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40話:魔法ニートという職業

お待たせしました、40話更新です。

そろそろこの小説も一周年を迎えます、何か特別編的なお話とか、設定集とか、考えておこうかなと思う今日この頃。


※6月28日編集:多忙の為、次回更新は7月8日となります。詳細は活動報告に記載しております。

「こちらになります」

「ふわぁ……!」


 ジャクリーヌさんに連れられて来たその部屋は、なんていうか、とてもすごい部屋だった。

 部屋の至る所に、透明な壁のに囲われたマジックアイテムが展示されていて、部屋というより博物館みたいな、そんな場所。


「これ全部、ダグラスさんが作ったんですか」

「そうですね、ほぼほぼお坊っちゃまが作られたものになります。我々使用人が要望や意見をだしたり、作製を手伝ったものもありますが」


 ここにあるマジックアイテムは、どれも見たこともないものばかりで色々と目移りしちゃう。

 例えば、片手で握れる位のサイズで、先端がまん丸なメイスに見えるマジックアイテム。

 人の胸くらいの高さがある、大きな穴が空いたツルツルの箱。

 ただの円盤のようにも見える何か。

 ……すごいなぁ、私がマジックアイテムには詳しくないというのもあるけど、どれも一目見て何に使うものなのか、さっぱり分からないや。


 でもどうして、ジャクリーヌさんは私をここに連れてきたんだろう?


「例えばこの「魔道式全自動洗濯箱」はメイド達の要望で作られました。洗いたい衣服をこの穴の中に放り込み、スイッチを押すだけで水洗いと乾燥を行うマジックアイテムです」


 ジャクリーヌさんはツルツルした大きな箱を指差して、どんなマジックアイテムかを教えてくれた。

 洗濯を自動でやってくれる……いいなあ、私も欲しいかも。

 寮で暮らしてる時はいつも手洗いしてるから、その手間が省けるというのはとっても嬉しい。


「洗濯を勝手に……。すっごい便利ですね」

「はい、おかげさまで手荒れに悩まされることも無くなりました」


 ジャクリーヌさんは誇らしげに、綺麗な両手を見せてくれた。

 それから彼女は、この部屋に展示してあるマジックアイテムについて色々と説明してくれた。



「こちらは全自動皿洗い箱ですね。洗濯箱の技術を応用して作られています」

「お皿洗いまでマジックアイテムでやるんですか?」

「これがなかなか侮れないんですよ。ただ洗うだけではなく、高温による加熱消毒、自動乾燥機能まで備え付けてありますので、人が洗うよりも綺麗に洗えるのです」

「ほえぇ。あ、結構大きなお皿も入るんですね」


 家庭的なマジックアイテムも割と多くて、こういったものはみんな使用人さんがダグラスさんにお願いしてるみたい。


「この薄い紙に、脚がいっぱいついてるものって何ですか?

「こちらは対G捕獲装置になります」

「……G?」

「……ゴキブリですね。紙の部分に粘着性のジェルが塗られてまして、ゴキブリ以上の速度で対処を追い詰め、捕獲するマジックアイテムです」

「これがゴキブリ以上に素早く動くのも大分怖い気がするんですけど!?」


 細長い脚がうじゃうじゃついてるこれが、ゴキブリを追いかけてあっちこっち部屋をはい回る様子を想像しちゃって、少し気持ち悪くなってきた……。


「ちなみにこの辺りのマジックアイテムは全てゴキブリ対策です。右から、G生命魔力変換器、ゴーキネーター、ゴキジェンデストロイヤー……」

「ゴキブリに対する殺意が強すぎませんか!?」


 しかも、丸いドーム状の虫籠みたいな物体、全身が金属でできてそうなゴキブリ型の絡繰、果ては爆弾みたいなナニカまですべてゴキブリ対策らしい。

 一体ダグラスさんはどこまでゴキブリが嫌いなんだろう。


「その、おぼっちゃまではなく、極一部の使用人がどうしてもと……。……色々とあったのです」

「はぁ……」


 ジャクリーヌさんはどこか疲れたよう顔をしている。

 極一部の人ってことは、少なくともダグラスさんはゴキブリは大丈夫みたい。

 でも、このマジックアイテムを作るまでに一体何があったんだろう……?



「こちらはレナータさんも見たことがあるのではないですか?」

「ムーブン君がつけてたネコミミですよね。かわいいなぁ」

「そうですね。こちらはニャンテナ、音を振動に変換するセンサーですが、派生として聴力の弱い人間でもハッキリと音が聞こえるようになる物も存在します」

「あのっ、何も効果はなくていいんですけど。後で買ってもいいですか?」

「え、えーと、魔法陣を書き込む前のものですか? ありますけど……着けられるのですか?」

「はいっ!」

(なんて迷いのない返事……!)


 やったあ! ムーブン君が着けてるのを見てから、とっても欲しかったから嬉しい!

 今度学校に着けていこう!


「そしてこれがお坊ちゃまの作品でも最高傑作と呼び高い、全身くまなく揉みほぐすくんです」

「この椅子がですか? フカフカそうですけど、なんだか凸凹してる……。それにここ、腕や脚がちょうど入りそうな感じですね」

「はい、ここに座っていただいてですね。腕も足も入れると……」

『くっひっひ! 全身くまなく揉みほぐすくん起動! お客さん、脚が凝ってますねー!』

「ほえっ!? ダグラスさんの声が――んひゃっ!? あ、なに、これ――んっ。あ、きもち……いい……」


 ジャクリーヌさんは私をその椅子に座らせて、スイッチを押すと、椅子からダグラスさんの声が。

 その声に驚いた瞬間に、クッション部分にはめ込んでいた足の、ふくらはぎに心地よい圧迫感がかけられる。

 こ、これすごい……! 座ってるだけで、マッサージしてくれるんだ……!



「いかがですか? お坊ちゃまのマジックアイテムは」

「はふぅ……す、すごいです……」


 全身マッサージを堪能して、私も体がすっかり軽くなっちゃった。

 賢者の石の話なんて全然わからなかった私でも、今なら確信できる。

 ダグラスさんって、本当にすごい魔法使いだ。


 だからこそ、私はジャクリーヌさんが次に言った一言に驚くことになる。



「――お坊ちゃまは、これらマジックアイテムを『寄付』という形で、それを必要としている人間や、ユビキタス商会に提供しているのです」

「寄付? それって……ダグラスさん、お金は……」

「寄付ですから、報酬は一切ありません。というより――お坊ちゃま自身が受け取る気が無いのです」


 これだけのマジックアイテムを作っていて、それを商品として売っているのなら、ダグラスさんはニートなんかじゃなく、ちゃんと働いているんだと、そう思っていた。

 でも、実際は違っていたんだ。


「そんな、どうしてですか? ここにあるものだって、きっと一つ作るのも物凄い大変なのに……!」


 あってはいけないことだと、素直に思う。

 だってそれじゃあ、ダグラスさんが報われない。

 こんなに便利なマジックアイテムをたくさん作ってるのに、正当な報酬を受け取ろうとしないのは絶対におかしい。

 なんの見返りも求めずに、人の役に立っていると言えば聞こえはいいかもしれないけれど、度が過ぎている。


「……その通りです、手間がかかるものは何ヶ月も時間をかけて作られています。正当に商売を行えば、お坊ちゃまへ支払われる金額も、相当な額になります。それでもお坊ちゃまは、労働に対する対価を受け取りたく無いんです」

「――――なんですか、それ」


 ジャクリーヌさんがどこか悲しそうに話す、その内容に息を呑んだ。

 わけが、わからなかった。

 その言い方だと、ダグラスさんが頑なにお金を稼ごうとしないのは、善意からでもなんでもなくて。


「お坊ちゃまは……仕事をどうしようもなく嫌っています。労働という行為そのものが憎くて仕方がない。――これが、お坊ちゃまが自分の事を魔法ニートだと言う理由です」


 対価を受け取ってしまえば、それが「仕事」になってしまうからという、とても単純で、いびつな理由だったから。



「ダグラスお坊ちゃまは、初めからこうだったわけではありません」


「学生の頃は、多少は癖があっても成績は優秀で、安定した将来を望んでいる、そんなごく普通の魔法使いでした」


「学校を卒業した後、お坊ちゃまは魔法使いの国でも有名な生産系のギルドに就職していたのです。そこで、マジックアイテムを作っていくはずだった」


「そこから、全てがおかしくなってしまった」


「毎朝意気込んで職場に向かい、暗く沈んだ表情で夜遅くに帰宅する」


「ため息をつくことが多くなって、私達には訳を話してくれないまま「大丈夫」の一点張り」


「一年、二年と時間がたって、意気込んでいたはずの朝も足取りは重くなっていって」


「食事も碌に食べなくなって、ずっと怒っているような、今にも泣き出しそうな顔で毎日を過ごすようになって」


「毎晩毎晩、自室のベッドで泣いてたことも気づいてました。お坊ちゃまの仕事がうまくいってないことは、みんな気づいていました。でも、私達には何もできなかった。私達も怖かったんです、お坊ちゃまの人生に、口を出してしまっていいのかって」


「……結局、最後までお坊ちゃまが、職場で何があったのかを話してくれることはありませんでした。就職して5年間たって、やっとお坊ちゃまはギルドを辞めました。その時の、「俺という人間は、働くことそのものが間違いだった」と言い切った、怒りと憎悪で塗り潰された顔は、今でも決して忘れることはありません」


 目を伏して、ダグラスさんに何があったかを話すジャクリーヌさんは、とても辛そうだった。


「そうだったんですね……」


 話を聞いた私も、悲しかった。

 あれだけ「自分がやりたいことを考えろ」と言ってくれた人は、その実――――「自分が嫌いなものを徹底的に貶める」ために生きているんだと分かって。


 「社会へ貢献し、正当な報酬を得ること」、それを働くことだというならダグラスさんは確かに働いていない。

 苦労して誰かの役に立つマジックアイテムを作っては、その苦労を投げ捨てるように無償で提供する。

 それは、仕事という概念そのものに対する当てつけ。

 それが、ダグラスさんという魔法使いの生き方だった。



「お坊ちゃまは、今でも後悔しているんです。周囲の評判に流されて、自分が本当にやりたかった事を考えないまま就職してしまったことを。ちゃんと考えていれば、あんなことにはならなかったのではないかって」

「――――ッ。それで、私に」

「はい、レナータ様。お坊ちゃまは、貴女にそうなって欲しくないから、ああいったんだと思います」


 全部わかった、私に将来について考えろと話してくれたのも、自分自身の事を魔法ニートと言ったことも。

 ダグラスさんも、私と同じだったんだ。

 同じになって欲しくなかったから、あそこまで真剣に言ってくれたんだ。


「……あのっ、ジャクリーヌさん。私はダグラスさんに、何かしてあげられないんでしょうか?」


 何とかしてあげたいと思った。

 私を助けてくれたダグラスさんに、何か恩返しがしたかった。

 だけどジャクリーヌさんは首を横に振る。


「お気持ちは本当に嬉しいです。ですが、これはお坊ちゃまの事情ですから、レナータ様が何か出来る余地はありません」

「そんなっ、でも」

「たとえ誰であろうと、人が誰かを変えることなんて出来ません。お坊ちゃまが自分を変えようと思わない限りはどうすることも出来ない、コレはそういう問題なんです」


 だけど、私に出来ることは何もないと言われる。

 悲しいような、悔しいような、息苦しさを感じる。

 私に出来ることは……本当になにもないのかな。


「……ですが、人は他人から影響を受けることはあります。誰かが頑張る姿を見て、自分を変えようと決心することはあるんです」

「えっ?」

「恐れ多くも申し上げますが、レナータ様はそのままでよろしいのですよ。貴女はこれから将来について真剣に考えながら、自分のやりたいことを見つけるのでしょう? でしたら、その姿をお坊ちゃまに見せてあげてください。貴女が頑張る姿を見れば、きっとお坊ちゃまにも何かしら影響はある筈ですよ」

「――!」


 ジャクリーヌさんの言葉で、私はハッとする。

 そうだ、私はダグラスさんの影響を受けて、これからの事を考えようとしてるんだ。

 なら、ダグラスさんだって私と出会って、変わろうとすることも十分あり得るんだ。


 ダグラスさんができなかった「将来について真剣に考えて、自分のやりたいことを見つける事」、それを私がやり遂げたら、きっと――!


「ジャクリーヌさん、ありがとうございます! 私、自分が何をしたらいいのかわかりました!」

「はい、お力になれたのなら嬉しいです」


 私は私の道を進んでいこう。

 それが私にも、ダグラスさんにもきっといい影響があるって信じて!


「――ああそれと、私がお坊ちゃまの話をしたことは内緒にしてくださいね? 特に、毎晩泣いてたことがバレてたってお坊ちゃまが知ったら、きっとふて腐れてしまいますので」

「――っふふ、はいっ。内緒です!」


 悪戯っぽく笑いながら、ジャクリーヌさんと私は今までのやり取りは話さないと約束する。

 私も自分が泣いてたことを誰かに知られてたら恥ずかしいし、きっとダグラスさんも恥ずかしがるんだろうな。




「レナータ様! ジャクリーヌ殿! ここに居られましたか!」

「ガフッ! ガウガウ!」


 ガチャリ、と部屋の扉が開けられて、私とジャクリーヌさんを呼ぶ声がした。

 振り向くと、厳しい顔つきをした執事らしいおじさんが、ティコを連れてきていた。


「ティコっ!」

「ガウガウ!」


 ずっと一緒にいたのに、久しぶりに会ったような感覚がして、私はティコに抱き付いた。

 朝と変わらない、モフモフでたくましい身体を全身で感じて、落ち着く。

 ダグラスさんのお部屋にいた時にはずっと寝ていたから、少しだけ心配だったんだ。


「驚きましたぞ、診断が終わってお二人の姿が見えなかったものですから」

「すみません、少しレナータ様と談笑してまして。……ああ、レナータ様、こちらは執事長のドンゾウさんです」

「レナータ様、初めてお目にかかりまする。拙者は執事長のドンゾウと申す者」

「初めまして、ドンゾウさん。私はレナータっていいます!」


 ドンゾウさんに挨拶をする。

 ちょっと変わった挨拶をする人だなぁ、東の国はこんな感じで話す人が多いらしいけど、もしかしたらそこの出身の人なのかも。

 そういえば、ティコがここにいて診断も終わったってことは、ダグラスさんもひょっとして時間があったりするのかな?


「あの、ドンゾウさん。まだダグラスさんは、実験室にいるんですか? ちょっと私、最後にダグラスさんに言っておきたいことがあって……」

「っガフ!?」

「――すみませぬ、レナータ様。ダグラス殿はあれから直ぐに「新しいマジックアイテムのアイデアキタコレ! ちょっと三日間くらい寝ずに引きこもるから誰も部屋に入れないでねー」と引きこもってしまわれました……」

「そうですか……残念です、って三日間も寝なくて大丈夫なんですか!?」


 ダグラスさんの目の隈が酷いのって、お仕事が上手くいかなかったせいかなと思ったけれど、ひょっとしなくてもダグラスさん自身が凄い凝り性だからなのかな……。 


「レナータ様、お坊ちゃまにお話ししたいことがあるのでしたら、私からお伝えしておきますよ」

「本当ですか! ありがとうございます!」


 ジャクリーヌさんが伝言してくれると言ってもらえたので、お言葉に甘えよう。

 ダグラスさんが私に忠告してくれたみたいに、私もダグラスさんに宣言するんだ。


「それじゃあ、ダグラスさんに伝えてください。「私を見ていてください! 絶対私、自分のやりたいことを見つけてみせます」、って!」



 こうして、私の魔法使いの国訪問は終わる。

 私はこれから、私自身のやりたいことを見つけるために頑張っていこうと、そう誓ったんだ。

今回の解説

庭師のメイヤー:苦手なものはゴキブリ。見つけたら恐怖の余り風魔法で何もかもを吹き飛ばそうとしてしまう。

対G捕獲装置:素早く動くゴキブリ○イホイ。稼動用の魔力を込めた粘着ジェルにてGを捕獲する。――なお捕獲したGをひっ付けたままワシャワシャ動いてしまうため、一部の人間に風魔法で吹き飛ばされた。

G生命魔変換器:生命の冒涜とすら呼ばれる命の魔力変換機能を備えた、対G捕獲装置のコロニー。捕獲装置が捉えたGを回収し、その生命を魔力へ変換。粘着ジェルを生成し、捕獲装置へジェルの補給を行う。――なお内部に大量のGを格納しているため、一部の人間に風魔法で吹き飛ばされた。

ゴーキネーター:ついにGという種そのものを終わらせるため生み出された鋼鉄の抹殺者。Gのオスを捕食し魔力へ変換、メスを誘惑するフェロモンでおびき寄せ、卵を機能不全にする薬液を注入する。――なお見た目がGそのものなので一部の人間に風魔法で吹き飛ばされた。

ゴキジェンデストロイヤー:大層な名前だが実のところ只のバ○サン。効き目はバッチリだった模様。

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