62話:モウモウ牧場の短き夜明け
明けましておめでとうございます!今年も、マンティコアに就職をよろしくお願いします!
というわけで、62話更新になります。
「うぇぇぇえんよがったぁぁぁ!!!」
「バカバカバカバカ! バカレナータっ!」
外の世界から牧場へ帰還すると、エリーちゃんの泣き叫ぶ声と、シャーロットの涙混じりの怒声に歓迎された。
二人とも相当心配していたようで、真っ先に俺達に駆け寄ってきてレナータちゃんに抱き付く。
「むぎゅぅ……。エリー、シャーロットちゃん、くるしぃ……」
おおう、二人の力でレナータちゃんがベアハッグを受けたみたいになってしまっている。
エリーちゃんは言うまでもなく、シャーロットも力はあるからなぁ。
「なんで私が戻るまで待ってなかったのっ!バカ!自殺行為も良いところよ!」
「レナータが帰ってごなかっだらって、あだじ、不安でぇぇ!!」
「………ごめんね、二人とも」
ただまあ、今回ばかりはレナータちゃんも無謀な事をして二人に心配かけてしまったため、きつめの抱擁を甘んじて受け入れていた。
(全員無事で帰ってこれたのも奇跡だった……、とくにモウモウが1匹たりとも欠けてなかったのがすごい)
友人二人にもみくちゃにされるご主人様を眺めながら、俺は改めて無事に帰ってきた事に驚いている。
そう、これは奇跡なのだ。
俺たちが少しでもゴンズのおっちゃんの元へ辿り着くのが遅れたり、怪力の札の効力が早めに切れてたり、もっと多くの魔物に囲まれてしまっていたら結果はもっと悪いものになっていた。
既に終わってしまったとはいえ、俺ももう少し慎重に考えるべきだったか。
「お父さんっ! 大丈夫なの!?」
「ああ、無事だ無事。レナータさんのお陰だ。みーんな帰ってこれた。……心配かけちまってすまねぇ」
「もうっ、本当よ……! ほんっとうに心配したんだから……!」
ウメさんは俺の背に括り付けられたゴンズのおっちゃんを下ろし、ヒョロヒョロになってしまったその体を抱きしめる。
本当に良かったと、心からそう思う。
モウモウが好きだからモウモウ牧場で働くおっちゃんは、俺にとって理想の体現者とも言えよう。
かつての俺が目指すべきで、そして今は辿りつくことのできない「自分の好きなことを仕事とする」という理想をおっちゃんは実現しているのだ。
その理想の果てが理不尽な終わりでなくて、本当に良かった。
怪力の札の副作用は酷いものの、確かにおっちゃんを生きて帰すことができたのだ。
「さて、取り敢えずモウモウ達を牛舎へ戻さなきゃあな……」
「ンモー」「モーゥ」
「ぐすっ……そうね」
ウメさんはゴンズのおっちゃんに肩を貸して、連れ帰ったモウモウ達を牛舎へ誘導しようとする。
やれやれ、これで一件落着――
「あっ、そういえば私、衛兵さんを呼んできたんだった」
「むぎゅふっ……。えっ、衛兵さん!? シャーロットちゃんもしかして私、衛兵さんと入れ違いで帰ってきたんじゃ」
「いや、丁度いま出ていく瞬間にアンタが帰って来たわけだけど……」
「俺達は、何のために……」
「格好つけるんじゃなかった……」
「俺、ダサすぎだろ……」
「つらい、とてもつらい……」
「!? ガファッ!?」(!? 何だコイツら!?)
――かと思ったら、凄い負のオーラを放っている四人組が、俺の隣でがっくりと膝をついていた件。
あ、ああー……そうか、シャーロットがいるってことは衛兵が来てるってことだよな、うん。
どうやら俺達を探しに行こうとしたタイミングで、俺達は帰ってきてしまったと。
しかも余程張り切っていたところで出鼻を挫かれたから、衛兵達は自分たちの存在意義を疑ってしまうほどに落ち込んでいるようだった。
単にタイミングが悪すぎただけとはいえ、なんだか悪いことした気分になってしまうな……。
「……………………ぅぇっプ」
「ガッ、ガフガフゥ」(あっ、そういやコイツ(イヤミューゼ)も居たんだった)
俺の腹辺りから呻き声が聞こえたことで、ようやくイヤミューゼの存在を思い出す。
牧場へ帰還し始めた頃は煩かったのだが、吐く物を吐いた(汚い……)後はすっかり大人しくなっていたのだった。
丁度いい、コイツを衛兵さんに突き出しておこう。
しゅるりとイヤミューゼの体を尻尾で巻き取って、衛兵の方へぶん投げる。
「ガウッ」(ほいっ)
「ぶべっ!? ……っあたた」
地面へ放り出された衝撃で、イヤミューゼは目が覚めたようだ。
それを見た衛兵達がイヤミューゼの方に駆け寄る。
「ここは牧場……?か、帰って来れたんですか……?」
「だ、大丈夫ですかっ!?」「生存者もう一名確認!」「これで全員か?」「よっしゃ出番だ」
「衛兵さーん! その人がモウモウを外に逃した張本人ですー!」
「「「「よし潰そう」」」」
「ひ、ひぃぃぃぃ!!?」
レナータちゃんの一声で、気遣う様子を一変させてイヤミューゼを取り囲む衛兵達。
出番を潰されてしまったフラストレーションは相当なものらしく、その眼光には殺意すら混ざっている。
衛兵達の相棒らしきウマやヘビ型魔物達も興奮しており、大変恐ろしい光景になっております。
「あとー! コイツら二人も爆破の実行犯だー!!!」
「きゃああああぁ!?」「うわぁぁぁああ!?」
今度はエリーちゃんが、イヤミューゼ目掛けてモンスターラバーズ所属の男女2名を投げつける。
レナータちゃんとエリーちゃん、君たち容赦なさすぎじゃない?
「……総員。どうやら、我々の出番はまだあったようだぞ」
「「「サー、イエッサー。悪は滅ぶべし」」」
「「「ぴぃぃぃぃ!!?」」」
ギラリと、この騒動の元凶を前に目を輝かす衛兵達。
果たしてイヤミューゼ達は逮捕されるだけで済むのだろうか。
きっと、多分、何もしなければ逮捕だけで済むかもしれないが……。
「さてそこの犯罪者共。そのまま大人しくお縄につけ。少しでも動けばその頭蓋とグレイプニルの蹄、どっちが硬いのか試してやるからな」
(こえーよこの衛兵殺す気満々じゃねーか)
どうやら魔物使いの国の人たちは皆、犯罪者に対して容赦はしないようだ。
犯罪者という点では俺も人の事を言えた身ではないため、内心では戦々恐々とするのであった……。
「オラァ!キビキビ歩け!」
「そんなぁ……私達間違ってないのにぃ……」
「魔物を殺してるのはモウモウ牧場の方だろ! 逮捕するならあっちを……ひぃっ!」
「ブルゥフフ……!!!」
抵抗できないようロープでグルグル巻きにされ、グレイプニルの後ろを歩かされるモンスターラバーズの面々。
イヤミューゼ以外の二人が文句を言っているものの、グレイプニルの怒りまじりの嘶きに直ぐ怖気付いた。
(モウモウ達は牛舎に戻ったし、外への門もまた塞いだ。これで本当に一件落着だ)
ゴンズのおっちゃん達も牛舎から戻ってきて、全員でその光景を見送る。
「これでちったぁ、連中も懲りてくれりゃいいがな……」
ゴンズのおっちゃんはやれやれと言った風に呟く。
(そう簡単には懲りないだろうなぁ……)
連中が自分のすることが正しいと思っている限り、改心などしないだろう。
イヤミューゼ達はモンスターラバーズのごく一部の人間でしかなく、コイツらを逮捕したところで他の構成員が活動を自粛するかといえば怪しい。
……そもそもモウモウ牧場に魔物愛護団体の方針を押し付けるというのも筋違いという話だが、せめて手段の善悪ぐらいは区別をつけて欲しいものである。
「イヤミューゼさん!」
「――?」
連行されていくモンスターラバーズの面々に向かって、レナータちゃんはイヤミューゼの名前を呼んだ。
先ほどから妙に静かだったイヤミューゼは、レナータちゃんの方を向いた。
「……なんですかぁ、お嬢さん? 助けられた事には感謝しますが、ワタシは自分の考えを改めるつもりはありませんからね」
ほらやっぱりだ。
命の恩人に何と言われても、コイツらは変わらない。
「貴方の考えは変えなくて結構です。でも、この牧場で働く人達は、モウモウが大好きだってことは覚えていてください」
「ゴンズさんは外に出た時、貴方がモウモウと一緒に外に居たことを知りませんでした。ゴンズさんは「モウモウを助けるため」に、危険を冒して外へ出て行ったんです。モウモウ達が、大切だから」
「貴方達の主張する魔物達への愛も、間違ってはいないんだと思います。でも、モウモウ達を産まれてから出荷するまでお世話をする、ゴンズさんの愛も間違ってないって分かって下さい」
レナータちゃんは変わらなくていいと言う。
その上で、このモウモウ牧場にも存在する魔物達への愛を認めて欲しいと、そう言った。
「……っ」
その言葉を聞いたイヤミューゼは、苦虫を噛み潰したような顔をした。
きっと、モウモウ達を必死で守るゴンズのおっちゃんの姿を思い出したのだろう。
否定したくても、心の中では納得してしまっているのだ。
「モウモウもゴンズさんも、ここで必死に生きてるんです。それでもまた、この牧場の営みを邪魔するなら……次はもう、私は貴方達を助けません」
「……どのみち、ワタシはもう何も出来ませんよ。ですが、その忠告は肝に銘じておきます」
イヤミューゼが彼女の言葉通りに、ゴンズのおっちゃんのモウモウに対する愛を認めたのかは分からなかった。
だが少なくとも、この3人が今後牧場へ嫌がらせを行う事だけは辞めるつもりのようだった。
その会話を最後に、モンスターラバーズの3人は衛兵に連れて行かれた。
「……レナータさん、本当にありがとう。あんたにゃ、感謝してもしきれねぇくらいでっけえ借りができちまった」
「本当にありがとうレナータちゃん、このお礼は何てしたらいいか……」
ゴンズのおっちゃんはウメさんに抱えられながらも、俺達に向き合い頭を下げる。
「お礼なんて気にしないでください、だって――」
もはやアルバイトが対処する範疇を大きく超えてしまった、今日の大事件。
モウモウ達と、ゴンズのおっちゃんの命まで救ってしまった俺たちだが……。
「――だって私達、モウモウ牧場のアルバイトですから! モウモウを連れ戻すお仕事は任せてください!」
「ガウガウっ!」
そう、お礼なんて要りはしない。
ゴンズのおっちゃん達が無事なら、我がご主人様はそれで十分なのである。
こうして、モウモウ牧場の長い夜が終わったのだ。
今回の解説
衛兵達:犯罪者にかける情けは持ち合わせていない。決していいとこ無しだったから犯罪者に八つ当たりしてるわけではない、ないったらない。




