93話:決戦、パールセノン
お待たせしました、第93話更新です!
『「くふ、くふふふふ、くふふふふふふっ!」』
植物で出来た城の頂上、そこではパールセノンが一人、笑い声を響かせていた。
滑稽な物を見たと言わんばかりの、嘲笑。
俺達の姿が可笑しくてたまらず、笑いをこらえきれないといった様子だった。
「何がおかしい!」
正直に言って、不快でしかない。
俺は怒りを滲ませ、反射的に問い詰める。
レナータちゃんの顔で、彼女が決してしないような行為を好き放題させてしまっていることが、腹立たしくて仕方がなかった。
『「くふふふ。わらわに恐れを為して逃げた者共が、のこのこと戻ってきたのじゃ。コレを笑うなという方が無理があろう?」』
「ああん? 恐れだとぉ……!?」
俺達を侮っているようなその態度に、リアーネさんが凄まじい怒気を発する。
だが、パールセノンの表情からは余裕が消える事は無い。
……あるいは、それほどまでに自らの力に自信があるのだろうか。
『「おお、こわいこわい。それで、性懲りもなくここへきたようじゃが、わらわを滅ぼしに来たのか? この娘もろとも?」』
「そんなわけないだろ! 俺達はお前に奪われたものを全部取り戻しに来たんだ。レナータちゃんと、国中の魔物達を解放してもらう!」
だが、逃げ出したあの時と今は違う。
パールセノンが操る魔物達は国の人達が相手となり、魔物達とレナータちゃんをもとに戻すためのマジックアイテムは用意してある。
なにより、この面子で力が及ばないなどとは言わせない。
『「わらわが奪ったものを、取り戻す? くっ、ふふふふふ、お主は本当にわらわを笑わせるのが上手い。わらわを笑い殺すつもりなら、惜しい所までいっておるぞ」』
「ふざけるのも大概にしろよ……!」
『「――いいや、ふざけておるのはお主らじゃ。この娘の身体も、国中の魔物達も女王たるわらわの物。それを取り戻す? 盗人猛々しいとはこのことよ。メルセスとの契約は最後まで履行してもらおう」』
すると一転してパールセノンの笑みが消え、苛立った様子で俺達を睨み付ける。
魔を飼う者メルセスとの契約を持ち出し、悪いのは裏切った人間の方だと主張し、レナータちゃんと魔物達を開放する気は全くないようようだ。
「レナータちゃんも魔物達も、何一つお前の物じゃない! レナータちゃんはレナータちゃんだし、魔物はこの国の人の家族だ!」
パールセノンの怒気に気おされぬよう、負けじと俺も言い返す。
確かに、メルセスがパールセノンしたことは酷い裏切りに違いないだろう。
でもだからって、この国の人達が今に至るまでに築き上げてきたものを奪っていい理由には、ならない。
レナータちゃんの身体を奪っていい理由にも、勿論ならない。
遥か昔に破られた契約の責を、今を生きる者たちへ押し付けるのは筋違いだ。
「それに大体、おまえは「女王」を名乗って何がしたいんだよ!?」
パールセノンがやろうとしていることは、滅茶苦茶なのだ。
パールセノンは人間を追い出して魔物だけの国を作り、そこで女王になるとも言った。
だが「女王」とはそもそも人間側の都合で作られた地位だ、そんなものを魔物しかいない国で名乗ったところで、何ら意味をなさない。
俺がそう言い放った時。
「―――――――」
「……?」
ほんの、一瞬だけ。
俺が投げかけたその質問に、パールセノンは虚を突かれたような、そんな表情をした……気がした。
俺の気のせいだったのかもしれない、もしくは見間違えたか。
気が付くと、パールセノンはレナータちゃんの顔で邪悪な笑みを浮かべていた。
『「何がしたい、か。くふ、何を言いうかと思えば……。――したいしたくないの話ではない、わらわは正しい節理に従っておるだけじゃ」』
「正しい節理?」
『「そう。わらわはこの身を食料として魔物に提供し、魔物は餓えという恐怖から解放される。そして魔物たちは恩恵と引き換えに、その一生をわらわに捧げる。わらわとわらわ以外の魔物は、いわゆる共生の関係にあるのじゃ」』
『「そしてわらわは生まれて千年以上、この生き方を変えることが無かった。当たり前じゃ、わらわの生き方を変えられる者など、この世界のどこにも存在しないのだからな」』
『「長き年月を経ても変わる事のない、わらわの生き様は――もはや摂理、わらわという存在がそうあるべきだという事を、この世界が証明しておる」』
「…………」
なるほど。
つまるところ、コイツはこういう生き方しかできない魔物だということだ。
強大な力を持ち続けた故に、その生き方を何百、何千年と変える事が無かった。
それ以外の生き方を知らず、する気もなく――本能となってしまっているのだ。
「パールセノン、お前の言い分はよく分かったよ」
『「ほう? それで、どうするというのじゃ?」』
パールセノンは玉座に腰かけたまま、心底愉快そうに尋ねる。
対する俺は、後ろに控えている皆に目配せをした。
「話し合う余地はない。お前をレナータちゃんの身体から、引きずりだしてやる!」
槍を向ける者、拳を向ける者、牙を剥くもの達が、弾けるように動き出す。
俺の叫びと同時に、決戦の火蓋が切って落とされた。
『「この世の摂理たるわらわに歯向かうか。くふ、少しは愉しませてくれような?」』
「少しも楽しませる気はねーよ」
『「ッ!」』
ボンッ! と敷き詰められた蔦で構成された床が弾け飛んだ。
それは、リアーネさんが一足飛びでパールセノンの目の前まで到達した際の、床を蹴り砕いた音である。
もう既に拳を振り抜く動作に入っているリアーネさん。
右手の拳には体内魔法陣無力化くんの入った小瓶が握られている。
「レナータに体を返しやがれ!」
世界最強の母親による最速の一撃に、パールセノンは驚きに固まったまま、なす術なく拳を叩き込まれて――
『「メツルェルの時といい、お主は単純じゃの」』
「んなっ!?」
――しかし、決着には至らない。
パールセノンは座ったまま一切体勢を変えず、玉座ごと後ろへ後退した。
リアーネさんの拳は虚しく、空を切る。
『「くふ、しかしお主がこの中で一番の強者と見える。実に素晴らしい腕っ節じゃが……お主ら全員、既にわらわの掌の上よ」』
パールセノンがそう言うと、リアーネさんが立つその場所に、がばりと大口を開けたかのような穴が現れた。
床に穴が開いた訳ではない。
床を、この城を構成する植物が、パールセノンの意思のままに動いているのだ。
「こんのっ……!」
『「お主に裁きを下す。そのまま落ちて潔く死ぬが良い」』
パールセノンはリアーネさんを落下死させようとして。
「そうくると思ってたよ!」
それを俺が食い止める。
頭の中で予め詠唱していた結界魔法を、リアーネさんの足元に発生させる。
結界が床となる形で、リアーネさんは落下を免れた。
「はっ、助かったぜ。そんじゃもう一発いっとくか!」
今度は左の拳を握り、リアーネさんはパールセノンへ殴りかかる。
『「ちぃっ、ならば押し出すまでよ」』
さすがのパールセノンも、黙って殴られる訳ではない。
パールセノンの足元から、大木のように太い蔦が飛び出し、濁流の如くリアーネさんに殺到していく。
まるでレナータちゃんの植物魔法を彷彿とさせる攻撃であるが、そこには詠唱などなく、出の早さが段違いであった。
「ぐおおおお!?」
蔦の奔流がリアーネさんの身体を滅多打ちにし、鈍い音が響き渡る。
あと一歩、拳を届かせる寸前で、リアーネさんはパールセノンから遠く離れた位置へ押し出されてしまった。
「リアーネさん、大丈夫ですか!?」
「ちっきしょ、せっかく近づけたってーのに……!」
「よかった、無事みたいですね……」
常人なら圧死ないし撲殺されるレベルの攻撃だったが、そこは流石のリアーネさん、大したダメージはないようだ。
そして先の攻防で、俺の推測は確信に変わる。
なぜ、パールセノンは植物魔法の如き攻撃を、詠唱もなしに使うことができるのか。
「皆っ、足元に気を付けろ! 今のではっきりした、この植物の城そのものがパールセノンの身体の一部だ!」
その答えはごく単純、あの巨大な植物の蔦やこの植物でできた城、その全てがパールセノンの身体。
今まで見せた植物による攻撃や動き出す玉座は魔法などではない、単純に腕や手足を動かしているのと同じ事なのだ。
そして、ここに戦場として立っている俺達は、正に奴の掌の上に乗せられているも同然である。
いつこの床から攻撃が来てもおかしくない、危険な状態だった。
『「くふふふふ! 気付いたか! お主のいう通り、この城の全てはわらわの身体で構成されておる、じゃがそれを知った所でどうする?」』
「知れた事、ならば地に足をつけず、空よりお主を狙えば良い。ホーボック!」
「クェーッ!」
パールセノンの頭上から、ホーボックに騎乗した学園長が急降下する。
彼は手に持った体内魔法陣無力化くんのふたを開け、ホーボックの両翼へぶちまけた。
「羽根飛ばし!」
「クアァーッ!!!」
パールセノンの頭上で急停止すると、ホーボックは濡れた翼を力いっぱいに振るう。
突風と共に羽根が吹き散らされ、それらはパールセノンめがけて飛んでいく
(上手い! あれなら羽が身体をかすめれば体内魔法陣無力化くんを付着させられる……!)
学園長の取った手段に俺は舌を巻いた。
そうだ、この戦いは何もパールセノンを真っ向から打倒する必要はどこにも無い。
体内魔法陣無力化くんをレナータちゃんの身体のどこかにかけて、その身に刻まれた魔法陣を消してしまえば俺達の勝利だ。
『「攻撃の殺意が薄い。当ててしまえば何とかなるという考えが透けて見えるぞ?」』
「―――!」
パールセノンが学園長達を一瞥すると、座っている玉座が変形し、パールセノンの頭上を傘のように覆い隠してしまった。
ホーボックの羽根は全て遮られてしまう。
『「何か策があるようじゃが、これで無駄。それと、お主ら頭が高い、平伏せ」』
「ぬぅっ!?」
パールセノンがそう呟くと、床の植物が蠢き、ズアッ、と巨大な腕の形をとった。
植物で形作られた巨腕は、学園長とホーボックを鷲掴みにしようと伸びていく。
「ホーボック! 飛べっ!」
「ク、クェェ……!?」
飛行速度を上げ、腕から逃れようとする学園長たち。
「まずいっ……!」
学園長たちに迫る植物の腕を見て、俺は焦る。
恐るべきことに、あの植物の腕はグリフォンの飛行速度を超えた速さで伸びていっているのだ。
あのままでは、学園長が捕まってしまう!
「シャッピー! じじいを助けろ!」
「ナアーオッ!」
リアーネさんの咄嗟の指示により、パールセノンへ向かっていたシャッピーは、学園長へ伸びていく腕の方へ方向転換する。
大きく跳躍したシャッピーは、右手の鋭爪を一閃し、植物の腕を切り落とした。
『「くふふ、グリフォンに容易く追いつける成長力。やはりこの器は素晴らしい、わらわの見立て以上によく馴染む」』
攻撃が失敗したことなど気にもせず、パールセノンは自らの力に驚嘆している。
植物魔法と見まごう程の強力な攻撃、おまけに初動はあり得ないほど速く、攻撃速度に至ってはさらに速い。
この面子でも屈指の実力者である、リアーネさんと学園長の攻撃を無傷でいなせるほどの戦闘力。
今まで俺がみてきた魔物の中でも、たしかにパールセノンは別格だ。
『「そうじゃ、良いことを思いついた。この器がどこまで使えるか、お主らで試させてもらうとしよう」』
パールセノンがそう言い放った瞬間、地面が大きく揺れ出した。
地震、否、この城を構成する植物が蠢き、伸び上がり、束ね、重ねられていく際に発した鳴動である。
「これはっ……!」
揺れる地面に、思わず足止めされる俺たち。
気づけば、この広間の外周から大きな人影が登ってきて――――
『「くふ、お主らは5人と6匹に対しわらわは1人。多勢に無勢は不公平じゃろう?」』
「きょ……、巨人っ!?」
全身が蔦で構成された巨大な人形、人間一人くらいは片手で掴めそうな大きさの巨人。
どうやら城から上半身だけが生えているらしく、下半身に当たる部分はこの広間からは確認できない。
それらが10体、この広間の外周から俺達を見下ろしていた。
『「さあ、この巨木人を前に精々あがいて見せよ。人間ども」』
未だパールセノンは玉座に座したまま、俺達はこの巨人の群れと相対することとなる。
戦いはまだ、始まったばかりだ。




