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48話:職場体験にはお母様のサインが必要です

お待たせしました、48話更新です!

あの人の意外な秘密が明らかになります。


そして申し訳ありません、来週が忙しいので次回更新は9月23日(月)となります。


「えぇっ? もう一度、職場体験がしたいんですか?」

「はい。自分が何が好きで、将来どんな人間になりたいか知りたいんです!」

「ガフゥ、ガウゥ」(朝一番で相談しに行くなんて、積極的だなぁ)


 魔物使いの学校に到着したレナータちゃんは、早速職員室へと赴いていた。

 この国の建物は一々広くて、それは職員室も例外ではない。

 しかもここにいるのは皆教師の人達、連れてる魔物がサイクロプスだったりナーガだったりと生徒が連れてる魔物とは危険度が段違いで、マンティコアの俺が普通に溶け込んでしまいそうだ。



 そんな魑魅魍魎とした空間の中、レナータちゃんはセラ先生の元へ相談を持ち掛けていた。


 相棒を失うことへの恐怖、シャーロットとの約束、それら全てを乗り越えた彼女は、自分のやりたいことを見つける第一歩を踏み出そうとしているのだ。



「えと、確かレナータさんはつい最近モンカフェで職場体験したばかりだと思うんですけどぉ……」

(うーむ、流石にセラ先生もビックリするか。昨日の今日だもんな)


 セラ先生の反応はというと、レナータちゃんの頼みにまず驚いて、うーんと頭を悩ませている。

 正直言って、レナータちゃんにとっては都合の悪そうな反応である。


 俺が知っている限りだと、魔物使いの生徒は1年の内最低でも一週間は職場体験に赴かなければならない決まりである。

 そこには「1年に一度限り」だとか、「一週間以上は行ってはいけない」などという規則は無い。



「えぇっとですね、そのぅ。どうしましょう……、今まで二回も職場体験に赴いた人なんて居ませんでしたし……」

(こりゃ規則がない、っていうより「何度も職場体験に行く場合」を想定していないっぽいな)


 セラ先生は非常にお困りの様子である。

 魔物使いの学校なら、職場体験の二回や三回くらい普通にできそうなんじゃないかと期待していたが……これは厳しいか?



「その、ごめんなさい先生。私これから何回も職場体験がしたいんです……」

「ええっ!? 何回もですかぁ!?」


 そう、一度や二度ではない……すべての職場を体験するのだ!


 まあ冗談は置いといて、流石にこの国にある全職業を体験しようという訳ではない。

 でもレナータちゃんが理想の将来を見つけるには、一度や二度では回数が足りないのは確かだ。



「そんなぁ、レナータさん授業はどうするんですかぁ!?」

「あうっ。そ、それは……」


 事実上の授業放棄にセラ先生も涙目、レナータちゃんも痛い所を突かれてしまった。

 先生のいう事ももっともだ、職場体験をすれば、その分授業は受けられない。


 まったくもって悩ましい問題である。

 学校には絶対に行くべきだとは言わないが、あまり職場体験にかまけすぎてレナータちゃんが勉強できなくなるのも辛い所。

 


 だが俺は、そうだとしてもレナータちゃんには色んな職業を知って欲しい。

 社会に出る前に知っておくことが重要なのだ。

 社会に出てからでは後戻りもやり直しも効き辛くなる、俺のように仕事選びに失敗して、失敗したままの人間にレナータちゃんもなってしまうかもしれない。

 ……それだけは絶対に許されない、レナータちゃんがあの地獄に落ちることだけは、俺が許さない。



「授業はその……自習だけでも十分かなぁって……。実はもう教科書の予習は全部終わってるんです」

「はうーっ!? 予習って、全教科をですか!?」


 とっても申し訳なさそうに、レナータちゃんは驚愕の真実を告白する。


 冗談のように聞こえるかもしれないが事実である、レナータちゃんはこの一年間で授業で習うことは全て予習しつくしていた。

 しかも職場体験の時間を作りたいが為にやったわけではない、彼女はごく自然に毎日コツコツ予習と復習をこなした結果こうなったというのだから恐ろしい。

 伊達に天才魔物使いと呼ばれていない訳だ、俺でもそこまで真面目に勉強なんてしてなかったぞ……。



「はわ、はわわわわ……! そんな、そんなぁ……! レナータさんが、もう授業いらないなんて……私の授業、もう必要ないなんて……!」

「目が虚ろに!? 大丈夫ですか先生!?」

「グルゥ!?」(話しどころじゃなくなってる!?)

 

 セラ先生がいっぱいいっぱいになっていらっしゃる。

 どうにも立て続けに色々聞かされて、頭で処理しきれなくなっているようだ。


(まっずいな、まさか先生に話す段階で躓くか! ……いやまあいきなり授業の大半すっぽかして職場体験行くかもしれませんなんて言ったら躓くか)


 理想の将来探しが思った以上に難航しそうなことに、驚きながらも納得してしまう。


 ……それと、セラ先生をどう落ち着かせよう?

 俺が大声で吼えたらもっとビックリしそうだし、マンティコアパンチ……は人に向けて打っていいもんじゃないしなぁ。



「ワウ」


 ご主人様の混乱を察してか、先生の傍で伏せていたエンリルが鋭く吠える。

 その口には、なにやら文字が書かれた一枚の紙が咥えられていた。

 エンリルはその紙をセラ先生に見せるように、彼女の膝の上に自分の上半身を乗りあげさせる。


 えっと、紙には……「抱え切れない案件は、その場で回答せず時間を置くべし」、と書いてあった。


「え、エンリル……」

「アウッ」

「う、うん、そうだよね、一旦落ち着かなきゃ。すぅー、はぁー……」


 エンリルが持ってきたメッセージカードに目を通して、セラ先生は大きく深呼吸する。

 すごいな、エンリルは紙に書いてある言葉の意味がわかってて、抜群のタイミングでご主人様に適切なアドバイスができるらしい。

 なにそれ賢い。



「ふぅ……おほん。すみませんレナータさん、ちょっと見苦しいところを見せちゃいましたね」

「ううん、私こそごめんなさい。いきなりこんなお話したら、先生も困っちゃいますよね……」


 エンリルのお陰で落ち着いたセラ先生に、レナータちゃんは少し無茶を言ってしまったことを謝る。


「ウー」

「? ガウガウ……」(? なになに……)


 セラ先生の膝から降りたエンリルが、今度は俺に向けて紙を突き出してきた。

 えっと「あまりウチのご主人様を困らせないでほしい」……ごめんなさい。


「グゥゥ」(ごめんなさい)

「ふふっ、ティコもエンリルに謝ってる」

「ほんとですねー。いいのよエンリル、レナータさんたちは悪くないの」


 相棒2匹のそんな様子をみて、二人は微笑ましいものを見るような表情。

 ふぅ、なんとかこの場は落ち着いたみたいだ。



「さて、レナータさん。先ほどのお話なのですが、1日ほど待っていただけませんか? レナータさんの志は立派ですし、先生も応援したいです。でも、学校に通わないまま職場体験だけをし続けるというのも良くないと思うのです。ですから、なるべくレナータさんの希望に沿うよう、何かしらの案を先生が考えてみます」

「セラ先生……! はいっ、本当にありがとうございます!」


 エンリルの助言通り、セラ先生はレナータちゃんを要望を一旦待ってもらう事にした。

 レナータちゃんも急いでいるわけではないし、理想の将来を見つけたいという希望を汲んでくれるのなら、とてもありがたい。


 そんなわけで、職場体験のお話は一旦御開きとなった。

 あとは明日、セラ先生が丸く収まるような案を出してくれるのを待つだけである。





「――ってレナータさんに言っちゃったけど……。ううっ、どうしましょう……」


 全ての授業が終わって、生徒も帰り出す夕方となる。

 沈む夕日の光が差し込む職員室で、セラ先生は自分の机の上で頭を悩ませていた。


 そう、1日猶予をもらったはいいものの、いい案が浮かばなかったのである。


「クゥーン……」

「ごめんなさいエンリル、心配かけちゃって。――はぁっ、本当にどうしましょう。職場体験って一度やるだけでも結構な期間がかかりますし、それを何回もと言われるとどうしても時間が足りない……」


 レナータの要望を叶えるため、尚且つ授業も受けてもらうため、セラ先生は授業日程や、これまで職場体験を受け付けてくれた場所のことを色々と調べていたのだ。


 しかし、だいたいの仕事は日中に行うもので、授業もまた日中に行われる。

 時間が重なる以上どちらか片方しか受けられない、つまるところ授業と仕事の両立は無理な話だった。


(夜間学級に所属している子に限れば、日中は仕事して、夜中に授業を受けられますけど……。レナータさんのご家庭だとまず許可が降りませんし……)


 一応、魔物使いの学校には例外的な制度はある。

 だがレナータの家庭は裕福なので、彼女を夜間学級に移籍させることはできない。

 それに、この制度は「既に就職している子供が受ける制度」である。

 職場体験を行う生徒には適用できないだろう。



(なにより、夜間学級だと私がレナータさんに授業をしてあげられません! これは問題外です!)


 あと、セラ先生のごく個人的な要望もあったりする。

 彼女にとって、レナータの担任であるというのは「特別」に思い入れがある事なのだ。

 下手をすれば、自分の教師人生とはこの時のためにあるんじゃないかと思うほどである。



「はふぅ……、あの人の娘さんを私が担任するって知った時は、ホントに夢を見てるかのようでした……」


 現実逃避がてら、セラ先生は机に突っ伏しながら昔を思い出したりしていた。

 いくら悩んでも、時間をかけても、答えが出ないときは出ないものである。



(――それにしてもレナータさんは本当に聡い子です。あの歳で戦いの才能もあるのに、それに振り回されずに自分のやりたいことを見つけようとしている……。私が学生だった頃は、あんな風にはなれなかったなぁ)


 セラ先生はかつての自分を――憧れの人に少しでも近づきたくて、同級生たちと腕を競い合っていた毎日を思い出す。

 途中で挫折して教師の道を歩むことになったが、それでも悪くはない日々だった。

 それに、戦う以外にも様々な思い出があった、例えば王様の国で行われる戦いの祭典を一目みたいがために、友達と一緒に旅費を稼いだりして(・・・・・・・・・)――――



「―――あっ」


 がばっと、セラ先生は突っ伏していた顔を上げた。

 今、自分が思い出していたことを反芻する。

 そうだ、あの時、あの人の戦いぶりをどうしても見たくって、放課後にお金を稼いでいたのだ。


「そうです! アルバイト(・・・・・)!! アルバイトなら、授業も仕事も両立できます!!」

「ワウッ!」


 名案を思いついたセラ先生は、周囲の先生が注目するのも厭わず立ち上がった。

 考えても悩んでも出せなかった答えは、過去にあったのである。





「ねぇティコ。職場体験どうなるんだろうね?」

「ガウー」(どうなるんだろねー)


 セラ先生に職場体験の事を相談してから、翌日になる。

 今日も今日とて俺は朝ご飯(焼き肉)を貪り、レナータちゃんは学校に行く準備をしていた。


 一日待ってほしいとは先生の言葉だったが、果たしてすんなり職場体験ができるのだろうか?

 そんな思いを込めて、俺はレナータちゃんの言葉に首を傾げる。


「ふふふ、ティコに聞いてもわかんないよねっ」

「ガーウー」(まーねー)


 うん、俺も分かんない。

 ただ、セラ先生はなんというか、レナータちゃんに対して妙に甘いような気がしてならないのだ。

 贔屓している……とは違うな、今までの付き合いからして、生徒全員を大切にする良い先生なのは確かなのだが……。


 なんなのだろうか、この気持ちは。

 どうにも初めて会った時から、あの先生はレナータちゃんを見る目がちょっと違うような……そんなもやもやした感じがするのである。



「えっと、確かここに仕舞って……あった!」

「ガウ?」(ん?)


 色々分析していると、レナータちゃんは何やら大きな収納箱をゴソゴソしていた。

 いつも教科書などを仕舞っているものとは違うソレから、彼女は探し物をしていたらしい。



「えっへへー。セラ先生喜んでくれるかな?」

「ンガアォ?」(なにそれ?)

「あ、ティコ。コレはおもちゃじゃないよ。セラ先生にあげるの」

「ガフガフ……、ガウウグルルゥ」(ほうほう……、ワイロですか)

「ワイロじゃないよう」

「ガウッ!?」


 毎度毎度思うんだけどなんで俺の言葉がわかるの!?


 とまあ、お約束のドッキリタイムはさておいて、どうやらレナータちゃんは昨日迷惑をかけてしまったお詫びというか、日ごろのお礼の意味を込めてセラ先生にプレゼントをするつもりらしい。

 殊勝な心がけである、ここまでされればセラ先生も職場体験の話をむげにはできまい。


 それにしても一体なにをプレゼントするつもりなのだろうか――――



「――――ッッ!?」

「懐かしいでしょ、これっ」


 レナータちゃんが手にしたそれを見た瞬間、身体中に正体不明の怖気が走った。

 なんだ、アレは?

 いや分かる、分かるぞ、アレは只の鉄の板(・・・・・)だ。


 ただの板の、はずだ。

 二枚の四角い鉄板だ、どちらも四辺のうちの一辺だけが、ねじ切られたようにささくれている(・・・・・・・)

 元々は二つ合わせて一枚の板だったようだ、しかし、その切れ口は尋常なものではなかった。

 何かおぞましい力で断ち切られていたとしか思えない。


 どうやってあんな跡が、破り方ができるのか?

 そしてなぜ、俺はあの板を見ただけでここまで恐怖しているんだ!?



「お母様も「担任に渡したら絶対喜ぶぞ」って言ってたし、大丈夫だよねっ!」

「がッ、ガフ……!?」(うっ、うん……!?)


 ダメだ、何だか知らんが、そんなものを渡してはいけない。

 そう言いたかったのだが―――残念なことに、恐怖に縛られてしまった俺は何も言えなくなってしまったのだ……。




「セラ先生、おはようございます!」

「はい! レナータさん、おはようございます!」


 ああ、来てしまった。

 あの災厄のオーラを纏った謎の板を持って来たまま、レナータちゃんは職員室に到着してしまった。


「クゥーン、クゥーン……」

「ヒィィー……」

「ゥゥゥゥ……」

「グルルルゥ」(職員室中の魔物が怯えてやがる)


 なんかもう、職員室の隅っこに魔物がみんな纏めて縮こまってしまっていた……。

 理由は明らかである、レナータちゃんの持ってきた正体不明の鉄板二枚だ。

 あの鉄板に対して何も感じないレナータちゃんは兎も角、なんだかセラ先生も上機嫌すぎてソレの存在に気付いてないようだ。



「セラ先生、昨日はごめんなさい。それでその、日ごろの感謝の気持ちで――」

「職場体験のことなんですけど。安心してください、先生ナイスなアイディアを思いついちゃいましたから――」



 二人は逸る気持ちを抑えきれず、ほぼ同時に要件を話しだす。

 ああダメだ、なんかセラ先生は職場体験にオッケーしてくれそうだけど、あんなもの渡しちゃったらきっと全ておじゃんになってしまう!



「そのっ、コレ! 「お母様のサイン鉄板」です!」

「アルバイトをすれば、授業と職場体験を両立できると思うんで―――――――――――――えっ?」


 ……いまレナータちゃんなんて言った?

 お母様、リアーネさんの、サイン鉄板・・

 何も書かれてない破れた鉄の板が?


「―――――――」

「その、先生がお母様のファン(・・・)だって知って、これなら嬉しいかなって……先生?」


 レナータちゃんから鉄板を手渡された先生は、凍り付いたように動かない。



「―――リアーネ()の、サイン? こっ、これは、あの伝説の、「指一本で真っ二つに割った」リアーネ様直指サイン、なんですか?」

「あ、はい。お母様がこう、鉄板を指でメリメリって二つに裂いてました」

(最早サインの書き方ですらねぇ!?)

 

 なんなんだリアーネさん、なぜサイン一つ書くのに地上最強の生物感を出してしまうのだ。

 そして俺の怖気や、魔物達が怯える理由がたった今分かってしまった。


 あのサインから、リアーネさんの絶対的強者オーラが発せられている。

 娘のレナータちゃんは慣れてるせいで問題ないけど、俺や魔物達は本能で怯えきってしまうのだ。


「はわ、はわわわわ……!!」


 そしてきっとセラ先生もそのオーラに充てられてしまったに違いない。

 彼女はがくがくと身体を震わせ、その眼に涙を浮かべて――――



「レナータさん、ご卒業おめでとうございます……!」

「えええっ!!? そ、卒業!?」

「はい、アルバイトだなんて妥協案を出そうとした先生が間違ってました……。リアーネ様の生サイン、こんな一生かけても届かない宝物を頂いて、もう先生、レナータさんの奴隷になります……。卒業まで存分に職場体験を堪能してください……」

「先生! しっかりしてください!? アルバイト、すっごいいい案だと思いますよ!? 私そっちの方がいいなーって思いますよ!?」

「あぁ……リアーネ様のお子さんの担任を受け持つだけでも幸せなのに……。私、実はもう死んじゃってるのかなぁ……うふうふふふふふふふふ」

「先生!? せんせぇーーーっ!!?」


 ――ファンを拗らせすぎて、天に召されていた。


 ああ、やっとわかった。

 セラ先生がレナータちゃんをどんな目で見ていたのか。


憧れの人(スター)の娘、なるほどそういうことだったのか……)


 幸せそうな表情で気絶したセラ先生と、それを必死に起こそうとするレナータちゃんに、未だリアーネさんのサインに怯える魔物達。

 結果、この日の授業がまるまる一時限分ほど遅れてしまったのは言うまでもない。

今回の解説

セラ先生:学生時代からずっと「災厄使いリアーネ」のファン(おっかけ)。ファンクラブ会員ナンバーも堂々の一桁台という筋金入り。彼女のいう「あの人」とは全てリアーネの事である。

リアーネさんのサイン:1.人差し指を鉄板の上に置きます。2.そのまま指をゆっくり下ろしていきます。3.完成です。魔物避けにも使える力強いサインです


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