115話:私と彼が手を取り合う場所、その名を
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「さーて、さっそく始める?」
「こんなに近くて良いんですか? 魔弾を撃つ前に、私の拳が届いちゃいますけど」
「おおう、それは怖い」
私とダグラスさんは、武器を手にしたまま軽口を言い合う。
お互い笑いながらこう言っているけれど、実際私はダグラスさんを説得するために彼の目の前まで近づいている状態なので、豊穣の籠手に生やした砲戦花を撃つより、このままダグラスさんを殴った方が早かったりする。
「なーんて、冗談です。それじゃあダグラスさんも納得できないですよね」
「うーん、まあ、かっこつけて射出機取り出した手前、即ぼこぼこにされるとか格好がつかないなぁ……」
もっとも、そんな無粋なやり方でダグラスさんの恐怖が打ち砕けるとは思っていないから、言うだけでやるつもりはこれっぽっちもない。
私は後方――ココたちを待機させている辺りまで後退した。
「ココ、まるもちちゃん。もうちょっと私を見守っててね」
「キュウ?」「フシャー?」
更に私は、2匹には待機し続けてもらうことにする。
この戦いで魔物達の力を借りることはしない、つまり私はダグラスさんと一騎打ちをするつもりだ。
これは私のわがままだけど、それだけじゃなくて――
「……本当にいいのかい?」
「はい! 知ってますか、ダグラスさん。魔物使いが魔物を従えさせる昔からのやり方は、一騎打ちで相手を打ち負かして、力を認めさせることなんですよ?」
「ほーう、なるほどね。それじゃ俺が負けたら、今日から君は俺のご主人様だ」
「いーえ、私はもうダグラスさんの力を認めてますから。私が勝ってもおあいこ――つまり、私が勝てばダグラスさんと私は相棒になります」
「お、おう……。なんだか、恥ずかしいな……」
――この戦いは、ダグラスさんの恐怖を打ち砕いて、私と彼が相棒になるための試練。
だから私は、1対1で臨む。
「さて……それじゃ、早撃ち勝負と行こうか」
「はいっ」
その声を最後に、私達は向き合い、押し黙った。
ダグラスさんの一挙一動を観察し、虚をつくタイミングを探る。
彼もまた、同じように私から目を離さない。
私とダグラスさんの間にある距離は、近くも遠くもなく、中途半端だ。
お互いの弾が放たれたとしても、もしかしたら躱せるかもしれない、そんな風に思えるくらいの距離。
豊穣の籠手を嵌めた右腕を、いつでもダグラスさんに向けられるように精神を集中させる。
ダグラスさんが先に動くか。あるいは不意打ちの魔法が来るか。私から仕掛けるか。
起こりえるあらゆる状況を想定して、その全てにどう対処するか想像して、瞬間的に動けるよう、身体に思考を馴染ませる。
永遠にも、一瞬にも思える空白の時間、私達は、お互いに見つめ合って――――
「――――ッ!!」
――発砲、砲音、先に動いたのはダグラスさん。
彼が動くと同時に私は左へと横跳び、彼の腕に向かって、豊穣の籠手を向けた。
魔弾が迫る――私の髪の毛を掠めた。直撃はしていない。私の放った砲戦花の弾丸は――彼の右腕に直撃した。
「ぐ――っ!」
衝撃でダグラスさんの右手が跳ね上がる、魔弾射出機が手から離れて宙を舞った。
まだ終わっていない――私は左足で床を蹴って、左へ進む勢いを、ダグラスさんへ向かって方向転換する。
「っ痛ぅ、まだ、だ――!」
駆ける、駆ける、ダグラスさんと空いた距離を、ひたすらに詰める。
豊穣の籠手に砲戦花の種を植える時間はない、植物魔法は遅すぎて論外、だから私は進む。
ダグラスさんの動きも速い、痛む右腕に顔をゆがませながらも、左手には新しい魔弾射出機が握られている。
彼が私に魔弾射出機を向けようとする。その前に私は駆けて駆けて――
「やあぁぁっ!」
「!!?」
――跳んだ。
跳んで私は、空中へ投げ出され、床へと落ちようとする魔弾射出機をキャッチした。
「魔弾装填っ!」
最も優れたマジックアイテムの条件の、もう一つは、誰にでも扱えること。
身体はまだ宙に浮いたまま、射出機をダグラスさんに向ける。かちり、と射出機に魔弾が装填された。
一度もコレに触れたことのない私でも、この後どうすればいいのかは、簡単に理解できる。
「射出ッ!!!」
ダグラスさんの胸に照準を合わせて、引き金を引く。
「――――――ああ」
魔弾が直撃するその直前に、彼は目を見開いて、それから微笑んだ。
私にはそれが。何かに納得して、魔弾を受け入れたように見えた。
――ダグラスさんは、後でこんな事を話してくれた。
『あの時俺には、射出機を構えた君の姿に重なって、俺自身の姿が見えてたんだ』
『きっと君に託した俺の願い。働きたいって気持ちが、見せてくれた……幻だったんだろう』
砲声、その後に続いて、ダグラスさんは仰向けに倒れる。
私は彼の目の前に着地して、床に倒れる彼を見下ろして、射出機を突きつけた。
魔弾は確かにダグラスさんの胸に直撃した、しかし彼の身にはなんの異常も見られない。
ダグラスさんは「いてて……」と呻いて、倒れたまま口を開いた。
「……魔枯らしの魔弾は……俺専用の安全装置が設けてあってね。滅茶苦茶魔力が多い人間には、発動しないようにしてあるんだ。だけど、普通に痛いな……これ……」
「まだ、続けますか?」
「……ううん、俺の負けだよ。これ以上ないってぐらい、負けを実感した」
肝心の魔弾は自分には通用しない……、そう言いながらもダグラスさんは、どこか晴れやかな顔をして自分の負けだと、言ってくれた。
「それなら――」
この勝負は私の勝ち、それなら。
彼に向けた射出機を下ろして、入れ替わりに何も握っていないもう一方の手を、彼に差し出す。
倒れた彼を起こす為の手と同時に、それは……。
「――私の夢は、貴方と一緒にマジックアイテムを作って、魔物使いの国で働くみんなを助ける事です。だからダグラスさん、私と一緒に働いてくれますか?」
私の夢に、ダグラスさんを誘う手だ。
「俺で良ければ……いいや、あえて、こう言わせてほしい」
ダグラスさんは一度口に出しかけた言葉を、頭を振って訂正すると――満面の笑みを浮かべて。
「ぜひ俺を、君の夢に付き合わせてくれ。俺も君と、一緒に働きたい」
差し出されたその手を、掴んでくれた。
お互いに、本気でぶつかり合って、心の内を曝け出して、言葉を交わして。
そうしてようやく私たちは、また相棒として、手を取り合うことができたんだ。
戦いが終わって直ぐに、ダグラスさんは転移の魔法で私たちと一緒に、外の広場で破壊の影響が少ない所へ移動していた。
「ユビキタス・ダイナミック、元に戻れ」
彼のその一声で、巨人は光に包まれながら空中へ浮いて、バラバラに分解されていく。
そうしてバラバラになったパーツは、お屋敷があった方向へと飛んでいった。
……巨人の姿に組み上がる時もそうだったけれど、凄まじい光景を見せられて、圧倒されちゃうなぁ……。
「改めて見ると、本当に凄いですねこれ……」
「くっひっひ、なんせウチの使用人で作った最高傑作だからね―――」
「「「「レナーター!!!」」」」
「ダグラス!」「ダグラス殿ー!」「ダグちゃんー!」『ダグ兄ちゃん!』
2人で巨人が解体される様を見上げていると、横合いから私達を呼ぶ沢山の声が聞こえた。
驚いて声の方を見てみると、そこには観客席にいたはずの皆が、こちらに向かって駆けて来ていて……。
「みんな――わぷっ!?」
「勝ったわね、ホントに勝ったっちゃったわね! 流石よレナータ! まあもちろん私は、レナータが勝つって信じてたけどっ!」「ダグラスさんも一緒に働くって言ってくれて、良かったなー!」「いやスゲー戦いだったぜ! おめでとうな!!!」「オイ変態ヤロー、あのデカブツもう一回出せ。俺に戦わせろ」「ハニー……ちょっと落ち着こう」
そうして私は皆にもみくちゃにされながら、勝利を祝われて……って、あれ?
ちょっとまって、何かおかしい気がする。いやお母様の言葉は予想通りだけど、皆の言ってることに違和感を感じる。
「……ぷは、え、ええと。みんな、どうして私が勝ったって知ってるの……?」
そうだ、違和感はそこだ。
確かに私は戦いに勝ったし、ダグラスさんの説得にも成功したけれど、それはあのユビキタス・ダイナミックっていう巨人の中で起きた事、なのに―――。
「全部丸聞こえだったわよ?」「うんうん、あの巨人から声が聞こえまくってたぞー」「凄いデカい声だったぜ!」
とってもいい笑顔で、皆は私の疑問に答えてくれました。
……え? 丸聞こえ? それって、巨人の中で話してた内容が、皆にもまるまる伝わってるってこと――
「あ゜ーーーっ!? 拡声機能切り忘れてたぁーーーーーっ!!?」
「ふえぇぇぇぇぇぇええええ!!?」
ダグラスさんと私の絶叫が、同時に広場に響き渡る。
まさか全部みんなに聞かれちゃってるなんてぇぇぇ!!?
いや、その、ダグラスさんに向けて言った言葉は全部私が心から思ってた言葉なんだけど、それはダグラスさんと二人きりだと思ってたから言えてた訳で、えと、だからこそ他の人にそれを聞かれてたって恥ずかしいってレベルじゃない、顔が、かおがあつい……!!?
「レナータ、凄い真摯な言葉だったわね……。聞いてる私達まで心が暖かくなったわ」「ダグラスさんが陥落するのも納得の口説き文句だったなー」「二人は良いコンビになれると思うぜ! 俺も保障する!」
「うううう」
皆の生暖かい視線が、物凄く痛いです……。
「お、おれの泣き言……ぜんぶ、きかれてた……く、くひ、ひひひ……」
『大変だー!? ダグ兄ちゃんの魂が飛びそうだー!?』「ダグラス殿ー!? 気を確かにー!?」『あらら、ダグちゃんってば本当に恥ずかしがりやさんねぇ……』
私がゆで上がってる隣で、ダグラスさんはなんというか、抜け殻になってしまっていた。
うん、ダグラスさんに至っては大泣きしてたから……その、心のダメージにおいては私よりずっと酷いかもしれない。
魂が抜けたダグラスさんを見て、集まった使用人さんたちはひたすらオロオロしていた。
「くひひ……だれか、おれをころせ……」
「ダグラス。しっかりして下さい」
「あてっ。じゃ、ジャクリーヌ……」
そこにジャクリーヌさんがダグラスさんの前に出て、デコピンを一発おみまいした。
一先ず正気を取り戻したダグラスさんだけど、その表情はとても気まずそう。
「そ、その……格好悪いところ、聞かれちゃったな」
「格好悪くなんか、ありません。少なくとも私にとっては、ずっとずっと、聞きたかった言葉でした」
「えっ?」
対するジャクリーヌさんは、そんな事はないとはっきり言い放つ。
その表情はどこか泣きそうで、そしてなにより、嬉しそうだった。
「やっと……弱音を吐いてくれましたね。ダグラスが仕事を嫌いになってから、ずっと心配していたんです。私は、貴方が怒りをちゃんと吐き出してくれたことが、ただ嬉しいんです」
『うん……。ダグ兄ちゃん、いつもどこか苦しそうにしてたから……、ちゃんと話してくれて俺も嬉しい』
「うむ。見ればダグラス殿の顔も、付き物が落ちたようで……本当に良かった』
ジャクリーヌさんを始めとする使用人さん達はみんな、ダグラスさんがこの戦いで本音を話してくれたことに、安心しているみたいだった。
「みんな……今まで心配かけて、ごめん」
「いいえ、それはいいんです。それより……もう、大丈夫ですか? 仕事への憎しみは、晴れましたか?」
「……うん! 昔の事を憎み続けるのは、止めた。そんなことより、もっとやりたい事が出来たから――俺はもう大丈夫だよ、ジャクリーヌ」
「! はい……!」
ダグラスさんも、ジャクリーヌさん達の言葉で落ち着けたみたいで、清々しい顔をしながら大丈夫だと宣言していた。
(本当に、よかった……)
それを見た私は、心の底から安堵する。
全部、ちゃんと上手くいった。
私は、ダグラスさんの抱えていた怒りと、その先にあった恐怖を、打ち砕くことが出来たんだ。
「さて、と。俺の就職先も、決まったことだし……」
ダグラスさんはそう言って一息つくと、つかつかと使用人さん達の合間を縫って歩き出した。
その先にいるのは、ケイさんと、パトリシアさんだった。
「やほやほ、よかったねーダグちゃん♪」
「はぁ……まったく。まさかレナータちゃんに俺の過去を見せてたなんてね……。こうなること、知っててやったでしょ」
「うっひっひ、どうだろうね? 私は単に「レナータちゃんがダグちゃんのサンドバックになってくれそーだなー」って思ってただけだよー」
「それはそれで酷いなぁ……ま、結果良ければ全てよし、だけどさ」
最初にパトリシアさんの方を向いたダグラスさんは、呆れたように笑っている。
どうやら私とダグラスさんが戦うことまで想定していたらしいパトリシアさんは、相変わらず底が知れないけれど、彼女も嬉しそうに笑っていた。
次にダグラスさんは、ケイさんに向き合った。
パトリシアさんの時とは反対に、ダグラスさんの表情はなぜか緊張しているみたいだった。
「それで父さん。お願いがあるんだけど」
「ああ、ギルドを運営するのに必要な資金がいるんでしょ?」
「あ、うん。そうなんだけど……お小遣いの前借りとか、できる?」
「ははは、前借りも何も、ダグラスが今までユビキタス商会で稼げた筈のお金は、みんな貯金してあるからそれを使いなよ。……正直言って僕が引くぐらいお金が貯まってるからさ」
「ええっ!? と、とってあるの!?」
「僕が不当にお金をやりくりするわけないだろう? このお金は、ダグラスが受け取るべき正当な報酬だ」
「……ありがとう、父さん」
ダグラスさんはなんと、私がギルドを立ち上げるために必要なお金を工面しようとしてくれていたのだった。
「その、ダグラスさん……ありがとうございます!」
「お礼はいいよ。なんせ今や、君の夢は俺の夢だし。それに……相棒として、まずはこれくらい貢献しないと」
「ダグラスさん……!」
私はダグラスさんに深々と頭を下げる、ダグラスさんは当然とばかりに笑ってくれた。
私はひとりでギルドを立ち上げるだけの資金を稼ぐか、お父様から借りるかするつもりだったのだけれど、ダグラスさんからの支援は本当に有り難かった。
これは、もしかすると本当に、明日からでもギルドが立ち上げられるかも知れない。
「な、なんだか凄いとんとん拍子に上手くいっちゃって、ドキドキしてきました……」
「いいんだよ。レナータちゃんのこれまでの頑張りと、これからの頑張りには、ふさわしい報酬が必要なんだから。勿論、これからは俺もその頑張りに加わるわけだけど」
「――! はいっ、よろしくお願いしますっ!」
「うん、よろしく」
そうして、私とダグラスさんは、改めて一緒に働くことを誓い合った。
「ところでレナータちゃん。ひとつ聞きたいんだけど」
「なんですか?」
「ギルドの名前って、もう決めてあるの?」
「名前、ですか」
私はダグラスさんに質問をされた。
私と彼がこれから働くギルドの、名前。
「なんだった俺が――」
「大丈夫です、もう決めてます」
「――あ……そうなのね」
「賢明です、ダグラスが考えるとロクな名前になりませんからね」
「ええっ、そりゃないよジャクリーヌ……」
「ふふふっ」
ジャクリーヌさんに鋭く指摘されて、ダグラスさんは軽く落ち込む。
私は可笑しくて、思わず笑ってしまった。
そう、ギルドの名前はもう、決めてあるんだ。
「ギルドの名前はですね――」
魔法使いのダグラスさんと、魔物使いの私が、手を取り合ってマジックアイテムを作る場所。
そうして私達の作ったマジックアイテムが、沢山の人と魔物の、生きる助けになっていく。
その場所の、名前は――
「――マジックアイテム工房「マギアニマ」です!」
――マギアニマ、その名前を私は高らかに宣言する。
これで、始まりの話はお終い。
私の――私と彼の夢は、ここから続いていく。




