73話:予選・開戦
お待たせしました、73話更新になります。
「成人の部予選は(リアーネが暴れてコロシアムが壊れるから)メル草原にて行うぞい。……参加者は落ち着いて、決して恐慌したりせず、慎まやかに移動して欲しい」
「そーゆー訳だ! おら、とっとと行くぞ野郎ども! 途中で逃げたらその場で俺がぶっ飛ばすからな!」
「終わった……」「この先生きのこれる自信ない」「俺この予選終わったら彼女に結婚を申し込むんだ……」「お願いだからにがして」「ぁぁぁぁ……」「死にたくねぇよぉ……」
(うわぁ、ゾンビだ。ゾンビの群れが歩いてるみたいだ)
成人の部に出場する選手達は、一欠片の生気すら失われた表情でトボトボと行進していく。
リアーネさんの行う「予選」……という名前の一方的な暴力の幕開けに、心が折れてしまっているらしい。
その様は正にゾンビ、もしくは死地に向かう兵士のそれである。
「うぇへへへ今年はラッキーですぅ。リアーネ様の拳を生で体験できるなんて……! 私、一生分の運を使っちゃいましたよこれはー!」
「クゥーン、クゥーン……」
「あっ、セラ先生も参加してる。すごいなぁ、これから予選なのに笑ってる」
「グルルルゥ、ガウガウ……」(あれは凄いというか、なんというか……)
移動する集団の中、見慣れた女性教師が目を爛々と輝かせているのを発見した。
一人だけ満面の笑みを浮かべているセラ先生にレナータちゃんは感心しているが、アレはきっと敬うべき行為ではないと思う。
きっと彼女はビーストマスターズで優勝するなどとは考えていないだろう、あれはリアーネさんに直接ボコボコにしてもらえる絶好の機会としか捉えていない目だ。
周囲のテンションの低さに対して、場違いなほどに興奮しているその様はある種異様である。
おもっくそとばっちりなエンリルは泣いていい、可愛そうに……。
とまあそんな感じで、アリーナにいた選手の半分くらいはメル草原へと連行されていった。
この場に残ったのは、学生の部に参加する少年少女達とその相棒たち、そしてメルツェルだ。
「メルツェル君、後は任せるぞい」
「はい先生。それではみなさん、これから行う予選の内容について、今一度説明を行います」
学園長はグリフォンに乗って、来賓席へと帰っていく。
そして、メルツェルが説明する予選のルールとは次のようなものであった。
「一つ、皆さんがこれから相手をするのは、僕が従える魔物達の群れです。この場の全員を交えた集団戦を行っていただきます」
「二つ、魔物の服従の首輪による防御結界を発動させるまで追い込めれば「倒した」という判定になります」
「三つ、魔物を倒した選手は「加点」されます。ただし、魔物の強さによって得られる点数が違いますので、相手をする魔物の強さを、混戦の中で見極めて下さい」
「四つ、逆に自分の相棒の服従の首輪による防御結界を発動させる、又は自分自身が戦闘不能になった場合その場で失格となります。得た点数も無効です」
「五つ、予選中に他の選手への攻撃も許可します」
「六つ、以上のルールで、30分が経過すれば予選は終了。得点数の高い上位8名が本戦へ出場となります」
(この中からたった8人か……)
ざっとみて参加者は50人程度、この予選で大半が落ちることとなる。
しかも、これから戦うメルツェルの魔物達の種類も、倒して得られる点数なども明らかにはされていない。
選手同士の妨害もある中で、これらの情報を見極めてなるべく多くの魔物を倒さなければならない。
これはひょっとすると、如何にシャーロットやタクマでも予選を突破することは難しいかもしれない。
「はい! メルツェルさん! 質問があります!」
「うん、なにかな?」
一通りルールを説明したのち、メルツェルに向かって質問をする参加者がいた。
頭に緑色の丸い毛玉……ボーパルバニーのまるもちを頭に乗せた、タクマである。
「予選じゃあ、メルツェルさんは参加しないんですか!」
それはつまり、メルツェルは従えている魔物達と共に戦わないのか、という質問である。
タクマの期待溢れる表情を見るに、メルツェルとも戦いたいから聞いたらしい、大した自信である。
「僕は出ません。皆さんが戦うのは、あくまで魔物達だけです」
「ちぇー」
「ガウガウ、ガフン」(メルツェルがいたら、もっとやばいだろうに……)
「そうだね、でもタクマくんらしいよ」
やはり予選で戦えるのはあくまでメルツェルの従える魔物であって、本人は参加しないとのことだった。
まあ英雄の1人と相見える機会なんてそうそうないから、タクマの気持ちもわからないでもないが……。
「……うん、今年の参加者はなかなか気骨があっていい。安心してほしい、僕が参加せずとも――僕の魔物達がきっと君たちを満足させてくれるよ」
メルツェルはタクマの質問に満足した様子を見せ、右手を大きく天に向かって振り上げた。
その瞬間、アリーナの四方にある出入り口が勢いよく開かれて――
「ガァァァ!」「「「クァックァー!!!」」」「ギチギチギチィ!」「アォォーーンッ」
「「「「キェェェェェ!」」」」「「「「シシシシシシシシ!!!!!」」」」
――濁流の如く、魔物の群れがアリーナ内へとなだれ込んでいく。
サイクロプス、バチバル、フォレストマンティス、ウルフヘジン、そして名前すら知らない魔物達による、千姿万態の大軍隊。
かつて俺はメル草原で魔物の群れと戦ったことがある、リアーネさんに連れられてワイバーンの群れの討伐に赴いたこともある。
だが、コレはそれ以上の数だ。
大半が飛行する魔物でなければ、アリーナに居る者たちは群れに呑みこまれてしまうだろう。
「うっしゃ! 行くぞまるもち!」
「フシュルルルル!!!」
「ココ! 予選もトップで通過よ!」
「キュックーッ!」
無限とも思える魔物に、相対するは50人の少年少女とその相棒達。
「それでは参加者の皆さん。健闘を祈ります」
メルツェルが上げた右手を振り下ろして――――予選の幕が上がった。
こうしてビーストマスターズ学生の部、その予選が始まったわけである。
メルツェルが率いる魔物軍団、それをいかに多く倒せるかで参加者たちが競い合うのだ。
いずれの参加者たちも成人の部とは比べ物にならない程の闘争心が見られ、観客席からはさぞかし熱い闘争を見る事ができ――
「ガ、グルルゥ……」(み、見えない……)
――なかった。
アリーナ上空の魔物軍団の所為で、肝心のアリーナまで視界が全く通っていなかった。
コロシアムの観客席は大量の魔物の羽ばたき音ぐらいしか届いておらず、アリーナで頑張っている参加者たちの戦闘音が辛うじて聞こえるかもしれないという有様である。
というかトリ系と小型のムシ系魔物がブンブンうるさくて敵わない。
「あははは……やっぱりメルツェル先生が担当だとこうなっちゃうよね」
レナータちゃんもこの大混戦では中の様子を窺い知ることは出来ず、乾いた笑みを溢すのであった。
「それじゃあティコ、そろそろ私達もバイトに戻ろっか」
「グ、グゥゥ」(え、もうバイト戻るの)
観戦しようにも見えるのは魔物の群れだけなので、レナータちゃんはさっさとバイトに戻ろうとする。
正直言って俺はもうちょっとサボりたかったのだが……。
と、その時である。
「ココ! 全力全開、まとめてぶっ飛ばすわ! ガォ、ラグーン、ニール――」
「っすぁぁぁぁ――――カァッ!」
微かに聞こえた、シャーロットの声とココの呼吸音。
そして。
「炎よ!!!」
ゴバァァッ!! と、アリーナ上空に太陽の如き大爆発が発生した。
上空を飛び交う小型の魔物達は、轟音と爆炎に呑まれて、リタイアの証である防御結界を発動させていく。
「「「おおぉぉぉ!!?」」」
「これっ……シャーロットちゃんだ!」
「ガフェー……」(すげー爆発……)
突然の大爆発に、観客達は驚きと共に大きく沸き立った。
今のはシャーロット達の最大の技だ、かつてレナータちゃんの名無しの森を焼いた、切り札とも言うべき代物。
それを初手から躊躇なく使用するとは……いや、寧ろこの予選でこそ使うべき技か、アレならいっぺんに大量の魔物を倒せるだろう。
実際かなりの数の魔物を巻き込んでいるし、この予選、まずはシャーロットが一歩リードしたとみていいだろう。
「いい調子! このまま行くわよ!」
「キュアッ!」
爆炎が晴れ、ココに騎乗するシャーロットは空を豪快に舞う。
「っぶないな! 俺達も燃やす気かよ!?」
「ターロー! マエヲ、シッカリミロ!」
「モガガッ!!? ば、バチバルが顔に……!?」
「コノマヌケ!」
「んだとクソ鳥!」
いや、シャーロットだけではない、空中には他の選手達も飛び交う姿が確認できる。
(魔物の数が減って、選手達が見やすくなったな)
空を飛ぶ魔物達はまだまだいるものの、地上に立つ選手たちの様子まで見る事が出来そうだ。
「……ねぇティコ。バイトは、シャーロットちゃんとタクマくんを見てからにしよっか」
「ガーウー」(異議なーし)
やっぱり友人達が気になるレナータちゃんは、もう少しだけ観戦したいとのこと。
彼女の忠実な僕である俺は、もちろんその意思に従う。
べっ、別にバイトをもっとサボりたかったわけじゃないんだからね!
今回の解説
ビーストマスターズ、成人の部予選の内容:リアーネとシャッピーが30分間めいっぱい暴れまわるので生き残ってください(生き残れるとは言っていない)。
セラ先生:彼女にとってビーストマスターズはリアーネに直接会える数少ない機会に過ぎない。予選担当がリアーネでなかった場合、真っ先に棄権するつもりだった。




