50話:ようこそモウモウ牧場へ
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「フゥアアォン―――」(ふぅああぁぁぁ―――)
顎が外れそうなくらいの大きな欠伸を一つ。
まだ朝の4時だというのに、俺とレナータちゃんは早起きして学生寮を後にしていた。
それもこれもアルバイトの所為である。
牧場経営という奴はどうにも朝早くから働かなければいけないらしい、しかも学生寮からそこそこ距離が離れた場所にあるので、余計に早く起きなければいけなかったのだ。
「ふわぁ……。眠いね、ティコ」
「ガァフ」(うん)
超優等生なレナータちゃんも流石に眠いらしく、俺の欠伸が移っていた。
今日の彼女はいつもの制服ではなく、動きやすい作業着を着用している。
動きやすさ抜群、頑丈で、まさに泥仕事ばっちこいなその格好だが、レナータちゃんが着ると不思議と可愛らしさが出てくるんだなぁこれが。
ちなみにこれも学校指定の制服だ。
まあ魔物使いの国って魔物を家畜化してる唯一の国だから、学校でも家畜の世話とか授業でやっているのだ。
……まあ、俺はその現場に連れてってもらえないから、その風景は見たことないんだけどね。
「でも、もうすぐ牧場に着くからシャッキリしとかないと」
ペチペチ、とレナータちゃんは自分の両頬を叩いて眠気を覚まそうとする。
そんな感じで、うつらうつらとなりながら進むこと数分後――
「ついた、ここが「モウモウ牧場」……」
「ガ……ガフ?」(ん……あれ?)
件のバイト先、モウモウ牧場に到着。
それと同時に、なんだか妙な既視感が俺を襲った。
あれっ、なんだろう、ここ見覚えがある気がする。
入口にはモウモウ牧場と書かれた看板と、人が住んでるらしき一軒家と、その隣には大きな牛舎あった。
この内、俺は何故か牛舎の方に見覚えを感じていた。
(? ここ、来たことあったっけ?)
ちょっと記憶を探るが、よく思い出せなかった。
まあ、多分気のせいだろう。
きっと似たような建物をどっかで見かけたに違いない。
「ごめんくださーい! 今日からアルバイトに来ました、レナータです!」
「ガウーッ!」(ごめんくださーい!)
俺の記憶はともかくとして、まずはここで働いている人に挨拶をしなくてはならない。
なんせここは牧場だ、マンティコアである俺は、ここで飼われている魔物たちにとっては天敵でしかない。
もしかしたら、俺がマンティコアなだけでレナータちゃんがアルバイトできない可能性すらある。
俺が安全安心な知的溢れるマンティコアである事を、初めの挨拶の時点でアピールしておくに越したことはない。
「あれれ、誰もいないのかな?」
「グゥッ」(そうみたい)
……が、俺たちの元気良い挨拶も静寂に飲まれてしまった。
こっちの家には誰もいないらしい。
となると、すでに牛舎の方で作業を始めているのだろうか?
「ひょっとして、私遅刻しちゃった……!?」
「が、ガウガウ」
さーっ、とレナータちゃんの顔が青ざめていく。
い、いやそんなことはないと思うよ?
確かに仕事において遅刻というものはタブー中のタブーではあるけれど、募集用紙に書かれた時間より早くに到着してるのだから大丈夫なはず……。
「ティコ! 急ごう!」
「ガウッ!?」
しかしアルバイト初日から遅刻の危機だと思い込んだ彼女には、俺の言葉は届かない。
俺はレナータちゃんに連れられて、大慌てで牛舎のほうへ駆け出していった。
ちょ、ちょっと待って俺をあそこに連れてったら、ああダメだレナータちゃんの焦りに服従の首輪が反応してやがる。
「ごめんなさーい!! 遅れてしまいましたっ! 今日からお世話になりますレナータです!!!」
「「ぎゃああああああ!!? マ、マンティコアァァァ!!?」」
「「「ブモオオオオオオ!!?」」」
牛舎の中に突撃した途端、この様である。
突然の捕食者のエントリーに、ここの牧場主らしきおっちゃんおばちゃん夫婦と、大量のウシ型魔物達が阿鼻叫喚の地獄絵図に叩き込まれてしまったとさ。
(――あっ、思い出した。ここそういえば前にウ○コ探して飛び回ってたら迷い込んだ場所じゃないか)
そして俺は現実逃避も兼ねて、さっき感じた既視感の正体を思い出すのであった。
「――まったく、マンティコアを軽々しく牛舎に連れてくるもんじゃない! モウモウたちが怯えちまうだろう!」
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」
場所は変わって一軒家の居間、カンカンに怒ってらっしゃるおっちゃんに対して、涙目で平謝りするレナータちゃんの姿があった。
幸いにもウシ――「モウモウ」という名前の魔物だったか――は、パニックに陥ったものの、暴れて牛舎を破壊したり、怪我をしてしまったりという事は無かった。
とはいってもこれは奇跡のようなもの、万が一モウモウが転倒して骨折しようものなら、すぐに処分されてしまう……と学校の授業で言っていた。
牧場にとって、そこで買っている家畜一頭分が無駄になってしまう、それがどれだけの損失になるかなど考えたくもない。
(うぐぐぐ、レナータちゃんを庇いたい……! 分かってるけどさ、確かに悪いのはこっちだけどさ……!)
ギリギリと、怒られるレナータちゃんをみて俺は歯噛みする。
くそう、不用意に俺を連れてきてしまった事に関してはこっちが悪いのだが、だからといってアルバイトがくるいるというのに対応すらなかったのは問題があるんじゃないの、とか言ってやりたい!
「まったく最近の若い魔物使いは、魔物をペット感覚で――――ヒィッ!!?」
「ゴ ル ル ル ル ル ル ゥ……!」
「ティコ! めっ」
「ガフぅ……」
いかんいかん、つい態度に出てしまっていた。
すかさずレナータちゃんに叱られてしょんぼりする俺。
うう、このおっちゃんが「最近の若い~」シリーズの説教なんて言うもんだから、つい怒りが頂点になりかけてたよ……。
抑えるんだ俺、ここでおっちゃん達をビビらせてもレナータちゃんの印象が悪くなるだけなのだから。
「まあまあお父さん、元はといえばレナータちゃんが来たのに出迎え一つしなかった私達も悪いんだから。レナータちゃんもこうして謝っているのだし、許してあげなさいよ」
「……まぁ、その通りだな」
ここでおばちゃんがレナータちゃんにフォローを入れてくれた。
意外なことに、あっさりと俺達を許してくれるおっちゃん。
(ひ、拍子抜けしたというか、びっくりしたな。そんな簡単に許してくれるものなの?)
これが魔法使いの国だったらずっっとネチネチネチネチ文句を言われてただろう。
頑固おやじっぽい見た目に反して、案外話が分かる人なのだろうか?
「はぁ……レナータさんと言ったか? 俺ぁゴンズ。さっきはこっちも悪かった。んでこっちは家内の――」
「私はウメ。今は二人でモウモウ牧場をやってるの、よろしくねレナータちゃん」
「はっ、はい! よろしくお願いします!」
ゴンズのおっちゃんとウメさんはレナータちゃんに挨拶する。
やれやれ、一時はどうなるかと思ったが、ひとまず状況が落ち着いてよかった 。
「しかしアルバイトか。まさか、随分前に募集した紙がまだ張り出されたままだったとは」
「よかったじゃない、ウチは万年人手不足だし。それにレナータちゃんの相棒はマンティコアよ? 凄いわよねぇ、ご主人様の言う事もきちんと聞くし」
「ううむ……」
ウメさんは俺を従える天才魔物使いがバイトに来てくれたことを、素直に喜んでくれていた。
一方のゴンズのおっちゃんは、どこか浮かない表情である。
「……なぁ、レナータさん。こうして朝早くから来てもらって本当に悪いんだが、ウチのアルバイトの話はなかったことに――」
「え!?」
「が、ガウッ!?」
まてまてまてまて!?
そりゃないよゴンズのおっちゃん!
確かに、牛舎にマンティコアを連れて来たのは悪かったけどさ、俺は別にモウモウを襲って食ったりなんてしない、おとなしいマンティコアだよ!
一度の失敗ぐらいで、働いてもないのにクビにするのはいけないだろう!
「お父さん。ちょっと黙りな」
「「!?」」
その時、ウメさんがものすごいドスの効いた声でゴンズのおっちゃんを止めた。
今までの気の良さそうなおばちゃんから一転した雰囲気に、俺とレナータちゃんはビビる。
「かっ、母さん。しかし」
「しかしもカカシもないよ。いいかい、たとえ数年前だろうとなんだろうと募集をかけたのはウチで、実際ウチは人手不足で後継もいない。なーのーに、わざわざ来てくれた子を追い返すたぁ……どういう了見だい? ええ?」
「あ、ああ、その、そりゃあ……」
「「………………」」
静かに、しかし煮えたぎるマグマのような怒気を発しながら、ウメさんは冷徹にゴンズのおっちゃんを問い詰めていく。
やばい、おっちゃんが可哀想なくらいタジタジになっている。
「…………悪い、今のは忘れてくれ」
「びっくりさせちゃってごめんなさいねぇレナータちゃんっ!ウチのお父さん、ちょっと気難しいところがあるから。 安心してウチで働いてきなさい!」
「はっ、はひっ!」
ゴンズのおっちゃんが折れた途端、ウメさんはパンっと手を合わせ、さっきまでの剣呑な雰囲気をコロッと一変させると同時に気のいいおばちゃんに戻った。
あまりの変わりように、レナータちゃんは上ずった声で返事をする。
どうやらこのご夫妻、奥さんの方が圧倒的に立場が上のようだ。
多分ゴンズのおっちゃんも、ウメさんが言ったからアッサリと許してくれたのだ。
どうやらこれで、アルバイトは無事にできるみたいだけれど……。
「……ひっひっひ、ティコくんはモウモウの追い立て役に、そしてレナータちゃんはみっちり仕込んで、なし崩し的に跡継ぎにしてくれるわ……!」
((跡継ぎとしてロックオンされてるー!?))
ウメさんがボソリと零した欲望を聞いてしまい、戦慄する俺とレナータちゃん。
アルバイトは許可して貰えたけど、あんまりココに長く居たらいけない気がするんですけどー!?
今回の解説
ゴンズ:見た目は結構いかついオジサマ、でも奥様には頭が上がらない。モウモウを愛して30年近いベテラン農家。
ウメ:おっとりしてそうな見た目に反して、堅実かつ現実主義。若いころは「ヤマンバ」とあだ名されるほど苛烈な性格で、ぶいぶい言わせていた。現在牧場の跡継ぎを絶賛募集中。
ダグラス:最近の若い~ シリーズの説教は散々言われた所為で大っ嫌い。実は本気でキレかけていた。