51話:牧場仕事を監視するマンティコア
お待たせしました、51話更新です。
この牧場で飼われているウシ型魔物は、「モウモウ」という。
元々は草原地帯に群れで生活しており、保護色の緑の体毛が特徴的な魔物だ。
草食で、身体もマンティコアと遜色ない程大きく、その肉は非常に食べ応えがある。
……もっとも、外の世界でモウモウの群れを見かけても、狩猟しようとする人間はいない。
なぜかって?
野生のモウモウは外敵を見つけると、100匹近い群れで一斉に轢き殺しにかかるからだ。
肉を食べに自分がミンチになりに行くような奴はいないという話である。
このように、野生の魔物はとても危険なのだ。
「ンモー」
「ガフー」(大人しいなーコイツら)
そう、危険なはずなのだが……この牧場で飼育しているモウモウは、めちゃくちゃ大人しかった。
モウモウ達に気付かれないようコッソリと牛舎を覗くと、そこには人から与えられた草を呑気に食んでいる姿が。
あの凶暴な魔物達をこうも大人しく、そして人慣れさせてしまうのだから魔物使いの国とはつくづく凄いものだ。
ちなみにこれが魔法使いの国だと、お肉が食べたかったら野生のモウモウ達に炎の超規模魔法を打ち込み、その場でバーベキュー大会を開催する。
うーんこの知的脳筋っぷりよ、我が国のことながら恥ずかしい。
「グゥ、ガウガウ……」(さて、俺の出番はまだ先だが……)
モウモウ牧場でのアルバイトにおいて、マンティコアである俺の出番はただ一つ。
この牧場は朝から夕方まで、モウモウ達を一時的に国の「外」にある草原地帯まで放牧している。
太陽の日が沈むと「外」の魔物達が活発になるので、そうなる前に牛たちを集めて牧場まで戻すのが俺の役割というワケだ。
なので早朝である今は、全くやることが無い――――わけでもない。
(この職場がまともかどうか、この俺の目で確かめさせてもらう!)
カッ! と俺は目を光らせて、強く決意する。
かつての俺が働いていた場所は非常にブラックな職場で、人使いが荒く、また上司や先輩の圧力も酷かった。
レナータちゃんが自分で選んだこのバイト先もまた、そうじゃないとは言い切れない。
職場体験の時みたく、丁寧に教えてくれる先輩や優しい上司にいつも恵まれるとは限らない。
というわけで、この暇な時間を存分に利用して、このモウモウ牧場が悪辣な労働を強いる場所かどうかの見極めを行うのだ。
「グッグッグッ……」(いざって時は魔法で……)
幸いにも、今の俺は魔法が使えるマンティコア。
もしゴンズのおっちゃんやウメさんがレナータちゃんをぞんざいに扱おうものなら、俺が魔法で徹底に懲らしめてやる……!
「おーい、レナータさん。ちょっとこっち来てくれ」
「はいっ!」
私、レナータは、ゴンズさんに呼ばれて、牛舎から少し離れた場所へ駆けだす。
私は私自身の将来のため、そしてダグラスさんとの約束を守るために、やりたいことを探す一環としてアルバイトを始めた。
まだ何をしたいのか全然分からないけど、実際に働く現場に近づいていけば、少しでもやりたい事に気づけるんじゃないかと信じている。
「これって……ああ、モウモウ達のご飯ですよね」
「おうっ、牛舎までコイツを運ぶんだが……なんだレナータさん、知ってんのかい」
「はい、学校で習いました。ご飯をあげる実習も体験してます」
「いいねぇ、最近の学校は牧場の事も習ってるのか。俺がガキだった頃は戦いの事ばっかりでなぁ……っと無駄話はいけねぇな」
呼ばれた先は倉庫、そこには結界魔法で円筒形にラッピングされた牧草が大量に置かれてある。
確かこれは「ロールバリアサイロ」って言って、結界に詰められた牧草は内部で発酵して、モウモウ達にとってご馳走になるんだよね。
「でも、コレ学校にあるものよりずっと大きいんですけど……運べるんですか?」
「ん? あぁ、そりゃあウチは学校なんかよりずっと多くモウモウ達を育ててるからなぁ。こんぐらいいっぺんに運ばねぇと、モウモウが飢え死にしちまうよ」
がっはっはとゴンズさんは笑ってるけど、目の前にある牧草のサイズは人一人分ぐらいの大きさあって、重さも300キロは優に超えてそう。
幸い円筒形になってるから、ティコなら転がして運べるかもしれないけど……私の力じゃ絶対に運べない。
「ま、流石に俺も素のままじゃ運べねぇけどよ。コレがあれば問題ないって奴さ」
「それは……」
ゴンズさんは懐から一枚の紙を取り出す。
赤い塗料で魔法陣が書かれたソレは、マジックアイテムだ。
「マジックアイテム、「怪力の札」だよ。これを体に貼り付けりゃあ―――フンッッ!!!」
「ひゃっ!?」
そう言ってゴンズさんが札を胸に張り付けると、その肉体がまるで爆発するかのように急激に膨れ上がる。
数秒もしないうちに、全身の筋肉が巨大化したせいで、上半身に着ている服がはじけ飛んでしまう。
おまけに身長まで大きく伸びてて、札を張る前と後ではまるで別人のようになってしまった。
「はぁぁぁぁぁーーー。ふぅぅぅぅーーー……! 力が高まるぅ……溢れるぅ……」
「だ、大丈夫なんですかソレ!?」
「ああ大丈夫だぁ……! よくみてろよぉ、俺がこの牧草を牛舎まで運ぶ手本を見せてやる……!」
気のせいか人格まで豹変してるゴンズさんは、巨大な牧草を軽々と片手で持ち上げて、牛舎の方へ走り出していっちゃった……。
あのお札、絶対大丈夫じゃないよっ!?
足音もギュピギュピっておかしな音になってるし……!
「ふぅーはははは! どうだぁ? この怪力の札さえあればぁ、レナータさんでも簡単に牧草を運べるぞぉ……!」
「ええそうね、とっても簡単に運べるわよ。 ―――ところでお父さん、一体だれがその服を縫うんだい?」
「へあっ!?」
また特徴的な足音を出しながらゴンズさんが戻って来た……と思ったら、その背後にはウメさんが音もなく立っていた。
ウメさんの穏やかな口調でありながら激しい怒りを込めたその声音に、ゴンズさんは悲鳴を上げている。
「怪力の札を使う時は服を脱ぎなって、口酸っぱく言ってるわよねぇ……!!」
「かっ、母さん、そのすまん、これはぁああぁぁぁーーーーーっ!!?」
「はわわわわ……!?」
服を一着ダメにした事実に、ウメさんは怒り心頭。
口にするのも恐ろしい制裁がゴンズさんに下されるのを、私は只見ることしかできないのでした……。
「まったく……、次服を破いたらただじゃおかないからね!
「わ゛、わ゛かったよ母さん……」
(既にただじゃおかない事をされてる気がするんだけど)
ウメさんに顔が膨れ上がるほどビンタされ、お仕置きとして上半身裸のままのゴンズさん。
あれ以上の制裁があるのかと思うと、ちょっと恐いんですけど……。
「さて、だ。レナータさんもこの「怪力の札」を使って、牧草をもう一つ牛舎まで運んでくれ」
「いえ、怪力の札はお断りします」
「へあっ!?」
私はその申し出を即座に断る。
せっかくゴンズさんがお手本を見せてくれたけど、絶対に怪力の札は使いたくない。
だって、私あんな筋肉達磨になりたくないもん!
本当に、本当にゴンズさんには申し訳ないけど!
「で、でもなぁ……この牧草すっげぇ重いから、コレなしだと運べねぇぞ?」
「ばかっ、お父さん。レナータちゃんみたいな可愛い女の子が、そんな筋肉モリモリマッチョウーマンになりたがるわけないでしょう」
「ああ、それで母さんは平気で使うのかぁ」
「どうやら死にたいらしいね?」
「へアアァーーーッ!!?」
怖い笑みを浮かべて、怪力の札を自分に使い、更なる制裁の強化を図ろうとするウメさん。
……先ほどの制裁以上の殺戮ショーは、どうやら直ぐに見れそうだった。
――って、そうじゃなくって!
確かに怪力の札は使いたくないけどっ、お仕事をしたくないって訳じゃないんだから!
「あっあの、待ってください! 私っ、牧草は運べますから!」
「「えっ?」」
殺戮ショーを開始する寸前で止めて、私は植物魔法用の触媒が入った袋を探る。
ええっと、確かこういう重いものを運ぶのにちょうどいいのが……。
「ありましたっ、見ててください。ニャル、ナーオ、植物よ――」
樹木の根っこを取り出して、そのまま詠唱を始める。
このサイズの牧草を運ぶなら、ちょっと本気で魔法を使わないといけないかな?
――太く強く育て、獲物を絡め捉えよ、強く多く根を生やせ、根を張り我に付き従え、足枷は悉く朽ち果てよ」
放り投げた根っこが地面に触れると、無数の枝が突き出るように生えて、牧草の塊を絡め取っていく。
牧草の山から一つの塊を取り出すと、次は植物の根がいくつも分かれて、一本一本が太く強靭に成長していった。
根っこはあっという間に、牧草を抱えた一本の木に成長する。
よし、あとは牛舎まで運ぶだけ!
「こっちこっち! おいでっ!」
私は木に呼びかけながら、牛舎の方へと走っていく。
すると、まるで私の言葉に答えるように――
ズズズズ……ブチブチッ……。
「す、すげぇ、木が歩いてる……!」
ゴンズさんは目の前の光景に驚いて、口をあんぐりと開けていた。
牧草を抱えた木は、私がいく方向へ向かってどんどんと根を伸ばし、後方に生やした根っこは邪魔とばかりに腐らせ、捨て置いていく。
まるでムカデのような足運びで、木は牧草を牛舎へと運びこんでいった。
「えっと、このやり方でも大丈夫ですか? あ、生やした木はすぐに朽ちますから、邪魔にもならないと思いますけど……」
「「――――」」
植物魔法を使って牛舎まで運び切ったけど、ウメさんもゴンズさんも驚きの表情のまま固まってしまっていた。
(もっ、もしかして、いきなり木を生やすなんて非常識だったかな!? )
今更ながら、勝手に自分流のやり方でこなして良かったのだろうかと不安になってしまう。
「いやいやいや、レナータさん! あんたすげぇなぁ! 今のアレ、あんたの魔法だろう!? 道具もなしにあの牧草運んじまうなんて大したもんだよ!」
「ほんと凄いわ! 私たちびっくりしたもの! 怪力の札要らずで運べるなんて! ……あれ結構いい値段するから、費用の削減も狙えて……ひっひっひ」
「ふぇ? え、えへへへ……」
でも、そんな心配は杞憂だった。
ゴンズさんもウメさんも、私のやり方を凄いって褒めてくれた。
私は、ついつい嬉しくなって頰が緩んじゃう。
……ウメさんの怖い笑いは聞かなかったことにしよう。
「もちろん、今のやり方で牧草を運んでもらって問題ねえぜ!」
「はいっ」
「ねぇレナータちゃん、さっきの魔法で木を柵みたいに生やす事ってできるかしら? ちょうど壊れてる所の修繕を頼みたいの、アルバイト代は弾むから」
「わかりました、任せてください!」
「ひっひっひ、これで修繕にも手間暇お金も節約……!」
こうして、私の牧場仕事は順調なスタートを切ることができました。
一方、仕事をするレナータちゃんを、俺は物陰からひっそりと監視していた。
「ガウッ、ウッ、ガウガウ……」(ううっ、うっ、良かったなぁレナータちゃん……)
号泣、大号泣である。
嬉し涙を大量に零し、声を殺して俺は咽び泣いていた。
(モウモウ牧場……ええところやん。ゴンズのおっちゃんもウメさんも、心広いやん……)
ここがまともなアルバイト先なのかどうかを見極めようとした俺だが、すっかりその疑念は晴れていた。
ゴンズのおっちゃんやウメさんの、新人への対応をみて、感動しているのである。
(さっきの牧草運びだけで、素晴らしいポイントがもりもり詰まってた……。俺こんな場所がこの世界に存在するなんて知らなかった……)
感極まって訳の分からない思考になりつつあるが、それだけモウモウ牧場での仕事に良い所があったのだということである。
仕事という存在に対し良いイメージが皆無の俺でさえ、今の牧草運びの一挙一動どれを見ても、文句のつけようがなかったのだ。
(最初っから最高だった。牧草運びのことを既に知っていたとしても、ゴンズのおっちゃんはレナータちゃんに仕事の内容を説明してたし――)
かつて、俺が働き始めたばかりの頃を思い出す。
紙に魔法陣を書き込んでマジックアイテムに変える業務、その初仕事をしたあの日。
『ユビキタスさん。今日は、簡単なマジックアイテムを作るところから始めようか』
『はいっ、この紙に魔法陣を書き込むんですね。学校でもやったことがあります!』
『――あ、そう。知ってるんなら教えなくてもいいよね。じゃあ後は一人で頑張って』
『…………え?』
秒で後悔した、思い出すんじゃなかった。
結局あのあと、『何の魔法を書き込むのか教えてくれないと、作れるわけないじゃないですか』って先輩に言ったら『じゃあなんで知ったかぶりしたの』って返してくるし。
その点ゴンズのおっちゃんは最高である。
指導を途中で放り出さず、まずは自分が怪力の札を使うことで、レナータちゃんにお手本を見せていたのだから。
(しかもしかもだ、レナータちゃんが自分なりに工夫して作業をこなしたことを、二人ともちゃんと認めてくれている)
レナータちゃんは結局、怪力の札を使わずに植物魔法で牧草を運んだ。
そのことに、ゴンズのおっちゃんもウメさんも怒るどころか感心していたのである。
なんという寛大な心、なんという器の大きさか。
かつて、俺が働いてそこそこ経った頃を思い出す。
魔物を駆除するための魔法をたっぷり書き込んだ、本型のマジックアイテムを作っていたあの日。
『先輩。依頼にあった対魔物用のマジックアイテムですけど、完成したので確認してください』
『ん。…………ユビキタスさん。この魔法陣は?』
『はい、戦士の国向けに使用魔力を少なくして、威力も向上させるために爆発と結界の魔法を組み込んで――
『……はぁ。あのねユビキタスさん、私は「過去に作られたマジックアイテムを参考に作れ」って言ったよね。どうしてこんな滅茶苦茶に魔法を組み合わせてるの?』
『も、もちろん他の人が作った奴を見ました! でもそれだと無駄が多いから他の魔法も―――
『もういいから、やり直して。次からはこんな変な物じゃなくて、ちゃんとした奴を作ってよ』
『――――』
だから思い出すなっつってんだろ後悔するんだから!
ともかく、このモウモウ牧場がとても素晴らしいバイト先であることは確認できたのだ。
そうと分かれば、俺も精力的に手伝うこともやぶさかではない。
(それにしても魔物使いの国って、良い職場ばかりだなぁ……)
優しく分かりやすい指導ができる先輩や上司がいるなんて、この国は本当に恵まれている。
きっと、この国で働いてる人達は満足して働けているんだろうなと――――
――そう能天気に考えていた俺は、数日後この場所で起きる大事件を、想像することも出来なかった。
今回の解説
俺の目:目が赤く発光するだけ。暗所を照らすのに便利なだけで特殊な効果はない。
ロールバリアサイロ:結界魔法の札を使い牧草をラッピング、中では牧草が発酵することで栄養価の高い飼料となる。
怪力の札:身体能力強化の魔法陣が書かれた紙の札。貼り付けるとはち切れんばかりの筋肉と巨体を手に入れ、言動も荒々しくなり、ついでに足音がギュピギュピという音になる。なぜギュピギュピ鳴るのかは永遠の謎。