114話:怒りの先に隠れていたもの
お待たせしました、114話更新になります!
「私と一緒に過ごした日々は、辛いだけの思い出なんですか!!!」
私がダグラスさんに向けてその言葉を言い放ったのは、衝動的なものだった。
巨人に乗って拳をくり出し続けて、物凄い魔法を叩きつけられて、それでもなお怒りのままに叫ぶ彼。
私はダグラスさんの怒りを受け止めるために、黙ってその叫びを受け止めて、静かに猛攻を耐えて躱し続けて、そしてとうとう耐えられずに言ってしまった。
仕事には辛い記憶しかないという彼に、私は一緒に過ごした日々を思い出して欲しかった。
私にとって、ダグラスさんと一緒に働いた日々はとても楽しくて、かけがえの無い思い出だったから。
辛い記憶しかないなんてことはない、きっとダグラスさんも、ティコとして働いていたあの時は、楽しかったんじゃないかと、当初の目的も忘れて言ってしまった。
結果的に、その言葉が決定打になったのは、幸運だったと思う。
その直後に、ダグラスさんの呻く声が聞こえて、同時に巨人の動きがピタリと止まった。
何か凄い攻撃がくると思っていた予感を外されて、一瞬だけ驚くも、チャンスだと切り替える。
「ココ! 巨人の胸部分に穴を開けて!」
「キュクァ! スァァーーーーカァッ!」
ダグラスさんがこの巨人のどの場所に居るのかは、見当がついていた。
再生する順番。
攻撃して、散々破壊して、それでもすぐにこの巨人は再生する。
私はそれに見覚えがあった、かつてココを呪いから助けるときにダグラスさんが用意したあの小屋だ。
大地の魔力を組み上げて再生する小屋は、今は巨人の右足となっている。
多分左足も、同じ作りになってる筈だ。
だからこの巨人は、再生するときに下から再生し始めている。
そして、そこだけじゃない。
足と腕同時に切り離して、足からの供給源を絶ってもなお、腕は体の方から再生し始めていた。
それはつまり、もう一箇所、魔力を供給する部位があるということ。
おそらく、全身に魔力をすぐに流せる部位、胴体にダグラスさんはいる。
ココにお願いして、胸部分に向かってブレスを撃ってもらう。
巨人の胴体が大きく軋んで、歪んだ。
「キュックーゥ!!!」
脆くなった胴体部分を突貫するために、ココは私を乗せたまま、突撃した。
バガァッ! と凄まじい破壊音が響いて、私はココ共々、巨人の内部へと転がり込む。
「シャッ!」
穴が塞がる直前に、まるもちちゃんも胴体部分へ駆け込んでいた。
「――――ダグラスさんっ!」
突入した場所は、私が最初にダグラスさんと出会ったあの実験室の様な部屋だった。
私は彼の名前を呼びながら、ダグラスさんの姿を探して。
そして、見つけた。
「レナータ、ちゃん……」
部屋の奥にある椅子に腰かけ、動かない彼を。
両手で顔を覆っているせいで表情は分からないけれど、今までの怒り声が嘘みたいに、私の名を呼ぶ声は掠れていて、弱々しかった。
「ダグラスさん……大丈夫、ですか」
「………………」
返事は無い、私が目の前にいるのに、戦う素振りも見せない。
ダグラスさんはまるで、怒りどころか、戦意まですっぽりと抜け落ちてしまったような、そんな様子で。
私は一先ず、ココとまるもちちゃんを待機させて、ダグラスさんの言葉を待った。
「……もう、無理だ」
ダグラスさんは、生気のない声でそうつぶやいた。
そのままぽつりぽつりと、言葉を零していく。
「怒りが、ないんだ。ずっとずっとあったはずの怒りが……湧いてこないんだ。仕事の事を思い出したら、湧くはずなのに。君との思い出ばかりが蘇って……それで……」
顔を覆ったまま語る内容はどこか不明瞭で、まるでダグラスさんの心の状態を表しているかの様に不安定な語調だった。
それは、心の拠り所としていたものを突然失って、茫然としている姿そのもの。
(やっぱりだ)
その言葉を聞いて、私は、私の予想が当たっていたことを確信した。
ダグラスさんの怒りは、無限に湧き出るものじゃなかった。
ただ心に留まったまま、澱んでいたんだ。
だってダグラスさんはお仕事を辞めて何年も経ってる、怒りの原因になった職場とはもう縁が切れている。
それはつまり、彼の怒りは留まりこそすれ、それ以上溜まる事はないということ。
「……魔物使いの国の、みんなを思い出して、羨ましいって……思ったんだ……」
そして、今までの戦いで怒り切ってしまったダグラスさんは、もう怒る事が出来なくなっていた。
怒ろうとして仕事の事を思い出せば、私と一緒に働いていた時の記憶が蘇って、それがダグラスさんの戦意を削いでしまったんだ。
「こんな気持ちじゃ無理だ、君を、傷つけられない。俺は……怒りがなきゃ、君と戦えない……」
「……ダグラスさん。それなら、負けを認めてくれますか? 羨む必要なんてないんです。私と、一緒に楽しく働いて――」
「無理だっ!」
――もう、怒りを失くしたというなら、一緒に。
私の言葉は、叫ぶように打ち消された。
その声とともに、ダグラスさんはようやく顔を上げた。
くしゃくしゃに歪んだ顔、その目からは涙がボロボロと溢れていて。
「ごめん、レナータちゃん……無理だ……無理、なんだ……。……怖いんだ。」
……ダグラスさんは、仕事から心を守るために、怒りという名の鎧で心を閉ざしていた。
私は、沢山の人達の力を借りてソレを引き剥がし、漸く彼の心に辿り着いた。
でもそれだけじゃなかった、私の夢に立ちふさがる感情は、もう一つあった。
怒りという感情の先に、隠れていたのは……。
「仕事が嫌いだとか、憎んでる以上に……働くのが怖いんだ……。俺が、落ちこぼれの俺が、上手く働けるって信じられない……。きっと、また前みたいに失敗する。そうしたら俺は、君に失望されて、そうなったら俺はもう、俺は……耐えられない」
恐怖だった。
傷ついてボロボロになったままの心が――恐怖という感情に震えて、怯えていた。
彼の仕事で負った心の傷は、怒りに隠れていただけで、少しも癒えていなかったんだ。
「情けない、だろ……う、ぅぅ……」
「――――っ」
俯いて、嗚咽を漏らすダグラスさんを見た私は、一瞬だけ言葉に詰まる。
ダグラスさんが昔働いていた場所は、彼から自信を奪い去ってしまっていて。
自信を失ったダグラスさんは、自分は仕事が出来ない人間なんだと決めつけてしまっているんだ。
「ダグラスさん」
私は、そんなダグラスさんへ歩み寄る。
恐怖で震える彼の心に、少しでも近づくために。
椅子に座ったままの彼の目の前まで辿り着くと、私は彼と目線を合わせられるように、少し屈んだ。
全力で戦った、彼の怒りを引き出した、その上で恐怖が私の夢を阻むと言うのなら。
もう私にできることは、私の想いを正直に伝えるくらいしか残っていない。
「私は、ダグラスさんに失望なんかしません。私は、ダグラスさんと一緒じゃないと夢が叶わないって、思ってるくらいなんですよ?」
「……もういいレナータちゃん、やめてくれ……。そんな期待は、俺には重すぎる……俺には、無理なんだ」
ふるふる、とダグラスさんは俯いたまま首を横に振る。
そんなことはありません、と私は言葉を続けた。
「私は、無理だなんて思いません。だって、ダグラスさんは今までもずっと、お仕事をやめても、誰かを助ける為のマジックアイテムを作ってるじゃないですか」
「それは……俺の、趣味だからやれてただけで……仕事になったらきっと……辛くて、出来なくなる」
「そんな辛い思いは、私がさせません。ダグラスさんが楽しく働ける、そんな職場を作ってみせます。約束します」
「でも、でも……俺みたいな落ちこぼれを、引き入れたって、君の力になれる訳が……」
「ダグラスさんは落ちこぼれじゃありませんよ。それを言うなら、私の方こそ魔法の知識は全然ありませんし。ダグラスさんと比べたら、私の方が無能なんです」
「そんなことないっ! 君は……優秀な魔物使いじゃないか」
「いいえ。私はいつだって、誰かの力を借りなきゃ何にも出来ない人間なんです。この戦いだって、ジンクスやココ、まるもちちゃんがいなかったら、私はあっさり負けてました。そして今度は、ダグラスさんの力を借りて、夢を叶えようとしています」
「でも……っ!」
ダグラスさんの言葉に、優しく、丁寧に、一つ一つ答えていく。
貴方は落ちこぼれなんかじゃないと、気付いてもらいたいから。
いつだって貴方は、誰かを助けるためにマジックアイテムを作ってきたのだから。
私はそんな優しいダグラスさんだから、一緒に働きたいんだと、伝えたいから。
「……どうして、君は……そこまで俺を……」
「私は、ダグラスさんに1番助けられてきましたから。だからダグラスさんを信じられますし、貴方となら一緒に夢を叶えられるって思えるんです」
「…………」
「私はダグラスさんと一緒に働きたいです。色んなマジックアイテムを作って、魔物使いの国の人達を助けたいんです。ダグラスさん、貴方はどう思っていますか?」
私の想いを、伝え切れない程の想いを伝えた上で、私はダグラスさんに改めてそう問い掛けた。
ダグラスさんは顔をあげる。
ぼろぼろで、くしゃくしゃになった顔で、私を見て。
「……俺も、君と一緒に、働いてみたいよ……! でも、怖いのが、止まらないんだ……!」
涙を溢しながら、彼は、ありのままの思いを吐き出してくれた。
「ダグラスさん……!」
その答えに、私は充分すぎるくらい、嬉しくなってしまった。
「一緒に働きたい」、その言葉を私は誰よりも聞きたかった。
ダグラスさんも私と同じ思いを抱いてくれているという事実が、嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
「それなら、良い考えを思いつきました。ダグラスさんの「働きたい」って気持ちを、私に貸してくれませんか?」
「? どういう……こと?」
嬉しさに相俟ってか、私には一つの考えが浮かんでいた。
ダグラスさんも働きたいと思ってくれているなら、きっとこれで全てが上手くいく、そんな考えを。
「決着をつけましょう。私はダグラスさんの「働きたい」って願いも背負って戦います。ダグラスさんは、「怖い」気持ちに従って私と戦ってください。私が勝てばダグラスさんの怖いって気持ちより、働きたいって気持ちの方が強いんだって証明できるじゃないですか」
「えっ」
そう、なんだかんだと話し合っていたけど、私達は今戦っている真っ最中だ。
それなら、この戦いの決着を以て、はっきりさせればいい。
ダグラスさんが抱えていた恐怖と、一緒に働きたいという願いが、どちらか強いのかを。
「そ、それは……また、随分と力業、だね……?」
「ふふっ、分かりやすくて良いでしょう?」
その時のダグラスさんの唖然とした顔がなんだか可笑しくて、私はつい笑顔になってしまう。
それにつられてか、ダグラスさんの表情も段々と変わって来て……。
「分かりやすい、か……。く、くく、くひひ……ああ、なんでだろ、笑えて来た……。レナータちゃんってさ、なんか、こういう所はリアーネさんに似てるよね」
「むっ、お母様と一緒にされるのはちょっと心外です。それにお母様なら、有無を言わさずダグラスさんを殴って言う事をきかせるって言ってましたし」
「くっ、く、ひひひひ! なにそれ、リアーネさんそんな事言ってたの、てか相談してたんだ!? そりゃまあ、あの人らしい脳筋っぷりだけどさぁ!」
「む、むむー……」
とうとう涙も引っ込んで、ダグラスさんは笑いだしてしまった。
でもこの場合ダグラスさんが笑っているのは、果たしてお母様なのか、それとも脳筋なお母様に相談した私なのか、ちょっと気になる。
……まあ、ダグラスさんが笑ってくれるなら、それでいいのだけれど。
「あー、笑った。怒ったり泣いたり笑ったり、ほんとに忙しいや……」
「なんだかちょっと釈然としませんけど、ダグラスさんが今ので立ち直ってくれたのなら、良しとします。……それで、私の提案に乗ってくれますか?」
私は改めて、ダグラスさんに提案する。
恐怖と願いのどちらが上か、はっきりさせることを。
「ああ、そうだね。ここでぐちぐち言ってるより、よっぽど素晴らしい提案だ」
ダグラスさんは、ゆっくりと椅子から立ち上がって、私と向き合った。
その顔は先ほどまで泣いていたから酷い有様で、特に目の周りは赤く腫れてさえいたけれど。
その瞳にはもう憎悪も怒りも宿っていない、晴れやかな笑顔で、彼は私をまっすぐ見つめている。
「決着をつけよう、レナータちゃん。――俺の恐怖を、木っ端みじんに打ち砕いてくれ」
「わかりました、ダグラスさん。――貴方の想いを、お借りします」
ダグラスさんは魔弾射出機を片手に、私は右腕の豊穣の籠手に砲戦花を生やした。




