70話:叶いつつある夢
お待たせしました、第70話更新です!
次回の更新ですが、多忙のため4/6(月)の更新が難しいかもしれません。
更新が無ければ再来週の4/13(月)に更新します。
「うーっし! 明日から魔法の事も勉強するぞー!」
「エリーが魔法かぁ……想像できなかったけど、頑張ってね!」
「頑張るぞー! レナータも、植物魔法を教えてくれよなー!」
「うん、勿論だよ!」
決意も新たにしたエリーちゃんに、レナータちゃんは嬉しそうにエールを送る。
リアーネさんから格闘術を教わり、自らは魔法を学習する――それは決して楽な道のりではないが、張り切るエリーちゃんを見れば、案外なんとかなってしまいそうだと思えてしまう。
「2人とも、気を付けて帰るんだよ」
「はい! メルツェルさん、今日は本当にありがとうなのだー!」
「メルツェル先生、お忙しいなか時間を割いて頂いてありがとうこざいました!」
相談も終わったので、俺たちはギルド「パルセノビースト」を後にしようとしていた。
メルツェルはこの後も予定が詰まっているだろうに、見送りまでしてくれている。
うーむこの完璧超人感よ、レナータちゃんとエリーちゃんが俺とジンクスを連れて来なかったら、きっとメルツェル自身の魔物を護衛につけてくれるんじゃなかろうか。
一国の英雄だというのによくできた奴である、魔法使いの国の賢者共に爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。
「はは、気にすることはないよ。不甲斐ない師匠のお詫びにしては、寧ろ足りないくらいさ」
「そんな、メルツェル先生が不甲斐ないなんて」
「いや、実際不甲斐ないさ。……レナータさんが1番悲しんでいた時に、何一つ力になれなかったからね」
「あ……。でも、あの時は、先生は外にでてたから……」
「それでもだよ。ベルとトムの事は本当に残念だったし、すまなかった」
メルツェルは2人への感謝の言葉に対し、本当に大したことはしていないと返す。
それと同時に、レナータちゃんが1番悲しんでいた時――彼女の相棒達が死んでしまった時期に、自分が力になれなかったことを詫びた。
「レナータ……。メルツェルさん! 謝るとはいえ、ちょっと無神経だぞー!」
「ガウガウ」(そうだそうだ)
「えっ!? あ、ああっ、それもそうだった……!」
「……」
ただ、謝るためとはいえレナータちゃんに悲しい記憶を思い出させてしまうのはいただけないな。
レナータちゃんは口では大丈夫と言っているが、あきらかに表情が暗くなってしまっている。
当たり前だ、家族を失った心の痛みが癒えるはずがないだろう。
「本当にすまない! 嫌なことを思い出させてしまって……!」
「……気にしないでください。メルツェル先生は悪くありませんし、私にはまだティコが居てくれてますから」
「ガウ……」(レナータちゃん……)
レナータちゃんは俺の頭を撫でる。
彼女の言葉に、俺の心がちくりと痛んだ。
「でも……」
「それなら、お詫び代わりに私から質問していいですか?」
レナータちゃんの力になれなかったこと、そして今し方彼女を傷つけてしまったかもしれないと申し訳なさそうにするメルツェルに、レナータちゃんは笑みを取り繕って、そう言い放った。
「もちろんだとも、なんでも聞いてくれ」
「はい。メルツェル先生はどうして、冒険者になったんですか?」
レナータちゃんからメルツェルへの質問は、本当に単純なものだった。
「どうして僕が冒険者になったか?」
「はい、先生は学校を卒業してから直ぐに冒険者としての道を選んだって聞きました。その理由が知りたいんです」
レナータちゃんがメルツェルにソレを聞いたのは、言葉の通り純粋な興味からだろう。
以前の――俺と出会う前のレナータちゃんは外の世界と関わる将来を何となく望んでいた。
彼女にとってメルツェルは、「自分が選ばなかった道の先にいる人間」だ。
そんな彼が、何を思ってその道を選んだのかを知りたいのだ。
「それは……僕の夢を叶えるためさ」
「メルツェル先生の夢?」
「ああ、夢を叶えるために、先ず冒険者になる必要があったんだ。――まあ、もう半ば叶っているようなものだけどね」
そうしてメルツェルは語る。
流されたわけではない、その道を選んだ確固たる信念を。
「冒険者になれば外の世界をどこまでも探索できる。「魔を飼う者メルセス」が最後に過ごした地と呼ばれている「禁域の森」にだって、いつか足を踏み入れることができるってね」
「禁域の森ですか……?」
「うん、かの建国の英雄メルセスの伝説にこういうものがある。「天敵同士の魔物であっても、メルセスが従えることで同族の如く共存することが出来る」と。たとえそれが伝説だったとしても、必ず理由がある筈なんだ。十年前、僕は禁域の森にその手掛かりがないか探して――二つの秘宝を見つけたんだ」
「一つはモンスターフードの原材料となる植物「パールセノン」。そしてもう一つはこの、メルセスが身に着けてたという「パールセノンの星」っていう秘宝だよ」
メルツェルは植物園の方角を指差した後に、首元から何かを取り出した。
それはネックレスであった。
ペンダントの中央部分には星形にカットされた翡翠色の宝石がはめ込まれており、どうやらこれが「パールセノンの星」というやつらしい。
「綺麗……」
「まあこっちの宝石は大したことないんだけどね、身に付けるだけで、植物魔法を扱えるようになるだけの物さ」
「十分凄いと思うぞー……」
俺もエリーちゃんに同意である。
なんだそりゃ、身に付けるだけで魔法が使えるとかインチキだろう!
しかし、メルツェルにとってはパールセノンの星も大したお宝ではないようだった。
「いや、僕にとっての本命は植物の方のパールセノンなんだよ。あれはまさに万能の食物で、メルセスの伝説の理由なんだ」
「パールセノンはどんな魔物でも食べる事が出来て、しかも普通のエサより遥かに栄養が豊富だ。禁域の森にすむ魔物達は、コレしか餌として見ていなかったんだよ。つまり、メルセスは従える魔物にパールセノンを与えていた事で、あらゆる魔物達を共存させていたって事なんだよ!」
食い食われる者同士の関係であっても、他に食べるに適したモノが有れば、わざわざ殺し合う必要はなくなる。
それが、あらゆる魔物を共存させることのできる夢の万能食、パールセノンであり、メルセスの伝説の一端であり、メルツェルが真に秘宝と考える一品であった。
「僕がギルドを立ち上げたのも、パールセノンを植物園で増やして、モンスターフードに加工するため」
「モンスターフードがあれば、食性が不明な魔物や、人を食べる魔物すら人に従うようになる」
「そして最終的には僕の夢――この国を、世界中の魔物が集まる国にすることだって、きっと叶う!」
冒険者であることも、ギルドの長であることも、メルツェルにとっては夢を叶えるための通過点に過ぎない。
すべては、あまりに壮大な夢を叶えるためであった。
「世界中の魔物が、集まる国……!」
「ガウ……」(すげぇ……)
「す、すごいのだー!?」
「チュゥー……」
俺たち全員が、メルセスの夢を聞いて絶句していた。
無理だ、と考えるものは1人もいなかっただろう。
すでにモンスターフードは国中に広まっていて、メルツェル自身が外の世界へ赴くことで、現地の魔物をつれ帰っている。
メルツェルの夢は確実に叶いつつあるのだから。
「というわけで、コレが僕が冒険者になった理由だよ。……これでお詫びの代わりになると嬉しい」
「は、はいっ。なんだか、圧倒されました……」
まさかここまでスケールの大きい理由が聞けるとは想像もしてなかったのだろう、レナータちゃんはまだ目を白黒していた。
「メルツェル先生、貴重なおなはしをして下さって本当にありがとうございます。参考……にはちょっと出来ないくらい凄い理由でしたけど、ためになったと思います」
「うん? 参考って、レナータさんは将来について何か悩みでもあったのかい?」
「いえ! もう悩みは無くって、今は私が本当にやってみたい事を探してる最中なんです」
「そうか……頑張るんだよ」
「はいっ!」
エリーちゃんの相談も、ついでにレナータちゃんが聞きたいことも聞けて、後は帰るだけとなった。
「さて、時間も本当に余裕が無くなってきたな……」
「この後の予定ってなんなのだー?」
「うん? ああ……学校の方から話があってね、モンスターフードの返品と、学校へ出荷する数を減らして欲しいって話があって、その対応だよ」
「どっ……どういうことなのだー!?」
メルツェルの次の予定を聞いて、エリーちゃんはひどく驚いた。
先ほど聞いたメルツェルの夢とは逆行する対応を、自らの通う学校が行っているというのだから、当たり前か。
(どんな魔物でも食べられる飼料を拒否する理由なんてあるのか?)
かくいう俺も非常に驚いている。
モンスターフードはメルツェルから聞いた通りであれば、本当に万能の食料だ。
ましてや学校は多種多様な魔物達を飼育している場所、むしろ積極的に利用するべきではないのか。
そのわけをメルツェルは、困った表情のまま話してくれた。
「学校で飼育してる魔物の何種類かが、食性が判明したらしくてね。「その魔物が本来食べているものを食べさせるのが1番だ」って理由だよ。まあそういう考えの人もこの国にはまだ多いから、仕方ないといえば仕方ないのかな」
「そんな……」
「グルルル」(なるほど)
レナータちゃんは残念そうだが、俺は寧ろ納得してしまった。
パールセノンを原料としたモンスターフードがこの国に伝わってからまだ10年と経っていない。
それ以前はきっと、その魔物の食性にあった食べ物を探り当てていくという、努力の積み重ねがあったはずなのだ。
ところが、モンスターフードの出現により「そんな努力が不要だ」という事実が突きつけられる。
当然、苦労して研究していた人々にとってはたまらないだろう、いや、それどころか「そんな都合の良い物があるものか」と信用すらしない人間だっているに違いない。
当然、モンスターフードも問題がないことを確かめた上で販売しているだろうから、そんな疑念は無駄である。
だがしかし、人間という生き物は「新しい物」と「変化する物」にはとことん不寛容だ。
便利な技術も、万能な食物も、理解が及ばなければ拒むのである。
(俺もよくわかるよ……魔法使いの国じゃ、魔法を組み合わせるって考えが受け入れられなかったからなぁ……。俺の作った魔法陣、みんな「訳が分からん」って突き返されてたっけ……)
俺はここに来てようやく、メルツェルのことを信用できたのかもしれない。
何もかもうまくいっている、ちょっと羨ましい奴だと思っていたが、俺と同じような苦労をしている若人の1人なのだと理解できたのだ。
「とはいえ、そんな人達にもモンスターフードの素晴しさを理解してもらうのも僕の努力次第。僕もまだまだ頑張らないといけないってことだね」
「応援するぞー! あたしも魔法の勉強を頑張るからなー!」
「私も頑張ります、理想の将来を探すために!」
「うん、ありがとう。一緒に頑張って行こう」
3人の魔物使い達はお互いに頑張ろうと言い合い、その日は幕を下りるのであった。
――そして、時は流れる。
リアーネさんから体術を仕込まれ、空いた時間には魔法の勉強をするエリーちゃん。
訓練を重ねていくシャーロットとココ。
相棒のまるもちと共に戦いに明け暮れるタクマ。
そして、理想の将来を探し求め、国中でアルバイトをするレナータちゃん。
俺達の魔物使いの国での日々が過ぎてゆき、一つの転機が訪れる事となる。
それは、この国で一番強い魔物使いを決定する大会、すなわち――ビーストマスターズが開催するのであった。