35話:マンティコア式炭水化物抜きダイエット
実は昨日誕生日を迎えました。
早いものでもう26歳、でも書く気力はバリバリでございます。
「うーん、まさか父さんがそこまで話すのを嫌がるとはなぁ。契約の魔法のせいもあるけど、みんな俺がマンティコアをやってる事は知らないのか……」
「はい、捕まえて聞き出すのも苦労しましたよ。……それはそれとして、ダグラスも私が抱きつく前に何か合図でも送ってくれれば良いじゃないですか」
「てっきり気付いてるものと思ってたんだよ。ギュンター卿やレナータちゃんに俺がなり代われる訳ないだろ?」
「だからってマンティコアになってるなんて分かる訳ないでしょう!?」
「……………………おお、確かに」
「今だいぶ考え込みましたよね、もうマンティコアやってることに疑問をもたないぐらい馴染んでるんですか」
俺はジャクリーヌと並んで歩きながら、お互いの状況を確認し合う。
側から見れば彼女とマンティコアが会話している異様な光景なのだが、屋敷の皆にはある程度事情が伝わっているのでもし見られても問題ないとのことだった。
「そういえば、ダグラスは契約の魔法は……?」
「とっくに解呪してる。まあ人前で喋る必要は皆無だから、今考えると無駄なことした気がするけど」
「相変わらず、流石ですね」
「よせやい、隙を見て魔法陣をちょちょいと書き換えただけだよ」
今回、俺にかけられていた契約魔法は、ティコの死体があった地下室、あそこに書き込まれていた魔法陣から発生していた。
ティコを着ぐるみに改造する傍ら、ついでにその魔法陣に「ダグラス・ユビキタスは対象としない」という命令文を書き加えれば、もう俺は喋り放題という訳である。
「その書き換えを防ぐために、契約の魔法陣には意識操作や物理的な反撃の魔法も仕掛けてあるものなのに、全部の妨害を封じ切った上で書き換えたんでしょう? それをちょちょいととは言えません」
「あー、うん。それもそうか……」
まあ契約に違反しない範囲の行動で妨害の魔法も全部暴いて、それに対抗する魔法を使って妨害を防ぎながらの書き換え作業だからなぁ……。
使える魔法の種類だけは多い俺にしか出来ない方法かもしれないのは確かか。
「――それはさておいて、ここからどうするんだ?」
とりあえず今は、レナータちゃんと俺をうまく引き離す作戦は成功したと言えるだろう。
次はマンティコア役を誰かに変わってもらわないといけない訳だが……。
「そうですね、初めは変装の経験があるドンゾウさんに代役を務めてもらう手筈でしたけど……。その着ぐるみを使った変装もできるか聞かないといけませんね」
「ドンゾウさんか、確かに心強いけどマンティコアの経験があるかなぁ……」
「マンティコアを経験した人間なんてダグラス以外いる訳ないでしょう……。――ちょうど着きました、ここに他の使用人たちが集まっています」
そうこう言っているうちに目的の場所に着いた。
使用人達用の談話室か、みんなに会うのも久しぶりだなーなどと思いながら開かれた扉を進んで。
「みんな、久しぶりー」
「ちょ、ダグラス、まず私が説明してから」
『ダグ兄ちゃんひさしんびゃあああああ!!? マママンティコア!!?』
「――――!?」(声なき悲鳴)
「おおお落ち着くのだ皆の衆、このマンティコア声はダグラス殿だ、おそらくダグラス殿は魔物の体を乗っ取る術か何かを……!?」
部屋に入った途端に、中にいたみんなが大パニックに陥ってしまった。
あー、しまった、魔物使いの国に居たせいですっかり感覚が鈍ってた。
そりゃあいきなりマンティコアが入ってきたらびっくりするよね。
この場にはメイヤーさんやドンゾウさんをはじめとする、使用人たちの中でも俺と仲がいい人たちが集まっていた。
『へー、じゃあこれ、着ぐるみなんだ』
「そそ、レナータちゃんの飼ってたマンティコアの死体を素材にしてね。これを着たら誰でもマンティコアのティコになれるってわけ。流石にムーブンはまだ小っちゃいから着れないかもだけど」
『相変わらずダグちゃんは凄いものを作るわねぇ』
「そんなことないこともないですよメイヤーさん」
「しかもマンティコア役まで立派にこなされるとは……流石ダグラス殿、お優しいですな」
「いやそれは完全に事故なんだドンゾウさん……」
なんとかみんなを落ち着かせて、俺は偽装生活の一部始終を全て説明し終える。
今目の前にいるマンティコアが実は着ぐるみを着た俺で、しかもそのままマンティコアとして魔物使いの国で暮らしてるなどという大変可笑しな事態になってることも、使用人のみんなは疑うことなく信じてくれた。
「ほんと、みんなが信じてくれて頼もしいよ」
「まあ、今まで散々ダグラスおぼっちゃまのマジックアイテムで大騒動が起きてますからね。今更着ぐるみの一つや二つ、疑ったりはしませんよ」
「む、むむぅ……」
まあジャクリーヌのいうとおり、マジックアイテムがらみで何かとトラブルを起こした実績はあるけどさ……。
「それでドンゾウさん。おぼっちゃまはこうしてマンティコアに変装しているわけですが、代役は出来そうですか?」
「んぅ、拙者は変装の経験はありますが、着ぐるみは初めて……実際にソレを着てみなければ、なんとも……」
「それもそうですね。おぼっちゃま、とりあえずその着ぐるみを脱いでいただけますか?」
「ん、了解」
ドンゾウさんの言う事も一理ある、誰でもマンティコアになれるというコンセプトで作った着ぐるみだが、万が一ということもある、実際に着てもらった方がいいだろう。
というわけで俺は着ぐるみに魔力を流すのを止めた。
まず最初に、翼や尻尾がまるで力が抜けたようにへたり込む。
次に筋肉を構成している結界魔法が解けて、身体はたちまち痩せて、ダボダボの皮が余る。
最後にマンティコアの骨格に合わせるよう四肢を捻じ曲げていた空間魔法が解け、人の骨格に戻っていった。
『ちょっと気持ち悪いね……』
「どっちかというと、来てる時の方が気持ち悪いかもな。外からは見えないけど、手足を変形させてるし」
ムーブンが若干引き気味だが、まあ見た目が悪いというだけで別に痛くもなんともないので安心してほしい。
ああ、それにしてもまさかこの着ぐるみを脱ぐ日が来るなんてなぁ。
マンティコア生活を始めるにあたって、最低でも三年間はずっと着ぐるみで生活しなければと覚悟を決めていたから、たとえわずかな間とはいえ嬉しいものだ。
あっ、誤解が無いよう言っておくけど着ぐるみマンティコア君にはちゃんと洗浄機能も付けてあるからね。
着ぐるみを脱いだら異臭がやばいなんて事態は想定済みである、寧ろ洗浄機能のお陰でシャワーを浴びるより身体も着ぐるみも綺麗になってるくらいだ。
「よいしょっ」
じじー……と背中を開いて、ついにキャストオフ!
あー体が軽い、そして久しぶりの二足歩行!
これが俺の本体のハンサム顔だ……なんちゃって。
「『「『…………?」』」』
「ん、どうしたの皆?」
なんだか、皆の様子がおかしい。
俺が着ぐるみを脱いだ途端に、顔を一点に見つめられている。
えっと、なんでしょうか、「髪の毛伸びた?」とかそんな感じのアレなんですか?
「すみません、どちら様でございましょうか?」
「……はい?」
ジャクリーヌが発したその一言に、俺も目が点となる。
はて、どちら様とは、いったいどなた様の事を言っておられるのだろう。
まさかまさか、十数年来の付き合いであるジャクリーヌが俺に向かってそんな事いう訳あるまい。
「ジャクリーヌ? 部屋に誰か入って来たのかな?」
「いえそうではなく、今着ぐるみを脱いだ貴方が誰ですか?」
「……おいおいおい、冗談きついぜ。俺だよ俺、ダグラス・ユビキタス。そりゃ着ぐるみ着ている間は髪の毛とか切れないから印象くらい変わるかもだけど……」
『嘘だ! ぜったいダグ兄ちゃんじゃない!』
「え、ムーブンまで?」
念のため確認してみた……が、どうにもジャクリーヌは俺に向かって誰かと聞いたらしい。
彼女らしからぬ冗談だと思いきや、ムーブンにまで俺は俺じゃないと思われている。
「まってくれよ、声を聞いたら分かるだろ? ダグラスだってば」
『ほ、本当にダグちゃんなの? ちょっと信じられないというか……』
「嘘でしょメイヤーさん!?」
「確かに声はダグラス殿だが、しかしこれは……」
そんな馬鹿な!?
メイヤーさんもドンゾウさんも、というかこの場にいる皆には俺がダグラスに見えて無いのか!?
まさか着ぐるみマンティコアに仕込んだ魔法陣のせいで、体に思いもしない変化が及んだとでも言うのか……!?
『だって、ダグ兄ちゃんは……ダグ兄ちゃんは―――
ムーブンが酷く狼狽した様子で、俺を指さして。
――そんなに痩せてて、格好良くないもん!!!』
「……はい?」
刺された指先をたどり、自分の体を改めて確認する。
ずっと来ていた服は、上も下もなぜかぶかぶかになってしまっている。
運動不足の象徴であった脂肪分たっぷりのお腹は見る影もない。
しかも、さっきから妙に体は軽いときた。
これはつまり、あれだ。
マンティコア生活で肉と魚しか食べて無くて、しかも毎日四足歩行で激しい運動をしていた俺は……。
「俺、痩せてたぁぁぁぁ!!?」
何という事でしょう。
ジャクリーヌが鏡を向けるとあら不思議、そこには若いころの父さんを思わせる、茶髪に黒目の優男がいるではありませんか!
嘗ての目の隈黒々デブデブ男であった俺の面影が、見るも無残になくなってしまったのである!
「待って待って。コレ、ホントに俺なの? うっそー……炭水化物抜きダイエットってマジで効果あったの?」
「もしかして自分の容姿がどうなってるか知らなかったのですか? ……ダグラスおぼっちゃまか確認するために聞きますけど、お坊ちゃまが仕事で特に嫌いだったことが答えられますか?」
「先輩が作った魔法陣を数時間かけて必死に読み解いて、自分で同じ効果の魔法陣をつくって上司に見せたら『こんな魔法陣じゃ戦士の国では売れない。私の魔法陣をちゃんと見てやりなさい』っつって倉庫の奥深くにしまってある同じ効果なのに書き方だけ違う別の魔法陣を見せられてこれまでの苦労が徒労に終わってすみません吐きそうなんですけどもう話さなくていいですか」
「仕事の話をすると途端に死ぬその瞳! 間違いなくダグラスお坊ちゃまですね!」
「ねぇその診断方法は金輪際やめてくんないかなぁジャクリーヌ!?」
ひどい、もんのすごいトラウマを抉られた。
せっかく痩せていい気分だったのにあっという間にグロッキーである。
……しっかし本当に痩せてる、すごいなぁマンティコア式炭水化物抜きダイエット。
『ほんとだ、ダグ兄ちゃんだ……」
『あらやだ、ダグちゃんって痩せると本当にかっこよくなるのね。いったいどうしたの?』
「「男子、三日会わざれば括目してみよ」とはいうが、立派になられましたな。ダグラス殿」
トラウマを抉られた甲斐あってか、どうやら俺はダグラス・ユビキタスだと認められたようだった。
死んだ目を確認して俺だと判断するの、みんな酷くない? 酷すぎない?
そりゃあ自分でもこの痩せた体を自分の体だと思えないくらい違和感あるけどさ。
「はぁー……とりあえず俺への誤解は解けたとして。ドンゾウさん、ちょっと着ぐるみを着てみて下さい」
「はっ、御意のままに」
このまま俺が痩せたことを話題にしても何の益もない。
今は兎に角、眼前へと迫るレナータちゃんとの対談に備えなければならない、それを思い出した俺はドンゾウさんに着ぐるみマンティコアを渡した。
「どうですか? 上手い事マンティコアできそうですか?」
「マンティコアできるとは妙な言い回しですな。うーむしかしこれは、なかなか癖が強い。四足歩行に適した四肢……少し時間を頂きたいところです」
ドンゾウさんは着ぐるみマンティコアくんを着込むも、上手く歩けなかったり、尻尾や翼が不自然にびくびくしたりと、どこかぎこちない動きだ。
元シノビである彼でもこれなら、他の誰がやっても同じかもしれないな……。
「レナータ様には「ティコはお坊ちゃまに経過観察されている」とお話していますし、薬か何かで少し動きが鈍くなっている……と説明しておきましょうか」
「それいいねジャクリーヌ。ドンゾウさんもそれでいいかな」
「有り難い」
よし、ジャクリーヌのお陰で多少のおかしな動きも誤魔化せるだろう。
「それと、ダグラスおぼっちゃまには魔法実験室で待機していただいて……その前に服を新調したほうがいいですね、だぼだぼですし」
「ええー面倒くさい……、ていうか俺の部屋でも良くない? 別にどの服でもだぼだぼだろうし」
「い、いけません。おぼっちゃまはレナータ様に凄い魔法使いだと思って頂く必要がありますし、服もだぼだぼでも威厳が出るような服に着替えられた方が良いに決まっています」
「あー、確かに。それに俺の部屋だと散らかりすぎか……」
ジャクリーヌのいう事ももっともだ。
なんだか彼女がちょっぴり焦っているように見えた気がするが、きっと気のせいだろう。
そうと決まれば、ちゃっちゃと着替えますかと歩き出した瞬間―――
ずるり、ぱさり。
「ッ――っとと、ちょっと躓きかけ、て……」
「……え?」
ズボンの裾を踏みつけてしまい、躓きかけるも何とか踏みとどまった。
だがしかし思い出してほしい、俺はいまダイエットに成功し服はだぼだぼ、腰回りはゆるっゆるなのだ。
そして今しがたの擬音の後、俺の下半身は妙な清涼感に満たされていた、これ即ち――――
「っ―――きゃああぁぁぁぁぁあああ!!!?」
「のわぁわわわ!!?」
『ダグ兄ちゃんのダグ兄ちゃんがモロダシに!?』
『あらあら、うふふふふふ……』
「……立派になられましたな、ダグラス殿」
――――俺達が準備を整えるまでもう少しだけ時間がかかった、とだけ言っておこう。
今回の解説
契約の魔法:人が直接掛けた場合は契約を履行するか掛けた本人が解くまで解呪不可能。魔法陣が掛ける場合はダグラスなら解呪可能。
ダグラスの容姿:身長165センチ、体重80キロ→60キロ。元々不細工ではないが、目の隈が酷いのと太っている所為でイケメンには見られなかった。
「俺の部屋だと散らかり過ぎか……」:散らかるどころか自室は消えてなくなってる。
ダグ兄ちゃんのダグ兄ちゃん:ご立派である。
※炭水化物抜きダイエット等、栄養をわざと偏らせるダイエット方法は体調不良等の原因となり危険ですのでお控えください。




