63話:アルバイト最終日
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モウモウ牧場爆破事件と呼ばれるようになったあの夜の後、牧場では色々な変化が起きた。
まず、以前より頻発していた施設や道具の破損がめっきり減って、レナータちゃんがその都度植物魔法で修理することが無くなった。
イヤミューゼ達が逮捕されたことと決して無関係ではないだろう、どうやら今までの破損はアイツらが悪さをしていたようだ。
そして、牧場での仕事中にモンスターラバーズの連中を見かけなくなった。
トップであるイヤミューゼの逮捕は、組織の活動に相当響いたらしい。
しかも、それがきっかけになったのか他の牧場系の施設が次々に立ち上がり、モンスターラバーズの「魔物愛護」の範疇を超えた嫌がらせ行為を次々と告発してるとも聞いた。
いまやモンスターラバーズの悪行は、国中に広まりつつある。
あの組織は一から「魔物愛護」について考え直して、過激な思想を排除しなければ存続すら難しくなるだろう。
以前俺は「連中が自分のすることが正しいと思っている限り、改心などしない」と考えていたが……国というもっと大きな集団に「間違っている」と指摘され続ければ、あっさりと変わるかもしれないな。
まあ出来なかったら消えるわけで、それはそれで良いのだけど……元は正しい理念の下に動いてたのだから、良くなって欲しいとは思う。
ああそれと、念願であるモウモウ達の出荷に立ち会うことも出来た。
……もちろん俺とレナータちゃんはモウモウが解体される所を、最後まで見学した。
無用な痛みを感じさせないよう、意識と痛覚を消失させる魔法陣で大人しくさせ、頸動脈を刃物で掻き切り失血死させる。
これを真っ先に行い、後は作業員の人達が物言わぬ死体を吊し上げ、内臓や肉を切り分けていく。
俺は最初こそ飛び出る血液の量の多さに驚いたりしたものの、作業員さんの淡々とした姿を眺めていくうちに、その解体の手際の良さなんかに注目してしまったりしていた。
モウモウの最期を目の当たりにしてこんな反応してる辺り、「俺って薄情なのかなぁ……」と自分でダメージを受けたりしたけども。
まあマジックアイテムを作るために魔物の身体を材料にすることはままあるし、きっと慣れている所為だ、うん。
一方、レナータちゃんは解体の様子をとても真剣に、そして泣きそうになりながら見学していた。
モウモウが一頭また一頭と生涯を終えていく姿を見る事に、慣れることが出来ない感じだった。
アルバイトをしてしばらく経つし、彼女がモウモウ達に情が移るのも当たり前だろう。
しかも魔物の死は彼女にとってトラウマだ。
俺はレナータちゃんが、途中で見学を辞退するかと思っていた。
だが彼女は、決して目を逸らすことをしなかった。
連れてきたモウモウ達全てが解体されるまで、彼女は見学し続けたのだ。
実に、実に立派な姿だった。
彼女はモウモウ牧場で働く者としての務めを果たしたのである。
とまあそんな感じで、その後のアルバイトを順調にこなす日々が続いて――――最後の日が訪れたのである。
「ゴンズさん。今日は牧場で働かなくていいんですか?」
「ああ、大丈夫だ。母さんが上手くやってくれる」
アルバイト最終日だというのに、俺とレナータちゃんはいつもの牧場とは違う場所へ向かっていた。
他でもない、ゴンズのおっちゃんが「レナータさん、ちょいと付き合ってくれねぇか?」と俺達を連れ出したのである。
俺もレナータちゃんも最終日で張り切っていたために、本当にいいのだろうかと困惑している。
「でも、今日は最後の日なのに……」
「だからこそだよ、レナータさんに見せたい所があるんだ。ようやく俺も本調子になってきたし。行くなら今しかチャンスはねぇからな」
心配するレナータちゃんをよそに、ゴンズのおっちゃんはむんっと力こぶを作って問題ないとアピールする。
(見せたい所ねぇ、一体どこに連れてくつもりなんだか……)
ゴンズのおっちゃんの言葉に、俺は首を傾げる。
なんせ俺たちはアルバイトを始めてだいぶ日が経つのだ。
その間に牧場経営に関わる場所には、あらかた行ったことがあるように思えるのだが……。
「――っと、ついたぞ」
「え、ここって……」
「ガウっ?」(んん?)
そうこうしている内に目的の場所に着いたようだ。
ゴンズのおっちゃんが指差したソコ。
俺は、初めて見るはずなのにとても馴染みがあるような感覚を覚えた。
初めて見たはずなのに見覚えがある、その場所の入り口には……「ミルミル牧場」と書かれた看板が立っていたのである。
「おーいタイちゃん! 俺だ!」
「ゴンちゃんじゃないか! 久しぶりだなぁ!」
ミルミル牧場へ足を踏み入れて、ゴンズのおっちゃんは開口一番に牛舎らしき建物の前にいたおじさんに声をかけた。
随分と気さくな声に、これまた気さくな返事が返ってくる。
どうやらおっちゃんとこのおじさんは知り合いのようだった。
「元気にしてた? 最近牧場が爆発したとか聞いて、心配したよ」
「はっ、俺があんぐれぇでくたばるかよ! ……ってのは嘘だがな、こっちのレナータさんとティコがいなけりゃ危なかった。つーわけでレナータさん、コイツはぁ俺の同級生で、ミルミル牧場の牧場主やってるモースタインだ」
「あっ、モースタインです。よろし……ってうわぁ!? マンティコアっ!?」
おおうこの――モースタインさん、今頃俺に気づいたのか。
まあこの外見だとビックリされることはしょっちゅうなので、俺も対して気にしないけども。
「大丈夫ですよ、ティコはとっても良い子なんです。それと初めまして、私はレナータっていいます」
「ガフェ、ンナァーォ」(はじめまして、ティコでぇーす)
モースタインさんをビビらせないよう、気の抜けた鳴き声でご挨拶。
くっひっひ……俺はモンカフェの件で学習しているのだ、初対面の時に間抜けな声を出しておけば、取り敢えずお子さん達の笑いが取れることを。
「あ、あはは、ごめんごめん。そうみたいだね。すっごいなぁ、その歳でマンティコアを手懐けてるんだ……」
俺のテクニックが功を奏したのか、モースタインさんは直ぐに落ち着いてくれた。
「ところでゴンちゃん。今日はどうしてうちに来たのさ?」
「ああそうだった。タイちゃん、たのみがあるんだけどよ。お前んとこの牧場を見学させてくれねぇか? レナータさんも一緒に」
「見学? もちろん歓迎だよ! もしかしてゴンちゃんもミルミル牧場をやるつもりなのかい!?」
「まあ、視野には入れてるよ。うちも最近はモウモウ以外にも稼ぎ口を見つけなきゃと思ってるし、今日は勉強させてくれや」
なんと、ゴンズのおっちゃんはここを見学しにきたのだった。
しかも将来的にはミルミルという魔物も育てるつもりらしい。
ミルミルがどんな魔物なのかは知らないが、モウモウの他にもう一種類の魔物を育てるということは、それは相当に勇気がいる決断なのではなかろうか。
「ゴンズさん、この見学ってもしかして……」
「ああ。レナータさんは将来何になりたいか悩んでるんだろ? だったらウチの牧場以外の場所を見てもらいたくてな。……ま、ミルミルはモウモウと違ってあんまり放牧とかはしねぇし、ティコの出番はないかもしれん。だからこそ、今日を逃したらレナータさんがミルミル牧場に関われるチャンスはねぇと思ってよ」
「あ……ありがとうございます!」
「へっ、こんくらい大したことねぇや」
なんとなんと、ゴンズのおっちゃんはレナータちゃんの目的の手助けをするつもりでここに連れて来たとのこと。
本当に有難い事だ。
理想の将来を見つけるには、色々な職場を実際に見て回る事も重要で、その経験は多ければ多いほど良いことなのだから。
「へぇ、レナータさんはゴンちゃんのところで働いてるんだ?」
「はいっ、ティコと一緒に牧場仕事のお手伝いをさせてもらってるんです」
「そっか。ミルミルとモウモウは近縁種だから、案外ウチのお仕事と近いものがあるかもね」
なるほど、ミルミルはモウモウの近縁種……だからこの牧場もモウモウ牧場と似たような作りになってると……どうりで見覚えがあるわけだ。
「そうなんですね……。モースタインさん、今日はお世話になります! ――それじゃあティコ、いこっか!」
「ガウッ!」
こうして俺達は、アルバイトの最終日にミルミル牧場の見学をすることとなったのだ。
「「まてまて、ティコは置いて行こうレナータさん」」
「ええっ!!?」「ガウッ!?」
「「ええっ!? じゃなくて、ミルミルが驚くから」」
ただし、俺は除いて。
とっても残念なことに、俺は外で待機することになってしまった……。
ゴンズさんとモースタインさんにティコは置いていくように言われて、私はティコには待っていて貰うよう言い聞かせる。
アルバイト初日にティコと一緒に牛舎に入ってしまった前科があるから、しょうがないよね……。
「いらっしゃいゴンちゃん、レナータさん。丁度いまミルミルの乳搾りをするところだったんだ」
モースタインさんが牛舎の扉を開いて私たちを招き入れると、そこには白と黒の縞模様柄で、モウモウにとてもよく似た魔物達がずらりと並んでいた。
ミルミルはウシ型魔物の一種で、顔つきや体格はモウモウと本当によく似てる。
けど全く違うところもあって、その一つが毛皮の模様。
白と黒の縞模様は、全身緑色で目立たないモウモウと違ってとっても派手なんだ。
もう一つ大きな違いをあげるなら、その母乳は栄養価が高くって、とっても美味しいこと。
一般的にミルクとして流通しているのはミルミルの母乳で、そのミルクを取るための場所がこの牧場になる。
私も知識としては知ってるけど実際に牧場に来たことはなかったから、貴重な体験ができて本当にワクワクしている。
「わあっ、ミルミルがいっぱいだぁ……」
「んまー」「もー?」「ぶもー」
たくさんのミルミル達が、柵の中でのほほんと飼料を食んでいる姿に癒される。
「ほーう……。よく肥えてるな」
「あ、分かる? ウチのミルミルには特別に良い餌使ってるからさ」
「ほう? どんな餌使ってっか見せてくれよ」
「もちろん」
ゴンズさんも、とても興味深そうにミルミル達を観察していた。
ゴンズさんのとこのモウモウと違って、ここのミルミルはふくよかで、体もすこし大きい。
きっと良い母乳を出すために、美味しいご飯をたっぷり食べさせてるんだろうな。
「ああそうだ。レナータさん、ミルミルの乳搾りを体験してみないかい?」
「ふえっ!? 良いんですか!?」
「良いよ良いよ、むしろ人手が増えて助かっちゃうし」
「へへっ、気前がいいなぁタイちゃん」
モースタインさんは私にミルミルの乳搾りまでやって良いと言ってくれた。
やった! 乳搾り、やってみたかったんだ!
「それじゃあレナータさん、目の前のお乳をぎゅぎゅっと搾ってみてごらん」
「はい」
モースタインさんに言われて、私はミルミルの横にしゃがんで、お腹にある乳房に触れる。
ふっくらと張った乳房は、ぶにと柔らかく、そしてミルミルの体温のおかげで暖かい。
いつまでも握っていたくなるような感触だった。
「えっと、どのくらいの強さで握ればいいんですか?」
「うーん……なんとも言い難いけど、強すぎず弱すぎず、かな」
「わかりましたっ。……えいっ」
ぎゅっ、と出っ張った乳房を握ってみる。
ぴゅぴゅっ、と乳房の先端から白い液体が噴出し、下に置いてある容器に落ちる。
……だけど、量があまり多くない気がする。
「? 握る力が弱かったのかな?」
「いや、絞り方の問題だよ。人差し指から小指まで順に、上から下へ向かうように絞るのがコツなんだ」
「そうなんですか」
今度は言われた通りに、上から下へ向かうように握ってみる。
ピューっと、先ほどよりもずっと長く母乳が噴出し続けた。
「おっ、うまいうまい。要領がいいね」
「なんてったってレナータさんは天才だからな!」
「えへへ……」
二人に褒められて恥ずかしくなりながら、私はミルミルの乳搾りを続ける。
「もー」
(あっ、ミルミルがこっち見てる。……なんだか気持ちよさそう)
何度も乳を絞っていると、ミルミルと目があった。
とっても穏やかな目付きで、私を見つめている。
「あっはっは、コイツもレナータさんに搾られて気持ちいいってさ」
「え、分かるんですか?」
「うん、ミルミルは毎日乳を絞ってやらないと乳房が張って痛くなるし、病気になる。乳搾りっていうのは言わばマッサージみたいなものなんだ」
「んもーう」
「マッサージ……」
モースタインさんの言葉を肯定するようにミルミルが鳴く。
「そ、マッサージ。それをここにいるミルミル全員にやらないといけないからもう大変で」
(――――――)
一方で「マッサージ」という言葉を聞いた私は、自分でも不思議に思うほどその言葉が脳裏に留まっていた。
何かが引っかかるような、何を閃く直前で止まってしまったような感覚……その「しこり」の元を辿ろうと、必死に思考を巡らしてくうちに……。
(……何で私、いまダグラスさんの事を考えようとしてたの?)
何故か私は、ダグラスさんの事を思い浮かべていた。
「レナータさん? なんか変なもんでも見つけたか?」
「……ふえっ、あ、ごめんなさい。なんでもないです」
考えに耽って動きを止めてしまった私は、ゴンズさんの声で現実に引き戻される。
そうだ、今は乳搾りをしなきゃ。
でもどうして、私は乳搾りをしながらダグラスさんのことを考えようとしたんだろう……?
今回の解説
ミルミル:ウシ型魔物の一種で、白黒の縞々模様が特徴的。その母乳は栄養満点かつ絶品で、母乳を採るために飼育されている。モウモウより気性が大人しいため、野生のミルミルは数が非常に少ない。
モースタイン:ゴンズのおっちゃんとは同級生で、かつては乳用種と肉用種のどちらのウシ型魔物が素晴らしいかで殴り合いのケンカまでした仲。独身。
ダグラス:外は暇だなぁ……。モウモウと違ってミルミルって魔物は外に出さないみたいだし……。