52話:楽しい牧場経営・表
お待たせしました、52話更新です!
とても平穏な日常回ですね。
「むむむむ……っ」
「グルゥゥゥ……」(むうぅぅぅ……)
ばっさばっさと翼を羽ばたかせ、レナータちゃんを背に俺は空を飛ぶ。
遥か下方には広大な草原が広がっている。
夕日に照らされて鮮やかなオレンジ色に輝く大草原は、思わずのどを詰まらすほどの絶景だ。
……にも拘らず、俺もレナータちゃんもむうむう唸って下を向くばかり。
そう、今はこの絶景を楽しむより重要な……もっというとこの中から探さなくてはならないものがあるのだ。
「あーもー! モウモウがぜんっぜん見つからないー! あと五頭どこー!」
「ガウゥゥ……」(どこほっつき歩いてるんだ……)
たまらず俺の上で叫ぶレナータちゃん、そしてため息をつく俺。
只今、絶賛この草原に放たれたモウモウを捜索しているのである。
ゴンズのおっちゃんの正確なカウントによると、あと五頭ほど集まっていないモウモウがいるらしいのだ。
地上から探しても見当たらなかったので、ならば空から一望すればと考えたのだが……。
(流石モウモウ、保護色が半端ない。多分視界のどっかにいるんだろうけど全く分からんっ)
モウモウのは外敵の目を誤魔化すため、若草色の体毛でおおわれている。
うーん、これは視界から遠くなってしまった分、余計に分からなくなってしまったかもしれない。
「うぅ……早くしないと日が暮れちゃうよ」
レナータちゃんの表情がどんどん焦りと不安に染まっていく。
ここは魔物使いの国の外で、「メル草原」と呼ばれている。
場所としては魔物使いの国を出てすぐそこ……というか隣接している。
とっても危険な「外の世界」ではあるが、人間の国付近なら割と安全らしく、日が出ているうちは魔物は出てこないとのこと。
しかし今は夕刻、日が落ちるまであと二時間もないだろう。
夜が訪れれば、この草原も恐ろしい魔物どもが闊歩する魔境へと変貌してしまう。
そうなる前にモウモウ達を回収しなければ。
(よし! こんな時こそ魔法だ!)
空を飛んで視界が開けているなら、魔法で探知すれば見つかる筈だ。
なんせ俺は、失くし物探し用のマジックアイテムなんぞごまんと作った身であるからにして、当然その手の魔法は習得している。
つくづく俺が魔法を使える事をカミングアウトしていてよかった。
「ラフ、ラム、この目は遠くを見渡し、この目は炎を捉える」
「ティコ? もしかしてまた魔法を?」
単純な視力を良くする魔法に、とても弱い炎の魔法を組み合わせる。
別に目を燃やそうというわけじゃない。
この二つの魔法を組み合わせると、物の見え方が変わるのだ。
(みえる、みえるぞ……!)
詠唱が終わった途端、俺の視界が一変する。
先ほどまで夕日色に染まっていたはずの草原が、けばけばしい黄緑色に映っている。
それはひたすらに異様な光景で、視界がおかしくなったとしか思えないが、これでいいのだ。
(温度の可視化、か。相変わらず変な視界だよなぁ)
そう、これは温度を見ているのだ。
温度の低いものから順に青、緑、赤と識別される世界を、俺は覗き込んでいた。
いくらモウモウの体と草原の色は同じでも、温度は同じじゃない。
草原の温度が黄緑色なら、モウモウ達の温度はもっと高く、赤に近い色となっているだろう。
「! ガウガウッ!」(! あそこにいる!)
「見つけたの!? ティコすごいっ!」
「ガフェへへ……」(うへへへ……)
残りのモウモウ達は直ぐに見つかった
草原の一角に小さく動く赤い点が、丁度5つ固まっていた。
全員同じ場所にいてくれたのは幸運だろう、レナータちゃんにも褒められてとても嬉しい俺である。
「おーい! みんな、もう帰る時間だよーー!!」
「ガォオオオオ!!!」(とっとと帰るぞぉ!!!)
「「「「「ぶもぉっ!!?」」」」」
というわけで早速群れの傍へ急降下し、モウモウ達を追い立てる俺たちなのであった。
「ゴンズさーん! みんな見つかりました!」
「ガウッ!」
「おう! ありがとよう! ……よし、確かに全員揃ってるな」
モウモウ五頭を連れて、ゴンズのおっちゃんの元へ来た俺達。
ゴンズのおっちゃんは既に集まっているモウモウ達と、今到着したばかりの五頭を一瞥すると、全員揃ったと判断した。
一瞬しか見ていないというのに凄いなぁ、ここら辺は長年牧場を経営してきた経験なのだろう。
「そんじゃあ、帰るぞー! 皆、ついてこーい」
「ンモー」「モー」「ブモゥ」
ゴンズのおっちゃんの一声で、モウモウ達は大移動を始めた。
俺達もそれに引き続く。
「ティコ、後ろをお願い」
「ガウッ」
レナータちゃんはゴンズのおっちゃんと一緒に最前列を。
俺は群れからはぐれる個体がいないか、最後列で監視を。
「グルルぅ、ガウガウッ」(モウモウ達の追い立てか、案外できるもんだなぁ)
モウモウの群れを後ろで見張りながら、我ながらよく追い立てをこなせているなぁと感心する。
初めたばかりこそ、モウモウ達は俺を見るたびに怯えてしまっていたが、一週間も経ってしまうと流石に慣れてしまったのか、今ではモウモウも俺に普通に近寄ってくるまでになった。
慣れたと言っても舐められてはいないようなので、吠えたり、その周囲を走り回ったりすれば逃げていく。
これなら追い立てるのも簡単である。
(一応外の世界に行くけど、比較的安全な場所みたいだし。これはなかなか優良な職場なのではないだろか)
今のところ大きな問題もなく平和に過ごせている。
かつての職場とは大違いだ、と俺は上機嫌になるのであった。
私はティコにモウモウ達の監視を任せて、ゴンズさんと一緒に歩き、群れを先導していた。
「いやー、今日は危なかったなぁ!」
「うぅ……ごめんなさい、集めるの遅れちゃって」
「ああいや! レナータさんはよくやってくれてるよ! ちゃんと日が落ちる前までに帰れるし、これなら門番の連中に嫌味を言われずに済むってもんだ」
ここで働いて一週間、そろそろ慣れてきたかなと気を抜いてしまったようで、私は深く反省していた。
それでもゴンズさんは、がはは、とゴンズさんは豪快に笑い、気にすることはないと励ましてくれた。
「それにな、万が一日が落ちちまっても草原から直接牧場に戻れる非常用の出入り口があるから、案外まだ余裕はあったんだぜ?」
「えっ、あの門。牧場と直接繋がってたんですか!?」
「おうよ、ウチは古い牧場だからなぁ。国璧ができた時からあるから融通してもらってるんだ。……まああの門使うと、あとで入国管理してる門番に説教くらうんだけどよ」
「そうだったんですか……」
ゴンズさんの心底嫌そうな顔をみて、私はギリギリだとしても、日が落ちる前にモウモウ達を集められたことに意味はあったのだと安心した。
「でもちょっと勿体ないですよね。せっかく牧場から草原に直接行けるのに、わざわざ遠回りしないといけないなんて」
「だよなあ、レナータさんもそう思ってくれるかい」
外の世界は危ないから、国を出入りする人はしっかり管理しないといけない。
牧場と直接繋がっているあの門は、正規の出入り口ではないので、緊急時でもないと使えないのはわかってるけど、勿体ないなぁと思うのでした。
「ゴンズさん、私ふと思ったんですけど……」
「ん? なんだい?」
「そ、その……モウモウ達って、どうして放牧してるんですか?」
歩いて魔物使いの国まで帰る途中、私はふとした疑問をゴンズさんに聞いていた。
我ながら一週間も働いていて今更な質問かもしれないと、ちょっぴり恥ずかしくなってしまう。
でも私は、モウモウという魔物のことをあまりよく知らない。
牧場ではどんなことをするのか、モウモウ達をどう世話しているのかは知っていても、その意味までは知らなかった。
「どうして放牧してるのか?」
「はい、外の世界は危険で、実際に行き来するのも手間がかかるのに、どうしてかなって……」
「ほうほう、なるほどなぁ……。なあレナータさん、モウモウ達を放牧してるのは、「運動させる」ためと「草原の草を食べさせる」ため、この二つ理由があるわけだ。そこにどんな意味があるのか分かるかい?」
「え、えっと……」
ゴンズさんに問い返されて、言葉に詰まる。
想像でなら何とでも言えるけど、正確な答えまでは分かるわけが無かった。
学校の授業でもそこまでのことを教わってないし……。
「ああ悪い悪い、レナータさんがどこまで知ってんのか確認の為に聞き返したんだよ。分からなけりゃそれでもいいのさ」
「あ、はい。えっと……わからないです」
私が答えに困っているのを察したゴンズさんは、すぐにそれでも大丈夫だと言ってくれた。
「おうっ。んじゃまずは運動させる意味だが……こいつあモウモウの肉を引き締めるためだな。ダイエットと理屈はおんなじだよ」
「なるほど、私もティコが太ったりしないよう、普段から運動してますから。よくわかります」
草原に放たれたモウモウは、あっちこっちと移動して草を食んでいた。
牛舎でじっとしているより、運動量は大きく違うだろうと納得する。
「そんで草原の草を食わせるのはだな。モウモウ達に栄養のない餌を食わせるためだな」
「えっ、草原の草って栄養がないんですか?」
「おうよ、牧場で食べさせるサイロの牧草の方が栄養たっぷりで、実際モウモウ達もそっちの方が好きなんだが……やっぱり、意外だって顔してるな」
「は、はい。どうしてわざわざ美味しくないご飯をあげてるんですか?」
毎日ティコにはおいしいご飯を食べさせてあげたい、そう考えている私にとっては理解ができない理由だった。
放牧する理由が、危険な場所に生えている美味しくないご飯を食べさせるためだなんて……。
「まあこれも運動するのと似た理由なんだがな。いいかい、モウモウ達にとっちゃサイロの牧草っつーのは「オヤツ」なんだ。毎日毎日栄養たっぷりのオヤツを食べ続けたら。モウモウがどうなっちまうか想像つくだろう?」
「あ……」
そっか、栄養価が高い食事ばかりを食べ続けるってことは、その分体に栄養がどんどん溜まってきちゃうから……。
「そういうことだ。モウモウはとても肥えやすい。毎日牧草を食わせると。肉は柔らかくなりすぎて、脂身も物凄く増える。ウチのモウモウ達はこの国で飼われてる肉食系の魔物達の餌になってるから、最終的には他の魔物まで肥えちまうかもだし、最悪食べてもらえなくなる」
「じゃあ、放牧するのは。モウモウの肉質を丁度良くするためなんですね」
「そのとおり、分かってくれたみてぇだな」
「レナータさんは理解が早くて助かるなぁ」とゴンズさんは感心しているけれど、ゴンズさんの説明が物凄く分かりやすかったからだと私は思う。
そっか、他の魔物達のためでもあったんだ……。
こんな風に、私は毎日ゴンズさんにものを教わりながらアルバイトをするのが最近の日課になっているのでした。
牧場までの道中は特にこれといった危険もなく、俺達は無事に帰ることができた。
まあモウモウ達の護衛に俺がいるからな、そこらの魔物は近づきもしないだろう。
「みんな、お帰りなさい!」
「おう母さん、ただいま」
「はい、ただいま帰ってきました!」
「ガウガウ!」(ただいま!)
今日も無事、モウモウ達を牛舎まで送り届けることができた。
モウモウ牧場に帰ってきた俺たち3人を、ウメさんが安心した表情で迎えてくれる。
「今日は遅かったわね、心配してたのよ」
「遠くまでいっちまったのがいてなぁ。でも、レナータさんとティコのお陰で見つかったよ」
「まあそうなの? 流石ね!」
「えへへへ」
「ガフガフ」(それほどでもない)
既に日も落ちて、辺りもすっかり暗くなっていた。
国の外は魔物達が跋扈する魔境と化しているだろう。
ウメさんもさぞかし心配していたに違いない。
「本当にありがとうね。レナータちゃん、ティコちゃん。ウチのお父さん、モウモウが見つからないと夜遅くまで探しにいって死にかけたこともあるから……」
「か、母さん。そんな何十年も昔の話を蒸し返さないでくれよ」
旦那の若かりし頃の失敗談を話そうとするウメさんに、ゴンズのおっちゃんは顔を真っ赤にして制止している。
基本的には仲睦まじい夫婦なんだよな、ウメさんが怒ると怖いだけで。
「そ、そうだ! もうこんな時間だし、レナータさんが良かったらウチでご飯を食べないか?」
「そうよそうよ、それがいいわ! 今日も柵や牛舎を直してもらってるし、正直バイト代だけじゃお返しできないぐらいだもの!」
「ふぇ? ええっ!? そんな、大丈夫ですよ」
ゴンズのおっちゃんが話をそらすついでにレナータちゃんを晩御飯へご招待、そしてウメさんも見事にそれに乗っかる形となった。
当然、レナータちゃんは遠慮するのだけれど……。
「ティコちゃんにも、頑張ってくれたお礼はちゃんとするわ! うち自慢の新鮮なモウモウ肉をたっぷり味わって頂戴!」
「ガッフーウゥゥゥゥゥ!!!」(産地直送肉食べたぁぁぁぁーい!!!)
「ティコもお腹ぺこぺこみたいだな!」
「も、もうティコったらー!」
ごめんよレナータちゃん、俺はモウモウ肉を食べてみたくて仕方がなかったりするんだ。
いや散々お肉食ってる身だろと言われてしまうかもだけど、折角牧場でアルバイトしてるなら、モウモウのお肉を食べてみたいって思ってもいいじゃない!
今回の解説
熱探知魔法:ヘビ型魔物のピット器官を参考に作りだした魔法で、生物を探すのに適している。
モウモウ肉:歯ごたえがあってとても美味しい。ただし、モウモウを運動させなかったり良い餌を与えすぎると脂身がとても多くなってしまう。
ダグラス:前々からモウモウを食べたくて仕方なかった。……最近、嗜好がマンティコアに寄ってきているかもしれない。