106話:その仕事はこのために
お待たせしました、106話更新になります!
次回の更新は11/9(月)の、朝7時を予定しております。
ダグラスさんのお家を訪ねてから、翌日のこと。
その日は都合よく、魔物使いの学校はお休みの日だった。
日が登って、人々の活気が賑わう魔物使いの国の街並みを私は歩いていた。
パールセノンにボロボロにされてしまった街並みはすっかり元通りになっていて、知らない人から見ればつい数か月前に大事件が起きたとは気付けないかもしれない。
――私は今日、どうすればダグラスさんと一緒に働くことが出来るのかを相談するために、頼りになる人たちを訪ねるつもりでいる。
最初に選んだ場所は……。
「久しぶりだなぁ……。店長さんにトキコ先輩、元気かな?」
可愛い猫の看板が掛けられた喫茶店を前に、私は懐かしさを感じた。
そこは。私とティコ――ダグラスさんが最初に働いた場所。
モンスターカフェ「ニャンちゃん家」だ。
「「仕事嫌いのダグラスさんと、どうしても一緒に働きたい?」」
「はい」
店長さんとトキコ先輩が同じ言葉を言って、私はそれに頷いた
朝早くから突然訪ねてきたにもかかわらず、二人は私を快く迎えてくれて、スタッフルームで相談をしようということになった。
椅子に腰掛けて、私はテーブル越しに向かい合った二人に悩みを打ち明ける。
「ダグラスさんって……確か、レナータさんの好きな人――あたっ!?」
「こーらカレナ先輩。またそうやって恋愛に持ってくのはダメっスよ。真面目にやるっス」
店長さんがとんでもない方向に転がしていこうとするのを、トキコ先輩が店長さんにデコピンする形で止めてくれた。
その、うん、とにかく私がしたいのはそういう話ではなかったので、安心する。
恋愛方面の話は恥ずかしくって、苦手なので……。
「わかったわよもう……。でもレナータさんすごいわね。自分でギルド立ち上げるんだ?」
「はい」
「そのダグラスさんが作るマジックアイテムで、この国の働く人たちを助けたい……。魔物使いの私らからしたら、想像つかないっスねー」
「それで、肝心のダグラスさんに働く気が一切ないと」
「そうなんです……」
ダグラスさんの過去については話さなかったけれど、店長さんとトキコ先輩には大体の事情をお話している。
ただ、二人ともこういう相談を受けたことは無かったみたいで、しばらく考え込んでいた。
「んー、そうね。そのダグラスさんに仕事をする理由っていうか、目的みたいなのがあれば。働こうとしてくれるんじゃないかしら?」
「目的、ですか?」
「そう、アタシなんかはネコちゃん達の自由気ままな姿を見るのが好きだから、このお店を開いたわけ。大変な事も多いけど、アタシは自分の好きな事の為に働けてるんだって頑張れてるの」
店長さんの言う事は、どことなくお父様が言った事と似ている気がした。
お仕事をする目的……。
それがダグラスさんにあれば、仕事に対する嫌な感情も克服できるのかな。
「カレナ先輩は仕事人間っスねー。レナータちゃん、みんながみんなこういう風に働いてる訳じゃないっスから、鵜呑みにしちゃだめっスよー?」
「なによ、じゃあトキコは何で働いてるわけ?」
「重労働じゃない、お給料は文句が出ない程度に出る、空気がゆるい、色々あるっスけど……。ま、やっぱり私は稼いだ給料で、好きな作家さんの小説を買い漁る瞬間が一番の至福っスねー♪」
「へー、アンタ本なんか読むんだ……」
「しつれーっスね! 娯楽が少ないこのご時世で本は頭のオアシスなんっスよ! 他にも作家さんの直筆サイン入りの最新刊とかを買いに他国まで渡ったりとか、なにかとお金がいるんスよー!」
トキコ先輩は堂々と、自分の好き本を買うために働いているのだと宣言した。
(そっか、そうだよね。みんな仕事が大好きで、やりたい事ってわけじゃないんだ)
その言葉に私は、目から鱗が落ちたような気がした。
私自身が「やりたい事を仕事にしたい」と思っていたから気付けなかったけど、仕事が絶対にやりたい事じゃないといけない、なんてことはないんだ。
お父様がお母様や私と暮らしていきたいから、仕事ができるように。
店長さんはネコちゃんの自由な姿が好きだから、仕事をしているように。
トキコ先輩が本を買いたいから、仕事をしているように。
人は自分の「好き」のために、仕事をしているのかもしれない。
私はこの国で働く皆の笑顔が好きだ、だからこの夢を見つけた。
それなら、ダグラスさんの「好き」は――――?
「店長さん、トキコ先輩。ありがとうございました」
「ごめんなさいね、あんまり力になれなくって」
「うう、結局いい案は出なかったっスねー」
そろそろお店を開ける時間が来てしまったので、相談はお開きとなった。
お店の外に出て、私は二人に送り出される。
「そんな事ないです! 上手くは言えないんですけど、大切な事が分かったというか。なんとなく、糸口が見えたような気がするんです!」
「……レナータさんがそう言ってくれるなら、私達も相談に乗った甲斐があったわ」
「応援してるっスよ。ダグラスさんと働けたらいいっスね」
「はい! 頑張りますっ!」
店長さんとトキコ先輩は落ち込んでいるけど、私は二人に相談できて良かったと思っている。
今の私には、夢を叶えるため「何か」を掴みかけている感覚があったから。
「ところでレナータさん。ちょっと聞きたいんだけど」
「? なんですか?」
「興味本位なんだけど。仕事の役に立つマジックアイテムって、具体的にはどんなものを作るの?」
「そうですね……」
別れ際、店長さんにそう聞かれたので、私はちょっと考える。
モンカフェで働いていた頃の記憶を手繰って、ニャンちゃん家で働く人達にはどんなマジックアイテムがあったらいいかを想像する。
「……例えば、決めた時間になるとネコちゃんのご飯が、決めた量だけ湧き出て来るお皿、とか」
「おおう、そりゃ便利っス」
「独りでに砂を取り換えてくれる、ネコちゃん用トイレとか」
「ほ、ほほう……一体どうやるかは想像できないけど、いいわね」
「お金を入れるだけでお勘定を済ましてくれるマジックアイテムとかあったら素敵ですよね」
「あーっ! それ、欲しいッス! いつも計算がめんどくさいんスよねー」
「あっ、お皿を自動で洗ってくれる箱とか、床を動き回ってゴミを吸い取ってくれるマジックアイテムなんかはもうありましたね」
「えっ、もうあるの? 既に買いたいんだけど」
今ぱっと思いついただけのアイデアだけど、ダグラスさんならきっとこのアイデアをもとにマジックアイテムを作れるに違いない。
「レナータさん、私ほんっとにあなたの夢を応援するわ! 是非、ギルドを立ち上げたらマジックアイテムをウチに売って頂戴!」
「ふぇ!? は、はいっ!」
がっしと店長さんに肩を掴まれた。
どうやら私が言ったマジックアイテムの案をとっても気に入ってくれたみたいで、私もうれしかった。
(私の夢が叶ったら、きっとこんな感じなんだろうな)
二人の反応をみて、私はそんなことを思った。
私が働く人たちの「あったらいいな」を見つけ出して、ダグラスさんがそれをマジックアイテムとして形作っていく。
そうして出来たマジックアイテムが、働く人たちの笑顔を作る。
それはとても心地よい感覚で、やっぱり私はこの夢を諦めたくないと、再認識する。
こうして私はニャンちゃん家を後にした。
尋ねる場所は、もう一つある。
「ごめんなさいゴンズさん、ウメさん。急に訪ねてしまって……」
「いやいいってことよ! レナータさんなら何時だって歓迎さ! なあ母さん?」
「ええ、ええ! ここを第二の実家と思ってくれてもいいのよ!」
「えへへ、ありがとうございます」
コトリ、とテーブルにお茶が入った湯呑が置かれて、私はこの家の家主である二人に頭を下げる。
バイトをした時から全く変わらない、暖かい雰囲気で二人は私を迎えてくれた。
そう、私が次に相談場所に選んだのはモウモウ牧場。
ニャンちゃん家の次に、私がダグラスさんと一緒に働いた場所だ。
「しっかし、何だ? 話は聞いたけどよ、すげぇ事考えてるんだなぁ。ダグラスって奴の作ったマジックアイテムで牧場仕事がグッと楽ができるっつー話だが……」
「はい、私の想像ですけど……。マジックアイテムをフル活用すれば、この牧場でモウモウだけじゃなくて、ミルミルのお世話まで出来るかもしれません」
「本当に凄い人なのねぇ……。ただそのダグラスさんは仕事が大嫌いなせいで働かないから、レナータさんが悩んでる訳ね」
「そうなんです」
牧場の一軒家で、私は早速悩みを打ち明けた。
ニャンちゃんちでは、人は何か好きなことの為に仕事をしているということ掴めた。
もしかすると、このモウモウ牧場でもダグラスさんと働くために必要な何かを掴めるかもしれないと思っている。
けれど……。
「仕事嫌いをなんとか、か……。あー……」
「お父さん、何か思い浮かびそう?」
「んんーー……」
ゴンズさんもウメさんも、うんうんと唸ったままだった。
「むぐぐぐ……わりぃ、レナータさん。どうにも、思い浮かばねぇ……。母さんはどうだ?」
「私もちょっと……ごめんなさいね」
「いえ、そんな。難しいことだって分かってますから」
2人ともいい考えが浮かばないとのこと。
やっぱり、嫌いなことを人にやらせるのは難しい。
ニャンちゃん家でもそうだけど、具体的な解決策を出せなかったのはそこにあるみたい。
「ふっふっふ……! お困りの様ね!」
もう少しだけ三人で考えてみようと思ったその時。
ばん、と勢いよく扉を開く音がして、自信たっぷりな女の人の声が響く。
あの人は――
「モモさん! お久しぶりです!」
「おっすーレナータちゃん! 久しぶりー♪」
ゴンズさんの娘さんの、モモさんだった。
モモさんとも久しぶりなので、会えたのが嬉しくなる。
「モモ!? お前、放牧に行ったんじゃ」
「行く途中でレナータちゃんを見かけたから帰って来たの。モウモウはジャムドに任せてる!」
「ジャムド一匹でモウモウみてるの!?」
「うん。だからおかあさんか、おとうさん交代して」
ええっ……?
どうやらモモさんは私を見かけたから、仕事をほっぽり出して来ちゃったらしい。
そしてモウモウ達は彼女の相棒であるイヌ型魔物のジャムド一匹で見てるとの事だった。
だ、大丈夫なのかなぁ?
「交代って、お前なぁ」
「扉越しに聞いてたけど、この手の相談は二人には無理よ。特におとうさんなんか、生まれてからずーっと自分の好きなことしてる希少生物なんだから、仕事が嫌いになる感覚なんてわかんないでしょ?」
「うぐ、そりゃ……そうだけどよ……」
「――対する私は、戦士の国でさんっざん嫌な仕事をやらされてきた女! 仕事嫌いに関しては一家言あるってわけよ!」
「な、なるほど!」
そうだった、今でこそモモさんはモウモウ牧場のお仕事をしているけれど、昔はその事に反発して戦士の国へ渡航、そこでギルドの受付嬢をやらされて散々な目に遭ったんだっけ。
パワハラや安月給やセクハラの嵐について、物凄い怒りながら話してくれたのをよく覚えている。
そして彼女は、結局のところモウモウのお世話が好きだからという理由でモウモウ牧場に戻って来た。
つまりモモさんは、ダグラスさんと同じように仕事を嫌いになったことがある訳で。
ひょっとすると彼女は、私が知る誰よりもダグラスさんの気持ちが分かる人なのかもしれない。
そう思うと私は、高まる期待を抑えられなかった。
「はぁ……それじゃあ私が行くわ」
「おかあさんよろしくー。はいおとうさん、そこどいて」
そんなわけで、モモさんと入れ替わりにウメさんがモウモウ達の面倒を見る事に。
モモさんはゴンズさんが座っていた場所を勢いのままに奪うと、そのまま私の相談相手になってくれた。
「えっと、それじゃあモモさん。早速なんですけど、仕事嫌いって何とかできますか?」
「私だったら無理ね、もう二度と受付嬢の仕事はごめんだわ! 好きになるなんてあり得ないし、何なら一生嫌い続けてやるわよ!」
「おいモモ!?」
私の相談は秒で断言された、それも否定の方向で。
あれ、おかしいな、私ってばまた質問をする人を間違えちゃったのかな?
「えええええ……無理、なんですか?」
「むり、あんなデリカシーのない連中とはもう働けない」
「そ、そこを、何とかする方法とか、思いついたりは……」
「強いて言うなら、あの職場の連中全員クビにして総入れ替え。もしくは全員私に土下座で今までの行為を心から反省させた上で、金輪際あんなことをしないよう誓わせる」
「えええ……そんなの無理じゃないですか」
怖い、モモさんの表情が鬼みたいに怖い。
過去の映像で見たダグラスさんに勝るとも劣らないくらい怖かった。
モモさんにとっては、戦士の国でのお仕事がそれだけ嫌いだと言うことはわかったけれど……。
「でも、それだと私、こまるんです……」
仕事嫌いが克服できないという事は、つまりダグラスさんと働くことが出来ないという事になってしまう。
それだけは嫌で、私は何としてでも夢を叶える方法を見つけないといけないのだ。
「レナータちゃん。落ち込む必要はないわ」
「え?」
「仕事が嫌いでも、ダグラスさんと貴女が一緒に働くって話なら、きっと大丈夫よ」
「それって、どういうことですか?」
モモさんは仕事嫌いをどうにかするのは無理だと言ったのに、ダグラスさんが私と一緒に働くのは大丈夫だとも言った。
その意味がよく分からなくて、私は首を傾げる。
するとモモさんは「コレは私の持論なんだけど」と前置きして、その理由を話してくれた
「いい、レナータちゃん。仕事をする上で何よりも重要視するべきなのは「人間関係」なの」
「人間関係……ですか?」
「そう。いくらね、仕事に情熱を持っていて理想通りの職場に就職できたとしても……人っていうのは人間関係一つで簡単に、熱意を失くしちゃうの」
「忙しさにかまけて後輩の指導をしない人、個人的なイライラを部下にぶつける人、部下のやる気に反して簡単な仕事しか割り振らない人、逆にその人にできっこない量の仕事を振る人、嫌がってるのに体を触ってくる人、無視をする人、色々あるけど」
「悪い関係しか築けなかったり、そもそも人間関係が築けなかった時、人はどんな仕事でも嫌いになる」
モモさんの持論を聞いた時、私は真っ先にダグラスさんの過去を思い出した。
ダグラスさんは確かに、職場で良い人間関係が築けなかったから、仕事が嫌いになったんだ。
きっと、誰か一人でもダグラスさんの事を認めていたら……あんな事にはならなかったのかもしれない。
「まっ、逆にその人にとってどーでもいい仕事でも、いい人間関係が築けて居心地がよかったら長続きするものよ」
「な、なるほど」
「そういう意味でレナータちゃんは大丈夫。性格いいし可愛いし、雰囲気最高の職場になるわよ。それにこんな美少女の下で働けるとか、男ならコロッと落ちるに決まってるわ!」
「ふえっ!? そ、その、えっとありがとうございます……」
その、唐突に褒められたせいでなんだか恥ずかしくなってきた。
でも確かに私は、立ち上げたギルドでダグラスさんを蔑ろにするなんてことは、絶対にしないと言い切れる。
「だからね、あとはその人にお仕事の話をちゃんと聞いてもらえれば大丈夫だと私は思うわけ」
「モモさん……」
「もっと自信持って、レナータちゃんならいい職場が作れる。ダグラスさんとだって一緒に働けるわよ」
「……はいっ」
そうモモさんに太鼓判を押されて、私は少し自信がついた。
(お仕事で一番大事なのは、人間関係……)
モモさんの言葉を、私は胸に刻む。
そうすると、不思議と大丈夫だと思えてしまった。
私とダグラスさんの関係はこれまで偽りばかりで、本当の関係を築けたのはつい最近の事だけれど。
それでも、彼と結んだ絆は本物だと言い切れるから。




