65話:この日常の果てとは
お待たせしました、65話更新です!
レナータちゃんが理想の将来を見つけ出すためにアルバイトを始めて、早くも半年近くの時間が経つ。
彼女と俺のアルバイト巡りは、全体的に言えば順調であった。
レナータちゃんは魔物使いとして優秀で、性格も至って真面目、その上可愛いから大概のバイト先で可愛がられるし、メキメキと実力もつけていく。
俺は性格に難はあるし、魔法使いとしては落ちこぼれの類だけど、そもそもマンティコアに性格の良さや魔法使いとしての力を求められていないので、過剰なパワーを抑えていれば大体なんとかなった。
もちろん最初はマンティコアを連れて来られることに驚かれたり、時には失敗したこともあるが、まあユビキタス商会の時みたいな酷い失敗ではないから問題ないだろう。
……まあアレは多分、俺がカチューシャ作りをやった場合でも起きていた事故のようなものだし。
一つだけ気になることがあるとすれば、レナータちゃんがアルバイト先で「苦労していること、大変な作業」についてやたら詳しく聞いていた事ぐらいか。
何故か彼女は、そこに拘っていたような気がする。
どのバイト先でも必ず聞いていた事なので、彼女の中では重要な事なんだろうが……大変な作業はアルバイトという立場ではさせてもらえないことも多くて、聞くだけ無駄なような気もした。
きっとレナータちゃんなりに考えがあるのだろうと結論づけたが、結局俺にはわからなかった。
……とまあそんな感じで、実に平和にマンティコア生活を満喫していたのだった。
――だが。
「ガフゥ……」
魔物使いの学校の教室、みんなが授業を真面目に受けている最中のこと。
俺はいつも通りにレナータちゃんの側で伏せっていて、そして誰にも気付かれないようにため息をついていた。
悩みがある、というわけではい。
現状、この偽装生活は実に上手くいっているし、俺の正体は未だにバレる気配はなかった。
まあ、レナータちゃんがいつもの如く俺のマンティコア語を理解していることにドキリとすることはあるけども。
では何故、俺はため息をついているのかというと……。
(この偽装生活の終わり、か……)
いつしか必ず訪れる終わりについて、思い耽っていただけである。
予め言っておくが、マンティコア生活の終わりが目の前まで迫っている、というわけでない。
では、なぜ今思い耽っているのかというと、数日前にたまたま用事があってレナータちゃんの実家へ行った時、ギュンター卿と秘密裏に話すことがあったからだ
「ダグラス君。以前レナータが決闘をした時に「君は魔法を使った」というのは本当かな?」
まず始めに、ギュンター卿はそう俺に確認してきた。
魔法を使うだけなら心当たりがある、ティコの姿のまま、バレないように無詠唱でだが。
しかし決闘をした時とギュンター卿が言っているのだから、あの時に違いない。
「……はい、レナータちゃんがシャーロットと決闘をした時に、何度か魔法を使ってます」
宙を舞うココとシャーロットを引き摺り下ろすために、結界と爆発の組み合わせで魔法を使った、あの時のことだろう。
大衆が見ている中で堂々と使ってしまったが、そのことに後悔はしていないし、幸いにも俺の正体はバレてないので大丈夫だとタカを括っていたのだ。
「そうか……。いや、偽装生活のことは君に一任しているし、きっとレナータのためにそうしたんだろう。バレてなければ問題ないよ」
俺が肯定すると、ギュンター卿は少しだけ困った表情になった。
「あの、もしかして、俺が魔法を使ったら不味かったですか?」
「……正直にいうと、君が偽装生活を早く終えるように手配していた作戦が、一つダメになってしまった」
「えっ」
俺は毎日を過ごすことで精一杯で偽装生活の終わりなんてとんと考えていなかった、この話をされた時、俺は間抜け面を晒していただろう。
そして、とても申し訳なさそうにギュンター卿は話してくれた。
マンティコア偽装生活の期限はおよそ三年間、レナータちゃんが魔物使いの学校を卒業するまでだ。
しかし、いかに着ぐるみマンティコアくんによる偽装が完璧であっても中身は人間。
そもそも、人間に三年間も魔物として生活してもらうというのは、どこかで無理が出てこない方がおかしい。
そう考えたギュンター卿は、もう一つの作戦を練っていた。
それこそが、今回ダメになってしまった「マンティコアすり替え作戦」である。
「ティコそっくりのマンティコアを見繕って調教し、時を見計らって入れ替わってもらうつもりだったのだが……」
「俺がティコとして魔法を使ってしまったから、おじゃんになったんですね…………すいません」
既に魔物使いの国で、俺は「魔法が使える」ことを大衆に見せてしまっていた。
こうなると、すり替えるマンティコアにも魔法を仕込む必要が出てきてしまう。
マンティコアが魔法を使うなんて聞いた事もないので……ギュンター卿の言う通り、この作戦はもう使えなくなってしまったのだ。
(ははは、後悔はしないけど。まさか魔法使った事が巡り巡って自分の首を絞めることになるとは……俺らしい……)
この話を聞いた時、まさか自分が知らない間に人間に戻れるチャンスを潰していたとは夢にも思わず、そこそこ落ち込んでしまった。
……まあ、すり替え作戦を行ったところで、レナータちゃんなら些細な外見の違いから「ティコではない」と容易に見抜いてしまうだろう。
なので、そのことに関しては今は落ち込んでいない。
この偽装生活の終わりも、ギュンター卿はまた別に考えているとも聞いた。
レナータちゃんが卒業した後に、ティコは不幸にも「事故」に巻き込まれてしまい死んだ……そういう事にするらしい。
まあ三年近い月日をここで過ごすことは確定してしまったわけだが、元々覚悟していたことだし問題ない。
そう、問題は無いのに、今俺はこうしてため息をついている。
一刻も早くマンティコアを辞めたかったのか?
いや、違う、寧ろその真逆で――
(マンティコアを辞めたら、レナータちゃんとはこれっきりだろうな……)
どうやら俺は案外この生活を気に入っていて、三年も先の事を考えて寂しさを感じているらしい。
「――それでは、今日の授業はおしまいです。皆さん、気を付けて帰ってくださいね! ビーストマスターズに出場する人は、練習頑張ってください!」
「「「ありがとうございましたー」」」
今日の授業が全て終わって、放課後に突入した。
生徒たちが続々と帰る支度を整える中、俺もようやく起き上がる
(はぁ――バカバカしい。寂しがるより先に、これから三年間正体がばれない様に気を付けろっつーの)
一抹の寂しさも、時間がたてばすっかり落ち着いた。
今の俺はマンティコアで、レナータちゃんの理想の将来を見つけるために協力している身なのだ。
三年も先の事でいちいち悩んでいる暇などないのである。
「ティコ、学校が終わるまで待っててくれてありがとう。えらいえらい」
「ガフガフ」(それほどでもない)
授業中じっと静かにしていた事を褒められて、頭を撫でられる。
俺としてはひたすら悩んでいただけなので、ちょっと後ろめたいというか、なんだかこそばゆい感じがする。
「それじゃあ帰ろっか。エリー! 一緒に帰ろ――」
今日はアルバイトもお休みなので、まっすぐ帰るつもりらしい。
いつも通りエリーちゃんに声をかけて、仲良く帰るつもりらしいレナータちゃんだが……。
「……。――。」
「? …………!?」
「――あれっ? エリー、セラ先生となにか話してる?」
エリーちゃんとセラ先生が、何やら話し込んでいるのを目撃する。
距離があるせいで話の内容は聞き取れないが、エリーちゃんの真剣な表情とセラ先生の困惑の表情から、重要な話をしているらしい。
「話し終わるまで待ってよっか」
「ガウ」(そうだね)
ひょっとしたら個人的な話かもしれないし、レナータちゃんと俺は様子を見ながら待つことにする。
そして数分たったのち、エリーちゃんとセラ先生の話し合いが終わった。
「はぁ……やっぱりあたしには無理なのかなー」
「チュウ……」
「エリー、元気がないみたいだけど大丈夫?」
エリーちゃんは非常に珍しいことに、ため息をついていた。
これにはレナータちゃんも心配らしく、一緒に帰ろうと誘うより先に、何があったのかを聞こうとしている。
「さっきセラ先生と何か話してたよね? ひょっとしてそれが原因?」
「あっ、レナータ。いや、その、セラ先生が悪いわけじゃないぞー。ただ、あたしがちょっと無茶を言っちゃっただけで……」
「無茶? 良かったら、私にも話してよ」
「……うん」
親友であるレナータちゃんなら安心できるのか、エリーちゃんは素直にセラ先生と何を話していたのかを教えてくれた。
「……あたしな、ビーストマスターズに出られないかセラ先生に相談してたんだ」
それは、エリーちゃんなら決してしない筈の行動だった。
「ええっ!? エリー、ビーストマスターズに出るつもりなの!?」
「ガウッ!?」(うそぉ!?)
この告白に、俺とレナータちゃんはそれはもう驚いた。
何故ならエリーちゃんは、魔物を相手に戦う事が出来ない。
魔物を傷つけること自体がどうしようもなく嫌で、可哀想だからという理由だ。
そんな彼女だから、魔物使いの中で最強を決定する大会――ビーストマスターズには出場するはずがないと、俺もレナータちゃんも思っていたのだ。
「ちょっ、レナータ! 声が大きいのだー! まだ決まってないし!」
「えっ、あ、ごめん……」
エリーちゃんは内緒にしてほしかったらしいが、時すでに遅し。
教室に残っていた何名かの生徒は、こちら……主にエリーちゃんの方へ視線を向け、「エリーがビーストマスターズ?」「やべぇ、殴り倒される」「学年最強の生物と名高いエリーが……」などとざわついている。
「でもどうして? エリー、魔物と戦うのが苦手なんじゃ?」
「うっ、それは、そうなんだけどなー……」
エリーちゃんのこの反応からして、魔物と戦えるようになったわけでは無いらしい。
「……前にレナータに話したと思うけど、ほら、あたしって「ビックリマウスでも人の役に立つ」って証明できる仕事を探してるんだけどなー」
「うん」
ああ、確かにエリーちゃんはそんなことを言っていたな。
超災害級の魔物であるビックリマウスのジンクス、そんな相棒に対する世間への認識を変えることこそ、彼女の夢であると。
「……あれからずっっと探してるけど、ちっとも見つからないんだぞー……。屋内の仕事はジンクスがまず建物に入らないことがザラで、外の仕事はあらごとばっかりだし……」
「チュウゥゥ……」(俺がデカいせいで……という重低音)
「あー……そうだね」
「ガウー……」(うーん……)
ガックリとエリーちゃんとジンクスはうなだれる。
うんまあ、ジンクスと一緒に働ける職場というものは非常に限られるだろう、まず建物に入れるかが怪しいし。
「本当はあたしもわかってるんだ。あたしには馬鹿力があって、ジンクスは魔法が使えるから、戦うことが一番の近道だって。でも、あたしが魔物と戦うことが嫌なばっかりに、あたしたちは役立たずのままだから……それが悔しくって……」
「だから、ビーストマスターズに?」
「うん、自分を変えられるきっかけというか、発破をかけるつもりで……」
なるほど、これで大体の事情は掴めた。
エリーちゃんは夢に躓きかけているらしい。
たしかにエリーちゃん達の才能は、どちらかというと戦うことの方が向いている。
ビーストマスターズ出場を考えたのも「戦うこと以外の職業は自分達には難しい、ならば自分を変えて戦う道を選べば、上手くいくのではないのか」という試みというわけだ。
(……でも、それって本当に上手くいくのか?)
一方で、エリーちゃんの考えに俺は否定的だ。
そもそもエリーちゃんが魔物に拳を振るえないのも、偏に彼女の「優しさ」からきているのではないか?
その優しさを押さえつけて、戦うことを選択したところで……それで本当にエリーちゃんが幸せを掴めるのだろうか?
正直に言って、「才能があるから、向いているから」というだけで自分にとって嫌な事をするのは――間違っていると思うのだ。
「――凄いよ! エリー!」
「えっ?」
俺はそう思っていたからこそ、エリーちゃんの事を「凄い」と言ったレナータちゃんに驚いた。
「す、凄いって、そんな事ないぞー?」
「そんな事あるよ! だって、エリーは自分の苦手な事に向き合うんでしょ? それって誰でも出来ることじゃ無いもん」
レナータちゃんにとって、エリーちゃんの行為は「自分の苦手を克服するための努力」に映っていたのだ。
(自分の苦手な事に、向き合う……)
そう、か。
そういう捉え方も、あるのか。
今のエリーちゃんは魔物と戦う事が嫌だ、だからこそこれから努力していけば克服することだって出来るかもしれないと、レナータちゃんは思っているんだ。
「ねえエリー、私にも協力させてよ!」
「で、でもっ。ビーストマスターズはとっくに申込み期限が過ぎてて難しいって、さっき先生に言われてるし」
「それでもいいの! エリーが頑張ってるのを、私は応援したいだけだから!」
まさかレナータちゃんに凄いと言われ、あまつさえ協力までしてくれるなんて思ってもみなかったのだろう、エリーちゃんは大いに動揺していた。
だがレナータちゃんはお構いなしに言葉を続ける。
「エリーがどうしたら魔物と戦えるようになれるのか、お母様に教えてもらおうよ!」
「お母様……って、リアーネさんにー!!?」
「チュゥー!?」
うん、レナータちゃんのお母さんだからリアーネさんだね。
世界最強の人間の、災厄使いリアーネだね。
エリーちゃんからしてみれば「友人に相談したら世界最強の人に教えを乞いに行くことになった」といったところだろう。
(くっひっひっひ――頑張れ、若人よ)
俺は驚くエリーちゃんとジンクスを見て、心の中で応援していた。
態度が一転しているのは、間違いなく我がご主人様の影響だ。
確かに、自分の嫌な事を仕事にするのは今でも反対だ。
でも、彼女達はまだ16歳で、本番までには時間はたっぷりある。
自分の嫌いなこと、苦手を克服するために抗ってみてもいいじゃないか。
 




