34話:マンティコアのモフり心地はいかが?
令和になりましたね。年号が変わってもこの小説をよろしくお願いします!
「おはようございます、お父様」
「ンガァオ」
ガチャリ、とレナータちゃんと俺はギュンター卿の部屋に入る。
秘密の作戦会議を終えた翌日、今日は遂に魔法使いの国へ渡るのだ。
「おはよう、レナータ、ティコ」
部屋に入って来た俺たちを、ギュンター卿はいつも通りの落ち着いた声で迎えてくれた。
彼が立つ後方には、俺にとっては見慣れた魔法陣……めっちゃすすめるくんがすでに展開してあった。
「それがダグラスさんが作った、魔法使いの国まで行ける魔法陣なの?」
「そうだよ。これさえあれば、対となるもう一つの魔法陣まで、どんなに距離が離れていても一瞬で移動できるんだ」
「ほ、本当だったんだ……!」
「が、ガフっ」
めっちゃすすめるくんの事を聞かされたレナータちゃん、ますます俺への尊敬の眼差しが強くなってる気がする。
あのですねレナータちゃん、確かにソレは一見すごい物に見えるかもだけど3個以上設置したら間違いなく人死にがでる欠陥品だからね……とは言えないんだよなチクショウ。
とはいえ、今回俺は「賢者の石を作った偉大な魔法使い」として振る舞わないといけないし、ギュンター卿もソレを知っててワザと俺に箔をつけてくれているみたいだ。
「さてと、それでは行こうか」
「お母様は一緒に行かないの?」
「シャッピーを置いてくことになるから行かない……と言いたいところだが、まだ寝ているだけだ。流石にお父さんも起こそうとしてまた骨折はしたくないから勘弁してほしい……」
「そ、そうだね」
どうやら今回はリアーネさんはついてこないらしい、まあ事情を知らない彼女も一緒だと余計に誤魔化しづらいから、ありがたくはあるけど。
……それにしてもリアーネさんは寝起きは機嫌が悪いのだろうか、それとも寝相が酷いのだろうか、どちらかは分からないが、世界最強の嫁を持つ男の苦労がうかがい知れる一幕である。
「ティコ。一緒にダグラスさんにお礼を言おうね」
「ガフ!」
めっちゃすすめるくんの上に立つ俺たち。
魔法陣が光って、視界がぐにゃりと曲がっていく。
さあ、懐かしの我が家で、作戦開始だ!
「ここがダグラスさんのお家……」
「ンガフゥ」(随分久しぶりな気がするなぁ)
めっちゃすすめるくんによって俺たちは屋敷の玄関ホールに転移していた。
ああ懐かしの我が家、レナータちゃんの家と比べれば劣るものの、それでもなかなか立派な屋敷である。
さて、まずはマンティコアの役を交代しないといけない訳だけど、いったい誰が手引きするんだろう。
「ギュンター卿、しばらくぶりですね。ティコもレナータちゃんも元気そうで何よりだよ」
「ようこそギュンター卿、レナータ様。私、ユビキタス家のメイド長を務めております、ジャクリーヌと申します」
「ユビキタスさん、お久しぶりです。 ジャクリーヌさんははじめまして、今日はお世話になります」
(父さんに……ジャクリーヌ!)
俺たち3人を迎えてくれたのは、父さんとメイド長兼幼馴染であるジャクリーヌの二人だった。
レナータちゃんは丁寧に二人に挨拶をして、俺はジャクリーヌの姿を見て安堵する。
ジャクリーヌがこうして迎えてくれるって事は、父さんは偽装生活の秘密を他の使用人達にも伝えることが出来たという事だ。
ウチの使用人さん達みんなが今回の作戦に協力してくれるなら、これほど頼もしい事はない。
「ケイさん、また突然にすまない。今日はレナータがどうしてもダグラスくんにお礼を言いたいという事で、急な訪問になってしまった」
「いえいえ構わないですよ」
「…………?」
ギュンター卿と父さんが軽く世間話しをする中、ジャクリーヌはなぜかジロジロと俺たちを見ていた。
まるで誰かを探しているかのような素振りだが……どうしたんだろうか?
「あの、ジャクリーヌさん。 どうかしましたか?」
「えっ? ああ失礼致しました。レナータ様のお連れしている魔物が気になりまして……」
「ティコですか? あっ、すみません。身体は綺麗にしてるんですけど、この国では非常識だったら……」
「ああいえ! 大丈夫です。ただ単純に、こんな間近で大人しい魔物を見るのが初めてなものですから、つい」
ジャクリーヌの視線に気づいたレナータちゃんが、その訳を聞く。
それは魔法使いの国で生活している人間にはごもっともな回答ではあったが、しかしジャクリーヌは何かを誤魔化しているような感じがする。
とはいえそんな違和感は幼馴染の俺ぐらいしか感じ取れず、レナータちゃんは特に疑問を感じなかったようだが……。
「そうだったんですね。……あの、良かったらティコを触ってみます?」
「えっ?」
「大丈夫ですよ! この子とっても大人しくて、人を怪我させたこともありません! それに、すっごいもふもふですよ!」
レナータちゃんはジャクリーヌにマンティコアを触ることを勧めていた。
どうやら彼女にはジャクリーヌがティコを触りたそうに見えたようだ。
といってもまあ、外見はマンティコアだけど中身は俺だから、勧められたところで触る筈ないだろう……。
「もふもふ、ですか……」
「はい! たてがみとかもうフッサフサのもふもふですよ!」
「ふさふさ……もふもふ……」
(!?)
おいおいおい、触りたそうだわアイツ。
え、まって、なんで?
どうしてジャクリーヌは目を輝かせて俺を見てるんだい?
マンティコアの中身は俺だというのは本当に分かってる……んだよね?
「ティコ、ジャクリーヌさんに触らせてあげてね」
「そ、それでは失礼して……ふわぁ♡」
「ホヒャーン!?」
絶対これ分かってないヤツだー!?
ジャクリーヌはレナータちゃんに勧められて、意を決して俺の首元へがばりと抱きついてくる。
「はふぅぁぁっ……、ほんとにふさふさモフモフで、抱きついてもビクともしない大きさと暖かみ……まるでおっきいネコちゃんに抱きついているような……素晴らしいです……♡」
「ガワワワワワ」(あばばばばば)
ジャクリーヌが十数年間一緒に過ごしてきて聞いたことも無いような蕩け声を出しながら、俺を撫でくり回していた。
誤解なきよう言うけど俺とジャクリーヌは幼馴染といっても決して気軽にハグし合ったり一方的に撫でまわされたりとかいうそんな甘酸っぱい関係では断じてないので間違いなく彼女は俺がマンティコアってことに気付いてない訳ででででで!?
密着している俺は女の子特有の妙にいい匂いとか、ほっそりした体つきの彼女にも確かに存在する柔らかな二つのアレの感触やら、顔の距離もめっちゃ近いわで頭の中があばばばばばば……!?
「ガフアァァ」
「これは、いいものですね……もふもふ、もふもふ」
「そうですよね!そうですよね!」
「「!?」」
ジャクリーヌが抱きついたまま俺の触り心地を絶賛しレナータちゃんが同意する中、雑談をしていた父親2名が事態を把握してギョッとしていた。
はやくたすけてー! 俺の羞恥心はとっくに限界なんですけどー!
「えーっとね、レナータちゃん。「ダグラスがティコの経過観察を早くしておきたい」って言ってたから、ティコくんだけ先に行かせても良いかな? ほら、ジャクリーヌも程ほどにしておきなさい」
「………ッッッ!!?」
父さんが俺を引き離すための口実を言った瞬間、さっきまでふやけた顔をしていたジャクリーヌはそれはもうすっごいビックリ顔に。
その表情のまま、ギギギ……、と錆びついたカラクリのように彼女は極めて至近距離にあるティコの顔をまっすぐ見て、口をパクパクする。
――唇の動きを見てみると「もしかして ダグラス なの?」と言ってるようなので。
――「ハイ ソノトオリデス」との意味を込め、深々と頷いてやった。
「~~っひゃぁあああ!? しっ、ししし失礼しましたぁぁぁわわわ!!?」
「ジャクリーヌさん!?」
ボンっ! と爆発したみたいに顔を真っ赤にしてジャクリーヌは俺から離れてくれた。
あまりに突然の恥ずかしがりっぷりにレナータちゃんもビックリ。
はふぅ、た、助かった……危うく恥ずかしくて死んじゃいそうだった、いやまあジャクリーヌは正に死ぬほど恥ずかしがってるわけだけども。
「しょ、しょうがないですよ! 私もティコをもふもふしてる時は夢中になっちゃいますもん!」
「ええ、もふもふでした……もふもふでした……。はゎゎゎ……あ、あんな思いっきり抱きついて、ほ、ほ、頬ずりまでっ……」
真っ赤な顔を見られないようにうずくまっているジャクリーヌに、レナータちゃんがちょっと見当違いなフォローを入れる。
どうにも「ティコをモフっているあられもない姿をみられた事が恥ずかしかったのかな?」と思ってくれてるらしい。
まあこれはこれで都合がいいので勘違いしててもらおう。
それにしてもジャクリーヌのあの反応といい、父さん、俺がマンティコアをやってることをみんなにきちんと話せてないみたいだ。
契約の魔法のせいだろう、ジャクリーヌはきっと「俺が誰かになりすましてる」くらいしか聞いてなかったに違いない。
だとすれば、彼女は最初にジロジロと俺達を見て――俺を探していたのだと納得できる。
「レナータ、そろそろティコをダグラス君に診てもらおう」
「あ、はい。ティコ、一緒にダグラスさんのところに――
「あぁレナータちゃん! それなんだけどね、ダグラスがどうしても「一人で確認させてほしい」って言ってるんだ! 悪いんだけどダグラスの用事が終わるまで、客間で待ってもらえるかな?」
「えっ? そ、そうなんですか? えーっと、うーん……」
ハプニングがあったものの、俺とレナータちゃんを引き離す作戦は続行。
ギュンター卿や父さんがなんとか説得するも、レナータちゃんは躊躇している。
ご主人様抜きでマンティコアと人間を一対一にするのはめちゃくちゃ危険な行為だし、いくら俺を信頼してるとはいえ、レナータちゃんがそれを許すわけにはいかないだろうしなぁ。
「ダグラス君なら大丈夫だ。ティコも彼に治療された後にはすっかり懐いていた。二人きりになろうと、ティコがダグラス君を傷つけるようなことはしない、父さんが保証する」
「ティコが……やっぱりすごいなぁ、ダグラスさん」
ナイスギュンター卿! でも俺の株を上げるのはほどほどにお願いしますね!
ギュンター卿の堂々とした嘘に、レナータちゃんも信じ込んでしまったようだ。
「――ティコ。ダグラスさんのとこまで、私がいなくても、大人しくいう事を聞いてね?」
「ガウッ!!!」
レナータちゃんのお願いに、俺も元気よく返事をする。
「それじゃあギュンター卿とレナータちゃんは、僕についてきて。ジャクリーヌはティコをお願い」
「はふぅ……かしこまりました。それではティコ様、こちらへ」
こうしてギュンター卿とレナータちゃんはに父さんに連れられて客間に、俺はなんとか落ち着いたらしいジャクリーヌと別の部屋に分かれることができた。
で、ジャクリーヌに連れていかれている間に――――
「……ダグラスお坊ちゃま」
「……なんで、しょうか」
「今見たこと、感じたことは一切合切忘れてください」
「いやあんなことされたら忘れようが「忘 れ て く だ さ い」ハイ、ワカリマシタ」
――しっかり釘を刺されたのは、お約束である。
今回の解説
リアーネさん:ギュンター卿が起こそうとすると寝ぼけてベッドに引きずり込んでくる。朝から激しくベアハッグを行う仲睦まじい夫婦である。
ジャクリーヌ:抱き心地のいい大きなぬいぐるみとかが大好き。ダグラスの呼び方に関してはプライベートだと名前のみ、叱るときや他人がいるとお坊ちゃま付けになる。