113話:その輝きを、想起する
前回は評価していただき、本当にありがとうございます!
評価はいつ頂いても嬉しいものですが、更新したその日に評価をして頂いて、嬉しさもひとしおでしたっ!
そして、お待たせしました、113話更新となります!
前回112話を昨日(11/30)更新しておりますので、読み飛ばし等にご注意ください。
――音が消える、視界が黒に染まる。
ユビキタス・ダイナミックの前には、その背と同じくらいの大きさの、どす黒いドーム状の爆発が広がっていく。
ともすれば観客席まで巻き込みかねない攻撃だが、それを察知したジャクリーヌが直前に結界を張っていてくれたおかげで、観客の皆は無事であった。
「はぁ、はぁっ……! はぁっ……!」
――のどが痛い、息が乱れている。
ありったけの怒りに任せて、叫び続けたせいだ。
息を整えようとしているうちに爆発はおさまり、その跡には大きくて深いクレーターが出来上がっていた。
大地から魔力をくみ取り、俺自身の魔力を総動員し、それら全てを出力しうる数のマジックアイテムを用意して放つ、混沌魔砲。
数えるのも馬鹿らしくなる種類の魔法を無理やり一つの光線として放つソレは、魔法の反発や増幅を乱雑に引き起こし、破壊という一つの結果だけを残す。
怪鳥ルフすら撃ち堕せるだろう砲撃は、まかり間違っても、生身の人間に向けて放っていいものではない。
いかにジンクスの結界が強固であろうと、直撃したレナータちゃんの敗北は必至である。
そのはず、なのに――――
「なぁ……っ!?」
どば、とクレーターの中心から砂煙を裂いて現れた、大木の如き太い蔦の奔流。
それは紛れもなく彼女の植物魔法で、つまるところ、まだ俺はレナータちゃんを仕留め切れていなかった。
「やぁぁぁぁぁあっ!!!」
太い蔦が爆発するように広がった後、ユビキタス・ダイナミックめがけて殺到する。
レナータちゃんを乗せたココがその合間を縫って飛び、まるもちの小さな影が蔦の上を駆け上っていく。
「ちゅぅ……」
あとの一匹、ジンクスは身体に蔦を巻きつけられて、広場の外へと運ばれている。
そのぐったりした様子から、どうやらジンクスの全魔力を消費して混沌魔砲を凌ぎきったらしい。
魔力が空になった以上、ジンクスはもう戦えないだろう。
「……っなんでだ!? 今のを受けて、なんで君は諦めないんだ!?」
熱が引きかかった頭を、無理やり再沸騰させる。
彼女を叩き落とそうとユビキタス・ダイナミックの両腕を振り上げるが、それより早く太い蔦の先端が次々と身体に突き刺さり、砕かれていく。
元は只の屋敷に過ぎないユビキタス・ダイナミックの装甲は、頑丈ではあるが屋敷を破壊するだけの力があれば壊すことができる。
「俺の怒りは、もう分かっただろうっ!? あの砲撃が俺の怒りだ!! 憎しみなんだ!!」
怒りを振り絞り、叫ぶ。
レナータちゃんの攻撃は無意味だ、いくら壊れようともこのユビキタス・ダイナミックは俺と大地から汲み上げる無尽蔵の魔力で再生できる。
破壊による崩落すら起きぬまま、攻撃された箇所は瞬く間に修復されていった。
「俺にとって仕事は、怒りの根源そのものだ!! 関わるだけで憎しみしか湧かない!!!」
攻撃が通用しないと見たか、今度は太い蔦がユビキタス・ダイナミックの四肢に巻きついていく。
想定内だ、俺はすぐさまユビキタス・ダイナミックの身体中に刻んだ魔法陣を起動、四肢から結界魔法で刃状の結界を生やし、ミキサーの如く回転させることで蔦を全て切り飛ばす。
「辛い記憶しかない仕事を!! そんなものを……俺が、する筈がないだろうっ……!!!」
刃を引っ込めて、レナータちゃんに拳を振るった。
「スァァーーカァッ!」
「キシャァ!!」
だが素早いココやまるもちは、その拳を華麗に躱されて、逆にブレスと前歯で反撃される。
ユビキタス・ダイナミックの大腿部が切り裂かれ、右肩が吹き飛ばされた。
しかし問題ない、あっという間に修復する。
「だからもう……諦めてくれ……!!! 俺は……俺という人間は!! 働くこと自体が間違いだったんだ……っ!!!」
無闇に攻撃したところで俺の攻撃は彼女に当たらない。
それならユビキタス・ダイナミックを中心に混沌魔砲と同質の爆発を発生させて、もろとも吹き飛ばししまえばいい……!!!
ガコン、とユビキタス・ダイナミックの全身からマジックアイテムを露出させて――
「本当に――そう、思ってるんですか!!!」
「!」
レナータちゃんが、叫ぶ。
彼女の問い掛けに、俺は思わず気を取られた。
――何をしている、早く魔力を充填しなければ。
「どういうことだ……っ!」
「ダグラスさんが、仕事に辛い記憶しかないなら―――」
もう彼女に攻撃を防ぐ術はない、この至近距離からなら爆発から逃れることはできない。
だから、魔力を回せ。
怒りを、もう一度燃やせ。
俺が、今まで憎んできた奴らのことを、思い出せっ……!!!
「私と一緒に過ごした日々は、辛いだけの思い出なんですか!!!」
「――――――」
思い、だせ。
『――が』『―削――』『』『――え――』『』『――』『』『』『』『――』『――』『』『』『――』『――』『』『』『』『』『』『』『』『』……。
(――何故、だ)
忌まわしい記憶が、薄れていく。
ダグラス・ユビキタスにとって、仕事は敵の、筈だ。
許せるわけがない、焼きついた憎悪は頭から離れず、怒りは無尽蔵に湧き出る筈なのに。
怒りが、引いていく。
(そんなわけが、ない。思い出せ……!)
怒りと憎しみを振り絞ろうとして、仕事の記憶を掘り起こす。
『この「モンカフェ・ニャンちゃん家」に、レナータちゃんが職場体験で来ることになりました。相棒のティコくんもウチで働くらしいです』
『すごーい! ぜんぜん唸ったりしないねー!』
『ひゃー、ホントにマンティコアがいるよ!』
記憶を、思い出せ。
『みんな、お疲れ様。今日も一日よく頑張ったわ!』
『職場体験最後の締めくくりとして、ティコくんにご褒美をあげましょう!』
『俺ぁゴンズ。さっきはこっちも悪かった。んでこっちは家内の――』『私はウメ。今は二人でモウモウ牧場をやってるの、よろしくね――』
仕事の事をっ……思い出せ……!!!
『あーもー! モウモウがぜんっぜん見つからないー! あと五頭どこー!』『ガウゥゥ……』
『見つけたの!? ティコすごいっ!』『ガフェへへ……』
『ティコ! モウモウ肉を食ってくれて本当にありがとうな……! ウチの肉は旨かったろ? 俺の自慢のモウモウ達なんだ……!』
『……私、モウモウ牧場でアルバイトできて本当に良かったです。ティコもそう思うでしょ?』
『はっはっは! そいつぁ嬉しいな、気が向いたらまた来てくれよ』
思い、だ、せ――
「あ……! ああ……! あああああ……っ!!」
違う、俺の記憶は、薄れてなどいない。
仕事の事を思い出そうとすればするほど、ティコだった頃の思い出が溢れて止まらない。
レナータちゃんと俺とで、魔物使いの国中の仕事をして回った、輝かしきあの日々。
俺にとってかけがえのない、大切な思い出。
――ティコとして暮らした日々は大変だったけれど、なんだかんだと楽しかった。
そう、楽しかったのだ。
一緒に起きて寝て、学校に行って、時には戦ったことも。
そして、レナータちゃんの将来の為に、国中の職場でアルバイトをしたことも。
上手くいった日ばかりじゃない、失敗した日だってある、だけどそれでも、レナータちゃんは、あの国の人達は笑って許してくれてたんだ。
そうして許してくれた人の言葉で、俺はとても安心したんだ。
――レナータちゃんと一緒に働く中で、俺は沢山の働く人達と、その仕事に支えられた人達を見てきた。
みんな良い人達ばかりだ。
仕事は大変だろうに、それでもみんな笑えていた。
自分が心からやりたいことを、やっている人間の笑顔だった。
あの国の人達は働きながら、みんな楽しそうに、幸せそうに、生きていたんだ。
俺は、そんな皆を見て。
「羨ましい」と。
彼らの様になりたいと思っている自分に、たった今、気付いた。
「ああ、あああ……! うううぅぅうぅ……!!!」
椅子に腰かけたまま両手で頭を抱える。
そして俯いたまま……唸る事しかできなかった。
動けない、集中が出来ない、魔力を回せない。
心を支えていた筈の怒りが、今や枯れ果ててしまっていた。
感情が滅茶苦茶で、心臓に穴が空いたみたいに虚しくて、どうしたらいいのか分からない。
俺は、俺は。
「――――ダグラスさんっ!」
その直後、主要操縦室の壁が轟音と共にぶち破られた。
外から差し込む光と共に、レナータちゃんが此処まで侵入してきたのだ。
「レナータ、ちゃん……」
力なく、掠れた声で俺は彼女の名前を呼ぶ。
戦いの終わりが、すぐそこまで迫っていた。
今回の観客席
エリー「ジンクスよくやったぞー! レナータ負けるなー! 巨人なんてぶっ潰せー!」
シャーロット「勝てるわよレナータ! 元が建物なら、ココの力で簡単に壊せるわ!」
タクマ「まるもちだって、デカブツの解体はお手の物だぜ!」
ケイ「僕の屋敷が息子に合体ロボットにされた上、みんなからぶっ壊せと言われてる件」
パトリシア「まあまあ、再生するからいーじゃん。ね、ケイちゃん♡」
ケイ「パトちゃん……ぐすっ、そうだけどさぁ……」




