57話:モウモウ牧場の長い夜
お待たせしました、57話更新です!
「ちくしょうっ! 何でうちのモウモウがっ。いやそんな事よりアイツらを止めねえと!!!」
「待ってくださいゴンズさん! 追いかけるのは危険ですっ!」
モウモウ達が門を通って外へと逃げ出して行く姿に、ゴンズのおっちゃんは半狂乱になりながらその後を追おうとする。
レナータちゃんはそれを必死に引き止めていた。
当然だ、この夜中にモウモウ達を追いかけて外の世界へ行くなんて、自殺行為に等しい。
それに、パニックに陥った今のモウモウはおっちゃんの言う事なんて聞きやしないだろう。
「よかったー! 二人ともこっちにいたぞー!」
「お父さんっ! 大変だよ! モウモウ達がっ!!」
「レナータっ! 大丈夫!?」
「エリー! シャーロットちゃん!」
騒ぎを聞きつけて、エリーちゃんにシャーロット、ウメさんの三人が家から駆けつけてきた。
その後ろをジンクスとココが着いてきている。
よかった、とレナータちゃんも俺も胸をなでおろす。
取りあえずあの爆発に巻き込まれた知り合いはいなかったようで、なによりだ。
「ああどうしよう!? どうしよう!? モウモウ達がみんな外に――!?」
「――っ。……母さん、まずは落ち着け」
そうこうしている間に、牛舎から出ていったモウモウ達の姿が見えなくなってしまう。
ウメさんがいつになく取り乱す姿を見て、ゴンズのおっちゃんは逆に頭が醒めたらしく、彼女の肩を優しく掴んで、落ち着くように言う。
おっちゃんの言う通りだ、今は、外の世界へと繋がる門が破壊され、モウモウが逃げ出すという最悪の事態が起きている。
ウメさんだけならず、この場の全員が冷静になって対処しなければ、事態は更に深刻化してしまうだろう。
「どうするかっつーのは、今から俺が言う。だから、母さんはしっかり聞いてくれ」
「う、うん……」
「いいか? ……よし。母さんはまずぁ、全部の牛舎を見て回って、どこのモウモウが居なくなったかみてきてくれ」
「わ、わかったよ」
確かに被害状況の確認は重要だ。
それに、いまのパニック状態になっているウメさんには、分かりやすい役割をこなしてもらったほうが不安も和らいでくれるだろう。
ゴンズのおっちゃんらしい、気を使った指示である。
「それと、ホントに済まねぇんだが。レナータさん、エリーさん、シャーロットさん。皆にも手伝ってもらいてぇ事があるんだ。……ほんとぁ、ウチだけの問題なんだけどよ」
そしておっちゃんは、レナータちゃん達の方を向き、頭を下げる。
アルバイトのレナータちゃんは兎も角、他の二人はお客人だというのに、この緊急事態に働いてもらうことが申し訳ないようだった。
「任せてください! それに、私はアルバイトですからっ!」
「この牧場の問題はレナータの問題でもあるわ。友達が困ってるっていうのに、手を貸さない友達がいると思う?」
「あたしも勿論手伝うぞー! 困った時はお互い様だもんなー!」
その申し訳なさを吹き飛ばすように、皆はおっちゃんの頼みを快諾した。
(凄いなぁ、三人とも。まだ十代だっていうのに冷静だし。即決で協力してくれるとは……)
俺はレナータちゃんのやることに従う方針だが、俺一人で決めろと言われると少しは躊躇してしまうだろう。
実に素晴らしい心根である、魔法使いの国の奴らに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。
「エリーさんはウチの母さんと一緒に行ってくれねぇか? あんな爆発、ウチの牧場で起きるわけねぇ。悪さをした奴らがいるかもしれねぇからな」
「おーう! 任されたー! がんばるぞジンクス!」
「ちゅぅちゅぅ」(任せてください、という重低音)
エリーちゃんとジンクスは、ウメさんと一緒に牛舎の見回りを担当する。
確かに、あの爆発を起こした犯人がまだいるかもしれない。
エリーちゃんの腕っぷしは心強いし、ジンクスの巨体に威圧されて無闇に手出しもできないだろう
「次に、外の門がぶっ壊れちまったことを誰か衛兵に知らせてほしいんだが……」
「なら私の出番ね! 速攻で人を呼んでくるわ。ココっ、ぶっ飛ばしていくわよ!」
「キュリュッ、キュルゥー!」
万が一、魔物が爆破された門から入ってきては大変なことになる。
今すぐに人を呼べるのは、この中でも誰よりも速く飛べるシャーロットが適任だ。
「レナータさんは……、俺と一緒に門のとこまできてくれ。…………門を一時的に塞いでおかなきゃな、魔法でなんとかできるだろ?」
「……はいっ」
ゴンズのおっちゃんは、とても言いづらそうにレナータちゃんへ指示を出した。
……門を閉じるということは、外から魔物の侵入を防ぐことと同時に、外に出てしまったモウモウを閉め出すということだ。
おっちゃんの心情を察してか、レナータちゃんも神妙な面持ちでうなずくのであった。
「――それで、実際このサイズの大穴は塞げそうか?」
俺とレナータちゃんとゴンズのおっちゃんは、爆発音の発生源である門の前に到着した。
黒こげた木々が辺りに散乱し、穴の向こうには月明かりに照らされた草原が、静かに広がっている。
一見すると、日が出ている時と同く、のどかな草原のままだと勘違いしてしまうだろう。
しかし、外の世界はすでに魔境と化している、一刻も速くこれを塞がなければ、いつ魔物が侵入してもおかしくない。
「大丈夫です、これくらいならいけます」
ゴンズのおっちゃんに聞かれて、レナータちゃんは穴を一瞥すると、問題ないと言う。
確かにこの門はジンクスでも通り抜けられるくらいには大きいが、門の全てが吹き飛んでいる訳では無い。
この大きさの穴なら、彼女の植物魔法で簡単に塞げるだろう。
「ついでに聞いておきたいんだが……。穴を塞いだ後の事なんだけどよ、やっぱ植物魔法ってのは後片付けには時間がかかるかい?」
「? 後片付け、ですか?」
「あー……、その、あれだ。門を直す時に、邪魔になっちまうかなーって意味だ」
唐突に、ゴンズのおっちゃんはそんなことを言い出した。
まあ魔法を使って塞ぐこと自体は応急処置なので、その後は門を直さなくてはいけないだろう。
ただ、今その時のことを心配している場合じゃないだろうと思うのだが……。
「えっと、外から魔物が入ってこないように頑丈な植物で塞ぐつもりです。でも邪魔になった時は、ティコの毒針を使えば直ぐ枯らせますから、安心してください」
「! ガウッ」(! そっか!)
レナータちゃんの言葉で、俺は今更ながら自分の尻尾に毒針が付いてたことを思い出した。
マンティコアになってから一度も使ったことのないこの毒針だが、戦うこと以外にも使い道はあるんだな……。
「そうか、そいつぁ丁度よかった」
「「?」」
その事を聴いたゴンズのおっちゃんは、二カっと笑って―――
「レナータさん、俺がモウモウ連れて帰ってきたら、此処を開けてくれや」
――ばんっ、と怪力の札を3枚、自分の体へ貼り付けていた。
「っ!!? ゴンズさん、何を――!?」
「ガウガウっ!? ガウッ!!」(追いかけるつもりか!? 無茶だ!!)
めきめきと筋肉を隆起させていくゴンズのおっちゃんに、俺もレナータちゃんも不意を突かれた。
おっちゃんはまだ、逃げ出したモウモウ達のことを諦めてはいなかったのだ。
そのことに気づいた時にはすでに遅い、重ねて使用した怪力の札で強化した足で、ゴンズのおっちゃんはあっという間に草原へと飛び出してしまっていた。
「ダメっ! ゴンズさん!?」
「ガウッ、グルルルル!!」(くそっ、速すぎる!!)
俺が飛びかかる間もなく、おっちゃんは夜の草原へと消える。
なんてこった……、ゴンズのおっちゃんまで外の世界に行ってしまった!?
「そんな……どうしようティコ!?」
「ガウガウゥ……」(どうするって……)
すぐに追いかけたとして、怪力の札を3枚も使ったゴンズのおっちゃんに果たして追いつけるのだろうか?
よしんば追いつけたとしても、あの剛力で抵抗されれば無理矢理連れて帰る事も難しい。
(――あーもー! どうする!? どうしたらこの事態を何とかできる!?)
全員がこの場を無事に乗り切る方法を考えるが……ダメだ、そもそもおっちゃんが危険な場所に飛び込んでるわけで――。
「おおーいっ!! レナータ!! ちょっと待って!! 門を塞ぐのはまてー!!!」
「エリー!?」
「ガウッ!?」
ドドドドドッ! と土煙を上げてこちらへ駆けてくるエリーちゃん。
とてつもなく焦った表情と、その両手には二人の大人が首根っこを捕まえられている。
なんだなんだ!? もしかしてエリーちゃんもおっちゃんが飛び出してくのを見たのか!?
「どうしたの!? それに、その人達は……?」
「コイツらは牧場に忍び込んでたからぶちのめして持ってきた! んでコイツら言うには、さっきモウモウが逃げ出した時に、背中に乗って一緒に外へ出てった奴が居るって!!!」
「「きゅ~~……」」
「ガウガウ!?」(うそだろ!?)
ゴンズのおっちゃん以外にも、もう一人外に行った奴がいるのか!?
――って、しかもこの二人、昼間見かけたモンスターラバーズの人間じゃないか!?
「ええっ!? もう一人外にいるの!?」
「は、え!? 「もう一人」って!? ゴンズさんがいないけど、まさか!?」
「ぜぇ、ぜぇ……エリーちゃん、待って……!」
「チュウ、チュウ……」(ご主人、速い……という重低音)
エリーちゃんの後を必死に追ってきた、ウメさんとジンクスも合流する。
……どうやら一度、混沌としてきたこの状況を整理する必要がありそうだ。
――緊急事態の為、短時間で情報の交換を行った。
エリーちゃんが連れてきた二人から聞き出した事は、先ほどの爆発は彼ら自身が引き起こしたという情報だ。
どうにも三人で来たらしいが、そのうちの一人が牛舎にいて、尚且つモウモウ達の柵を開けてしまったらしく、爆発に驚いたモウモウ達に巻き込まれてしまったらしい。
だが幸いというべきか、モウモウが逃げ出した牛舎は一つしかないとの事。
「じゃ、じゃあゴンズさんはモウモウを連れ戻しに行っちゃったのかー!!?」
「うん。だから今外に出てる人はゴンズさんと、そこのモンスターラバーズの人の二人みたい」
「あの人はっ……! もうっ、若いころから何にも成長してないじゃないっ!」
ゴンズのおっちゃんが外へ出てしまったことを話すと、エリーちゃんとウメさんの顔が青ざめた。
当たり前か、この場ではおっちゃんが一番冷静なように見えてたし、まさかモウモウを連れ戻す気まんまんだったなんて思ってもみなかっただろう。
(兎も角、想像以上にマズイ状況だってことが分かったけど――くっ、シャーロットはまだ帰って来れないか……!)
何にせよ、コレは大事件である。
本来なら俺達だけで対処するようなものではない、なので憲兵を呼びに行ったシャーロットが一番の頼みの綱だ。
しかし、そのシャーロットも戻ってくる気配はない、確かにシャーロットとココは速いが、衛兵たちを連れてくるとなるとどうしても時間がかかるのだろう。
そして、時間がかかればかかるほど、ゴンズのおっちゃんが助かる可能性がどんどん下がってしまう。
この切迫した状況に、レナータちゃんは。
「―――行きます! 私達が外に行って、ゴンズさんを連れ戻してきます!」
「っ!」
自分も外へ行くと言い放った。
俺の胸がぐさりと、痛む。
薄々、分かっていたのだ、分かっていてその選択肢を考えないようにしていたのだ。
この場で一番強くて、ゴンズのおっちゃんを連れ戻せる可能性が高いのは、俺とレナータちゃんのコンビだ。
だがそれは、可能性が高いだけだ。
実際はゴンズのおっちゃんを助ける余裕なんてないかもしれないし、最悪の場合……俺とレナータちゃんが死ぬことすら、ある。
「門は私が外側から塞ぐから」
「そんなっ、危なすぎるぞー!?」
「……ありがとう、エリー。でも多分、私達が行くのが一番良いと思うんだ」
エリーちゃんが必死に止めるが、レナータちゃんは既に覚悟を決めているようだった。
俺も人の姿でこの場にいれば、彼女を止めていただろう。
レナータちゃんが外へ行くという事は、当然俺も外の世界に行くことになる。
俺だって死にたくないし、レナータちゃんを死なせたくもない。
恐怖が、俺の身体を縛りつけていく。
(ああちくしょう――)
それと同時に、ごく最近の思い出がよみがえる。
モウモウ牧場で一生懸命に働くゴンズのおっちゃん、仕事に頑張ってついて行こうとするレナータちゃんに、それを手伝う俺。
その光景を幻視して、俺は―――
「ガオォォォォォッッッ!!!」(ふっっっざけんじゃねぇぞ!!!)
「「!!?」」
――猛烈な怒りのままに、雄たけびをあげた。
圧倒的な怒りの感情で、恐怖の鎖は粉々に砕け散る。
ああそうだ、ふざけんなよ。
こんなことで、ゴンズのおっちゃんが死んでいいはずないだろう!
あんなにモウモウ一筋で、自分の好きなことを仕事にして、一生懸命に働いてる人間が、モンスターラバーズとかいう訳のわからん集団の所為で死ぬなんて、俺が許さない!
俺は仕事が大っ嫌いだが、その仕事をちゃんとしてる人間は尊敬してるんだ!
それをこんな形で死なせてたまるか!
「ガウッ! ガウッガウッ!!」(レナータちゃん! 俺に任せてくれ!!)
「ティコ……! うんっ!」
当然の如く俺の意思はレナータちゃんへ届いて、彼女は力強く頷いた。
ああそうだ、皆連れ戻してやる!
ゴンズのおっちゃんも、モウモウも、あとついでにモンスターラバーズの奴も!
「レナータちゃんっ! ――お父さんを、お願いっ!」
「はいっ! 絶対に連れて帰ってきます!」
「レナータ! 絶対、ぜえっったいに無事に帰ってくるんだぞー! 帰って来なきゃ、あたし泣くからなー!?」
「勿論! 約束だよエリー!」
俺の背に乗ったレナータちゃんを見て、ウメさんもエリーちゃんも彼女を止められないと観念したらしい。
安心してくれ、俺のあらゆる力をもって、絶対に無事に帰ってくるから!
「行こう! ティコ!」
「ガウッ!」(おうっ!)
俺はレナータちゃんを背に乗せて、夜の草原へと飛び立った。
必ず全員無事で戻る、その決意を胸に宿して。
今回の解説
怪力の札、その2:重ねて使用することで効果も倍々となる。しかし正しい用法ではないため、後で反動が来てしまう。
マンティコアの毒針:余りにも危険すぎるため、国内ではマンティコアの尻尾を露出させてはいけないと法律で決まっている。
モンスターラバーズの二人:イヤミューゼが外に出てしまい、事の重大さに気付いてオロオロしているところをエリーのダブルラリアットでK.Oされた。