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番外編:一方その頃ユビキタスさん家は・前編

番外編です、長くなってしまったので前編と後編に分けます。

 ダグラスがマンティコアとして偽装生活を送ることになり、数日が経過した頃である。

 ユビキタス家の屋敷では、今日も複数の使用人達が慌ただしく仕事に励んでいた。


「ダグラスおぼっちゃま、出てきてください。自室に丸一週間も籠っておられると、流石におぼっちゃまのお腹周りの脂肪だけでは身体が保たないかと。おぼっちゃま?」


 ドンドン、とダグラスの自室の扉を叩く女性が一人。

 彼女はジャクリーヌ・エルル、ユビキタス家に仕えている使用人の一人だ。

 細い切れ目の、長い黒髪が特徴的なスレンダー美人である。


 使用人の中でもメイド長という重要な役割に属する彼女は、ユビキタス家の人間の健康管理も欠かさない。


 ――とはいえ、当主であるケイは「自己管理もギルド長の勤め」という心構えらしく、使用人を必要以上に頼ることはしない。

 奥方のパトリシアは屋敷にある研究施設から滅多に出てくることはなく、何より「他人にお世話をしてもらう必要のない」状態なので全く問題がない。

 そうなると必然的にジャクリーヌが世話を焼いているのが、当主の息子であるダグラスであった。


 魔法ニートであるダグラスは、お世辞にも規則正しい生活を送っているとは言い難く、故に彼女は常々口すっぱく言って聞かせ、時には多少強引にでもお世話をしている。

 もっとも、自宅では反抗期の如きワガママを発揮するダグラスは、素直に言う事を聞いてはくれないのだが。


「……無視ですか、おまけに鍵までかけているとはいい度胸ですね。わかりました、おぼっちゃまがそういう態度なら、私も相応の対応をさせていただきます」


 扉から返事が返ってくることはなく、それを無視と捉えた彼女は若干の苛立ちを覚えた。

 そりゃまあ、いつもは二日三日おきに部屋から出てくるダグラスが、一週間も屋敷内で顔すら見かけなくなれば、彼女も心配するというもの。


 よって、魔法を使ってドアをこじ開けることとした。


「スラ、キュロ、ヌアーゼ、ダグ、結界は極めて薄く(カクタストゥルイス)硬く(アトハイレングス)無尽蔵に(カントレス)―――」


 刃のごとく薄く鋭い結界を無数に発生させ、扉を粉微塵に切り刻もうとするジャクリーヌ。

 鋼鉄製の壁すら切断してしまう恐るべき魔法である、ダグラスの自室のドアなどひとたまりもない。

 ゾンッ、とバラバラに崩れ落ちたドア、そして奥からは――――


「――いっっっっ冷たぁぁぁ!!?」


 ――ビュゴウっ、っと絶対零度の冷気が吹きすさび、ジャクリーヌの体温を凄まじい勢いで奪うのであった。


「こ、これ、魔法陣の暴走!? 誰かきてー!!? おぼっちゃまがー!?」


 どうみても人間が耐えられない超低温の自室の中、ダグラスがいるのではないかと思い込んだジャクリーヌは血相を変えて助けを呼ぶ。

 彼女は知りもしない、ダグラスは既に魔物使いの国に行っていることを。

 そして、ギュンター卿のもとへ行く直前に開発していた『部屋をいい感じに涼しくするくん』を停止し忘れたせいで、自室を絶対零度の開かずの間にしてしまっていたことも。



「もうっ、ケイ様っ! ダグラスおぼっちゃまは不在という事をなぜ黙っていたのですか!」

「い、いやあ、ごめんね? うっかりわすれちゃっててさ……」

「忘れたで済みますかコレが! 魔法陣を破壊しようにも寒すぎて近づけないから、おぼっちゃまの部屋もろとも吹き飛ばす羽目になったんですよ!」


 しばらく後、ジャクリーヌは顔を真っ赤にしてケイに説教をしていた。

 側にはダグラスの部屋だったもの……、他の使用人が放った炎の魔法で黒焦げになった大穴が空いている。


 そもそもダグラスの事情を知っているケイが使用人達に話をしていれば、ジャクリーヌも部屋を開けることはなかっただろう。

 部屋に魔法陣をいくつも放って置いている所為で、ダグラス以外の人間にとってはトラップハウスと化しており、必ずダグラスと一緒に部屋に入らなければならないからだ。


「最初から話してくれてれば部屋も開けなかったし、こんなに心配する必要もなかったのに……」

「面目無い……」


 仏頂面のジャクリーヌにケイはひたすら申し訳なさそうにするしかなかった。

 とても使用人とそれを雇っている雇用主が見せる光景ではないのだが、ユビキタス家の中では割とよくあること。

 幼いころからユビキタス家に仕えていたジャクリーヌは、使用人というよりケイの娘のような立ち位置なのだ。


「――ところで、ケイ様。ダグラスお坊ちゃまは、今どこにおられるのですか?」

「うへっ!?」


 何の気なしに放った質問に、ケイが素っ頓狂な声を上げる。

 その反応にジャクリーヌはそんなに変なことを聞いただろうか? と訝しむ。


「……私としては、お坊っちゃまが外に出ておられることが珍しいから聞いただけなのですが」

「えーっとその、それはねー……」


 だらだらと冷や汗を流し、なにかを必死に考えるような素振り。

 もうお分かりだと思うが、この男、ダグラスがマンティコアになりきって魔物使いの国に行っていることを他の人間に伝えていないのである。


 理由はごく単純、ティコの死体が保存してあったあの部屋にかけられた契約魔法、アレのせいでケイは「マンティコアのティコが死んでいる」事を話す事が出来ないからだった。

 ダグラスが魔物使いの国に行っている事は話せるのだがその理由が上手く話せない、しかも犯罪に片足突っ込んでいる今回の件を他人に喋りたくないという、ヘタレにヘタれた事情である。


 もっとも、レナータが学校を卒業するまでダグラスはティコのままなので、ダグラス不在に気づかれるのは時間の問題だったのだが。


「そう、旅行! ダグラスは魔物使いの国に旅行に行ってるんだ! マジックアイテム作りが行き詰まってるみたいだから、たまには外に出たらいいアイデアが浮かぶかもよ? って僕が勧めたんだよ!」

「はぁ、旅行ですか……」


ケイが苦しい言い訳をするものの、ジャクリーヌはますます怪しいとジト目で睨む。


(おぼっちゃまが旅行……あの引きこもりに限ってありえません。しかも他人から勧められたら、お坊っちゃまは余計に意地を張って絶対に部屋から出てきませんし)


 怪しい、怪しすぎる。

 しかも旅行先は魔物使いの国?

 ダグラスが作ったマジックアイテムなら、旅行気分で他国に行く事はできても、そのダグラスの気質からして他国なんて行きたがるわけがない。


「ケイ様、お言葉ですがなにか隠し事でも」

「あーっ! あーっ! そそそういえばもうすぐ冒険者ギルドと商談に行かないといけなかったなー!」

「あっ! ちょ、ケイ様!?」


 問い詰めようとしたが、ケイは脱兎のごとき速さで逃走してしまった。

 魔法を使って捕まえる事もできないこともなかったが、そこまで大事おおごとにするほどではないと、その時のジャクリーヌは思ったのだが。


「……絶対怪しい」


 逃げるケイの背中を、ジャクリーヌは猜疑の目をもって睨みつけるのであった。




 それからというもの、ケイはジャクリーヌを露骨に避けるようになった。

 もっともそれは嫌がらせだとか、そういった類のものではない、怒られるのが嫌で逃げている子供のような避けられ方だった。


 ジャクリーヌからすればそんな態度は当然バレバレだし、あからさますぎて逆に周りになにかを隠してるんだなということが伝わっている始末。

 家庭内ではダメダメな男、ケイの本領発揮である。


「ひそひそ……最近、ダグラスお坊っちゃまの姿が見えないわね……」

「ケイ様の様子もおかしいし……どうしたのかしら」


「…………」


 時間もさらに経過して、ダグラスを屋敷で見なくなってから二週間にもなった。

 ダグラスが屋敷から居ないことはジャクリーヌだけでなく、屋敷内の誰もが怪しんでいる。


 今日もまた、屋敷の一室からメイド達の声が聞こえてきた。

 扉越しにその話しを聞いたジャクリーヌは、顔をしかめる。


「……いつまでたっても就職しないおぼっちゃまに痺れを切らして、勘当されたとか?」

「まさかぁ……」

「でもケイ様のあの態度、まるで聞かれたくないことを隠して――」

「貴女達、もう清掃は終わったのかしら?」

「「じゃ、ジャクリーヌさん」」

「まだ終わっていないなら、さっさと片付けてしまいなさい」

「「はっ、はいぃ……」」


 ガチャリとドアを開け、話に夢中になっているメイド達に注意する。

 渦中のジャクリーヌに今の話を聞かれたと知った二人のメイドは、顔を青ざめながら清掃作業に戻った。


「はぁ……」


 部屋を後にしたジャクリーヌはため息を一つ。

 先ほどの話しが頭によぎるが、ありえないことだと頭を振って否定する。


(勘当なんて――絶対にない。お坊っちゃまは確かに働かないけど、ケイ様も事情を知ってそれを許してる)


 ではなぜ、ダグラスは屋敷にいないのか?

 どうしてもその疑問に答えが出ずに、ジャクリーヌはため息をつく。

 危ない目に遭っていないだろうか?

 なぜ理由を話してくれないのか?


 全ての疑問が不安を大きく膨らませる原因になってしまう。

 ジャクリーヌは、とにかく不安で心配だった。


(こうなったら……皆で協力して、ケイ様から無理矢理にでも聞き出そう。うん、それがいいわ)


 彼女にとってユビキタス家は、名も顔もしらない家族よりずっと大切な居場所である。

 そこに自分を連れてきてくれたダグラスは、ジャクリーヌにとって最も大切な人なのだ。


 そんなわけで彼女は、自分と似たような立ち位置にいる他の使用人達を集めようと決心するのであった。

今回の解説

ジャクリーヌ・エルル:幼い頃にスラムからダグラスが連れてきて、そのままユビキタス家で住み込みメイドとして働いている。「エルル」のファミリーネームは自分で適当につけた。ちなみに透視魔法で服をスケスケにされた使用人が彼女。


ダグラスの自室のドア(三代目):ジャクリーヌに切り裂かれドアとしての役目を終えた。ちなみに初代はダグラスの魔法実験で焼失、二代目は透視魔法の被害に遭ったジャクリーヌにバラバラにされた。


ダグラスの自室:焼き払われた。流石に自分の部屋を失ったのは今回が初めて、本人が知ったら相当落ち込むと思う


部屋をいい感じに涼しくするくん:プロローグでダグラスが作っていた魔法陣、試運転モードということでとりあえず大地から魔力を吸い上げる方式で起動したまま放っておいた結果、部屋の温度をいい感じどころじゃないまでに涼しくしてしまった。


ケイ・ユビキタス:若いころに借金取りに追われて鍛えた健脚は今も衰えていない。なおプライベートでは仕事で培った度胸が発揮されない模様。

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