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108話:最悪の魔法使い 対 最高の魔物使い

お待たせしました、108話更新になります!

遂にこの瞬間がやってきました。

ダグラスとレナータにとって、これが、最後の敵との戦いになります。


次回の更新は11/16(月)の朝7時を予定しています。

 レナータちゃんから決闘を申し込まれた時、俺は大いに悩んだ。


 それまで俺はレナータちゃんを嫌いたくない一心で、彼女の夢に対し思考を停止していた。

 必死に、仕事への憎悪が彼女へと及ばないようにしていた所に、まさかの提案をされたのだ。


 レナータちゃんが勝てば彼女は俺を仕事に誘い、俺が勝てば彼女の夢はそこで終わる。

 この決闘を受けてしまえば、俺とレナータちゃんの関係に一つの決着がつくだろう。

 嫌だ、そう素直に思った、ともすれば決闘を拒否してしまいたくなるほどに。


 しかしレナータちゃんの「夢を叶えたい」という気持ちも、痛いほど分かってしまうのだ。

 俺自身、彼女がどんな将来を歩むのか楽しみにしていたというのもある。

 でも、俺では駄目なのだ、俺はもう仕事というものをどうしようもなく憎悪している。


 色んな思考がぐちゃぐちゃに混ざっていた。

 どうしたらいいのか悩みに悩んだ。

 悩んで、悩んで、頭をぐるぐると回し続けて。


 その結果気付いたのは、決断をしないこの中途半端な状態を続けることが、誰のためにもならないということだった。


 ならば、もう決めてしまえ。

 俺の憎悪も、彼女の夢も、どちらも譲れないものなのだから。


 ……そうして俺は、彼女の決闘を受けたのだった。

 




 3日間が経つのはあっという間だった。

 俺は彼女より先に、決戦の舞台である屋敷付近の広間に来ていた。

 魔物使いの国にあるコロシアムの舞台とそう変わらない広さを誇るその場所は、元々はマジックアイテムの試運転などで使うための場所である。


 マジックアイテムを使った余波で、色んなものが吹き飛んだり消失したりした結果開けてしまったというのが真相ではあるが、戦うには丁度いいスペースが確保できていた。


(本日は晴天なり、か)


 登る朝日に、それを遮る雲も見当たらない空を見上げ、俺は内心そうつぶやいた。

 レナータちゃんの植物魔法は、植物の生育条件によって力を増減させる。

 今日みたいな晴れの日は、きっと彼女の植物魔法も絶好調に違いあるまい。


 それでも構わない、と俺は思う。

 ダグラス・ユビキタスという魔法使いは落ち零れだが、こと魔法使いを倒すことにかけては特化している。

 相棒の居ないレナータちゃんが只の植物魔法使いとして俺に挑むなら、絶対に勝てる自信がある。


(レナータちゃん……)


 彼女の事を考えていると、自然と彼女が抱いた夢の事にまで思考が及んでいく。


 ――彼女の夢は、俺と共にマジックアイテムを作り、魔物使いの国の人の助けとなること。


 想像できるような、できないような、そんな夢。

 マジックアイテムを作ることはいつもの事だが、魔物使いの人達の役に立つマジックアイテムというのは中々に想像し難い。

 レナータちゃんが魔物使いとしての観点からアイディアを閃いて、それを俺が形にしていくと言ったところか。

 一体、どんなマジックアイテムが作れるのだろうか?


 俺の心がほんの少し揺れた気がして。



(――ふざけるな。仕事だぞ(・・・・)?)


 心の奥底より湧き出た怒りに、思考は塗り潰された。

 そうだ、何あっても俺はもう仕事はしない。

 俺の心を殺した仕事というものを、俺は決して許しはしない。


 そして、レナータちゃんの夢は決して叶わない。

 なぜなら彼女が勝った場合、彼女が得られるのは「俺を仕事に誘う権利」だからだ。

 たとえ俺が(・・・・・)負けた(・・・)としても(・・・・)、俺は彼女の勧誘を断ればいい。


 勿論、それは最低で、余りにも酷な結末であることは分かっている

 だからせめて、俺が彼女にしてあげられることと言えば、彼女を打ち破って夢を諦めさせることだけだ。


 その為に、この三日間準備を重ねた。

 この真っ黒な、伝統的な魔法使いの装いにはあらゆるマジックアイテムを仕込んである。

 彼女を倒すためのマジックアイテムも、新しく作った。


(そうだ、俺は勝つ。ここで戦う以上、俺に負けはない)


 広間の端っこにある、急拵えの観客席を見る。

 そこには万が一(・・・)に備えて、屋敷から出てきてもらった父さんや全使用人達が、観客として座っていた。

 それを確認して、俺は自分の勝利を確信する。



「ダグラスさん。おはようございます」


 元気の良い声が広間に響き、俺の耳へと届く。

 広間を挟んだ向こう側に、レナータちゃんが立っていた。


 彼女の出立ちもまた、普段とは違っている。

 いつも着ていた制服や私服ではない、動きやすさを重視した袖の短い服と革製の長ズボン。

 両腕には植物の種を植えられる豊穣の小手(プラントテット)を身につけている。

 その姿はまさに、軽装の戦士といったところか。

 賢者級の植物魔法の使い手でありながら、格闘戦をこなせるセンスを持つ、彼女らしい決戦服であった。


「おはよう、レナータちゃん。調子は良い?」

「ダグラスさんこそ、準備はできてますか」


 戦う直前ということもあってか、レナータちゃんの言葉はいつもより鋭い感触がした。

 確かに、無駄口を叩いて自分から戦意を削いでいくのはよろしくない。

 最早俺達は相棒ではなく、倒すべき敵同士なのだから。


「準備か。ああ、万全だとも」


 俺はそう言いながら右手を上げ、後方の茂みに待機させておいたソレ(・・)に、魔力を流す。


 ぶわ、と空気を吹き飛ばす音と共に、ソレは飛び立つ。

 金属めいて無機質な白銀の両翼を振るい、広間に大きな影を落とした。

 そうしてソレを、俺の目の前に着地させる。


「っ! それは……」


 レナータちゃんが驚愕に目を見開いた。

 なぜならソレは、彼女がよく知る存在と同様の形状をしているからだ。



 ソレは、大の大人ほどの大きさがある怪物の似姿。

 立派なたてがみを模した金属質の盾を首回りに備え、人の胴以上の太さがある強靭な四肢は、伸び縮みする特殊な合金で作られた筋肉で再現している。

 その尻尾は節くれだっていて、先端には銀色に輝く鋼鉄の刃がギラリと輝いていた。

 背中には大きな白銀の翼が一対あって、どこまで逃げようともソレの餌食になるという、絶望感を敵対者に与えるだろう。

 ソレは俺の知る限り最も強い、最凶の赤き魔獣を模した最新のマジックアイテム。

 全身を白銀に輝かせた絡繰り仕掛けの魔獣、その名も。


「デコイ・マンティコア」


 マジックアイテムの名前を呼ぶ。

 マギアゴーレム作成に使う素材を流用して、俺はティコそのものを作った。

 このデコイ・マンティコアの身体能力はティコと全く同等。

 唯一違いがあるとするなら、万死の猛毒だけは再現できなかったが……レナータちゃんを相手にするなら殺傷能力の高すぎる毒針は寧ろ邪魔であり、丁度よかった。


「着ぐるみマンティコアくんは、俺が作ったマジックアイテムの中でも最高傑作といっていい」


「そんな優れたマジックアイテムを、俺が二度と作らないとでも?」


 腕を組みながら、俺はレナータちゃんにそう言い放つ。

 最強の前衛を用意し、確実に彼女を倒す。

 自分がどれほど卑劣な事をしているのかは承知の上、これが俺の本気なのだ。


 そんな俺に対して、レナータちゃんは。



「……流石ですね。それなら私も、遠慮なくいかせてもらいます」


 一切の動揺も見せず、冷静にそう言って――右手を上げた。


 その瞬間、3つの獣が彼女の元に集う。


「ちゅう」


 1つは、とてつもなく巨大な獣。

 マンティコアの倍近いほどの大きさを誇りながら、多種多様の魔法を使いこなす知能こそが本領の怪物。

 ビックリマウスのジンクスが、後方の木々を薙ぎ倒しながら現れた。


「シャァッ!」


 2つは、正反対にとても小さな獣。

 可愛らしいとは裏腹に、その実鋼鉄すら噛み切る硬い歯と、目にも留まらぬ俊敏性を持ち合わせ、そして縄張りに侵入したあらゆる生物を殺傷せんとする獰猛性を放つ超危険生物。

 首刎ねウサギ(ボーパルバニー)のまるもちが、いつのまにかレナータちゃんの足元に現れている。


「キュクッ!」


 3つは、その中間、マンティコアとほぼ同等の大きさの獣。

 鋼よりも硬く、ワイバーンより速く飛び、マンティコアと同等の膂力を持った完全生物。

 誰もがソレを打倒する英雄譚を夢想し、しかし空色の鱗は傷一つなく輝いている。

 エアロドラゴンのココが、レナータちゃんの前へと降り立つ。



「―――」


 その光景を前にして、俺は絶句していた。


 レナータちゃんの元に現れた、彼女の友達を主人とする筈の魔物達。

 ちらりと視線を外して観客席の方へ向けると、そこには屋敷の人間以外に……エリーちゃん達が座っていることに、今更気がついた。

 初めから魔物達を貸すつもりで、彼女達もここに来ていたのだ。


「ああ、全く」


 もはや驚きを通り越して、苦笑してしまった。


 ……かつて、魔物使いの頂点に立つ英雄「百獣使いのメルツェル」は、自らの魔物を他者に貸し与えられるほどに、魔物という存在を使いこなしていた。


 ならば、その逆。


 他者の魔物を(・・・・・・)思うがまま(・・・・・)に使いこ(・・・・)なせる(・・・)才能(・・)とは、ソレに匹敵するほどに――


「つくづく君って奴は、天才だよ……!」


 レナータちゃんを俺は睨みつける。

 一切の油断も慢心も、もう出来ない。

 今から戦う相手は、正しく最高の魔物使いに他ならないのだから。

 




 私がダグラスさんと戦おうと考えた時、真っ先に感じたのは彼との戦力差だった。

 ――ダグラスさんは強い、少なくとも私一人じゃ絶対に勝てないくらいに。

 パールセノンから私を助けに来てくれた時の記憶や、彼の過去を覗いた経験から、私はそう判断する。


 私の狙いはただ勝つ事ではないけれど、勝つことが前提にある。

 だから、私はこの戦いの間だけ、エリー達の相棒と共に戦わせてほしいとお願いしたのだった。


「みんな、一緒に戦ってくれてありがとう」

「チュー」

「フシュゥ」

「キュック!」


 私の傍に駆け付けてきてくれたジンクス、まるもちちゃん、ココの3匹に私はお礼を言う。

 私は本当のご主人様ではないけれど、それでも彼らは私の言う事をよく聞いてくれた。

 本当にいい子達だと、素直に思う。


「レナータ! 絶対に勝ちなさいよー!」

「ジンクスもレナータの言うことを聞くんだぞー!」

「まるもちを貸したんだ、絶対に負けねえぜ! ……ところで、ここ本当に魔法使いの国なの? マジで?」


 観客席にはエリー達がいる。

 タクマくんは初めての魔法使いの国に少し動揺しているみたいだったけど、みんな私を応援してくれていて、私はそんな彼らに心強さを感じた。


(みんな、ありがとう)


 心の中でみんなに感謝して、私は改めて決意する。

 必ず、ダグラスさんの怒りを引き出して、勝つんだ。


「それではこれより、決闘を開始したいと思います。決着の条件はどちらかが戦闘不能になるか、降参すること。そして決して命を奪ってはなりません。お二人とも、準備はよろしいですか?」


 審判役を引き受けてくれたジャクリーヌさんが、私達二人に確認をとる。

 私は頷くも、ダグラスさんは「ちょっと待ってくれ」と手を挙げていた。

 

「レナータちゃん。戦う前に、最後に一つだけ提案がある」


 銀色のマンティコアを従えたダグラスさんは、戦う直前にそう言ってくる。

 私は彼が何を言おうとしているのか、確信めいた予感があった。

 ダグラスさんは言葉を続ける。


「妥協、してくれないか」


「俺は君に酷い事をした、マンティコアのティコになりすまして君を騙し続けた」


「だからその償いとして、俺は君の立ち上げたギルドに無償で(・・・)マジック(・・・・)アイテム(・・・・)を提供する(・・・・・)


「これなら戦う必要もない、俺はこれまで通り働かないまま。君もやりたい事ができるはずだ」


 「気にやむことはない、元から俺はこういう生き方をしてきたんだから」そうダグラスさんは、なんて事ないように言い放つ。

 ――予感は的中して、私は不快感を覚えた。

 

いいえ(・・・)、ダグラスさん。その提案はお断りします」


 私は屹然と、ダグラスさんの提案を断る。

 そして不快感に従うままに私は彼を睨み、叫ぶように言い放った。



「だって、ダグラスさんのその生き方は――――私が一番、嫌いだからです!」

 

 その提案では、ダグラスさんが報われない。

 私はもう、彼に仕事への当て付けをするような生き方をさせたくない。

 私の夢には、そんな想いも含まれているから。


 私の返事を聞いたダグラスさんは目を見開く。

 ダグラスさんの生き方を私がそんな風に感じていたとは、露ほども思わなかったのかもしれない。

 やがてダグラスさんは諦めたように浅くため息をつき、眉を寄せ、敵意を込めた瞳で私を睨み返した。


「……そうか、なら俺は――――君の夢を、ここで終わらせる!」


 そのやり取りが最後の引き金。

 「では、はじめ!」とジャクリーヌさんがバトルの開始を宣言して、私とダグラスさんの戦いが始まった。

今回の解説

デコイ・マンティコア:着ぐるみマンティコアくんに書き込んだ魔法陣を応用して作成している。着ぐるみではなくマンティコアを模した人形なので、中に入る事は出来ない。

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