番外編:魔物使いのファッションブーム・中編
お待たせしました、番外編、中編となります!
次回の更新についてですが、多忙の為に2/10(月)の更新が難しいです。
更新がなければ、2/17(月)に更新となります。
レナータちゃんの元へ届いた、来るはずのない俺からの手紙。
その手紙に隠された暗号を読んだ俺は、父さんの商会にトラブルが発生した事を知る。
それは、ネコミミカチューシャ型マジックアイテム「ニャンテナ」の種類拡大と量産のクレームが、魔物使いの国から殺到しているという知らせであった……!
「いらっしゃいませ、レナータ様、ティコ様」
「ジャクリーヌさん、しばらくぶりです!」
いつもの如く、レナータちゃんの実家でめっちゃすすめるくんを使用し、俺の家までひとっとびした俺達。
ティコの健康診断という名目で訪れた以上、今回の訪問は俺とレナータちゃんだけで訪れている。
そして転移した先――屋敷の玄関ホールでは、既にジャクリーヌが待機していた。
レナータちゃんはジャクリーヌとのまた会えた事が嬉しいのか、懐っこい笑顔で彼女へ挨拶を返している。
……はて、いつの間に二人は仲良くなったのだろう?
「レナータ様、頭のそれは……」
「えっへへ。前に頂いたのを付けちゃいました♪ 似合ってますか?」
「えっ。ええ、とてもお似合いですよ」
頭のネコミミを指摘されて、ますます笑顔のレナータちゃん。
ジャクリーヌはその姿を見て僅かに動揺したものの、直ぐに取り繕って社交辞令まで完璧にこなした。
えらいぞジャクリーヌ、きっと内心その笑みは引き攣ってるんだろうけど、レナータちゃん……いや魔物使いの国の人にとっては魔物ミミを付けることが最新のファッションなのだ、バカにしてはいけない。
「それでは、ティコ様をおぼっちゃまの所までお連れしますので、レナータ様は客間にてお待ちください」
「はいっ」
前に来た時と同じように、俺をレナータちゃんから引き離す手筈を整える。
さて、「ティコが診断を受けている」とレナータちゃんに思い込ませている間に、さっさと問題を解決するとしよう。
「ムーブン。レナータ様を客間までお連れして」
『はい、お久しぶりですレナータ様……っ!?』
「ムーブン君。みてみてお揃いだよー、可愛いでしょ」
『あ、は、はひ。おおおお似合いですね……』
というわけでジャクリーヌに呼ばれてムーブンが来たのだが、ムーブンはレナータちゃんの格好を一眼見た瞬間硬直する。
まさか自分以外にニャンテナをつける人間がいたとは思わなかったらしい、しかもこんな美少女が。
「ふふっ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。ムーブンくんのも似合ってるよ!」
『あ、あうう……!』
(レナータちゃん、素で褒めてるだけなんだろうけどそれは逆効果だぞ)
説明しよう、うちの見習いコックであるムーブンは、可愛いと褒められると物凄く恥ずかしがるのだ。
直接言っていないものの「似合っている」もムーブンの中では同じ意味合いらしい、その顔は湯気が出そうなほど真っ赤に、そして頭の上のニャンテナは恥ずかしそうにぺしゃんと耳が伏せっていた。
「オホンっ、レナータ様。あまりムーブンをからかわないで頂けると助かります」
「ふえっ!? え、あ、ごめんねムーブンくん! その、可愛いって意味じゃなくて……」
あまりムーブンを弄るのもかわいそうなので、ジャクリーヌが止めに入る。
『そ、それではご案内します……』
「うん。それじゃあティコ、ダグラスさんによろしくね」
「ガウッ!」
……まあよろしくもなにも、ダグラスは俺なんだけどね。
そしてレナータちゃんはムーブンに連れられ、玄関ホールを後にした。
着ぐるみマンティコアくんを脱いで実験室へ隠し、俺は父さんの自室へと向かっていた。
「改めて確認するけど、今日俺を呼び出した理由は?」
その途中、俺はジャクリーヌに要件を再確認する。
手紙の文面から察しはついているが、早期解決のためにしておくべきだろう。
「……今回はニャンテナの種類拡張について助言していただきたいのです。手紙にも書きましたが、私達使用人だけではどうしても対応しきれなくて」
「助言か、ならよし」
「はい、助言です」
助言程度ならば俺が父さんの商会の為に働くという訳ではないし、許容範囲内である。
まあ、ジャクリーヌが「俺に商会の生産業務をしてほしい」などと言うことは無いと分かっているが。
「しかし対応できないのはちょっと不思議だな。ニャンテナの構造とか、作るのに必要な魔法陣は覚えてるだろう? ……まあ使ってる魔法の数はそこそこ多いけど、ジャクリーヌなら問題なく書けると思うんだけど」
手紙を読んだ当初から疑問に思っていたことを口にする。
実の所、ニャンテナを作った時に一緒に居たジャクリーヌなら、たかがニャンテナの種類を増やすくらい問題ないと思っていたのだ。
なぜなら、ジャクリーヌに魔法を教えたのは他でもない俺だから。
つまり彼女も沢山の種類の魔法を使えるのである。
しかも彼女の魔法の出力は俺以上、ぶっちゃけ俺がジャクリーヌに勝っているところは魔力量しかなく、魔法使いとしてはジャクリーヌの方が優秀なのだ。
「私も初めはそうするつもりだったのですが、どうにも……。そのあたりは、実際にケイ様に聞かれた方がよろしいかと思われます」
「? ふーん、その様子だとなんか一癖あるみたいだな」
「はい、それはもう……」
おおう、ジャクリーヌが凄いウンザリした顔をしている。
問い合わせの数がとんでもなく多いとかか?
まあ、ジャクリーヌが父さんに聞いた方がいいと言うならその通りにしよう。
「ケイ様、ダグラスお坊ちゃまをお連れしました」
「ただいまー」
「おかえりダグちゃん、待ってたよ」
「ちゃんは止めてって」
父さんの自室へ入って、ただいまと一声をかける。
相変わらず人の好さそうな笑みを浮かべているが、俺をダグちゃんと呼んでいる辺り相当余裕がない状態らしい。
「……それで、俺にニャンテナのことで助言してほしいって話だけど、何かあったの?」
「ああ、実は最近、魔物使いの国にある支店にニャンテナ……いや「魔物の耳を模したカチューシャ」の注文が殺到してるんだ。なんでも向こうでは「精巧なネコ型魔物の耳を、ユビキタス商会が売ってる」って噂が広まっているらしくてね」
「あー、あー……。なるほど、心当たりはなくは、ないかな……」
うん、レナータちゃんが学校で言ったことが国中に広がってるね。
しかもニャンテナが完全にオシャレアイテムとして伝わってるし……。
「僕もまさかニャンテナがファッションとしてブームを起こすなんて思わなかった。だけど、需要がある以上は積極的に利用していきたいと考えてる。そこで早速、ジャクリーヌにお願いしてネコミミ以外のニャンテナを作るとこまではいったんだ」
「……」
そこまで話すと、父さんとジャクリーヌの表情が落ち込んだものに変わった。
試作品までこぎつければ、後は母さんの工房で大量生産してしまえばいい。
だというのに、それができないということは……。
「つまり、その魔物耳カチューシャの出来が良くないわけだ」
「ご名答だよ……。魔物使いの国の支店で働いてる人たちに試作品を見てもらったんだけど、酷評されちゃってね……」
はぁ……とため息をつく父さん。
余程コテンパンにされたらしい。
その様子をみて俺も少し不安になる。
試作品を作ったのはジャクリーヌなんだろうけど、それが酷評されるってことは、俺がいても対して力になれない気がするのだ。
「それで、具体的には何が問題だったの? 俺が力になれるかはわかんないけど」
「うん、試作品はね……動きが悪い。って言われるんだ」
「動き?」
「ニャンテナってさ。ほら、装着者の感情に合わせて動く機能をつけてるだろう? 新型にも全く同じ機能をつけてたんだ。そしたら「イヌ型魔物の耳はこんな風に動かない」「なんでこのウサ耳嬉しい時に怒った動きしてんの?」「ゲイザーの耳のウネウネ感が足りない、違う触手を模しているのではないか?」とか……」
「は?」
なんだって?
つまりアレか、俺がお遊びで追加したあの機能のせいで、商品が完成せずに文句が殺到してると?
「ダグラスお坊っちゃま、どうか私に教えてくださいっ……! イヌ型やウサギ型魔物が感情に合わせてどう耳を動かすのか、そしてゲイザーの耳に相当する部分が何処なのか……! このままでは、お坊ちゃまの弟子の名折れに――」
「いやいやいやいや知らないよ!? いくら俺でも魔物の細かい動きまで把握してるわけないだろう!?」
ジャクリーヌは自分が作ったマジックアイテムに文句を言われたのが余程応えたらしい、口調の端々に悔しさを滲ませながら、俺に教えを請うていた。
でもそんなことを真剣に聞かないで欲しい、特にゲイザーの耳なんて俺が聞きたいぐらいだ。
「ではっ、ではどうしてお坊ちゃまが作ったニャンテナにはクレームがつかないのですか!」
「魔法使いの国にはネコがいっぱいいるじゃん! 俺の記憶にある「ネコ型魔物に関する記憶」を映像化して観察して――感情に合わせた動きを忠実に再現しただけだよっ!」
「そ、そんな……あの機能に、そこまで無駄に力を入れてたのですか……!?」
「悪うございましたねぇ無駄に力を入れてて!」
どうやら、遊ぶ時は全力で遊ぶ俺のクセが足を引っ張ってしまったらしい。
現行のニャンテナには「ネコ型魔物の耳の動き」をするように魔法陣が書かれてるわけで、それを真似た上で他の魔物の耳として作れば、そりゃあ齟齬が生まれるはずだ。
「ダグラスでも難しいのかい?」
「魔物の耳に合った動きをさせるなら、種類ごとにちゃんと観察しなきゃ駄目だ。ただ、耳を動かすこと自体は難しくない、観察の経験と再現する腕があれば俺じゃなくても出来る」
「再現するのはジャクリーヌが出来そうだけど、観察の経験となると……まいったな、思い当たる人は居ない……」
思っていたのと若干違うが、やはり俺では力になれなかった。
だがこのまま帰ってしまうのは余りにも後味が悪い、俺は何か解決手段がないものか思案する。
(いっそ、魔物使いの人に耳の動きをレクチャーしてもらうとか?)
蛇の道は蛇と遥か昔の言葉にあった通り、魔物使いの人間に聞いてしまうのが一番いい気がする。
ただ、いくら魔物使いといっても自分の相棒以外の魔物については、詳しくないんじゃなかろうか?
そうだとすると、魔物の種類ごとに一人一人違う人物にレクチャーしてもらう必要がありそうだ。
(一々聞いてたら時間がかかってブームが過ぎる可能性もある……。ああくそ、こんな時に「色んな魔物の事を知ってる」「天才的な魔物使い」が知り合いにでも居たら……いたら……あ)
そんな時、ふと頭に浮かんだのはレナータちゃんの顔。
…………いた、問題解決にピッタリな人材が。
父さんの自室には、俺とジャクリーヌの父さんの他に、もう一人……レナータちゃんが席についていた。
「ティコの診断は終わったけど、父さんが君に用事があるらしい」と俺はレナータちゃんを呼び出したのである。
「私が、ユビキタス商会でアルバイトですか?」
きょとん、とレナータちゃんはいきなりの話について来れてない様子だった。
「うん、魔物使いの国にある支店に暫く通ってもらって、新商品である「魔物耳カチューシャ」の開発に協力してほしいんだ」
「魔物耳カチューシャ!? それって、私が付けてるコレの……」
「そう、それ。向こうだととっても人気が出てるみたいだから―――
父さんは、先ほど俺にも話した問題をレナータちゃんにも説明する。
説明を聞くうちにレナータちゃんの表情は明るいものへと変わっていった。
ニャンテナがネコ耳型しかないために悔しがる友人達に、何かしてあげられると分かったからだろうか。
――というわけでね。レナータさんには魔物が感情に合わせて耳をどう動かすのか、それを教えてほしい。……ネコ型以外の魔物も含まれるんだけど、やってくれるかな?」
「はいっ、大丈夫です! 任せてください!」
レナータちゃんは自信満々にうなずく。
態度からも分かる通り、彼女は相棒ではない魔物のことも詳しいのだ。
天才魔物使い様様である。
「ありがとう、本当に助かるよ。……いやぁ、ティコくんの診断に来て貰ってるっていうのに、こんな話しちゃってごめんね」
「いえいえ、気にしないでください! 私、最近は色んな職業について勉強してるんです、これもその一環ですから!」
突然のアルバイトの誘いだというのに、レナータちゃんはとても嬉しそうだった。
まさかユビキタス商会の仕事を体験できるとは思ってもみなかったのだろう、理想の将来を探す彼女にとっては渡りに船というわけだ。
「それじゃあレナータさん、明日にでもユビキタス商会の支店に来てくれるかな? ジャクリーヌをそこに待機させるから、彼女に耳の動きを教えてくれれば「魔物耳型カチューシャ」は完成だ」
「私がカチューシャの作成を担当します。よろしくお願いします、レナータ様」
ぺこりとジャクリーヌが頭を下げる。
どうやら今回の件が落ち着くまで、父さんはジャクリーヌを魔物使いの国に置いておくつもりらしい。
レナータちゃんはジャクリーヌと仲がいいみたいだし、アルバイトで会えることは嬉しいだろうと思ったのだが……。
「――え? ダグラスさんが作るんじゃないんですか?」
「こふっ!!?」
彼女が素で言い放ったその言葉に、思わず咳き込む。
多分、マジックアイテムを作るのだから、当然俺がやるものと思っているのだろう。
「? ダグラスさん?」
「けほっ、あー、レナータちゃん。俺は忙しくてね……今回の件は手伝う気はないんだよ」
しかし、それだけはない。
俺は絶対に仕事はしない。
「マンティコアをやる必要があるから」とか、そういった事情がなくとも、俺は俺の大前提に従って仕事はやらない。
「大丈夫だ。ジャクリーヌは俺の作ったマジックアイテムを完璧に再現できるから、俺じゃなくてもカチューシャは作れる」
「ご安心ください」
「そう、ですか……」
俺が居なくても大丈夫だと伝えても、レナータちゃんは残念そうだった。
その様子はまるで、俺と一緒に働きたかった様にみえて――
(……ないない、そんなことあるもんか)
――俺はその考えを、一蹴するのであった。
今回の解説
ムーブン:『レナータ様すっごくかわいかったなぁ……、でもニャンテナが似合ってて可愛いってことは、それが似合う俺も可愛いってことなんじゃ……恥ずかしいぃ……』
ジャクリーヌ:「ダグラスお坊ちゃまに魔法を指導をして頂き、今ではお坊ちゃまより魔法を使いこなせると思っていましたが、今回の件でプライドをずたずたにされました……。なんなんですかゲイザーの耳って、需要あるんですか」
ゲイザーの耳:若干短く、先端部分が僅かに凹んでいる2本の触手がソレ。凹み具合は虫眼鏡で見ないと分からないレベル。なお需要は殆んど無い、ユビキタス商会の支店にいる店員が変態だったというだけの話し。