38話:魔法ニートから魔物使いエリートへのお節介
お待たせしました、38話更新です。
やっと、やっとこの小説を書いてきて、書きたいことを書けました。
「それ、どういうことですか……?」
レナータちゃんは戸惑っている。
俺の放った言葉の意味がまるで分からない、そんな様子だった。
この反応も当然か、将来の事について聞かれたから答えたのに、今日初めて出会った男が「本当にそれでいいのか」などと言ってくるのだ、人によっては怒りすら覚えるだろう。
「少し突飛な言い方をしちゃったか、ごめんね。要するに、君はどうして外の世界で戦うことにこだわってるのかなって思ったんだ」
レナータちゃんを怒らせたいわけじゃないので、すぐに謝る。
実のところ、彼女に聞きたいことなんて本当は無いのだ。
でも、どうしても言いたいことがある。
「例かに危険と隣り合わせの中で戦うっていうのは立派だし尊敬されるさ。魔法使いの国でも似たようなもんだし。でもさ、立派な魔物使いってのは外の世界で戦う人間だけじゃないって、君も思うでしょ?」
「……確かにその通りです」
レナータちゃんも、そして俺も魔物使いの国で戦いに関わらずとも、魔物と共に働いている人を間近に見ている。
モンカフェで働いていた皆、命の危険は無くとも、毎日たくさんのネコちゃんたちの面倒を見ながら、お客さんの相手や料理をこなしていた人達。
店長さんも言っていた、「魔物だって戦う為に生きているわけではない、そういう選択肢もあり」だと。
「でも君は、将来は外の世界で戦いたいといったね。 それはどうしてかな?」
「う、うーん……」
他にも選択肢はあるはずなのに、何故それなのか。
俺が再び質問をすると、レナータちゃんは深く考え込む。
今まで考えもしなかったことを聞かれて、返答に困っている、そんな感じだ。
「……その、やっぱり、お母様の影響があるんだと思います。お母様は王様の国の大会で何度も優勝するくらいとっても強い人なんです。私もそんなお母様みたいになりたいから、外の世界に行ってみたいんです」
「お母様、ねぇ」
レナータちゃんのお母さんはあの「災厄使いのリアーネ」。
あの災厄の獣キャスパリーグを絶対的な力で従えている女傑である、そんな人が母親だったら、当然娘であるレナータちゃんも影響を受けるのは間違いない。
でも――
「それに、強い魔物を相棒にしてる魔物使いは、学校を卒業したら外の世界に関わるのが普通なんですよ」
――それでも、その事を当たり前のように話す彼女に、俺は内心苛立っていた。
かつての、まだ学生だった頃の自分と、レナータちゃんが被るのだ。
『まあどんなに頑張っても、俺が使える魔法はショボいし、普通にマジックアイテムを作ってるギルドが一番俺に向いてるかなって思う。勿論、それなりに有名なとこに就職するよ。その方が安心でしょ?』
昔、父さんに将来について聞かれた時のことを思い出す。
なぜ、俺はあの時、一度でも「普通」を疑うことをしなかったのか、もっと将来について考えることをしなかったのか。
強い魔法が使えない魔法使いは、国内で生産系のギルドに所属すればが安定した生活が得られる……そんな常識に縛られていなければ。
――今でも鮮明に思い出す、あの怒鳴り声を。
――俺を腫物のようにみるあの目を。
――理不尽な要求を。
――期待に応えるための努力を、否定されるあの無力感を。
――何をしても、幸せを感じることは無かった、あの日々を。
俺は、地獄を見ることはなかっただろうに……!!
「……全くもって、下らない」
「え?」
フツフツと沸く感情を必死に抑えるが、どうしても口から低い声となって漏れ出てしまう。
これはいけない、俺は今からレナータちゃんに言いたいことを言うのだ。
決して、過去の自分に対する怒りを彼女にぶつけてはならない。
「フンッ!!」
「ええっ!? ど、どうしたんですか!?」
バチコーン、と自分の頬を思いっきりぶっ叩く。
力加減も一切なし、湧いた怒りを全て乗せた一撃で、頭をスッキリさせる。
……予想以上に痛くって、ちょっと泣きそうなのは内緒だ。
「ああいや、なんでもないよ。ちょっと自分の頬を叩くのが癖になってるんだ」
「癖なんですか!?」
びっくりしているレナータちゃんに、ちょっと強引な言い訳をする。
下手しなくても俺がドMかと思われるだろうが、まあ今更俺の評価がどうなろうが構うものか。
どうせ俺は、レナータちゃんに嫌われるだろうから。
さあ、思いっきり彼女に突きつけよう。
「……なあ、レナータちゃん。質問に答えてもらっておいて悪いけど、俺には君が本当に外の世界で戦いたいって考えてるようには思えない。ただなんとなくでお母さんの背中を追いかけるのは、止めた方がいい」
「な――」
言った、言い切った。
レナータちゃんはまさかそんな事を言われるなんて微塵も思ってなかったと、唖然とした表情で固まる。
「――ダグラス、さん? ホントに何をいってるんですか?」
俺の忠告がよほど予想外だったのだろう、数秒固まって、大いに動揺しながら話すレナータちゃん。
ああ、そうだろうさ、きっと君にこんな事を言う奴なんて今までいなかったんだろうさ。
「なんとなく、なんかじゃないです。だって私、お母様に追いつきたくって、学校で勉強して、ティコ達と一緒に強くなってきたんです」
「いいや違う、君はお母さんに追いつきたいんじゃない、周囲の勝手な期待に流されて「リアーネさんの娘だから背中を追って、強い魔物使いになるのが一番ふさわしい」と思い込んでるだけだ」
否定するレナータちゃんだが、俺は更に強く断言する。
そもそもの話、彼女を取り巻く環境というのはかなり特殊だ。
学生の身でありながら、危険な魔物を三頭も多頭飼育するだけの才能に、貴族という身分からくる圧倒的財力、極め付けには母親は世界最強の魔物使いときたもんだ。
余りにも、余りにも出来過ぎているとしか言いようがない、これで将来は魔物使いにならなかったら何になるのかというくらい、環境が整いすぎている。
こんな天才魔物使い少女の将来に、疑問を持つような人間はまずいないだろう……彼女自身も含めて。
「周りの人たちは外の世界で戦うのが一番良いって言っただろう? 力を持ってる人間が外の世界で戦いに関わること、それが一番名誉ある仕事だから。そして、君その言葉に何一つ疑問を持たなかった。そりゃあそうさ、自分にはそれができるだけの才能もある、将来は安泰だし、ついでに母親の背中を追いかけることもできる。――親孝行な娘にはぴったりな職業だから」
「そんな……っ! 勝手な事を言わないでください!」
レナータちゃんの声も怒りが混じり始め、声量も大きくなってきた。
初対面の男にここまで言われれば、誰だって怒るだろうさ。
それでも俺は、構わず話し続ける。
「それなら、君は何のために外の世界で戦いたいんだ? 真っ先に思い浮かぶ理由は「自分以外の誰かの為」であって、「自分がそれをやりたいかどうか」は二の次になってるんじゃないか?」
「え―――!?」
その言葉で、レナータちゃんは目を見開いて驚愕する。
図星だろう、だって君は両親に喜んでもらいたくて、とりあえず「皆の言う理想の将来」を目指しているんだから。
ティコとして彼女を一番近くで見てきた俺は、確信していた。
ビーストマスターズで優勝することも、実のところは彼女にとって夢ではなく、ただの目標。
お母さんを尊敬する気持ちは本物でも、その背中を追うのは「皆の言う理想の将来」へ流されるついでに出来た、ただの理由付け。
つまるところ、レナータちゃんは自分の将来について、真剣に考えたことが無いのだ。
「いいかいレナータちゃん、自分の為の人生なんだ。他人を気遣ったり、ましてやその言葉を鵜呑みにして将来を決めたらダメだ。たとえマンティコアが相棒でも、君の前には無数の選択肢がある。自分が何をしたいのかも考えないままに将来を決めるのは、勿体なさすぎる!」
それは、かつての俺と全く同じで。
俺は、何をしたいのか考えないままに決めた先で、死んでしまいたくなる程の地獄に堕ちた。
だから、同じ道を歩もうとする彼女を止めたかった。
「レナータちゃん、もう一度聞くよ。君は、本当に自分自身がそれをやってみたいと考えて、外の世界で戦いたいのかい?」
「それ、は……」
レナータちゃんは怒る事もなく、呆然としていた。
その職業に向いているとか、力があるとか、怖いだとか、それ以前に……自分のやりたいことの為に将来を考えるという、根本的なものを今まで考えなかったことに、たった今気づいたようだ。
「こんな言い方になってごめん。でも、俺が言いたいことはわかってくれたと思う」
「……はい。その、ありがとうございます」
まだ混乱しているだろうに、それでもレナータちゃんは、今までの俺の言葉がレナータちゃん自身を思っていった言葉だと理解してくれた。
「私、ダグラスさんのいった通り、将来についてずっと流されてたかもしれません」
「そうそう、お母さんを尊敬するのはいいけど、せっかく君は優秀なんだから色んな将来を考えてみたらいい。色々考えた結果、やっぱり外の世界で戦うのが一番やりたいことだった……なんてことになっても、流されるまま決める以上に「熱意」ってやつが違うだろうし」
外の世界で戦うことも、それ以外の職業も、立派な選択肢だ。
本当に重要なのは、ギュンター卿も言っていた通り、彼女自身がそれをやりたいと思って選ぶことなのだから。
「本当にダグラスさんは凄いです。私の事、なんでもお見通しなんですね」
「そりゃー俺、大魔法使いですから」
「ふふっ、なんですかそれ」
軽く冗談を言って、俺とレナータちゃんは笑い合う。
ああ、これで一安心だ。
これからの彼女は、きっと自分のしたいことを探すだろう。
彼女なら見つけることができる、そして、俺のようにに失敗することはないだろう。
「さてと、これで俺の話はおしまいだ。付き合ってくれてありがとう。そして、初対面のくせに上から目線でアレコレ言って本当に申し訳なかった!」
「いえそんな! その、まだ私も整理できてませんけど、それでもダグラスさんが私のために言ってくれたんだって、伝わりました。本当にありがとうございました」
本当に天使だなあレナータちゃん!
なんとうか、こっちが色々と騙してるのが辛くなってくるぐらい天使である。
「……あの、ダグラスさん。私からも最後にもう一つだけ、聞いていいですか?」
「ん、いいよもちろん」
その天使っぷりに免じて、どんな質問でも答えてあげようじゃないか。
とはいえ、一体なにを知りたいんだろうか?
ティコの体関連でまだ聞いておきたいことでもあったのだろうか。
「ダグラスさんは、どんなお仕事をされてるんですか? 」
「…………………………」
やばいどうしよう、「仕事してる」って嘘でもめっっっちゃ言いたくないんだが。
「そのっ、ダグラスさんは魔法使いで、私と全然違うのはわかってるんですけど。でも参考にしたいっていうか、純粋に知りたいというか……。あの、ダグラスさん? どうしてそんなとても酸っぱいもの食べたみたいな顔を……?」
レナータちゃんの目が尊敬の念でキラッキラに光って見える、ああ眩しい、そしてとても辛い。
彼女の中では、俺はティコの命の恩人だし、凄腕魔法使いだし、初対面で人生指導までしてくれた人間だからね。
そんな俺がいったいどんなお仕事をしているのか、知りたいのは当然だろう。
何か適当な嘘を言ってしまえばそれで済む話、なのだが、その、俺の生態的にこれは。
ええい、ままよ。
「くっひっひっひ……よくぞ聞いてくれたねレナータちゃん。俺の職業、それはね」
「……ご、ごくり」
「――その手に職を持たず、俗世から解き放たれた、真の自由を求めし者……そう! いうなれば俺は、魔法ニート!!! 俺は、働いてなんかいません!!!」
「え、ええーーーーっ!!?」
口が裂けても仕事してるなんて言いたくないので、無駄にシリアスな雰囲気を出しつつ、ありのままの真実を話してあげました。
レナータちゃんが「あれだけ将来について真剣に話してたのに!?」みたいな感じでその日一番の驚き顔を見せてくれましたとさ。