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72話:ビーストマスターズ、開催

お待たせしました、72話更新になります!

 ドリンクの売り子というやつは、結構な重労働である。

 飲み物が入ったリュックサックは10キロ以上の重さがあるし、それを背負った状態で観客がごった返す観客席を歩き回ることが大前提。

 しかも接客業でもあるために、疲労を全く感じさせず、明るいスマイルを常に保ち続けなければドリンクを買ってはもらえないのだ。


 強靭な足腰と、スタミナと、何よりも笑顔を保つ根性が試される過酷なバイトである。



「ドリンクはいかがですかー!」

「おお、ちょうど暑いと思ってたんだ。一ついただくよ」

「ありがとうございます!」


 レナータちゃんが観客のおっちゃんに声をかけると、快くドリンクを買ってもらえた。

 額から流れる汗も気にせず、彼女は眩しい笑顔でドリンクを注いでいく。


 このバイトは確かに過酷ではあったが、我がご主人が乗り越えられないようなものではない。

 そも、レナータちゃんは戦いのために身体を鍛えている。

 細く見えるとはいえ、体力や力は人並み以上なのだ。


(それだけじゃない。レナータちゃんは人を良く見てる(・・・・・・・・)。喉が渇いてそうな人が何となく区別できてるんだ)


 先ほどからレナータちゃんのドリンクの売れ行きは、実に好調であった。

 声をかけた人のほとんどが断らずに買っているのだ。

 もしかすると、今までしてきた接客業関係のバイトで培った経験が活きているのかもしれないな。



(おっと、見惚れている場合じゃない。隣の魔物の方にもお水を出してやらないと)


 レナータちゃんの笑顔に見惚れつつも、俺は俺の役割を思い出す。

 俺が背負っているタンクは二種類、一つはレナータちゃんのドリンクを補充するためのものだが、もう一つは魔物用の飲料水である。

 魔物の飲料水はサービスで、ドリンクを買った人の相棒には無償で提供するのだ。


 俺は尻尾を動かして背中のタンクからチューブを取り出し、おっちゃんの相棒であるネコ型魔物の前に差し出す、そして……。


「ガウガウァァ」(ドリンクいかがですか)


 渾身のマンティコアスマイルを披露する。

 犬歯を剥き出しに、そして頬を思いっきり引きつらせ皺くちゃにした顔がチャームポイントだ!


「ニュニャッ!!?」

「ギャフン!?」(いでっ!?)


 しかし俺のスマイルも虚しく、驚いたネコちゃんに顔を引っ掻かれてしまった。

 ご覧の通りこのマンティコアスマイル、あまりウケが良くない。

 薄々勘付いてるけど、マンティコアに接客業って難しい、だって素の顔がめちゃくちゃ怖いもん。


「ああっ、こらブーパ! すまんお嬢ちゃん、ウチの子、結構怖がりでつい手が出ちゃったみたいだ」

「フーッ! フーッ!」

「い、いえこちらこそ、ティコが驚かせちゃってごめんなさい。……大丈夫? ティコ」

「グルル、ガウガウ」(どちらかというと、ビックリしただけだから)


 面の皮が物理的に厚いお陰で、痛みはほとんど無い。

 結局、おっちゃんがネコちゃんを抱えて抑える隙に、俺は容器にお水を注ぐのであった。




「うーん、中々上手くいかないね……」

「ガウッ? ガフガフフ」(そう? さっきから結構売れてると思うんだけど)

「私だけじゃなくて、ティコの方も上手くいってほしいんだよ」

「ガウウ、グルルルガウガウ」(俺は、レナータちゃんが上手くいってればそれでいいんだけどなぁ)

「だーめ、ティコも一緒が一番なの」


 そんなわけで、ドリンク売りはレナータちゃんは上々で、俺はあまり良くないといった有様であった。

 俺としては言葉通り、レナータちゃんが上手くいってれば良しと思うのだが……。


「そうだ! ティコぐらい強い魔物ならビックリしないかも!」

「ガウ?」(へ?)


 レナータちゃんはどうしても俺と一緒に、上手く売り子のバイトをこなしたいらしい。

 すると彼女は何やら思いついたようで……。


「行くよ、ティコ!」

「ガ、ガウッ」(え、ええっ?)


 言われるがままに彼女についていく俺。

 俺ぐらい強い魔物って、エアロドラゴンのココ以外にいるのかなぁと思うのであった。




(こ、こいつは……確かに……!)


 そして俺は、レナータちゃんにとある魔物の前まで連れてこられた。


 マンティコア並みに強い魔物は、確かにいた。

 ソイツの上半身は、羽毛に覆われたトリ型魔物そのものである。

 しかしソイツはトリ型魔物ではない、ソイツにとってトリ型の足は「前足」に相当する。


 ソイツの下半身は、このマンティコアに良く似た大型のネコ型魔物のそれと同じだ。

 しかしソイツはネコ型魔物ではない、ソイツにとってのネコ型の足は「後ろ足」に相当する。


 トリ型魔物の上半身と、ネコ型魔物の下半身を合わせた見た目をしていた、マンティコアにも負けないほどの体躯を持っていた。

 トリ型魔物特有の羽毛に包まれた両翼に鋭い瞳、ネコ型魔物特有のしなやかかつ強靭な身体を併せ持つ、ソイツは――――


「クァァ……!」

(グリフォン……! まさか、こんな魔物までいるとは……!)


 その強さはドラゴンに比肩しうると謳われる、鷲獅子グリフォンが俺の目の前にいるのであった。


「学園長先生! ドリンクいかがですか!」

「ほっほ、アルバイト頑張っておるようじゃな。ではレナータくん、ワシも一ついただこう」


 そのグリフォンのご主人様らしきご老人は、どうやら学校の学園長らしい。

 立派な白髭をモジャモジャと蓄えた、ちょっと胡散臭そうな雰囲気の人である。


「やあレナータさん、僕もドリンクをいいかな」

「メルツェル先生! はい、どうぞ!」

「おーいレナータ! 俺にもくれー!」

「ちょっとまっててお母様ー!」

(つーかここ、観客席じゃなくて来賓席じゃないか!?)


 あたりに座っている人達を見てみると、そこにはメルツェルやらリアーネさんやらの大物達が固まっている。

 どうみても一般席ではないのは明らかである。


「ガフ、ガファァー」(ど、ドリンクいかがですかー)

「クァ? …………」


 内心びびりながら伺いをたててみると、じーっ、とグリフォンは目を真ん丸にして見つめてきた。

 視線というか、目つきが鋭いからめっちゃ怖いんだけど、これはいいんだよね? お水要るよね?

 ホースを伸ばして、とぷとぷと恐る恐るグリフォンの前に置いてある容器に水を注いでみる。


「クァアアーー!」

「ンガヒッ!?」(んひぃっ!?)


 うおおなんだデカい声出してびっくりするだろ!?

 グリフォンは非常に誇り高い魔物と聞いているけど、やっぱり人に水を注いでもらうなんて屈辱だったのか!?


「おお、ありがとうティコくん。ホーボックも喜んどるわ」

「ガフフガウゥ!?」(まぎらわしい!?)


 威嚇にしか見えないが、どうにもグリフォン流の感謝らしい、ややこしいな!

 とまあそんな感じで、俺はレナータちゃんが周囲の人たちにドリンクを注ぐのに合わせて、相棒の魔物達へお水をサービスしていく。



(あれ、メルツェルは魔物を連れてないのか?)


 さあメルツェルの方にもと思ったのだが、彼のとなりには何も座っておらず、どうやら魔物を連れていないようだった。


「メルツェルくん、忙しい中予定を合わせてくれて誠に感謝する。今年も参加者が多くっての、君がおらんかったらどうしようかと思っておったところじゃ」

「いえそんな、かつての教え子として当然ですよ」


 そんなふうに疑問に感じていると、メルツェルと学園長先生が話し出した。

 レナータちゃんは他の人にドリンクを注ぎに行っているが、俺は少し興味があったので立ち止まって聞いてみることにする。


「……ところで、協力・・するのはいいのですが。先日もまたモンスターフードの出荷数を減らして欲しいとのお話、考え直して頂けませんか?」

「祭りの際に辛気臭い話は好かんのじゃが……」

「魔物の生態研究、その努力と成果の事は存じております。ですが、以前申し上げた通りモンスターフードはその魔物本来の食物より栄養価は高く――」


 どうやらメルツェルはビーストマスターズの運営に何かしら協力しているらしいので、その見返りにモンスターフードの購入数を増やしてほしいようだった。


「確かに前にも説明してもらったがの、どんな魔物も食べられる夢の飼料。便利じゃがやはり信用し難いんじゃ。「魔物本来の食べるものを食べさせるべきだ」という声も国内では未だ根強いし」

「モンスターフードに含まれる栄養については、お渡しした資料に詳細を記していますし、何も問題ないということも証明できてます」

「あの分厚い資料か……あれだけ細かく書かれておると、読みきれんくてのぉ」


(うぉぇ、この話の通じない上司に理解してもらうように説明する会話とか、昔を思い出して嫌だなぁ……)


 こういう仕事を思い出すような会話は本当に聞きたくない……。

 というか学園長が昔の上司みたいな事言い出して腹が立って来た、もらった資料くらいちゃんと読んどけよコノヤロウ。


「メルツェルにじじいも、なにゴチャゴチャ話してんだー! さっさと開会式始めろよ、そろそろだろーー!」

「じ、じじい……相変わらずじゃのリアーネは……」

「……確かに、そろそろ時間ですね。ですが再考をお願いしますよ、先生」

「あー、まぁ、そうじゃのう……」


 そんな2人の会話を断ち切ったのは、リアーネさんの大きな声だった。

 メルツェルが終わり側に釘を刺しているものの、学園長の反応はあまりよろしくない。



(あー、嫌な会話だった……聞くんじゃなかったな)


 メルツェルには悪いが、マンティコアの俺が力になれる問題ではないし、こればかりは彼が根気強くモンスターフードの普及に力を入れるしかないのだろう。


「それじゃあ今から開会式を始めるかの。ホーボック、いくぞ」

「クァッ!」


 学園長はグリフォンの背に乗って、コロシアムのアリーナへと飛んでいった。


「リアーネさん、僕たちも行かないと」

「おっとそうだった、シャッピー、俺とメルツェルを乗っけてアリーナまで行くぞ」

「ンナァーォ」


 どうやらリアーネさんとメルツェルも開会式でやることがあるらしい。

 シャッピーの背に乗って、学園長の後を追おうとするその時だ。


「あ、そうだ。おーいレナータ! ちょっと休憩がてら俺の席に座ってろよー!」

「えっ? でもお母様、私今バイト中だし、しかもそこ来賓席じゃ……」

「遠慮すんなって! ちょっとくらい休憩してもいいじゃねーか」


 リアーネさんが席を立つ間、レナータちゃんにその席で休憩するように言われる。

 個人的には賛成だ、レナータちゃんも結構動いてるし、シャッピーが座ってた場所なら俺も一緒に休憩できるし。


「ガウッガウッ」(俺も休んだ方が良いと思う)

「ティコもそう思うの? うーん、それなら……んしょっと」


 俺の進言もあってか、レナータちゃんは休憩することにしたようだ。

 背負っていたリュックを俺が座ってもなお余裕がある隣のスペースに置き、来賓席に腰を下ろす。


「開会式が終わるまで、休憩しようか」

「ガウッ」


 一先ず俺達は休憩し、ビーストマスターズの開催を見届ける事にするのであった。



「それでは、まず最初にビーストマスターズ主催者の学園長先生から挨拶です」

「ほっほ、おはよう。紹介に預かった通り、学園長のオルドーじゃ。まずは朝早くからこうして集まっていただいた諸君と、祭りの開催に協力してくれた皆に感謝する」


 アリーナに所狭しと並んだ参加者相棒たる魔物達、その数合わせて100組は超えているだろうか。

 その集団の前にはグリフォンを伴い学園長が開催の挨拶を始めていた。

 ちなみに学園長や司会の人達の声は、ユビキタス商会にて販売している「自動式、みんなに声を届けるくん」という魔法陣によりコロシアムの何処にいても聞こえるようになっております。


「そして、最強の魔物使いとならんとこの場に集った猛者達、その勇気を称えよう」


「ねぇティコ、今年の予選はどっちが担当するのかな?」

「……ガフ?」(どっち?)


 学園長のスピーチの最中、レナータちゃんは俺にそんなことを聞いてきた。


 予選、ということはこの人数を減らすための措置は取るらしい。

 だがどっちはこれ如何に?


「ガ、グルル」(わ、わからない)


 残念ながら、ビーストマスターズの子細を知らない俺にはこう答えるしかなかった。


「そうだよねー。今年はシャーロットちゃんやタクマくんも居るから、学生の部はメルツェル先生が担当してくれると良いんだけど……」

「ガフ?」(んん?)


 学生の部に、メルツェルが担当?

 予選になにかしらメルツェルが関わるといいらしいが、やっぱり俺にはよく分からない。



「おほん、しかしじゃな。毎度の事ではあるが、こうした集った皆の数は非常に多く、最強の魔物使いが決まるまでに随分と時間がかかってしまう。そこでじゃ――」


 しかし、続く学園長の言葉により、俺はビーストマスターズについて理解した。



「――我が国が誇る2人の英雄の手で、人数を絞らせてもらうとしよう」

「おーっす! リアーネだ、今日は成人の部に集まったお前らを手当たり次第ぶっとばすぜ!!」

「百獣使いのメルツェルです、学生の部の皆さんは僕が従える魔物達をどれだけ多く倒したかを競ってもらいます」


 ビーストマスターズは、学生の部と成人の部で分かれていること。

 そして多すぎる参加者は、リアーネさんとメルツェルの2人が主催する予選によって、人数を調整するということを。


 2人の英雄が、選手達の目の前に現れたその瞬間。






「「「よっしゃぁぁリアーネさんじゃなかったぁぁぁぁ!!!」」」

「「「棄権してもよろしいでしょうかあぁぁ!!!」」」


 学生の部からは歓喜の声が、そして成人の部からは悲壮な叫び声が一斉に上がるのであった。



「うむうむ、それでは今年の成人の部は全員棄権ということで――」

「おし、お前ら逃げたらぶっとばすからな。じじいも勝手に棄権させんな」

「ふぉっ!? しかしじゃな、成人の部なんてやらんでもどうせリアーネが一番強いんじゃし……あと進行の手間も省けるし……」


 先ほど勇気あると称えたはずの選手の半数が、勇気をかなぐり捨てて棄権の道を選ぶことに何故かご満悦の学園長。

 しかしそれにリアーネさんが待ったをかける。


「この大会は「王様の国」の大会の予選でもあるだろーが。俺は前回優勝してるから特別枠で出なきゃなんねーし、魔物使いの国からもう1人出す必要があんだろ。あと俺に暴れさせろ」

「くっ、最後の本音が一番の理由じゃろうに正論を言いおって……!」


 学園長的には成人の部の優勝は自動的にリアーネさんとしたかったらしいが、そうはいかないらしい。


「うぉっほん。えー、非常に残念なことじゃが、聞いての通り、否が応でも1人は成人の部から優勝者を出さねばならん。成人の部の参加者はなんとか生き残ってくれ。ちなみに予選担当者はくじ引きで公正に決まったものなので運営員会に苦情などは止めてほしい」

「「「…………」」」


 結果、お通夜のごとく参加者の半数が沈みきることとなりました。

 優勝者を否が応でも出さねばならないってどんな大会だよ。


「よかった、メルツェル先生ならきっとシャーロットちゃん達も生き残れるよ!」

「ガファファファ……、グルルゥ」(あははは……、そうだね)


 レナータちゃんが言ってた「どっち」とは、このことだったと俺はようやく理解する。

 ……世界最強の人間がいる国って大変なんだなぁと、俺はしみじみ思うのであった。




「……これで挨拶は以上じゃ。ではこれより――ビーストマスターズの開催を宣言する!!!」


 こうして、最強の魔物使いを決める祭典の幕が開ける。

 風龍エアロドラゴン殺人兎ボーパルバニー東の国の聖獣(ヤタガラス)、数多の魔物を従えた人間達が、今日、頂点を決めるために競い合うのだ。




 ――だがしかし、誰も予想などできるはずがない。

 この大会がまさか、あんな終わりを迎えるとは。

今回の解説

参加者の部分け:王様の国で行われる大会のレギュレーションに合わせて、学生と成人の部に分けている。

学生の部:18歳までの魔物使いはこちらの部で参加する。学校の生徒が主な参加者だが、別に生徒でなくても参加できる。

成人の部:19歳より上の魔物使いはこちらの部で参加する。

ビーストマスターズ予選:参加者が多いので、毎年メルツェルかリアーネに減らしてもらっている。都合によりメルツェルが来られない年は地獄絵図と化す。なんなら普通に全滅する。

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