39話:男は決意し、少女は混乱する
このお話はダグラスとレナータちゃんのダブル主人公構成となっておりますので
時々レナータちゃん視点のお話も混ざります。
「じゃっ、迎えに来てもらって悪いんだけど。実はティコの診断がまだ残っててね。あと少しだから、ちょっと外で待っててもらえるかな?」
「は、はひ、わかりました……」
俺とレナータちゃんの話し合いもついに終わった。
診断が終わったということでここに来てもらったが、彼女にはひとまずこの部屋を出てもらうように言う。
もちろん診断が残っているというのは嘘だ。
彼女が居ないうちにティコ役を交代するための方便である。
いやー、それにしてもレナータちゃんの呆然自失っぷりが凄い、俺の嘘を疑うこともせずにふらふらと部屋を出てったし。
「俺は凄い魔法使いだけど実はニートだった」という驚愕の真実に、頭がぽやぽやになってしまってるなアレは。
「さて、と。ドンゾウさん、話は終わったよ。ティコの代役ありがとうございました」
ティコのふりをして床で寝ているドンゾウさんに呼びかける。
レナータちゃんが呆然としてる今のうちに、マンティコアに戻ってしまおう。
……これでまた当分は人間扱いされない思うと少し複雑ではあるが。
「――ダグラス殿。先ほどの話、本当にあれでよかったのですか?」
「? 俺がニートって言っちゃったこと? まあ事実だし……」
ドンゾウさんはティコの姿のまま、俺にそんな事を聞いてきた。
最後の最後で俺がニートだとバラしてしまったのは確かにまずかったかもしれないけど、俺だってどうしても譲れない部分があるし、仕方ないさ。
「いえ、そちらの話ではございませぬ。……レナータ様をああも焚きつけてしまって、本当に宜しかったのですか?」
と思っていたが、ドンゾウさんは別のこと、レナータちゃんに将来についてアレコレ言ってたのが気になっていたらしい。
「確かに、レナータ様は一度将来について考える必要があるのかもしれません。ダグラス殿の言葉で、彼女は様々な職業について知ろうとするでしょう。ですが、ダグラス殿もそれに付き合わされることになるという事です」
「ああー……まあ、そうなるね。きっとティコに戻ったらまた職場体験とかやることになるだろうなぁ」
その点については、考えていなかった訳ではない。
今回俺がした事は、余計なお世話だと俺はは思っている。
魔物使いとしてとても優秀なレナータちゃんは、多分きっと、流されるままに外の世界で戦うことになっても上手くやっていけるのだろう。
「ですから、あそこまで言わなくとも……」
「――でも、それでも。俺はレナータちゃんを見過ごせなかったからさ。それぐらい何とか乗り越えてみせるって」
当然、俺が彼女を揺さぶった分の代償は受け入れるつもりだ。
モンカフェだろうが、戦いだろうがドンと来い、という覚悟で俺は彼女と話をしたのだから。
「心配してくれてありがとう、ドンゾウさん。安心して、俺はこれが仕事だなんて思っちゃいない。いつものやつだよ。俺は俺のやりたいように、気に入った人間に肩入れして、勝手に助けようとしているだけだからさ。ドンゾウさんの時と同じ」
これこそが、俺の趣味なのだから。
俺は向こうからどう思われようが構わず、そいつに一番必要なマジックアイテムを作り、提供してきたのだ。
声なき婦人も、音を知らない子供も、手足を失ったシノビも、そうして助けてきた。
とても傲慢な考えで、ひどく迷惑な趣味だと思う。
だが、知ったことか。
俺は俺の好きなようにやる、気に入った奴は勝手に助ける、それが魔法ニートの矜持である。
「――。ふっ、余計なお世話だったのは拙者であったか。このドンゾウ、安心しました。……ダグラス殿はよほどレナータ様が気に入られたようですな」
「まあね。実際レナータちゃんは超いい子だし、色々俺と被ってる部分があるからさほっとけないっていうか」
「被る…………???」
「そこで首を傾げないでもらえますかねぇ!? 被ってるの! 主に学生時代の俺と! つーかドンゾウさん分かっててやってるでしょ!?」
ドンゾウさんが首が一回転しそうなくらい首を傾げるせいで色々台無しである、そりゃ今の俺とレナータちゃんは全然違うけどさぁ。
俺だってレナータちゃんが可愛いってだけで肩入れしてる訳じゃないんだからね!?
「バレてしまいましたか、勿論察しておりますとも。――ではダグラス殿、ご武運を祈ります」
「ったくもう……。ジャクリーヌたちにも、よろしく言っておいて下さい。まあ定期的にこっちに検診って名目で帰ってくるつもりですけど」
そんな感じで、束の間のダグラス・ユビキタスとしての時間は終わることとなった。
俺はこれから、ティコとしてレナータちゃんの将来にトコトン付き合おうと決意を固めるのである。
(ダグラスさんが、ニート……。魔法、ニート……?)
ふらりふらりと、私はダグラスさんに言われるままに部屋の外へ出る。
べつに頭が痛い訳じゃない、けれどダグラスさんとのお話はそうなってもおかしくないくらい私を混乱させていた。
今日言われたことを、私はいくつ理解することができただろう?
賢者の石なんて全然わかんなかった、けどティコはもう病気にはならないとダグラスさんは言っていた。
私は私の将来について考えるべきだと言われた、けれどダグラスさん自身は働いてなんていなかった。
自分の事をニートだといったダグラスさんに思わず聞き返した時の事を思い出す。
『ま、魔法ニートってなんなんですか!?』
『お金は父さんから必要なときにお小遣いとして貰い、生活は使用人さんに任せっきり、一日の大半は趣味のマジックアイテムづくりで部屋に引きこもってる。そんな大人のことを言うんだぜ!』
ニートという言葉の意味をはっきりと知っている訳じゃないけれど、ダグラスさんは自分は働いている人間ではないという意味で言ったのだと思う。
誰も治すことが出来なかった病気のティコを治せた人が、誰かの役に立つマジックアイテムを作れる人が、私に将来について考えるべきだと言ってくれた人がどうして、働くという事をしなかったのだろうか。
(ダグラスさんこそ、どんな仕事でもきっと活躍できるのに……)
ダグラスさんに言われたことは信用できる。
けれど、ダグラスさん自身の事はますます分からなくなってしまった。
「レナータ様? 顔色が優れないようですが大丈夫ですか?」
「ふぇ、ジャクリーヌさん……」
部屋から出た私を迎えてくれたのはジャクリーヌさんだった。
中で話をしてる間、ずっと外にいてくれたのかな、だとしたら申し無い事をしちゃったなぁ。
そんな事をぼんやり考えながら、謝ろうと私は口を開いたのだけど。
「ジャクリーヌさん……ダグラスさんって、一体どんな人なんでしょうか……?」
「今しがた話しあって来たばかりではないのですか!?」
「――っあ!? ご、ごめんなさい、そうですよね!?」
さっきからずっと頭から離れてくれない疑問が、謝罪の言葉の代わりにするりとでてしまった。
ジャクリーヌさんもまさか私がこんなことを言いだすなんて思わなくって、とても驚いてるようだった。
うう……私のばか……。
「あの、レナータ様? ひょっとして、ダグラスお坊ちゃまに聞きたいことが聞けなかったのですか?」
「いえいえ! そ、そんな事は無いです! ちゃんとダグラスさんは説明してくれました! ただちょっと私の理解が追いつかないだけで……!」
そうだ、私は何を言ってるんだろう。
ダグラスさんは私の聞きたいことを一生懸命に説明してくれたんだ。
それどころか将来の事まで気づかせてくれたのに……。
「……お言葉ですがレナータ様。私には貴女様が納得されてるようには見えません。確かにお坊ちゃまのお話は難しい所もありますし、全てを理解する必要もありませんが……。貴女様がまだ納得されていない事があるなら、それはここでちゃんと消化するべきです。――宜しければ、どんな話をされたのか聞かせて頂けないでしょうか?」
「……はい」
ジャクリーヌさんに促されるまま、私は喋りだしていた。
彼女はティコの毛並みをあんなに嬉しそうに触ってくれてたから、私も話しやすかったんだと思う。
それに、こうして口に出すことで頭の中を整理できるような気もして、とても助かった。
「――――ダグラスさんはきちんと将来の事を考えることが大切って知ってるのに、どうしてダグラスさんは、自分の事を魔法ニートって言ってたんでしょうか?」
「……」
そうして全てをジャクリーヌさんに打ち明けて、私はようやく落ち着いた。
私がどうしても納得できなかったのは、「将来の大切さを知ってる彼がどうして、自分の将来を全く省みない立場にいるのか」その一点だった。
「ダグラス……まさか、自分と……」
「? ジャクリーヌさん、何か?」
「――いえ、特に何も」
ジャクリーヌさんが何かつぶやいていた気がしたけれど……気のせいだったのかな。
少しだけ考える素振りを見せて、ジャクリーヌさんは口を開いた。
「そうですね……レナータ様、お時間を頂けますか? 貴女にお坊ちゃまが作ってこられたマジックアイテムを見て頂きたいのですが」
「えっ?」
どういう意図があって、ジャクリーヌさんが私にそう言ってくれたのかは分からないけれど。
ティコの診断がちゃんと終わるまで時間があった私は、その提案をうけることにした。
今回の解説
ドンゾウ:首は一回転しないが腕と脚は回転する。ドリルも展開できる。
ジャクリーヌ:外でずっと待機してた。レナータが不安そうな表情をしていたので説明が上手くいかなかったのかと感じていたが、そうではなかったので一応安心。