66話:世界最強のレッスン
お待たせしました、第66話の更新です!
世界最強の人間とは誰だ――この世界、この時代において、誰もが口を揃えて彼女の名前を答えるだろう。
災厄使いリアーネこそ、人類最強であると。
彼女の経歴は正しく伝説だ。
王様の国で一年に一度開かれる「世界最強の人間を決める大会」に学生の部初参加にして初優勝を飾り、それから約20年、成人の部に移っても変わらず優勝し続けている。
リアーネさんの生物最強と謳われる超抜的な暴力の前に、如何なる戦士もあっけなく沈み。
彼女の相棒、災厄の魔物キャスパリーグの魔法無効化という特性で、どんな魔法使いだろうとただ人へと成り下がるのだ。
――で、そんなリアーネさん、世界最強で、超有名人なリアーネさんにエリーちゃんは教えを乞うわけなのだが……。
「お、お邪魔しますー! ってうわぁぁ!? りりリアーネさんがいるぅ!?」
「もうエリー、私の家なんだから時々は居るんだってば。あっ、丁度よかった! お母様、実はお願いがあって――」
「おうレナータ元気してたか! え? そっちの友達が魔物と戦えない? どうやったら戦えるようになれるか教えてほしい? いいぜ!!!」
「うそぉぉぉ!? そんなあっさりー!?」
「よかったねエリー!」
運良くレナータちゃんの実家にリアーネさんが帰っていたので、聞いてみたらこの返事である。
信じられないくらいあっさりと承諾してくれました。
これが高名な魔法使いだったら弟子入りなんてまずさせてもらえないっていうのに……、そんな軽く引き受けていいんですか世界最強。
そんなわけで、エリーちゃんとジンクス、心配して付いてきたレナータちゃんと俺、そしてリアーネさんとシャッピーを交えた一団は、リアーネさんに引き連れられて国の外に出ていた。
……もう一度言おう、国の外である。
しかも、今の時間は真夜中もいいところである。
以前のモウモウ牧場爆破事件の事から分かる通り、真夜中に国の外へ出ることは、即ち自殺行為と同じである。
「ふんふふっふふーん♪ いやーレナータが俺に頼み事とか久しぶりだなー嬉しいぜーー♪」
鼻歌交じりに、ともすればスキップしかねないほど軽やかな足取りで、リアーネさんは草原を歩いていく。
そんな無防備な姿を殺意溢れる野生の魔物達が見逃すはずがないと思いきや、歩けども歩けども虫一匹すら見当たらない始末だった。
「なあレナータ、さっきからずっと野生の魔物を見かけないんだけどおかしくないかー?」
「お母様の気配に怯えて出て来れないんだよ、一緒にいるといつもこんな感じなの。もっと強い魔物が居る所じゃないと襲われないと思う」
「まじかー……」
「ガウウー……」(まじかー……)
これには俺もエリーちゃんも口をそろえて呆けるしかない。
ここらの魔物ってマンティコア相手でも容赦なく襲い掛かってくるのになー……。
「なあなあレナータ、どうしてリアーネさんはあたし達を外に? というかそもそも夜の間って外に出ちゃだめなんじゃないかー?」
「お母様が何で外に出たのかはわからないけど……「お母様と一緒なら何時でも何人でも外に出ていい」って決まってるみたいだよ、法律で。エリーも見てたでしょ、門番さんがお母様の顔を見ただけで扉を開けてくれたの」
「法律かー」
「ガフガフガウー」(法律なら仕方ないなー)
そりゃあ世界最強の護衛がついてるんだものね……。
リアーネさんの規格外さに唖然としながらも、俺達は何処かへ向かって歩き続ける。
先ほどまで歩いていたメル草原も通過して、今は凸凹とした岩と石まみれの場所にいた。
「よーっし、このあたりなら相手になる奴もいんだろ。……っとそうだ、エリーだっけ? 改めて挨拶だ。俺はリアーネ、知ってるとは思うけどそこのレナータの母親だぜ。いつも娘が世話になってるな!」
予定していた場所に着いたらしい、リアーネさんはエリーちゃんに自己紹介をする。
娘に頼みごとをされたのがよほど嬉しかったらしく、頼まれて即連れ出されてしまったので碌に自己紹介をしていなかったのだった。
「はっ、はひ! エリーですっ! こっちは相棒のジンクスで――
「ナォゥ……じゅるり……」
「ガタガタガタガタガタ……」
――ジンクスを食べないでーー!?」
エリーちゃんが緊張しつつも相棒も紹介しようとしていたら、ジンクスの生命が脅かされていた件。
最後尾をあるくシャッピーの猛烈な食欲と殺意に充てられ、ジンクスは怯えきってしまっていた。
そういえば野生のキャスパリーグは主にビックリマウスを主食にしていると聞いた気がする。
……ってことはシャッピーにとってはご馳走を目の前に今までずっと我慢してたわけで……いやこれ普通に危ないだろう!? よく襲われなかったなジンクス!?
「こら。シャッピーそいつは食っちゃダメだ、くったらお仕置きだぞ?」
「――ッ!? ナァォ……」
リアーネさんが軽く一喝しただけで、今度は逆にシャッピーがガタガタ震えだす。
ジンクスと同じくらいデカい化け物が、たった一人の人間相手に完全に服従しているその光景はある種異様だ。
「いやーわりぃ! もうシャッピーがジンクスを食べようとなんてしねぇから安心しな。んで、それで確か――戦えないって話だったよな?」
「あ、は、はい……そうなのだ――じゃなくて、そうなんです……」
「ぷっ、そーんな緊張しなくていいっつの! つーかレナータの友達なんだから、俺にも遠慮なんてしなくていいって」
無理にかしこまるから却っておかしな態度になっているエリーちゃんを、リアーネさんはカラカラと笑う。
他国に勇名を轟かせる有名人とはとても思えないほどにリアーネさんは気さくである。
その性格に絆されたか、エリーちゃんの肩から少しだけ力が抜けたような気がした。
「えうっ、じゃあその失礼して……。――あたしは「魔物の血を見るのが怖いんだ」」
「血ねぇ……」
「小さい頃、家で飼ってた魔物と遊んでたら、その、つい本気で叩いたときに……ぐしゃって……。それから、怖くなって、魔物を殴るなんてもう、出来なくなって……」
「ぐしゃっと。つーと俺と同じで馬鹿力持ちなんだな。そんなちっこい身体で」
「むぎっ!? ち、ちっこい……」
わーおリアーネさんそれは地雷だってば。
どうやら思ったことをそのまま口に出してしまうらしいが、教えを乞う立場であるためかエリーちゃんは顔を赤くしながらも我慢している。
一方のリアーネさんはそんなことなど気にもせずに――
「よし、そういう事なら話は簡単だ」
「えっ?」
あっさりと、トラウマの解決法を思いついたようだった。
「まず言っておくが……エリー、お前が昔魔物をぶっ叩いて殺しちまったのは、「お前の力が強過ぎたから」じゃねぇ。「お前が弱過ぎたからだ」」
「あたしが、弱過ぎたから……?」
びしりとエリーちゃんを指差し、言い放つリアーネさん。
エリーちゃんは首を傾げる、力が強過ぎたからではなく弱過ぎたから、とは一体どういう事だろうかと?
「そのとおり。いくら筋力があっても制御できねぇ奴はただの雑魚だ。そういう意味でお前はぜんっぜん弱ぇ、力を扱う力がまるで足りてねぇ」
「力を扱う……力」
「そうだ! いいか、トラウマだろうがなんだろうが、力がありゃあ踏み越えられる。力こそが全て、今日はお前に足りない力を実戦で教えてやるぜ」
「力こそが全て……!」
とっても力強く語るリアーネさんに、なんだかエリーちゃんは瞳がキラキラしだしていた。
おいおいおいなんか宗教じみてないですか?
「あははは……。お母様、エリーに変な思考植え付けないで――って、もう遅いかも……」
「ガフゥ」(完全に飲まれてるな)
「力こそが全て教」の発足をレナータちゃんと共に生暖かく見守る中――それは唐突に始まった。
「ギャァァアス!!!」
「「「!!?」」」
上空から、つんざくような咆哮が辺り一帯に鳴り響く。
驚き上を向く俺たちは、先ほどまでの満点の夜空が真黒に染まっていることに気づいた。
「んなななな!? ワイバーンの群れに囲まれてるのだー!?」
「チュゥ!?」(数が多っ!? という感じの重低音)
「おー、やっと来たか」
「びっくりしたー。もうお母様、ワイバーンと戦うなら一言言ってくれたらいいのに」
「ガウガウガウ!?」(二人ともまるで緊張してないんですけど!?)
ワイバーン、それはドラゴンの近縁種である。
両腕と翼が一体化していること、成体となるまでの期間がドラゴンと比較して遥かに短いこと、そして群れを組むことが最大の違いだろうか。
ドラゴンのように強力なブレスこそ吐かないものの、強靭な脚にそなわる鋭利な爪に、ドラゴンと並ぶ飛行能力、なによりその群れの数のせいでドラゴン以上の脅威と認識されてすらいる。
そんなワイバーンが、何百匹もの群れで俺たちを囲っていた。
これが魔物使いの国にやってきたら、間違いなく大きな被害が出る数である。
「よーし! シャッピーはジンクスを守ってろ! 真っ先に狙われるだろうからな! レナータもだ! あとエリーはオレをよーく見とけ!」
「ナァオ」
「あわわわ――わ、わかったのだーー!?」
「はーい! いこっかティコ、多分出番ないけど」
「ガウウ!?」(ないの!?)
リアーネさんは俺たちの中でも1番弱いだろう、ジンクスの守りを固めるように指示を出す。
「「ギャアア!!」」
「き、きたー!?」
「ガグルルルル!?」(リアーネさんが怖くないのかこいつら!?)
真っ黒な空から、数十匹の塊が俺たち目掛けて急降下していく。
シャッピーや俺たちがジンクスを守っているせいか、ワイバーンは手薄に見えるリアーネさんとエリーちゃんに向かっていた。
外の世界でのいつもの光景、人間に対する絶対的な敵意を剥き出しにして、ワイバーンたちはリアーネさんの元へその爪を突き立てようと――
「「魔物の血がダメでも戦える方法」その1ぃ!」
「ギャッ!?」
――したら、爪を逆に掴まれて――
「血が見えなくなるほど」
「ギ――ギャァァァァァ!!?」
――2、3メートルはあろうかという巨体をボロ布のように振り回されて――
「遠くにぶん投げるッッ!!」
「アアアァァァーーー……!
――急降下するよりも速く、上空へ放り投げられていった。
「えええええ投げたぁぁぁ!!!?」
力技を超える力技に、エリーちゃんは素っ頓狂な叫び声を上げるしかない。
凄まじい勢いで投げ飛ばされたワイバーンは、叫び声すら聞こえなくなる。
だが、連鎖的に別の悲鳴が上がっていることから、空中で他の個体に激突しているようだ、えぐい。
「ああ! 相手がぶん投げた先でどうなってよーと、見えなくなるまで飛ばしゃ問題なしだ!」
「な、なるほどー!! その手があったかー!」
「ガフェ!?」(その手でいいの!?)
なんかこう俺的には心得か何かを教えてもらうのかと思ってたんですけど、そんな物理的解決法だったんですか!?
「「「「ギギァァッ!!!」」」
「こ、今度は何匹も同時にっ! どうするのだー!?」
「はっ! こういうときはな! 血がダメでも戦える方法! その2!」
リアーネさんがそう叫んだ瞬間、ズボッと両腕を地面に突き刺した。
「血が見えないように――」
そして、地面を丸ごとひっぺ返し、それを持ち上げたまま飛び上がって――
「岩盤で押しつぶす!!!」
「「「グェ……!!!」」」
――ワイバーンにぶちかました後、そのまま岩盤を下に向け、地面へと押しつぶしてしまった。
「どーだ! これなら相手の血肉は岩の下、目につくことはねぇぜ!」
「す、すごいのだー!? まさかそんな手があっただなんてー!?」
まってまってエリーちゃん、さっきから感動してるけどまさか君あれが出来るかもって思ってる!?
……多分できるんだろうなぁ。
「うおっし! いいリアクションだ! それならこっからは少し上級編いくぞぉ!」
「はっ、はい師匠おー!」
「血がダメでも戦える方法その3んっ! 体の内部のみに衝撃を与えるべし!」
「うおー!? 傷一つないのに死んでるぞー!?」
「ちっと技量がいるが、練習すりゃできるぜ!」
次々と襲いくるワイバーンを、リアーネさんが超抜的な力技の餌食とし、エリーちゃんへのお手本にしていく。
世界最強のレッスンの名の下に、膨大な数のワイバーンたちはみるみる数を減らしていき――
「あー、もう逃げちまったか。でもま、これくらい見せりゃ充分か」
「は、はいっ師匠! 勉強になったのだー!」
「おう! 俺が暇なときにまた教えてやるよ、それまで練習しときな!」
あたりにはひっくり返された地面と、無傷のまま息絶えたワイバーンがそこかしこに転がり、遠方をみると投げ飛ばされたワイバーンの死骸が山積みになっていた。
わずかに生き残った群れはすでに逃げ出してしまっている。
そして、俺達全員が無傷の完全勝利であった。
普通こんなことは有り得ないのだが、それを可能にするからこその世界最強なのだと改めて思い知らされた。
「んじゃ帰るか! レナータもティコもお疲れさん」
「ふわぁ……、ちょっと眠くなってきちゃった」
「ガフェェ……」(気を抜きすぎでは……)
どうやら初めからこうなることが分かっていたらしいレナータちゃんは欠伸までしている。
俺は魔物使いの国に帰るその時まで気を抜くべきではないと一瞬思ったが……。
「しっかしワイバーンも全然歯応えなかったぜ。どっかに超巨大ドラゴンとかいねーかなー」
(この人がいたらまず安心だな……)
ワイバーンですら雑魚扱いするリアーネさんが側にいるなら、全く問題ないと思ってしまうのであった。
「ねえエリー、どうだった? お母様の戦い方、エリーならきっと参考になると思ったんだけど」
そうして帰る道すがら、レナータちゃんはエリーちゃんに今回の成果について聞いていた。
ふむ、たしかにリアーネさんは力任せの滅茶苦茶な戦い方だが、それ故に同じ怪力のエリーちゃんでも真似できそうな部分がいくつもあった。
うまく真似をすることができれば、エリーちゃんが第二のリアーネさんになれる日も来るんじゃないだろうか。
「うん! すっごい勉強になったぞー! まだまだ沢山練習することはあるけど、本当にありがとうなレナータ!」
「ふふっ、私は何もしてないよ」
「そんなことないぞー!」
無邪気に喜ぶエリーちゃんを見て、レナータちゃんは安心したように微笑んだ。
リアーネさんが教えた戦い方なら、エリーちゃんも問題無く戦える。
……まあ大半が相手を葬ってしまう技だったが、うまく調節すればビーストマスターズに出場しても問題ないだろう。
「チュウチュウ」(良かったですね、ご主人といった感じの重低音)
「うん、良かったぞージンクス!」
相棒のジンクスも、嬉しそうなご主人様を見て喜んでいるらしい。
こうして、世界最強のレッスンは終わることとなった――――
――のだが……。
「レナータァー……、ちょっと相談があるんだけどー……」
「わっ、エリーどうしたの?」
それから数日たって、エリーちゃんは再びどんよりした雰囲気を纏っていた。
あの時と同じように、また教室で二人は話し合っている。
なんだなんだ?
あれから何度かリアーネさんの所で指導してもらってるみたいだけど、何か問題でもあったのだろうか?
「まさかお母様の指導が嫌になったとか?」
「ううん、リアーネさんは別に悪くないんだけどなー。寧ろあたしには全然バッチリあってる、最近メキメキ強くなってる自信があるぞー。でもなー……」
エリーちゃんはとても申し訳なさそうにしながら、指をさした。
その先は、ご主人様と同じようにガックリしているジンクスである。
「……あたしばっかり強くなってて、ジンクスが足手纏いになってる気がしてならないんだぞー」
「……あっ」
なんということでしょう、リアーネさんはエリーちゃんしか鍛えてくれなかったようでした。
「チュゥゥ、チュウチュウ。チュー……」(模擬戦しても、ご主人一人で勝利してしまう。本当に自分の存在意義が分からない……という重低音)
「ガッ、ガウガウ」(げ、元気出せって)
「あっ、ああー……、そうだった……! お母様、魔物の使役まで力任せで、ジンクスみたいな魔法が使える子は全然っだめだった……!」
なんかもう消えてしまいそうなくらい落ち込むジンクスを見て、俺はたまらず励まして、レナータちゃんは珍しく頭を抱える。
というか力任せで魔物使いってなれるもんなの?
「あたしばっかり強くても駄目なんだよぅー……、ジンクスと一緒じゃなきゃダメなんだよぅー……」
「えーとえーっと、どうしよう、このままお母様に指導してもエリーばっかり強くなっちゃうし、魔物の扱いも上手くって、強い人、えーっと……」
どうやらレナータちゃんはリアーネさんに代わる新たな先生に心当たりがないか考えてるらしいが……その条件に当てはまるのって、レナータちゃん自身ではなかろうか。
「――あっ、そうだ! ねえエリー、私の師匠に相談してみようよ!」
「レナータのせんせい?」
「グルルゥ?」(せんせい?)
レナータちゃんの……師匠?
今まで見たことも聞いたこともない新たな人物の登場に、俺もエリーちゃんも首を傾げるのであった。
今回の解説
リアーネ:大規模な魔物の群れの殲滅など、常人では手に余る驚異の排除を主な仕事としている。今回は丁度いい依頼があったのでエリー達を連れて行った。相棒の魔物は力によってねじ伏せ上に立つ派。
シャッピー:大好物はビックリマウスの肉。後日我慢したご褒美に野生のビックリマウス殲滅に連れてってもらった。
エリー:過去のトラウマを完全に克服したわけではなく、血を見たらアウトの状態。