58話:赤き魔獣、外の世界へ降臨する
読者の皆様、評価やブックマーク等してくださって、改めてありがとうございます。
評価やブックマークが増えるたびに、内心ウッキウキで、とっっても嬉しいです。
そして、お待たせしました!第58話更新です!
追記:次回更新ですが、多忙のため12/9(月)に延期したいと思います。
「ティコ、もっと高度を上げて。まずは高い所から探そう」
「ガウッ」
夜の草原を目下に、俺はレナータちゃんを背に乗せ空へと舞い上がる。
牧場へつながる門は植物魔法で塞いだので、向こうに残っている人たちの安全は確保した。
だが、決して安心してはいけない。
俺たちは既に、外の世界にいる。
空を飛ぼうと、地に立とうと、水を泳ごうと、あらゆる場所から魔物が襲いかかってくる魔境に足を踏み入れているのだ。
「っと、そうだ。ティコ、尻尾をだして」
「ガウッ」
高度を上げる最中、レナータちゃんに言われるがままに尻尾の先を差し出した。
かちゃかちゃと、彼女は尻尾に取り付けてある金属製のカバーを外して……。
「はいっ。……えへへ、久しぶりに尻尾カバー外したね。魔物が出たら全力でいこう!」
「ガウガウっ!」(分かった!)
節くれだった尻尾の先、僅かな光に照らされて、紫色に光る毒針が露わとなった。
マンティコアが最強の魔獣と呼ばれる所以を、解禁する。
(解毒手段は未だ存在しない、究極の毒……。取扱いには注意しないとな)
着ぐるみマンティコアくんには尻尾の毒腺を丸々残してあるし、生前のティコと全く同じように使う事もできる。
慎重に扱うべき代物だが、外の世界においてこれほど頼もしい武器はないだろう。
――シュッっ!
「ガウっ!?」
「きゃあっ!?」
尻尾のカバーを外した直後、俺の顔のすぐ横を何かが通り過ぎた。
ビックリして態勢を少し崩してしまい、俺とレナータちゃんは小さく悲鳴をあげる。
飛来物は、黄と黒のマダラ色をした触手。
来襲した方向を見ると、同じ触手を8本ほどぶら下げた、風船のように真ん丸な魔物が空に浮かんでいた。
「「バルーンローパー」……」
レナータちゃんがその魔物の名前を呼ぶ。
ローパーというのは体中からうねうねと触手を生やした魔物だ。
しかし、空を飛ぶローパーというのは初めて見るぞ。
見た目もローパーというより、丸くて小さいクラーケンのような感じだ。
「――!!!」
バルーンローパーは、目の前にいる俺ではなく、非力に見えるレナータちゃんを狙っているようだった。
彼女を捕まえようと再び触手を伸ばすが―――。
「ガァアッ!」(させるか!)
ドッッ! と槍のように毒尾を突き出す。
触手が届くよりも先に、バルーンローパーの身体には大きな風穴が空いて――落ちていった。
(柔らかそうな魔物だったとはいえ、単純な鋭さだけで刺し殺せるとは……)
実にあっけなく片付いてしまい、内心戦慄している。
この毒尾が鋭いのなんのって、毒を使うまでもないじゃないか。
「ティコ! もう囲まれてる!」
「グルルル……!」(うじゃうじゃと……!)
だからといって、外の世界において「安心」という二文字は存在しない。
一匹を殺した影響なのか、俺達が群れに突っ込んでしまったのかは分からないが、周囲にはいくつものバルーンローパーが浮いている。
「「「――――!」」」
バルーンローパーたちは怒りをあらわにするように、触手を振り回している。
魔物は、あらゆる存在に対して敵対的だ。
バルーンローパーも、相手がマンティコアと認識していて、なおも襲い掛かってきた。
この場所ではいかに力の弱い魔物であっても、例外なく殺意をむき出しにしている。
「――ティコ、お願い」
「ガウッ!」(任せろ!)
レナータちゃんの声に力強く返事を返す。
空中では植物魔法は使いづらい、よって空での戦いは俺だけが頼りだ。
レナータちゃんはいつも通りの声音で俺に命令するが――――しがみついているその手に、随分と力が入っていた。
(……ああ、レナータちゃんでもやっぱり恐いのか)
俺とレナータちゃん以外、味方は誰一人いない状況で魔物に囲まれれば、誰だってそうなる。
安心してくれ、とは言えない。
俺にできることは、さっさとこいつらを排除して、ゴンズのおっちゃんを見つけ出すことだけだ
(一匹でも体に取りつかれたら厄介だ、なによりレナータちゃんが危ない。迅速に、一匹残らず殺し尽くす……!)
そっちがやる気満々ならこっちも本気だ。
毒針の解禁によって使える、着ぐるみマンティコアくんの新機能を味わわせてやろう。
「ガァァァッ!!」(絶対必中毒針くん起動!)
尻尾の先に仕込んだ魔法陣に、魔力を流す。
毒腺を刺激して大量の毒液を精製し、尻尾の先へと集める。
マンティコアの毒針は、毒液が外気に触れて結晶化する事で作られている。
まずはこれで、大量の毒針をストックする。
『絶対必中毒針くんの起動を確認、敵性生物を捕捉します』
頭の中で案内音声が響いた後、俺の視界に変化が起きる。
視界にとらえたバルーンローパー達に、赤い目印が付けられる。
『目印魔法による捕捉成功、予知魔法による偏差射撃準備完了』
毒針を充填し、敵数を確認し、当てるための予測を計算し終えれば――!
「グオォッ!」
尻尾をぶんまわして、四方八方に毒針を発射だ!!!
振り回した尻尾の先から、無数の毒針が撒き散らされる。
かすっただけでも毒による死が確定する凶雨が、バルーンローパー1匹1匹に対して正確に降り注いでいく。
「「「―――!??」」」
群れをなし、一斉に触手を放とうとしたバルーンローパーだが、その魔手は届く事はない。
全ての個体に撒き散らされた毒針が命中し、体をブルリと震わせた後、真っ逆さまに地面へと落下していった。
「やった! 久しぶりに毒針使うのに、流石ティコだね!」
「ガフガフ」(それほどでもあるよ)
全部の個体に照準合わせて、当たるように撃ったからね、魔法を使えばこんなもんよ!
俺たちを囲んでいたバルーンローパーの群れは、先の攻撃一つで全滅していた。
毒針を解禁したマンティコア(おれ)なら、この辺りの魔物程度、軽く蹴散らせるだろう。
「よし、それじゃあゴンズさん達を見つけよう!」
「ガウッ!」
放牧したモウモウを見つけ出すのと同じ様に、熱探知の魔法を使う。
……やはりというべきか、草原のあちこちにおびただしい数の赤い点、つまり魔物が蠢いているのが見て取れた。
モタモタしている暇はない、近寄る敵をバンバン撃ち落として、ゴンズのおっちゃんを探さないと!
「どらあぁっ! こんのっ、ウチのモウモウに、手ェ出してんじゃねぇっ!!」
一方、ゴンズは既にモウモウの群れに追いついていた。
怪力の札により、女性のウエスト以上に太くなった豪腕を振るう。
「ギャンっ!」
ぶじゅり、とその腕にしがみつく魔物が、生々しい音をたてて地面へ叩き潰された。
彼は、禍々しい紫色の鱗に覆われた「グラッパーリザード」というトカゲ型魔物を相手に、孤軍奮闘している。
「くっそ、次から次へときりがねぇ!」
飛びかかってくるグラッパーリザード達の多さに、ゴンズはたまらず毒づいた。
グラッパーリザードは群れで狩りを行う魔物である、ゴンズがモウモウ達を見つけた時には、すでに囲まれた状態だった。
間一髪助けに入れたものの、状況は何一つ好転していない。
(ちくしょう、やべえぞ……! 怪力の札の効力が切れる前に、モウモウ達を牧場の方向へ走らせなきゃいけねぇってのに……!)
「ギュルルゥ!」
「ブモォッ……!?」
ゴンズがどれだけ蹴散らそうとも、群れの数が一向に減らない。
グラッパーリザードはモウモウたちが走り出さないよう、ジワジワと脅すように集団でにじり寄ってきている。
モウモウたちが集団で走り出しさえすれば、体長1メートルにも満たないグラッパーリザード程度は蹴散らせてしまえるのだが……。
「ひぃ! ひぃぃぃっ! おたすけ、お助けぇぇっ!」
「しかも何でテメエまで此処にいるんだっつうの!?」
更に悪いことに、足手まとい(イヤミューゼ)がこの場に存在していた。
イヤミューゼがモウモウ達と一緒に外に出たことを、ゴンズは知らない。
彼は困惑しながら、しかし見捨てるわけにもいかず、モウモウと一緒にイヤミューゼまでも守っていた。
「モウモウ達をコッソリ愛でてたら、そのまま乗せられて連れてこられたんですよぉぉ!」
「てめえ! 牧場主のおれに向かっていい度胸じゃねぇか!!! っつーかテメエもコイツら片付けるの手伝いやがれ!」
「ひぃぃ無理ですよワタシ生まれてこの方戦ったことないんですよぉぉ!!」
「まじで使えねぇなオイっ! くっっそ、じゃあ引っ込んでろ! そのままモウモウの上に乗っかっとけ!」
まるで戦力にならないイヤミューゼを放置しつつ、拳を振い続けるゴンズ。
グラッパーリザードの数に、イヤミューゼという足手まとい、怪力の札の効果時間を加味すると、この包囲網を破るのは無謀としか言えない状態だった。
「ギュアア!!」
「くそったれ……! 俺ぁ諦めねぇぞ! テメエらに食わせるためにっ、モウモウ育ててるわけじゃねぇんだ! ふざけんじゃねぇ!」
飛びかかってくる個体に鉄拳をぶちかまし、抜け駆けしようと走る個体の尻尾を捕まえて、ほかの個体へ投げつける。
怪力無双の暴れぶりを見せつけるゴンズの存在を、グラッパーリザードが無視できないのがせめてもの幸いであった。
だがそれも、長続きはしない。
それはゴンズ自身重々承知の上だ、それでも彼は――
「俺ァなぁ!!! モウモウが大好きなんだよ!! 好きすぎて好きすぎて、コイツらの一生を面倒見てやりたくて!! 牧場主やってんだ!! 野良の魔物なんぞにウチのモウモウをくれてたまるかってんだぁぁぁあ!!!」
それでも彼は、モウモウのためならいくらでも戦える。
怪力の札の効果が切れたとしても、彼は最期まで戦い続けるつもりであった。
「ガブゥッ!」
「っぐああっ!?」
ゴンズの右肩に、一匹のグラッパーリザードが噛みついた。
鋭い牙で肉を抉られ、たまらず怯んでしまう。
「「ギュググググッ!!!」」
「――っち! くそがあぁ!!」
それを隙と見て、他のグラッパーリザードが一斉に飛びかかろうと走り寄る。
怪力の札で筋力を強化していても、肉体が鉄のように固くなるわけではない。
身体中に噛みつかれては、致命傷は免れられないだろう。
まさに、万事休すと思われた、その瞬間――――
「ティコ!いっけぇっ!」
「ガァオオオオオオッ!!!」
ズドン! という轟音と共に、ゴンズの目の前が真っ赤に染まった。
鮮血の赤色ではない。
最強最悪の、赤き魔獣の堂々たる背中である。
「ギ、ギ、ァ……」
「ゴルルルルルルル……!!!」
グラッパーリザードの一匹は哀れにも、着陸したマンティコアにその頭蓋を踏み砕かれていた。
他の個体も、ゴンズへ飛びかかる前に毒針に刺し貫かれて絶命している。
「ティコ、それにレナータさん、どうして……!?」
「ゴンズさん! 大丈夫ですか!? 助けに来ました!」
マンティコアの背中に乗っているのは、牧場で待っている筈のレナータだった。
助けが来るとは思わず、ゴンズはただただ呆然としている。
「――っ。よかった、間に合った……!」
レナータは、多少の手傷はあれど無事なゴンズと、未だ無傷のモウモウ達を確認し、僅かに頬を緩ませた。
そう、レナータたちは間に合ったのだ。
最悪の事態が訪れるその前に、こうして駆けつけることが出来た。
「ここは私とティコに任せてくださいっ! いくよティコ、皆で無事に帰ろう!」
「ガァァオォォォォォッッ!!!!」
レナータの声に、ティコは雄たけびで応え、大気を震わせる。
最強の魔獣と天才魔物使いによる蹂躙劇が、幕を開けるのであった。
今回の解説
バルーンローパー:八本足の触手を生やした風船のような魔物で、空を飛ぶ他の魔物に集団で取りついて捕食している。ローパーと名前は付いているが実は全く違う種類の魔物。クラーケンの近縁種で、小型化かつ空を飛ぶよう進化した。魔物使いの国では「ゆるかわ系」魔物としてペットにする人もいる。
グラッパーリザード:全長1メートル足らずのトカゲ型魔物。魔物の中では強いほうではないが、数が多く狡猾であるため、決して油断してはいけない。ペットとして飼う場合、卵を生んで大量に増えることを許容できるなら、賢く忠実な相棒になってくれる。
絶対必中毒針くん:毒尾の毒腺を魔力で刺激して毒液を精製、目印魔法により敵を捕捉し、予知魔法により「捕捉した敵のみに当たることを予知したら、毒針を発射」する機能。なので尻尾をぶんぶん振ってるだけで毒針が当たってくれる。躱される未来を予知した場合は毒針がそもそも発射されないが、対策はしてあるらしい。
目印魔法:一度目にしたものに自分だけが見える目印を付けるだけの魔法。とっても地味だが他の魔法と組み合わせると自動照準のように機能する。上級の目印魔法は誰にでも見える巨大な矢印が目印として付きまとうようになる、シンプルに迷惑。