74話:予選・混戦
お待たせしました、74話更新です!
「ぎゃあああ!? さ、サッキュ! 助けてぇー!!?」
「――ッ!」
大乱戦極まるビーストマスターズの予選では、今まさに1人の参加者が窮地を迎えていた。
確か、レナータちゃんと同じクラスのイヴァルトと、その相棒であるサキュバスのサッキュだ。
サキュバスの魅了魔法で魔物達を同士討ちさせる、この戦法により順調に数を稼いでいたのだが……。
「クエぇ!!」「シシシシィ!」
「は、早くこいつらも魅了してアダダダ!!?」
「――」(ふるふる)
イヴァルトには大量のバチバルと、バッタ型の魔物が群がっている。
助けろと指示を飛ばすイヴァルトだが、どうやら一度に魅了できる数は制限があるらしく、サッシュはその端正な顔立ちを青ざめさせつつ、力なく首を横に振るのであった。
「クマー」
「ひいっ、ビカールグマ――がふっ。きゅう………」
止めを刺しにきたクマ型魔物にイヴァルトはなす術なくぶん殴られて気絶――リタイアとなった。
「「キシシシシ!!!」」
「―――ッ! ―――ッ!!!」(泣)
サッキュの方も大量のムシに追われて逃げ惑っている。
大粒の涙を溢しながら逃げているので、どうやら根本的に虫が嫌いらしかった。
「イヴァルトくん、残念だったね………」
「ガウガウ、ガウッ」(相棒が強くても、本人が弱いんじゃあね)
クラスメイトの1人がリタイアしたことを、レナータちゃんは残念がっている。
だがまあ、イヴァルトについては落ちて然るべきとしか言いようがない。
魔物使い最強を決めるこの大会において、「魔物使い本人を狙われると弱い」という明確な弱点を残しているようでは、最強は名乗れないということだろう。
(しっかし開始数分でもう何人か落ちたな、弱い魔物でも数が多すぎて押し切られてるみたいだ)
アリーナに放たれた魔物軍団の数ははっきり言って異常だ、中にいる選手たちは常に四方八方を敵に囲まれている状態である。
襲い掛かる多種多様の魔物達を捌ききれない選手は、みなイヴァルトの様に袋叩きにされてしまうのだ。
「タクマくんは大丈夫かな」
「ガフン、ガウ」(タクマなら、あっちにいるよ)
「ありがとうティコ。えーっと……いたいた」
俺は尻尾でタクマが居る方向を教える。
シャーロットが活躍したお陰で視界を遮る魔物達が減り、各選手たちの活躍を見る事ができるようになっていた。
「アォォッ!!!」
「どっからでもかかってこい!」
タクマは一匹のオオカミ型獣人――ウルフヘジンと一対一で向き合っていた。
ファイティングポーズをとり、今にも殴りかかろうとするウルフヘジンに対し、タクマは近くに相棒も居ない状態で突っ立っている様に見える。
「まるもち! コイツは俺がひきつけとくから、好きなだけ暴れろ!」
「――ッシャァ!!!」
否、まるもちは常にタクマの傍に居た。
凶悪かつ鋭い返事があるのがその証拠、しかしなぜ姿が見えないかと言えば。
「ギシュッ!?」「クァッ!?」「ク、クマー――!!?」
タクマの周囲に居るウルフヘジン以外の魔物が、次々と防御の結界を発動していく。
肉眼では捉えられない程のスピードで、まるもちは周囲の魔物に致命傷を負わせているのだ。
「お前は倒すのにちょっと時間がかかりそうだからな! 先に点数を稼がせてもらうぜ!」
「バウッッ!!!」
周囲の魔物を先に片づける目論見のようだが、ウルフヘジンはそうはさせまいとばかりに殴りかかっていく。
――ウルフヘジンは生まれながらの戦闘生物と評される程の、格闘術に秀でた魔物である。
無駄なく鍛え上げられた、ある意味では芸術的ともいえる筋骨隆々な肉体、その全てを戦闘にて活用し、熟練の格闘士すら赤子扱いしてしまうほど。
曰く、彼らの住処である洞窟は手足による打撃で岩盤を打ち砕いて作っているとか、大人になるためにドラゴンの鱗を手刀で割る儀式を行っているとか、そういった噂の絶えない超脳筋魔物である。
(ばっ、馬鹿!? タクマの奴、ウルフヘジンの拳なんて受けて耐えられるようなものじゃないぞ!?)
迫るウルフヘジンに対しタクマは全く動じていない、俺はそれを見て背筋がひやりとする。
まさか、いつもみたいに真っ向から拳を受け続けるつもりだというのか。
俺の想像を肯定するように、ウルフヘジンの拳は真っすぐタクマの顔へと伸びてゆき――
「ワンッ!」
「――ッ!」
――ブンッッ! と風切り音とともに拳が振りぬかれた。
タクマは、それをまともに受けたように見えたが……。
「ワ、ワウっ?」
「あぶねぇ、ちょっと額を切ったか」
今の拳に対して、タクマは額のかすり傷程度しか負傷していなかった。
ウルフヘジンはその光景に困惑している。
「アォォォォーーーン!!!」
困惑を振り払うかのように、ウルフヘジンはタクマへ猛攻を続ける。
正拳で腹を打ち抜き、肘鉄で顎を刈り取り、鳩尾を思い切り蹴飛ばす。
すべての動作が流麗につながり、どれもこれもがタクマの身体へ大きなダメージを与えるであろう打撃の数々だった。
「――へっ、この程度か?」
「アウンッ!?」
だが、タクマは倒れていない。
すべての技が完璧に入ったはずだった、躱しているようにも見えなかった。
その証拠に、攻撃が入った箇所の服は少し破けており、額も顎もわずかだが出血している。
「凄い……。タクマくん、ウルフヘジンの攻撃を全部受け流してる」
「ガウッ!?」(受け流す!?)
レナータちゃんはこの不思議な現象が分かっているようだ、だが受け流すとは一体どういう事なんだ。
(はっ、そういえばドンゾウさんが言ってた! 「こう、殴られるのに合わせて、身体を衝撃と同じ方向へ動かし痛みを軽減する技術があるのです」って!)
まさか、タクマはその技術をもって、ウルフヘジンの打撃を受けながらも大した怪我を負っていないというのか。
理屈では分かるものの、そんな紙一重で躱すより難しい技術をタクマが会得していると!?
「バウッ! バウバウッ!」
「躍起になるのは良くないぜ! まるもち、今だっ!」
打撃を放てど放てど決定打を与えられない、その事実にウルフヘジンは焦り、必死に技を打ち込んでいく。
――その必死さこそが、決定的な隙だった。
「シャ――!!!」
一閃。
ウルフヘジンの背後に黄緑色の影が揺らめき、ボーパルバニーの刃がその首を刎ねる――――直前で、防御結界が発生した。
「キャンッ!? ……くぅーん」
ウルフへジンは自分がリタイアさせられたことを認識すると、構えを解いて、とぼとぼと落ち込みながらアリーナの外へ退場していった。
あのウルフへジン、何気に賢いな。
「いよっしゃあ! 多分大量得点ゲット――おおおおおお!!?」
ウルフへジン撃破にタクマが喜んだ瞬間、黒い巨大な生物が飛翔しながら激突してきた。
隙だらけだったタクマの身体は、空中に打ち上げられる。
「……フェルナンデス、ないす」
「――」
タクマにぶちかましをお見舞いしたのは、1匹の巨大なカブトムシ型魔物と、それに騎乗する黒髪の少女である。
予選では相手選手を攻撃することはルール違反ではない、この少女はタクマを落としにかかっているのだ。
「――っいてて。ツクヨか、油断したぜ!」
「……フェルナンデスの体当たりを耐えるとか……やっぱりタクマは厄介」
先程の受け流しもできていなかっただろうに、それでもタクマは平然と立ち上がる。
ツクヨと呼ばれる少女は、その様子を見て眉をひそめる。
「悪いけど……ここで落とさせてもらう……」
「――――!」
「へっ、そうはさせるかよ! まるもち、やるぞ!」
「キシャアアアア!!!!」
2人と2匹はそのまま、周囲の魔物も巻き込んでの乱戦を展開するのであった。
「タクマくんとツクヨさんかぁ。練習試合じゃタクマくんが勝ったって聞いたけど、この状況じゃどうなるかわからないかも……」
タクマの様子をしばらく観戦していたレナータちゃんは心配そうだ。
練習試合と違って一対一の戦いが保証されていない、不確定要素があまりにも多いからだ。
「グルルグルゥ……」(他の選手に攻撃する選手も出始めたな……)
戦いも中盤に差し掛かり、アリーナの中では選手同士で争っている光景が見られた。
それも、1人の選手に対し、複数人で襲いかかっているのである。
おそらく、魔物を大量に倒した選手を、そうではない選手達が束になって落とそうとしているのだ。
魔物達を大量に倒す術をもたない選手がこの予選を突破したいなら、取れる手段はそれしかないだろう。
「シャーロットちゃんも大丈夫かなぁ」
故に、予選開始直後に大量の魔物を倒したシャーロットは、いまこの場で一番狙われている存在である。
「シャーロットを潰せ!」
「ああもうっ、うざったいわねアンタ達!」
ココに騎乗し空中を駆けるシャーロット。
その背中へ追従するは三つの影。
大型のワイバーンに、空を飛ぶサメ型魔物と、翼の生えたウマ型魔物。
これらの魔物はメルツェル配下の魔物ではない、皆その背に主人を乗せていることからも分かる通り、3匹は他の参加者の相棒である。
「下級生相手に束になってくるとか、先輩の威厳はないわけっ!?」
「お前は優勝候補だからな。悪いが、数で押し切らせてもらうっ!」
「一番点数取ってるお前を落としゃあ、確実に本戦出場枠が空くからなぁ! ぎゃはははは俺って天才だぜぇぇぇー!!!」
「真っ先に目立ったのが仇になったわね」
つまるところシャーロットは、3人の魔物使いから狙われているのであった。
しかもこの三人は魔物使いの学校の上級生である。
「そうら! ぶちあたれぇ!」
3人のうちの1人、サメに乗った男は得物である鎖つき鉄球をシャーロットめがけて投擲する。
後方から放たれたソレをココは一瞥すらせずにひらりと躱した。
「よけんじゃねーよ!」
「避けるわよバカ!」
躱したついでに罵倒するシャーロット。
「ではこれは避けられるか?」
「っ――く!」
一息つく間もなくワイバーンと剣閃が正面から迫りくる。
ワイバーンに乗った男はシャーロット達を追い越し、正面へと回り込んでいた。
がきん、と一瞬だけ交叉する剣と槍、辛うじて凌いだが……。
「っヒヒィィン!」
「――凍てつきなさいっ!」
「ココ、ブレスっ!」
「キュッ―――カァッ!」
ペガサスに乗った女が、横から魔法による吹雪でココの翼を狙う。
流石にシャーロットだけでは対処しきれない、すかさずココがブレスで相殺した。
「このままじゃ、他の魔物が倒せないっ」
3人と渡り合うシャーロットだが、本来の目的である魔物の討伐まで手が回らなくなってしまっている。
より得点を稼ぎたいシャーロットにとって、いまの状況は喜ばしくない筈だ。
かといって、3人を無視して他の魔物を倒すだけの余裕もなさそうである。
「シャーロットちゃん、がんばって!」
「ガルルゥ」(苦戦してるな)
シャーロットの事だから早々に倒されるなんてことはないだろう、しかしこの局面をどう切り抜けるのか、俺には思いつかない。
「……もうわかった。先輩方、アンタ達そんなに失格になりたいみたいね」
しつこく付き纏われ、思うように点数を稼げなくなった今、シャーロットの怒りが頂点に達したらしい。
「ココ――」
彼女は一瞬だけ周囲を一瞥すると。
「――やるわよ!」
「! キュッ! キュックーー!」
ココの飛翔速度を最大速まで上げるように命令を下した。
ドウッ! とその両翼が大気を揺らし、ココは爆発的に加速する。
その姿はまるで、蒼い砲弾のようであった。
「速いっ……!?」
「私たちを振り切るつもり!?」
3人からは、ココの姿が突然小さくなったように見えたに違いない。
「ぎゃはははは! 無様に逃げやがったぜぇ! 追うぞアサイラム!」
「シャー!」
負けじと飛行速度を上げ、その後を追う3人。
しかし、追えども追えどもその距離は開くばかりである。
「――ち、ちぃ! どんなスピードで飛んでやがる!? こっちが振り落とされそうだぜ……!」
フライング・シャークに騎乗する男は、相棒の手綱を握りながら、たまらず叫ぶ。
本気を出したココの飛行は、速いなんて生易しいものではなく、凄まじいものだった。
アリーナ上空の空気は絶えず振動し、蒼い雷の如くエアロドラゴンが縦横無尽に駆け巡る。
それはもはや、人が騎乗できるような速度ではないように思えて――――
「――はあい、先輩。ご機嫌はいかが?」
「!!!?」
突如、背中からかけられた声に、男は心の底から震え上がる。
そう、全力で空を飛ぶドラゴンに騎乗できる人間はいない。
シャーロットは、男の背後に降り立っていた。
「ぎゃ……!? なななん、なんで、いつのまに、……い、いやどうやってアサイラムの背に乗りやがったぁぁぁあ!?」
「答える義理はないわ。いいから黙って落ちなさい」
すでに攻撃する体勢だったシャーロットは、有無を言わさず槍を突き出した。
「ぎゃああああ…………!!?」
がら空きの背中に渾身の一突きが入って、男は地面へと突き落とされていった。
「まず1人! 次は――」
シャーロットはそういうや否や、大きく跳躍してフライング・シャークの背中から離れた。
当然、彼女の体は空中へ投げ出される。
「ま、まさか!?」
その様子をみたワイバーンに乗る男は、シャーロットが何をしたのかを理解する。
そのままであれば地面へと落下するであろうシャーロット、しかし彼女の真下には地面より先にバチバルがいて――
「周囲の魔物を足場がわりにしているというのか!?」
「よっ、と!」
「クアッ!?」
バチバルを踏みつけて、さらに跳躍するシャーロット。
跳躍した先には更に別のバチバルがいて、同じようにまた踏み台にされている。
「キュクッ!」
魔物を次々と踏みつけ、ココに騎乗せずとも空を跳び回るシャーロット。
近場に足場となる魔物が居なければ、一匹で飛ぶココが、合図も無しにやってきて足場替わりとなっている。
その姿は、妖精が舞っているのかと錯覚するほどに美麗で、観客の視線も釘付けになるほどであった。
「――っ覚悟しなさい!」
「ヒヒィィン!?」
「う、嘘よ……!? そ、そんな命知らずな真似が……」
ペガサスの上に降り立つシャーロット、人が立てるような背中ではないというのに、その姿勢は異様に安定している。
訓練の賜物なのだろう、おそるべきバランス感覚である。
「できるから、アンタは落ちるのよ!」
「きゃああああ……!?」
槍を一突きし、ペガサスの背中から女を落とす。
これで残るは後1人、シャーロットはペガサスの背からも飛び退いて――
「流石だな! だが隙ありだ! 魔物から魔物へ飛び移る瞬間なら、何もできまい!」
「ギャアーース!」
その瞬間を狙って、ワイバーンの男が来襲する。
男の見立ては確かに正しい、シャーロットの戦法はまさにこの瞬間こそが決定的な隙となっている。
「忘れてないかしら―――」
だが、シャーロットに気を取られてしまったが故に、彼は同じく決定的な隙を産んでしまった。
「私は竜騎士よ!」
「キュックーーっ!!!」
すなわち、エアロドラゴンの全力全開の突撃を、まともに食らってしまうということだ。
「が、は……!」
「ギ、シュ……」
ワイバーンの男はその剣を届かせることなく、相棒とともに地面へと落下していった。
「これで全員仕留めた! ココ! 次に行くわ!」
「キュッキュァ!」
ココはそのままシャーロットを背中に乗せる。
追っ手も全て片付け、最新最年少の竜騎士はここから更に得点を重ねていく。
「さっすがシャーロットちゃん!」 上級生を三人も倒しちゃうなんて!
「ガフゥー」(人間離れしてるなー)
なんとか危機を切り抜けたシャーロットを見て、レナータちゃんはまるで自分のことのように喜んでいた。
一方の俺は、シャーロットの神業に冷や汗を垂らしている。
元から身体能力は高いと思ってたけど、まさか相棒抜きで空中戦ができるとか凄すぎるだろ。
いや、真に驚くべきはシャーロットとココの連携……あのコンビの絆か。
シャーロットが空中を跳ね回っている間、1人と1匹の間に意思疎通を行った様子は全く見られなかった。
それなのに、ココは初めから知っているかのようにシャーロットの落下地点へと潜り込んで、足場となったのだ。
そしてシャーロットもまた、必ずココが来ると信じていたのか、他の魔物が居ない方向にも躊躇なく跳躍していた。
それはきっと、深い絆なくしては成立しないものだ。
俺とレナータちゃんの二人で同じことが出来たかと言われれば、俺は首を横に振るしかないだろう。
「うん、今年の参加者は優秀な子が多いね。特に……レナータ君と同年代の子達辺りが実に優秀だ」
「め、メルツェル先生!?」
「グワッフゥ!?」(うわっふぅ!?)
と、ここで俺達は後ろからかけられた声――メルツェルの存在に、俺とレナータちゃんはびっくりする。
よ、予選の担当者が観客席に戻って良いのか!?
「あの、予選の方は大丈夫なんですか?」
「うん? ああ大丈夫だよ、アリーナの魔物達にはあらかじめどういう風に動けばいいか教えてあるから、僕が直接指示を出す必要はないんだ」
「ガウガウグルル」(なにそれすごい)
ええ……あの数の魔物に、この予選でどう戦うかを教え込んだのか……。
自分が指示を出すまでもなく戦うとは、やはり英雄は規格外である。
「うーんでも困ったな、想定外だよ。選手同士の戦いが始まってしまうくらい、今年の参加者が強いとはね」
「え?」
「ガウ?」(えっ?)
メルツェルの零した言葉に、俺とレナータちゃんは目を丸くする。
どういう事だ?
メルツェル自身が初めに言っていたではないか、選手同士の攻撃は許可すると。
それだというのに、なぜこの状況を想定外だというのだろうか?
「メルツェル先生、それってどういう事ですか?」
「僕の想定だったら、今頃アリーナの選手達は魔物達の対処で手一杯、とても選手同士で争う暇なんてないって感じだったんだけど……。魔物の数を減らされたお陰で、参加者に余裕ができてるということだよ」
なるほど、メルツェルの想定なら参加者の大半を魔物軍団で落とすつもりで、参加者同士の戦いが主になる感じではなかったという訳だ。
とはいえそれも仕方ないだろう、数が多くて弱い魔物はシャーロットの活躍で粗方倒されてしまったのだから。
「それが、想定外で困った事なんですか?」
「せっかく予選を任せて貰ってる身だからね、僕が大したことないって思われるのは癪というか……まあ個人的な感情さ」
確かに、せっかく自分がメインで取り仕切ることになった予選が、本来の意図とは外れた方向に向かっているのは何とも言えないだろう。
「だからそうだね、使う予定はなかったんだけど」
メルツェルはそう言うと、服のポケットから何かを取り出した。
それは小さな笛であった、魔物を呼ぶ際に使うような木製の笛。
メルツェルはそれを強く吹いて。
「強い選手たちに、相応の魔物と戦わせてあげようか」
その瞬間――――アリーナ全体が暗くなった、まるで一瞬にして夜が訪れたかのような暗さだ。
だが違う、それはただ単純に陽光が遮られたにすぎない。
メルツェルが呼び寄せた一匹の魔物が、その体躯でアリーナ上空を覆っているだけ。
「なによ、アレ」
アリーナに居た選手たちが一斉に上を見上げ、そして驚愕する。
ソイツはあらゆるトリ型魔物の中でも最大の体躯を誇り。
巨大なビックリマウスすら鷲掴み、捕食する程の力を持ち。
トリ型魔物の中で唯一「成体」のドラゴンと渡り合えると伝えられている、伝説の魔物。
「クアァァァァアアアア!!!!!」
その名はロック鳥、またの名を怪鳥ルフ。
「怪鳥ルフ……!?」
「ガォォォ……」(でかすぎんだろ……)
「さて。今年の参加者は、何人生き残るかな?」
俺とレナータちゃんがひたすら驚く中で、メルツェルだけが楽しそうに笑っていた。
予選も中盤が終わろうとする中、選手たちは唐突に伝説と相対することとなったのである。
今回の解説
サッキュ:サキュバスは一応亜人なのだが、言語の違いから人と意思疎通が難しく魔物扱いされることも多い(イヴァルトは人扱いしている)。魅了魔法により異性を洗脳することで同士討ちを狙っていく。個人的に虫が大の苦手で、バッタ型魔物を魅了するのが嫌でご主人の命令が聞けなかった。
ツクヨ:レナータ達とは同学年だがクラスが別の女の子。代々ムシ型魔物を育てる一族の生まれである。
フェルナンデス10世:種族名はオメガカブトムシ、マンティコア並の大きさまで育つ巨大なカブトムシである。なお成虫の寿命は約三か月程度なので代替わりが激しい。10代目であるこのフェルナンデスは、ツクヨがこの日の為に調整に調整を重ねた特別に強い個体である。
フライング・シャーク:個体名はアサイラム。陸上どころか空中まで進出したサメ型魔物、肺を持っているので水中でなくとも呼吸が可能。魔法により常に風を纏う事で空を舞い、群れる事によって竜巻を起こすのだ。