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112話:憎悪の巨人

お待たせしました、112話更新です!

更に、次回113話を12/1(月)の朝7時に更新しますので、お楽しみください。


ダグラスの、全力の八つ当たりが始まります。

「……なに……?」


 私の挑発を聞いたダグラスさんは、怒るというより寧ろ困惑しているような反応をしていた。

 今の言葉は聞き違いだったのではないか、ともすればそんなことを思っているような顔だった。

 ……私はそのまま言葉を続ける。


「私言いましたよね、「本気で戦って下さい」って。それなのに、私がちょっと戦い方を変えたら逆転できて、勝利はもう目前なんですよ? ダグラスさん、本当に本気で戦ってるんですか?」

「さっきから何を。それに俺は本気だ!」

「それとも、ダグラスさんの仕事嫌いって、そんなものだったんですか?」

「――()?」


 今度こそ、ダグラスさんの語気から怒りがはっきりと感じ取れた。


 やっぱりだ、と私は思う。

 私は誰かをわざと怒らせるなんてした事もなかったし、やりたくもないけれど。

 それでも、ダグラスさんが何を言えば怒るのかは理解していた。


「どういう、つもりだ。俺の仕事嫌いが、そんなもの(・・・・・)だと?」

「お仕事が憎くて憎くて仕方ないなら、私がダグラスさんを「仕事に誘う」なんて思えないくらい拒絶して下さい。そうじゃないから、ダグラスさんの憎悪が大したことないから、こんなことになってるんじゃないですか」


 でも、まだだ。

 ダグラスさんは苛立っているけれど、まだ本気で怒ってはいない。

 私は、彼の溜まりに溜まった怒りを引き出すために。


「ふざけるなよ……! 俺が、仕事をどれだけ憎んでるか……っ! 何も知らない君に分かるわけないだろう!!」

「知ってます」

「―――――え?」


「パトリシアさんに過去を見せてもらいました。ダグラスさんが昔お仕事でどんな目に遭ってきたのか、私は知ってます」


 ダグラスさんの1番触れてほしく無いところに、触れた。


「……見た……のか……」


 ダグラスさんの表情が凍りつく。

 呼吸は乱れ、驚愕と不安で揺れる瞳は、私を捉えて離れない。

 先ほどまでの苛立った様子は見る影もなく、蒼白になった顔からは恐怖すら感じ取れた。


 ……ダグラスさんは、私にだけは過去を知られたくなかったんだと、私はその時初めて気付いて、心が痛んだ。


「……だったら――知ってるならどうして!!! どうして俺を仕事なんかに誘った!!? 過去を見たなら分かるだろう!!? 俺が……俺がどれだけ仕事を憎んでるかなんて!!!」


 そして――恐怖と怒りがごちゃ混ぜになった声で、ダグラスさんは叫んだ。


 対する私は、ダグラスさんの過去を思い返している。

 誰にも認められず、否定され続け、自分で命を絶とうとする程に追い詰められた、ダグラスさんの過去。


 ソレを覗いた経験を踏まえて、私はダグラスさんの叫びに――



分かりません(・・・・・・)



 きっぱりと、そう断言した。


「――は?」

「「分からない」って言ったんです。私はダグラスさんの気持ちなんて、分かりません」


 ダグラスさんの表情から、一切の感情が消えた。

 何を言っているのか理解できない、そんな様子で、彼は立ち尽くしていた。

 

 私はそんなダグラスさんに、遠慮なく言葉を突きつけていく。


「過去を見ただけで、分かるわけないじゃないですか……!」


 話していくうちに、言葉に私自身の感情が混ざり込んでいくのを自覚する。

 それは、ダグラスさんの過去を知ってから、私がずっと抱いていた感情だった。


「自分の気持ちを誰にも話さないで、心にしまい込んだままにして、それでダグラスさんがどう感じたかなんて、分かるわけないじゃないですかっ……!」


 ふつふつと湧くその感情は――怒りだった。

 そう、私だって、怒っているのだ。

 私はどんなに辛くても誰も頼ろうとしないダグラスさんに、怒っているんだ。


 溢れる感情が、止められない。

 口から出てくる言葉は、もう挑発と本音の区別がつかなくなっている。


「そんなに誰かに知られるのが怖いんですか? 惨めな姿を人に見られて、幻滅されるのが怖いんですか?」


 私や、ジャクリーヌさん達が、そんな事でダグラスさんに幻滅すると、ほんとうに思ってるんですか?

 辛い事があったなら、悲しいことがあったなら、どうして私達に話してくれないんですか?

 私だって、ダグラスさんの力になりたいのに。


 ダグラスさんの怒りを削ぎかねない言葉だけは、辛うじて呑みこんだ。

 その代わりに私は。




「ダグラスさんの―――臆病者!」



 決定的な一言を、ダグラスさんに言い放った。

 

 あらゆる音が消えたかのような静寂が、広場を包む。

 ダグラスさんは暫く私を見開いた目で見つめた後、顔を伏せると―――。


「だったら――教えてやる」


 獣の唸り声の様な、低く、暗い声。

 過去の記憶の最後、仕事を憎み始めた時と全く同じ声で、ダグラスさんはそう呟いて。



 その瞬間、私とダグラスさんの間を遮るように、巨大な何かが広場に突き刺さった。


 衝撃に揺れる大地、炸裂する破壊音。

 直撃していれば死を免れないレベルの大質量が、私の目の前に落下していた。


(なに、これ――?)


 私は恐怖を感じるより先に、ソレに見覚えがある様で、無いような、奇妙な感覚が走った。

 そう、巨大なソレの配色(・・)に見覚えがあって。

 一見すれば柱に見えるソレの形状かたちに、見覚えがない。


「俺の、憎悪を」


 ズズズズズ、と広場に落下したそれが浮遊して、私はその全貌を目にした。

 柱じゃない、これは、腕の形をした(・・・・・・)――――


(――ダグラスさんの、お屋敷(・・・)?)


 見覚えの原因に気付いて、私は彼方を――ダグラスさんのお屋敷があった方向を、思わず見た。


 飛んでき(・・・・)ていた(・・・)


 ダグラスさんのお屋敷は光の柱に包まれて、バラバラになりながら空へと上昇していく。

 切り離されたお屋敷の各部分は、空中で複雑に動き回って、本来繋がっていた部分とは別の部分へと繋がっていった。


 それは決して破壊じゃない。

 組み直し、あるいは創造。


「みんなっ、準備ッ!」

「「「!!!」」」


 ぞくりと、背筋に悪寒が走り、皆に防御や逃走にうつれるよう準備の指示を出す。

 目の前で直接見ていても、何が起きてるのか全く理解できない。

 だけど物凄い「何か」が、出来上がろうとしている事だけは、直感できた。


 お屋敷の形をしていた筈のソレが、人の四肢や体を模したパーツとなって、この広場へと飛来して。

 そうしてダグラスさんのお屋敷の全てが、形を変えて広場へ集結し、そして――





巨大人型魔道兵器ギガント・マギアウェポン「ユビキタス・ダイナミック」」


 ――それらは合体し、巨人が顕現した。



 

 ビックリマウスのジンクスよりもはるかに大きくて、無機質な、巨人。

 空の高い所まで登って来ていた太陽ですら、この巨人の背丈に隠れて、影を作り出している。

 もはやソレに屋敷の面影は無くて、要塞みたいな重厚さを発する、怪物そのものになっていた。


 ダグラスさんの姿は見当たらない。

 代わりに、私を見下す巨人から、彼の声が拡声されて響いている。


(これ、が。ダグラスさんの――怒り)


 圧倒的な質量差に気圧されながら、私は二つの事実を直感した。

 元は屋敷だったソレを、まるまる加工したこの巨人こそが、ダグラスさんの最大最強のマジックアイテムだという事。

 コレを持ち出した事実こそが、彼の怒りが頂点に達した証左であるという事。


(向き合うんだ……! ダグラスさんの、怒りに……!)


 私は顔をあげて、巨人を真っ直ぐ見据える。

 体の震えを――久方ぶりに感じる恐怖を抑えて、心を奮い立たせる。

  

「ああ 憎い」


 巨人が動く。

 右拳を私に向けて、腕を大きく引いた。

 単純な挙動、何をするのかも簡単に予測できる、でもあまりの大きさに、その行為を止めることも逃げることも出来なくて。


「! ジンクス! 結界を!!!」

「チュ、チュー!!」


 私はジンクスに呼びかけて、私たち全員を囲う結界を張ってもらう事しかできなかった。


 瞬間、何もかもを粉砕する無機質の巨拳が、結界に向けて叩きつけられた。




 俺はユビキタス・ダイナミック胸部の主要操縦室……元は魔法実験室だったそこに座していた。

 外界の様子を映像として映す機能を起動して、レナータちゃんを見下ろした。

 彼女の言葉を反芻はんすうする。


『わたしは、ダグラスさんの気持ちなんてわかりません』


 ――怒りが、膨れ上がる。


「憎い、憎い憎い――腹が立つッ!」


 ユビキタス・ダイナミックの右拳を、レナータちゃん達を守る結界へ全力で叩きつける。

 大地を岩盤諸共砕き、地面は振動し――しかし結界は破れていない。


 丈夫な結界だ。苛立たしい。分からないだと? アレを見て理解できないのか? あんな場所に俺は何年も居続けたんだぞ。ずっとずっと誰かの顔色ばかり窺って。その癖誰も俺を顧みないあの場所に。


「俺にとってあの場所は、地獄以外の何物でもなかった!!!」


 今度は左拳を叩きつける。大地がひび割れて、結界は地面へめり込み、それでもなお結界は壊れない。腹立たしい。

 仕事さえなければ。俺がアイツらにどれだけ傷つけられたか。アイツらが憎い。どうしようもないことで俺を責めたアイツらが憎い。いつでも俺を悪い側にするアイツらが憎い。俺をストレスの捌け口にしたアイツらが憎い。


「どいつもこいつも俺に文句ばかり!!! 目つき、態度、仕草、仕事の出来、身に覚えがなくても仕事に関係ないことでも俺に非がなくても!!! アイツらの気分次第で俺はいつだって責められる側だった!!! 理不尽に怒られるばかりだった!!!」


 拳を叩きつける、叩きつけて叩きつけて。まだ壊れない、苛つく。

 苛つく。単純なマジックアイテムばかりで進歩がない。もっといいやり方がある、そう俺は何度だって訴えたのに。認められない。理解されない。向こうから歩み寄って来ることは終ぞなかった。

 

「上司も先輩も誰もかも!!! 俺の魔法を認めない!!! こうすればいいと何度言っても聞かない、理解しない!!! 俺はただ良くしようとしただけなのに、俺のやったとはただの自分勝手なことだと!!! ただの考え無しだと!!! 全部を否定した!!!」


 両手を組んでさらに強く叩きつける。砂煙で結界がどうなってるかは見えない。手応えはあるまだ壊れてない。頭にくる。

 そうだ頭にくる。努力しても改善しようとしても何も認められず。職場に居られなくなって、他の部署に飛ばされて。俺は何年新人を繰り返した? 何年を無駄にした?


「あの場所じゃ俺は得体の知れない奴で、手に負えない厄介者で、使えない新人で!!! 俺はどの部署からも追い出された!!! 周りが進む中、俺だけがいつまでも使えない新人のままだった!!!」


 拳を叩きつける。地面はもうめちゃくちゃだ。しかしそれでも結界は壊れていない。信じられない。憎い、辛い、苦しい。仕事のせいで。俺は、生きながら死に続けて。その最後に、俺は、俺自身を。


「俺の心は仕事に殺された!!! 生きながら死に続けて、どれだけ、どれだけ惨めだったか!!! 苦しんだか……!!! 認められたかったか……!!! はぁっ、はぁっ……!!! それで、俺はっ……!!!」


 拳はもう、使わない。この結界はソレでは破れない。もっとだ、もっと威力のある攻撃が必要だ。

 ユビキタス・ダイナミックの両腕を合わせて、結界に向けた手のひらを変形させる。

 ガコン、と手のひらの中から覗かせるのは、この屋敷に貯蔵してある無数のマジックアイテムだ。

 攻撃系の魔法で固めたこれら全てを、一斉に放つ。


 魔力を回せ、憎悪を燃やせ。

 俺が今まで憎み続けてきた奴らの声を、思い出せ。

 

『――が滅茶苦茶』『――が――削――』『自分勝手なことは――』『前に教え――『今――』『――考えが足りない』『暗い顔――するな』『また変な――』『――して』『間違って――』『いつになったら――』『同じ――間違え――』『全部やって――』『意味が――ない』『何年はた――る』『――常識』『どこ――通用しないよ』『――動いて』『――い』『』『』『』『』……。



 ――混沌魔砲こんとんまほう、充填、完了。


「がぁっ……ああああああああああああ!!!!!」


 獣のように叫ぶ。

 ユビキタス・ダイナミックの手のひらから、光の奔流が放たれた。

 あらゆる系統の魔法が混ざりどす黒い色となったその光、万物を破壊する奔流は、レナータちゃん達を覆う結界を飲み込んで、そして――――

今回の観客席

ユビキタス家使用人一同「…………」(避難しろとは言われてたけどまさか本当にユビキタス・ダイナミックを持ち出すとは思わなかった)

レナータの友達一同「…………」(何が起きたのか全く理解できず茫然)

リアーネさん「俺にも戦わせろ」

ギュンター卿「ハニー、ステイ」

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