60話:超規模植物魔法、その名は「名無しの森」
お待たせしました、第60話更新です!
「ティコっ、一旦こっちに戻ってきて!」
全力の植物魔法を使う準備を整え、レナータちゃんは魔物と戦う俺に戻ってくるよう指示を出す。
これから使う魔法に俺が巻き込まれないようにするためだ。
「ギュプッ――
「ガウッ!」(わかった!)
食らいつこうとしたグラッパーリザードを剛腕で叩き潰し、俺はレナータちゃんの方へ向かって走り出す。
俺の暴れぶりが功を奏してか、魔物の敵意こそ削げないものの、襲いかかる頻度そのものは減っていため簡単にたどり着けた。
「よしよし、頑張ったねティコ。ありがとう」
「ングァフッ……」
レナータちゃんに喉元をなでくりまわされて、思わず夢見ごごちな俺。
マンティコアの首って、立髪に覆われてるせいでなかなか自分では掻き辛いんだよね。
はふっ……それにしても、ふわぁ、すっごい気持ちいい……。
「ちょちょちょ! お嬢さーん!? そんな呑気に撫でてる場合じゃないですよ!? マンティコアが引いたから、魔物達が迫って来てますってー!?」
むう、イヤミューゼめせっかく俺が撫で撫でを堪能してるというのに……。
だがその焦りは分からなくもない、あいつのいう通り、魔物どもはじりじりと包囲網を狭めている。
「……よし、これで十分引き付けられたかな?」
だが全てはレナータちゃんの計算のうちだ。
これはまず第一の問題点、周辺の魔物を一掃する為の布石。
彼女は懐から植物の種を一握り程取り出し、地面へと投げつけて。
「いきます、超規模植物魔法「名無しの森」っ!!!」
種が地面へと触れた瞬間、大地が轟音と共に爆ぜ散った。
目の前、いや全方位に巨大な壁が現れたように錯覚する。
もちろんこれは壁などではない、夥しい数の、とてつもない太さの木の幹、枝、根っこが爆発的に成長する姿だ。
かつてタクマ達との戦いで使った魔法を「雪崩」と表現したが、あれとは比較にすらならない。
まるで神が天地を創造するかのような光景だった。
そして、本来何百年もかけて形作られる樹海が、ティーカップに飲み物を注ぐような速さで降臨していく。
「ピギャ――!?
樹海は俺たちとモウモウを囲むように広がり、もともと俺たちを包囲していた魔物どもは、その成長にまきこまれた。
太い根っこに押しつぶされ、枝に挿し貫かれ、幹に全身を絞めつけられ、魔物の群れはあっという間に樹海へと飲み込まれていき――――
「これで、周囲の魔物は全滅です!」
――外の世界は、静寂に包まれていた。
あれだけ騒がしかった獣の吠え声は、初めからいなかったように消え失せている。
俺たちを囲むのはもはや、魔法で生み出された樹海のみだった。
「「な、な…………!?」」
「「ブモ……!?」」
ゴンズのおっちゃん達とモウモウもあまりの光景に言葉を失っている。
かくいう俺も、過去視で一度見たとはいえ似たような状態だ。
(……ほんと、なんでレナータちゃん魔物使いなんだろ。魔法使いの国でも頂点狙えるレベルだぞ)
正直言って俺の故郷でも、ここまでの植物魔法の使い手はそう居ない。
よほどの才能に恵まれた者が、良い師匠に恵まれてなければ使えないだろう。
「ゴンズさんっ、これでモウモウ達も走り出せますか?」
「…………えっ? あ、ああ、だが全部森で囲ったら――あ、一箇所だけ道を空けてあるのか」
「はい、あの出口の先がモウモウ牧場です」
レナータちゃんが指差した方向を見てみると、たしかに道を空けたように植物が生えていない箇所がある。
あそこへ向かって真っ直ぐ走れば、モウモウ牧場に帰ることができる。
そうと決まれば早くモウモウ達を走らせたいところなのだが……。
「――っ、くそ……。やっぱ、動けねぇか……」
がくり、とゴンズのおっちゃんはその場に蹲ってしまう。
俺達が駆け付けた時の筋骨隆々な肉体は細々とやせ細り、もはや面影が残っていなかった。
レナータちゃんが準備を整えている間に怪力の札の効力が切れて、三枚同時使用の副作用がおっちゃんの身体をボロボロにしてしまっている。
「大丈夫ですか?」
「悪い、指一本動かせねぇ……。怪我の方はイヤミューゼが治してくれたんだが、怪力の札のツケまではどうにも……」
「イヤミューゼさんが?」
ゴンズのおっちゃんの身体は貧相になっているが、確かに魔物達に負わされた傷は治っている。
イヤミューゼは治癒魔法が使えるらしいが……意外だ、まさかおっちゃんを治そうだなんて考えるような奴ではないと思ってたのに。
「ひぃぃぃい!!? ごめんなさい! ごめんなさぃぃ! ここここっ、殺さないでぇぇ!?」
「……はい?」
ところが、レナータちゃんがイヤミューゼの方を向くと、何故か悲鳴をあげて命乞いをし始めた。
先ほどまで普通に会話できていたというのに、一体どうしたというのだろうか?
それになぜ命乞いを?
「まっ、まままさか、お嬢さんがここまでお強い方だったとはつゆ知らず……! 今までとんだご無礼を――ししし失礼いたしましたぁ!」
あー、なるほど、レナータちゃんの全力の魔法を見て初めて、自分たちがどんな人間に喧嘩を売っていたのか理解できたらしい。
目の前にいる少女は下手をすれば相棒のマンティコアよりも遥かに強く、人を一人始末することぐらい訳のない存在だということ。
そして、イヤミューゼの生殺与奪の権はこの少女が握っているということに気づいたのだ。
「はぁっ……そういう事ですか。良いですかイヤミューゼさん」
「はひぃっ!」
怯えきったイヤミューゼに対し、レナータちゃんはやれやれといった様子で話しかける。
只人とはかけ離れた力を持つ人間は力を持たない人間にとっては恐怖の対象になることがままある。
レナータちゃんも他人から恐怖された経験があるのだろう、それも何回も。
「貴方には私も言いたい事は色々あります。けどっ、それはここから帰ったらのお話です。私は貴方も含めて無事に帰るつもりなんですから、シャキッとしてください!」
「ひぇ……は、はい……?」
だが、今この状況にそんな恐怖は必要ない。
下手に恐怖して緊張する方が危ないのだ。
だからレナータちゃんははっきりと「イヤミューゼも助ける対象である」と告げる。
「それと、ゴンズさんを治療してくれてありがとうございます。今は少しでも余計な魔力を使いたくなかったから、ありがたかったです」
ゴンズのおっちゃんを治療してくれたお礼も忘れない。
あれだけ因縁のある相手にこの対応、本当によく出来た子である。
「……そ、それはどうも。ワタシは、獣医崩れみたいなものですからね、傷から雑菌が繁殖したら大変だと思っただけですよ」
レナータちゃんの対応をみて自分も仲間の内に数えられていると理解したイヤミューゼは、少しだけいつもの調子を取り戻した。
「それじゃあ、今からモウモウ達を走らせます! ゴンズさんはティコの上に乗ってもらって、私と一緒に飛んで移動しましょう。イヤミューゼさんは、行きと同じで――」
「ちょちょちょっと!? またですか!? ワタシもうモウモウの背中に乗るのはゴメンですよ!? というか腕が限界で確実に振り落とされますよぉ!?」
「大丈夫ですよ、もし仮に落っこちちゃっても魔物の気を引きつけられます、無駄になりません!」
「だまらっしゃい! というか、本当にワタシも助ける気があるんですか!? ぜぇったいワタシもマンティコアに乗りますからねぇ!?」
「えー……」
「グェー」(えー……)
「マンティコアと揃って嫌な顔してもダメですからねぇ!?」
仲間内に数えているが、レナータちゃんのあたりが弱くなるとかそんな話ではなかったらしい。
まぁ俺もレナータちゃんもコイツは乗せたくないんだが……仕方ない。
こんな口論で、一時的に築いた団結を崩すのも危険だ。
渋々だが、モウモウ達を走らせる間、俺はこの場の全員を牧場まで運ぶこととなった。
「ブモウゥ……」「ンモー……」
飛び立つ準備ができた俺は、モウモウの群れの前に立つ。
牧場のモウモウ達は、普段とは違う場所にいるせいで、とても不安そうに鳴いていた。
「ゴンズさん、乗りごこ――いや、縛り心地は大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。こんぐれぇきつくねぇとティコの背中から落っこちちまうからな」
俺の背に乗るレナータちゃんは後方のゴンズのおっちゃんの様子をうかがう。
ゴンズのおっちゃんはしがみ付く体力も残っていないため、植物で作った縄で俺の身体に縛り付けているのだ。
こちらは若干きついとのことだが、問題はないだろう。
「あのー、お嬢さん? ワタシ、逆さまでマンティコアのお腹に括りつけられてるんですけど。頭に血が上りそうですしワタシも上側に乗りたいなーと」
「イヤミューゼさんも大丈夫ですね!」
「まってせめて会話をしてくださいよぉ!? このまま飛ぶなんて絶対嫌ですよワタシぃ!?」
俺のお腹に括られてるイヤミューゼがぶつくさ言ってるが、当然の如くレナータちゃんは無視。
悪いなイヤミューゼ、俺の背中は二人用なんだ。
ゴンズのおっちゃんの方が重症だし、定員オーバーだから我慢しろ。
「それじゃあティコ、お願い!」
「ガウッ、フスゥーーーーッ―――」
「冗談ですよね!? まさかこのまま始めるつもり――」
モウモウ達を勢い良く爆走させるため、俺は気合を入れて息を大きく吸う。
肺いっぱいを空気で満たし、更に喉元の魔法陣に魔力を流すことで―――
「グ ガ オ オ オ オ オ!!!」
「ひぃっ!?」
渾身の雄たけびが「名無しの森」の樹海を揺らす。
更に俺は獲物を喰い殺さんとばかりの形相で、モウモウに向かって走り出した。
最強最悪の魔獣が迫りくるこの光景に、命の危険を感じない生物はいない。
「「「「モォォオオオオオっ!!!?」」」」
ドドドドドド!!! と、地響きのようにモウモウの足音が乱打する。
俺にびっくりしたモウモウ達はパニックを起こし、レナータちゃんが空けておいたただ一箇所の出口へと向かって突撃していく。
「ガウッ、ガウッガウッ!」
「ひぃ! ゆっ、揺れ、ひぃぃ!?」
モウモウが樹海から抜けた事を確認し、俺は更に駆ける足を速く動かす。
充分な速度をつけ、翼を大きく振るって――――飛翔した。
「ガオオオオオオッ!!!」
「あびゃあぁぁぁぁ!!?」
景気付けにもう一発咆哮しながら、俺も樹海を飛んで脱出する。
満点の夜空が広がる草原が広がる中、前方を走るモウモウ達を飛行しながら追いかける。
……さっきからうるさいイヤミューゼは無視だ無視。
逆さまの視界で空を飛ばれるなんてさぞかし怖いだろうが、まあ罰でも当たったと思って我慢してくれ。
「ティコっ、ナイス! 私もっ――――「名無しの森」よ、動いてっ!!」
レナータちゃんがそう叫んだ途端、驚くべきことが起きた。
先ほどまで俺たちを囲っていた樹海が「俺たちを追いかけている」。
比喩でも何でもない、樹海は一つの大きな生き物の様にうねり狂い、俺たちを追い越して前方を走るモウモウの両脇へと並走していた。
その姿はまるで、モウモウを守り導こうとする壁だ。
(あの魔法、発生させた後も制御が効くのか!)
レナータちゃんの底知れぬ才能に、俺は戦慄する。
「名無しの森」とは、超規模の樹海を発生させると同時に、それを意のままに動かす魔法だったのだ。
滅茶苦茶だ……こんなの、大抵の魔物は樹海の質量で押しつぶせるじゃないか。
「これでモウモウ達は大丈夫かな、あとは牧場まで走るだけで――っく!」
「? ガウッ?」
「だ、大丈夫。なんでもないよティコ」
一瞬だけ、俺の体にしがみつくレナータちゃんの力が抜けた様な感覚があった。
作戦がうまくいきそうな事に安堵したのかと思ったが……彼女の顔色がそうではないと告げている。
「牧場までは、きっと持たせてみせるから」
(……魔力が足りないのか)
魔法は、その源となる魔力を注がなければ発動しない。
あれだけの規模の魔法を発生させ、あまつさえそれを動かすというのだから、魔力の消費も相応に凄まじいものになる。
レナータちゃんの魔力量は常人より多いのだろうけど、牧場に帰るまで「名無しの森」を維持するだけの量があるかと言われれば……怪しいところだ。
(でも、それなら大丈夫!)
レナータちゃんは単なる魔力の枯渇でふらついているらしい。
ならば、ここは俺に任せてもらおう。
(超大容量の魔力タンクなら、ここにあるっ)
彼女のような魔法の才能は無い俺だが、そんな俺でも得意なことがある。
一つはマジックアイテムを作る事、もう一つはマジックアイテムを使う事。
マジックアイテムを使い慣れている俺は、魔法陣に魔力を流すのと同じ感覚で他人へ魔力を渡すことが出来るのだ。
そして何を隠そうこの俺は、持ってる魔力量だけは世界一!
何度マジックアイテムを乱用しても尽きたことのない俺の魔力なら、名無しの森の維持なんてちょろいちょろい。
「ガウガウ、ガウッ!」(はいレナータちゃん、魔力だよ!)
「――んひゃっ!? えっ!? えっ!?」
俺から大量の魔力を供給されて、負荷が一気に軽くなったことに驚くレナータちゃん。
すっかり顔色も良くなってるし、やはり魔力が不足気味だったみたいだな。
「もしかしてティコ? 何かしたの?」
「ガウッ」(うんっ)
「一体どうやって――ううん、ありがとっ!」
レナータちゃんは何をしたのか知りたそうだったが、今は考えている場合ではないと思ったようだ。
お礼と共に、もふっと鬣に顔を埋められる。
くっひっひ、レナータちゃんの役に立てて俺も嬉しいぜ。
「帰ろうティコ! 牧場まで!」
「ガオオッ!」
走るモウモウ達と移動する樹海を眼下に俺達は空を飛ぶ。
名無しの森を発動した今、牧場までの障害は無いに等しい。
さあ帰ろう、モウモウ牧場へ!
今回の解説
「名無しの森」:レナータが使える植物魔法の中で最大規模の魔法。ありったけの植物の種に、膨大な魔力を注ぎ込んでいる。樹海と呼べるまでに成長する規模と質量は脅威的だが、真に恐るべきは成長しきった後も術者の意のままに操れる持続性にある。ただし、動かすのにも膨大な魔力を消費する。
ダグラスの魔力量:冗談抜きで底なしの魔力を保有している。ユビキタス・ダイナミック(番外編登場)を自前の魔力だけで動かしても魔力切れを起こさないし、名無しの森の魔力負担も余裕だった。なお、ダグラスは強力な魔法が使えないので宝の持ち腐れになっている。
魔力の受け渡し:受け渡しには若干コツがいる。実は、魔法使いの国では訳があって禁じられた技術に指定されている。




