53話:楽しい牧場経営・間
お待たせしました、53話更新です!
※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
「ああそうだレナータさん。明日なんだけどよ、バイトは休んでもらっていいぜ」
「ふぇ?」
ゴンズのおっちゃんに夕食に誘われた俺とレナータちゃん。
ウメさんが腕によりをかけたシチューやらステーキやらをご馳走になっている最中の会話だった。
「ガフガ……ンム?」(うまいうま……ん?)
いやあ流石本場のモウモウ肉、噛めば噛むほど味が滲み出てうまいうまい……じゃなくて、えっ、休み?
ゴンズのおっちゃんからレナータちゃんへ、突然のお休み通達が下されたのを聞き、俺も食事の手を止める。
「休みですか? でも牧場仕事にお休みはないと思ってたんですけど」
「いやいやいや! レナータさんはアルバイトだろう?流石に毎日ずっと働いてもらうわけにゃいかねぇさ」
「でも私、明日も働きたいです!」
すごいなレナータちゃん、休み返上で働きたいなんて俺死んでも言えないよ。
まあでも、ここにきてのお休み通告は全然不自然ではない。
だってこの一週間、ずっとレナータちゃんは働き通しなのだから。
「それに明日は学校もお休みだから、丸一日ここで働けます」
「お父さん! レナータちゃんもこういってるんだから是非こきつか……働かせ……勉強させてあげなさいよ!」
「いやいやいや……」
「ガウガウ……」(いやいや……)
学校が休日なら休もうよレナータちゃん。
あとウメさん本音が漏れかけてませんか?
ワーカーホリック気味なレナータちゃんと、彼女を本格的に後継として鍛え込もうとするウメさんに、男衆二人は呆れる。
「あのなぁ、レナータさんの本業は学生なんだから、遊べる時は遊んどけって。それに母さん明日は……」
「? 明日って……ああっ!」
ゴンズのおっちゃんも、流石に学生のレナータちゃんを牧場経営に縛り付けるのは良くないとのこと。
……だが、どうにもそれだけが理由ではないらしい。
ウメさんもゴンズのおっちゃんの態度で、何やら思い出したようだった。
「……? 明日がどうしたんですか?」
「え、あ、あははは、なんでもないわ! やっぱり働きづめは良くないわよね。うん、レナータちゃん。明日はゆっくり休みなさい!」
「ふえっ!?」
「ガフェ!?」(あれぇ!?)
なんだ?
なんかおかしいぞ、さっきまで休日働く事に賛成だったウメさんが急に反対しだした。
どうやら明日は何かあるようだが……。
「えっと、私ほんとうに明日も大丈夫なんです! 何かあるんでしたら、働いてみた……」
「「いーからいーから! 何にもないから休みなさい!」」
「えぇー……?」
「ガヘェー……?」(えぇー……?)
うっそだー、絶対何かあるでしょう。
しかしゴンズのおっちゃんウメさんも、何があるか教えてくれそうにもなく、そして明日は働かせてはくれない様子。
結局、そのまま押し切られる形でレナータちゃんは明日はお休みになったのである。
「絶対何かあると思うんだよね。エリーもそう思うでしょ」
「おー! それはめっちゃ怪しいなー!」
とまあそんなわけで休日を迎え、レナータちゃんは友達と一緒にカフェのテラスでおしゃべりしていた。
いつもの休日なら、レナータちゃんはこのようにエリーちゃんと遊ぶのが定石なのだが、今日はいつもと違っていて……。
「でっ、でも、私はレナータと遊べて、とととっ、とっても嬉しいわ!」
「シャーロット、どもりすぎだぞー……」
「どどどどもってなんかないわよ! 私はいつも通り自然体! べっ、別に初めて友達と遊び行くからって張り切ってるわけじゃないんだからね!」
このとおり、今日はエリーちゃんとシャーロットを含めた3人でお出かけ中なのであった。
うん、そこのどう見ても気合の入ったフリフリで可愛い私服を着た金髪少女は素直になろうか。
「えへへ、シャーロットちゃんも一緒だと、なんだか新鮮だなぁ」
「! ふ、ふふん! 感謝しなさいよねレナータ! 私の貴重な時間を、わざわざ割いてあげたんだから!」
言葉とは裏腹に、シャーロットの声音はどう聞いても喜んでいるようにしか聞こえない。
……休日はいっつも一人で過ごしてたんだろうなぁ。
ちなみに、ご主人様たちに付き従う、俺達魔物3匹はというと……。
「チュゥ……」(ちょっと重いんですけど、という抗議の重低音)
「ガウガウ、グルルル」(しょうがないだろう、俺達3匹が並んで座ったら営業妨害だ)
「キュクァー……」
きゃぴきゃぴと歓談するご主人様の後ろで、俺とココはジンクスの背中に乗せて貰っていた。
理由は先に述べた通り、マンティコアにドラゴン、そしてビックリマウスという大型魔物が並んで座れば、いくらテラスといってもお店のスペースを圧迫してしまう。
なので決してジンクスのフカフカ毛並みをベッド代わりにしている訳ではないのだ、ココは寝てるけど。
「えふん、は、話を戻すけど、流石レナータね。まさかモウモウ牧場で働いてみるなんて、この私も予想できなかったわ。それに、なかなかうまく働けてるみたいじゃない」
「えへへ、ゴンズさんもウメさんも良い人だからだよ。それに、モウモウたちもみんな人懐っこいし」
「いやいやいや……、マンティコア連れて牧場仕事って相当ヤバいと思うぞー。というかよくティコはモウモウに襲い掛かったりしなかったなー」
そうだよねエリーちゃん、マンティコアを牧場で働かせるってやっぱり普通はしないよね。
だがそこは安心して欲しい、なんせ俺はマンティコアだが中身は人間、モウモウだって調理済みじゃないと食欲は湧かないぜ!
「なにいってんのよエリー、レナータがそんな大ポカさせるわけないじゃない」
「まー、そーだよなー。でもそれだけに変な話だよなーって。だって、全然ヘマとかしないのに、なんで今日に限って来るなって言われたんだろー?」
エリーちゃんが首を傾げる。
それに関しては、俺も疑問に思っていた。
牧場経営というやつは、生き物を世話するために年中無休で働き続けなければならない、重労働だ。
ウメさんも人手不足やら後継者がいないやら話していた通り、あそこの牧場は働き手に余裕がないのは明らか。
そこに優秀なレナータちゃんがアルバイトに来てくれてるのだから、丸一日働ける休日に来なくて良いと言うのもおかしい気がする。
まあ学生だから休日は休み、という考え方自体は間違っていないが……。
(明らかに何かありそうだから、休ませたっぽいよなぁ)
昨日の晩ご飯の最中に見せた、ゴンズのおっちゃんとウメさんのあの態度が違和感としてチラつく。
「そうなんだよね。私、迷惑がかかるようなことして無いと思うんだけど……」
「向こうが来なくて良いっていってるんだから素直に休めば良いのよ。だいたい、牧場経営してる人の考えてる事なんて、私達には分からないんじゃない?」
「なんか冷たい言い方だなー」
飲み物が入ったティーカップをすすりながら、シャーロットはバッサリと切り捨てる。
「考えが分からない……そ、そうかなぁ?」
「少なくとも私はわかんないわ。だって牧場って、手塩にかけて育てた魔物を、最後には殺してお肉にしちゃうじゃない? そういうのかなり辛いし、私にはできない」
なるほどたしかに、シャーロットの言い分も充分に理解できる。
あそこで生きているモウモウ達は、いずれ商品として出荷される運命だ。
牧場とは言わば、「殺すために育てる」場所。
そして、そこで働く人達は決してモウモウが嫌いなわけではない。
モウモウという魔物を愛していながらも、商品として扱うことを是とする生き方。
それは、魔物を家族として扱い、共に生きてきた人間には受け入れがたい在り方なのかもしれない。
まあ実際ゴンズのおっちゃん達がどう思ってるのかは分からないけどね、割り切ってるのか、あるいはそういう愛し方もあるのか……。
「なるほどなー。そう言われると、たしかにあたしもわかんないなぁ」
「でしょ? あ、でも勘違いしないでよね。だからこそ、牧場で働いてる人たちの事は凄いって思ってるから。私もココのオヤツにモウモウ肉を与えてる身だし、偉そうな事は言えないわ」
「キュクッ!」
「……ココ、おやつの時間はまだよ」
「キュル……」
オヤツという言葉につられてココが飛び起きるものの、即座にシャーロットが牽制しあえなく撃沈。
なんとも名残惜しそうな声を出しながら、再びジンクスの毛の中に顔を埋めた。
……コイツ本当に誇り高きドラゴンなのだろうか、犬か何かじゃないかとたまに思う。
「あれ? エアロドラゴンの主食って肉じゃないのかー?」
「もちろん肉食だけど、ココはモンスターフードを主食として与えてるわ。肉より栄養価が高いし、良いご飯をあげたいもの」
おいおいマジかよ、ココまであのにっがいモンスターフードが好物なの?
生前のティコといい、強い魔物はみんなモンスターフードが好きなのだろうか。
「うーん…………」
「? レナータ、どうしたのだ黙り込んで。もしかしてさっきシャーロットが言ったことを気にしてるのかー?」
「えっ!? そ、そんな、別に落ち込むことないじゃない! 私は気にしなくてもいいって意味で、牧場経営してる人の考えてることは分からないって言ったわけで……!」
あーあー、シャーロットがレナータちゃん泣かせたー。
とまあ冗談はさておき、泣いてはいないものの、レナータちゃんは何故だか神妙な面持ちで考え込んでいた。
一体どうしたのだろう?
「ゴンズのおっちゃん達が考えてる事など分かるわけではない」というシャーロットの言葉に、落ち込んでいるようではなさそうだった。
「最後にはお肉…………あっ」
「「?」」
少し間をおいて、レナータちゃんが何かに気づく。
エリーちゃんとシャーロットが何事かと目を向けると、彼女は勢い良く立ち上がり……。
「ねえエリー、シャーロットちゃん! 私、行きたいところがあるの!」
とても真剣な表情で、二人にそう告げるのであった。
「エリー、こっちで合ってる?」
カフェを出たレナータちゃん達は、それぞれの相棒の背に乗って目的地へと向かう。
もしかしたら既に終わっているかもしれないからか、その声音には若干の焦りが見られた。
「うん、「と畜場」はこっちだけど……ほんとに牧場の人来てるのかー?」
――と畜場は、出荷された魔物を食肉へ加工する場所だ。
牧場で育った魔物達は最終的にここへ運ばれ、その生涯を終える。
「あり得ない話じゃないわ、レナータはアルバイトをしてまだ一週間よ。ハードな仕事にまだ関わらせたくなかった、だから今日は休みだって言ったのも納得できる」
シャーロットが、カフェでレナータちゃんが気付いたことを言う。
ゴンズのおっちゃんやウメさんが、今日は休めと言った理由はこれではないか。
今日はモウモウ達を出荷する日だから、モウモウが食肉に加工される所を見せたくなくて、何も言わずに休むように言ったのではないか。
その真偽を確認するために、と畜場へと向かっているのだった。
「……でもレナータ、アンタはそれでいいの? せっかく牧場の人達がアンタに気を使って休むように言ってるのに、敢えてモウモウ達が死んじゃう所を見に行くなんて」
「――うん、いいの。私は、そういうところも含めて、モウモウ牧場で働くってこういうことなんだって、知りたいの」
シャーロットが心配するも、レナータちゃんは問題ないとはっきり言い切る。
自分はこの仕事をきちんと理解したいのだという、強い意志を感じた。
(レナータちゃんは真面目というか、どこまでも真っ直ぐだなぁ)
そんなご主人様を乗せて走る俺は、少しだけ苦笑する。
本当にレナータちゃんは真面目で、真っすぐだ。
「……でも、二人とも本当にごめんね。私のわがままに付きあわせちゃって」
「んー。まー、レナータのそういうところ、あたし好きだからな。とことん付き合うぞー! あ、でも実際にモウモウが加工されてるところは、勘弁なー」
「ふっ、この私が友達の頼みも聞けない女だと思う? ……ちなみに私も見学はパスするわ、ちょっと心の準備ができて無いし」
そして、そんなレナータちゃんだからこそ、エリーちゃんもシャーロットも快くついてきてくれる。
いい友達を持ったなぁレナータちゃん。
「二人とも……ありがとう。―――あっ、あそこ! モウモウ達がいる!」
会話をしながら走っていくと、視界の前方に草原色をした魔物の群れを見つけた。
間違いない、モウモウだ。
するとやっぱり、今日はモウモウ達を出荷する日だったのか。
「ガウッ、ガウガウッ――」(よかった、まだ加工まではいってなかっ―――)
間に合った事に安堵し、モウモウ達を驚かせないよう走る速度を落としたその時。
「いい加減にしてくれ! そこをどいてくれねぇと仕事ができねえだろう!」
「魔物と共に生きるのが、わたし達魔物使いなのよ!!!」
「魔物のエサに魔物を食べさせるのは時代遅れだ!!!」
「モンスターフードがあるのに、なぜ魔物を殺す必要があるんだ!!!」
「アナタもモウモウ達が死ぬのは辛いでしょう? もう辞めましょうよ!!!」
「そうだそうだ、魔物は家族だー!!!」
「――ガ……ウ……?」
「え……」
モウモウの群れの先、と畜場らしき建物の前に立ちふさがる人の壁。
作業員には見えないその人々は、ゴンズのおっちゃんに向かって声を張り上げている。
その異様な光景に、俺とレナータちゃんは絶句するのであった。
今回の解説
シャーロット:……ところでエリー、私達ってその、と、ととと友達……なのかしら……?
エリー:(めんどくさいなコイツー)んー、まあレナータと友達なら、あたし達も友達だろー。
シャーロット:や、やっぱりそうよね!?(やったぁぁ二人目のお友達だぁぁぁ)
エリー:(……いや、これはチョロイのかー?)