワ」(わふっ!? い、いきなり抱きつかれると心の準備が)
シャーロットが協力し合うことで、あの怪鳥ルフを倒した。
そのことにレナータちゃんが大喜びして反射的に抱きついてくるもんだから、俺は驚愕で呆然とする間も無くドキドキさせられてしまった。
抱きつかれるのは慣れてるけど、不意打ちは心臓にとても悪いのでやめてください。
「ああ……まさか首輪の呪いを利用してくるなんてね……」
メルツェルはルフをああやって攻略されるとは想定していなかったらしい、してやられたといった風に天を仰いでいる。
「あのっ、メルツェル先生! 協力するのはルールにはないですけど、シャーロットちゃん達失格になったりはしないですよね!?」
レナータちゃんは興奮気味にメルツェルへそう質問した。
シャーロット達が協力し合っていたことについて、問題が無いのか気になっているのだろう。
確かに、メルツェルは選手同士で協力し合う事についてルールでは言及していなかった。
むしろ選手同士攻撃し合っていいとか言っていたと思うのだが、その辺りはどうなのだろうか。
「うん、大丈夫だよ。そもそも僕はいかなる状況においても、手段を選ばず、生き残る意志を手放さない者……つまり、大量の魔物達やルフという絶対的な敵に対して、協力してでも生き残ろうとする魔物使いを本戦に通したかったんだ」
「そうだったんですか? でも選手同士攻撃していいって……」
「あれは協力させないための罠だよ。ああ言えば、みんな争うだろう?」
「ガフェ!?」(意地悪いな!?)
なんと協力するのは大丈夫どころか、協力する前提の予選だったということである。
そのことを一切言わずに、寧ろ選手同士の争いを加速させるようなルールをわざと追加したのだから、意地が悪いと言わざるを得ないだろう。
「とはいえ、協力し合ったのはあの3人だけか。他に生き残った子達はそこそこいるし、今年の選手たちは全体的に優秀だなぁ」
「はい! タクマくんもシャーロットちゃんも、みんなすごい魔物使いです!」
「ははは、レナータさんがそういうのなら間違いない」
「ガフガウッ」(一番すごいのはレナータちゃんだけどね)
これでシャーロット達の行為が問題がないことも分かった。
この後は、ルフが現れる前と同じで魔物達や選手同士の戦いが予選終了まで続くのだろう。
「さて、予選もあと少しか……ところで、レナータさん?」
「? なんですか?」
と、ここでメルツェルがレナータちゃんに話しかけてきた。
いったい何だろうかと俺とレナータちゃんが首を傾げた所で――
「そろそろアルバイトに戻った方がいいんじゃないかな? 盛り上がってるところ非常に申し訳ないけど」
「ガウッ」(あっ)
「……ああーっ!!?」
――俺とレナータちゃんは、今の今まで自分たちの使命を忘れていた事に気付いたのである。
そういえば、試合が始まってから一度もドリンク注いでねぇ!?
「あわわわわ……! も、もうこんなに時間が経っちゃってる!? ティコ、行こう! メルツェル先生、失礼しましたー!」
「ガウガウーッ!」(失礼しましたー!)
「あははは、気をつけるんだよー」
大慌てで席を立ち、ドリンクの販売を再開する俺達をメルツェルが微笑ましそうに送り出す。
確かにもうちょっとサボりたいとは言ったけど、予選中まるまるっとサボりたかったわけじゃない!
「ドリンクはいかがですかー!」
「ガウガウー!」(いかがですかー!)
俺達はたっぷり余ってしまったドリンクを、残り短い時間で売りさばこうと大忙し。
その間にもどんどん予選は終わりまで近づいていき、そして――
「参加者のみなさん! 終了の時間となりました! 予選はこれにて終了です!」
――ピピィィィーーッ!! と、予選の終了を告げる笛が鳴るのであった。