37話:恐怖の先に隠れていたもの
まだまだ仕事が忙しい……次回更新も二週間後の6/10を予定します。
一週間更新したい、いやできるなら毎日書いて毎日更新したい。
「あたたた……」
起き上がり、じんじんと痛む顔面をさする。
まさかローブの裾を踏んづけて、思いっきりすっ転ぶなんて……。
ううっ、やっと人間としてレナータちゃんに会えるから、思いっきり格好つけてやろうと意気込んだ挙句がこの様である。
威厳がある格好ってことで久しぶりにローブに袖を通したんだけど失敗だったか――いや、どうせ今の俺にピッタリなサイズの服なんてないか。
「見たところ鼻血も出ていませんし、取りあえずは大丈夫でしょう。ただ万が一気分が悪くなったりしたらすぐに言ってください」
「あー、うん。あんがとジャクリーヌ」
「では、私は失礼いたします。レナータ様、ゆっくり話されてくださいね」
「はいっ」
騒ぎを聞きつけて、すぐに来てくれたジャクリーヌにお礼を言う。
派手に転んだものの大したことは無かったみたいだ、まあ伊達にマンティコアで鍛えられてないからな!
それと、先程まで緊張でガチガチだったレナータちゃんも、俺の無様な姿を見たお陰か程よいくらいに肩の力が抜けているようだった。
まあ転んだ事も却って良し、ということにしておこう。
「えーっと、それじゃあ改めて……初めまして。俺はダグラス・ユビキタス。よろしくね」
「はいっ、初めまして。私はレナータです。この度はティコを助けていただいて、本当にありがとうございました」
二人きりになったので、ハプニングでおざなりになってしまった自己紹介をやり直す事にした。
これで、晴れて俺たちは人間として知り合うことができたわけだ。
……ティコに扮するドンゾウさんがいるから二人きりというのは正確ではないけど、まあ細かいことはいいだろう。
「さて、レナータちゃんは俺に聞きたいことがあるって話だけど、いったいどうしたのかい?」
そんなわけでやってきましたお話タイム。
立ち話もなんだからと椅子を用意して、向かい合って座る。
レナータちゃんが何を聞きたいかなんてとっくにご存じだが、もちろんしらばっくれる。
「はい、ティコの病気についてなんです。ダグラスさんが治してくれたお陰で、ティコは今とっても元気です。でも、私はティコがなんの病気にかかっていたのか全然わからなくって……」
「ああそうか、その辺りの事はギュンター卿にも話してなかったっけ。まあティコを治した当時は、俺も忙しくて話す時間もなかったからなぁ……。今更ながら、こちらも伝えるのが遅れてごめんね」
「い、いえそんな!ティコを治して頂いただけでも充分なのに、私のわがままをきいて頂けて嬉しいくらいです!」
本来ならティコを治した直後に行うべき会話だったと俺が頭を下げると、レナータちゃんはあわあわと面白いくらいに慌てる。
うーんさすが良い所のお嬢さんである、めちゃくちゃ礼儀正しい。
ティコ相手だと基本ノーガードで甘えん坊なのだが、相手が人間となるとこうも変貌するのか。
レナータちゃんの観察もそこそこに、さっさと質問に答えてあげるとしよう。
「おほん、それではお答えしましょう。ティコが罹っていた病気のことだけど――
「は、はい」
――何の病気かぜんっぜん解らないまま治しました!」
「そうだったんですか――って、ええええええ!?」
まともに答えてあげるとは、一言も言ってないけどね!
「ぜ、全然わからないままって、え、どういうことなんですか!?」
「うん、俺もティコがなんの病気に罹ってたかなんて知らないってことなんだけど」
「知らないんですか!?」
「うん。魔物の病気なら俺なんかよりレナータちゃんの方がよっぽど詳しいと思うよ?」
「いやいやいやいや、そんな筈ないです! なんの病気か分からないなら、治し方なんて分かるはずないじゃないですか!?」
俺の回答があまりにも予想外すぎたのか、俺の予想通りにレナータちゃんは大いに動揺してくれた。
彼女の中で俺のイメージは「凄いマジックアイテムを作ってて、魔物の事も熟知していて、ユビキタス商会の御曹司でもあるエリート魔法使い」という感じで増大されていたみたいだし、この反応も当然だろう。
そして動揺した人間ほど騙しやすいものは無い。
これなら、後に続くハッタリを信じ込んでくれる筈だ。
「まあ確かに、そう考えるだろうね。でもねレナータちゃん、あるんだよ。あの時、実に幸運な事に、このダグラス・ユビキタスの手にはティコがなんの病気に罹っていようと問答無用で治してしまう手段があったのさ」
「――え?」
聞く奴が聞いたらデタラメだと断じられる真っ赤なウソ。
だが今この瞬間こそ、嘘を真にすることができる!
「――「賢者の石」。又の名を万能の霊薬、究極の魔法増幅器、不老不死への道などとも呼ばれる。あらゆる魔法使いが求めて止まない至高のマジックアイテム。それを使って、俺はティコを治療したんだ」
「賢者の、石……」
尊大に、そして如何にもといった調子で大嘘を吐く。
俺の言葉に圧倒されているレナータちゃんは、嘘だと気付かない。
いや、気付けないのだ。
「もしかして、あまりピンときてない?」
「えっ、あ、はい……。ごめんなさい、私、あんまりマジックアイテムには詳しくなくって、賢者の石もよく分からなくて……」
予想通りの返答に、内心でニヤリとする。
そう、彼女は賢者の石なんて、良くて名前を知ってるくらいの知識しかないのだから。
「まあざっくり簡単にいうと、伝説になるくらい珍しいマジックアイテムだよ。俺が作ったことが広まったら国中の魔法使いが俺を殺してでも奪い取ろうとするくらいには」
「殺しっ……!? ひょっとして今私すごい大変な事を聞かされてるんですか!?」
「うん、お願いだから内緒にしてね。俺もまだ死にたくないし」
ちなみにコレは嘘ではない。
いや賢者の石を作ったのは嘘だけど、もし賢者の石を作ったなんて噂が広まったあかつきには、どいつもこいつも血眼になって俺を探し回るのは明白である。
現存する賢者の石は建国の英雄オロバスの封印によって触れることすらできない、けれども研究したいのが魔法使いの性質なのだ。
オロバスの魔法を知るチャンスがあると気付けば、どんなに非人道的なこともやる奴なんてこの国にはごまんといる。
そしてそんな奴ほど魔法使いとしての位が高い奴が多いっていうね、もうやだこの国。
「まあそれはさておいて。賢者の石は魔法の触媒にもなるから、俺は賢者の石を使って思いつく限りの治療魔法を使い続けるようにして、ティコの体内に注入してみたって訳」
「注入って? えっ、注射器で……石を……?」
「名前は「賢者の石」だけどね、俺が作った奴は赤い液状なんだ。えっと確か一番近い失敗作が……あった、本物はもうないけど見た目はコレそのものだよ」
実験室にある棚をゴソゴソと探る。
この時の為に用意した、賢者の石のレプリカが入った小瓶を取り出し、レナータちゃんに見せる。
小瓶の中には、赤いゼリー状の物体がプルプルと震えている。
実はこれ、魔法使いの国で売られている「まるで本物!賢者の石ゼリー」という、ただの赤いゼリーなのだが……まあそんな事レナータちゃんが知ってるわけないよね!
「これが賢者の石ですか?」
「レプリカだけどね。そんで、コレをティコに注入した結果がコレ。――ラフ、ラム、光よ、魔道の跡を追い、煌めき暴け」
更に、俺はティコに向かって光の魔法を唱える。
光の魔法といっても大した魔法ではない、これは魔法陣が書かれている場所を暴き出すためのもの。
魔法陣の線に沿って発光するだけの魔法だが、それを今のティコに使うという事は……。
「―――!? ティコの体中が、光ってる!?」
「凄いだろう? 注入した賢者の石が、ティコを治すために身体中に魔法陣を書き込んで、その無限の魔力で常にティコを健康な状態に保ち続けてるんだ!」
はい、これも大嘘です。
着ぐるみマンティコアくんを動かすために書き込んだ魔法陣を発光させているだけでございます。
「ええっと、これ、本当に大丈夫なんですか?」
「これだけ治癒の魔法陣が書かれてるなら、どんな病気にもかからないね。というか賢者の石を取り込んでるんだ。健康だけじゃなくて、ひょっとしたら以前のティコより頭が良くなってたりしているかもしれない」
「お、おお~」
「しかもしかも! 賢者の石が内包してる魔力量からして、魔法陣すべてに魔力をつぎ込んでるとは考え難い、確実に魔力は有り余ってる筈なんだ。これがどういう意味か分かるかい?」
「い、いえ、その、わかんないです……」
「魔力が余るってことは、魔法が使える余地があるってことなんだよ! 後天的に魔法を使う才能を身に着けるなんて人間でも出来なかった、まさに偉業としか言い様がない! さらにね、書かれた治癒の魔法陣一つとっても無駄が無いように循環式で書かれていて――
「ヘー、ソウナンデスカー……」
早口で、小難しい説明に見せかけたデタラメを畳みかけるようにレナータちゃんへぶつけまくる。
更に話を大幅脱線させて、魔法の才能ナンタラとかいう余計な話までベラベラ喋る。
これぞ、俺が仕事で唯一学んだ無駄知識――「専門用語連発による理解放棄術」!
――仮に怪我をしたとしても周囲の魔法陣が記録を取っていて、この格納庫にある術式を再展開するってわけなんだ! これで、ティコが治った理由は全部なんだけど……わかったかな?」
「ハイ、ワカリマシタ……スゴイデス」
よし! 全然わかってないな!
レナータちゃんはがくりと項垂れ、プシュー……とショート寸前の電動式カラクリみたいに頭から煙りを出していた。
うん、真面目だから一生懸命俺の話を理解しようとしてくれていたみたいだけど、元から知識にない単語を聞きすぎたせいで頭がついてこれなくなっている。
人ってやつは、自分の理解が及ばないレベルの会話を聞かせ続けられると、簡単に思考がパンクするからなぁ。
昔働いてた時に、戦士の国の奴らが魔法陣にケチを言ってた時もこうやって……いかんいかん考えるな、今思い出すことじゃない。
さて、これだけ俺が熱弁すれば、レナータちゃんは理解はできなくとも「兎に角ティコは今後も大丈夫なんだ」と思うだろう。
彼女もティコの病気を気にせず、相棒を失う可能性に恐怖することはもうない筈だ。
これで、彼女に長々と説明するのはおしまい。
でも、まだ話は終わっていない。
「……レナータちゃん。俺も君に聞きたい事があるんだけどいいかな?」
「あうぅー……はっ!? は、はいっ。私に分かる事ならなんでも聞いてください!」
まだちょっと頭がオーバーヒートしていたみたいだが、俺からも話があると言われてレナータちゃんはすぐに立て直す。
今からレナータちゃんに話す内容こそ、今回俺が人として彼女に会った最大の理由。
相棒を失う恐怖。
その先に隠れている、彼女が本当に向かい合うべき問題を暴き、突きつけること。
「ティコは元気になった。これから先病気に罹ることは無いだろう。その上で君は将来、何をする人間になりたいんだい?」
「えっ――――」
俺が放った言葉に、レナータちゃんは目を真ん丸にしている。
かつてリアーネさんが言った質問と、寸分変わらない質問をされたのだ、驚くのも仕方ないか。
あの時、彼女は「将来の事はダグラスさんに会って、それから決めたい」そう答えた。
ならば今の彼女は、どう答える?
「レナータちゃん?」
「っあ、ごめんなさい。ちょっとビックリしちゃって。私の将来ですか?」
「うん。とっても興味があってね」
将来何になりたいかなんて質問を、今日初めて会ったばかりの男がするなんて、我ながら不自然にも程があるなと内心自嘲する。
でも、レナータちゃんは俺に恩義を感じてくれているのだろう、驚きはしても不審には思っていないようだった。
「……その、私。つい最近まで将来について悩んでたんです。でもダグラスさんのお陰でスッキリしました。―――私は、お母様みたいに外の世界で戦う、立派な魔物使いになりたいんです!」
前に質問された時と打って変わって、彼女は笑顔でそう言い切った。
恐怖がなくなった以上、彼女がそう答えることは予想していた。
腹が立つくらいに予想通りだった。
「立派な魔物使い、か」
世界最強の魔物使いである母親を持ち。
自らも最強の魔獣マンティコアを従えるほどの才能があり。
真面目で、努力家で、誰もが一目置く力を持っていて。
そんな彼女の将来は、立派な魔物使いになって、母親と同じように危険あふれる外の世界で戦う事。
実に立派だ、大多数の人間が「そうなれたらきっと幸せになれる」と信じて疑わない、理想の将来なんだろう。
余りにも綺麗すぎて、整然としていて――
「ねえ、レナータちゃん。君の将来は、本当にそれでいいの?」
「えっ……?」
――そこに君の意思があるのか、怪しいもんだ。
今回の解説
まるで本物!賢者の石ゼリー:菓子職人が封印越しに賢者の石を観察し、本物そっくりに作り上げた魔法使いの国定番のお土産。いちご味。




