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純情トワイライト  作者: 森 彗子
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オズの魔法使いにお願い 2

「信じられないかもしれないけど、女の子を授かるためにどうやれば良いのかまで指導を受けたそうよ。大勢が見守っている場所でね。ほんと、考えられないわよね?」


 お母さんはそう言うとなぜか笑った。どこが面白いのか意味がわからなかった。

 子供を授かるのに、性別を選べるなんて発想が不思議で仕方がない。


「能力を受け継ぐために血を濃く維持するっていう発想はわかるけど、神託で選ばれた男子ってどんな人? そういう不思議な能力を少なからず持っている家系を調べてくっつけたんでしょ? って、私は思ってるんだけどね」


 歴史の話題にお母さんの解釈が入って、なにが言いたいのかよくわからなくなる。

私が聞きたい話はこんなものじゃなくて、お父さんとお母さんはどうして入籍しなかったのかっていうところなんだけど。


「ごめん、ごめん。話の腰折っちゃって。で、どこまで話したんだっけ?」


「観月さんがお見合い結婚して子供を産んだとかどうとか…」


「お見合い結婚? あんた、うまいこと言うわね」と、お母さんは突然煙草を咥えて吸い始めた。


 私の視線に気付いて、お母さんは口から煙をくゆらせると、ふーーーっと遠くまで白い息を飛ばして、コンクリートの通路に煙草の火を押し付けて消した。


「吃驚した?その昔、吸ってたのよ、私も」


「……」


「あんたが知りたいのは、夏希と入籍しなかった理由でしょ?」


 私は頷いた。


「だから、説明してるんじゃないの。最後まで聞けばわかるから」


「…じゃ、続きを早く」


「慌てなくても良いじゃないの。お饅頭食べましょう?」


 お母さんは手を合わせてからお供えしていたお饅頭をふたつ掴んで、ひとつを私に渡してきた。


「観月の子供は一人目が男の子だった。それから八年後にようやく待望の女の子が生まれた。その女の子が私のお母さん、つまりあんたのお婆ちゃんよ。」


「…お婆ちゃん」


 墓石に刻まれた名前を見ると、波戸崎 野々花 享年二十九歳没と書いてある。


「そして、父さんと母さんは恋愛結婚なのよ。戦争に駆り出されて戻ってきてすぐに結婚したの。観月とは違って、母さんは自分で結婚相手を選んだわ。そしてすぐに私が授かり、生まれた。


 結果、沢山の人達を裏切ったとされ、村を追放されたのよ。いわゆる駆け落ちってやつね」


 吃驚した。生きていれば自分の目の前にいたかもしれないお婆ちゃんが、そんな波乱万丈の人生を歩いていたなんて。


 観月さんて、曾お婆さんにあたる存在なんだ。遠い異国の物語みたいに聞いていたのに、本当の自分の先祖の話なんだなと、ふわっと思っていた。


 お爺ちゃんの家がどうして村はずれの山間部にあるのか、理由がわかった気がする。


「よそ者は後から入植したわけだから、山を切り開いて村の土地にしろっていうことだった。

だけど、母さんの正体を知っている人が当時はいたるところに沢山いたのよ。


遠くからわざわざ神通力を頼って人が訪ねて来るの。


当時はまだこの北海道も辺境の地って呼ばれていたぐらい、ここは荒れ地の中の小さな村だった。

この村の村長連中は、母さんの素性を知って目の色が変わってね。

村の先行きを導いてくれって懇願してきたそうよ。

能力のせいで追放されたのに、新たなる土地でまた同じことを繰り返すのがイヤだったと母さん言ってたわ。


ある時、村長から取引を持ち出されたの。村の中心部に神社を建てて家族で住んで貰って、天災や疫病や豊作の御利益をくれたら良いって言われてね。私が病弱で生まれたせいもあって、一度本殿に住んだことがあるらしいのよ。覚えてないけど。


でね。無理難題を押しつけてきて、神頼みの成果を焦るバカな連中が急かすのよ。

母さんの神通力って実は先祖代々少しずつ薄らいではいたそうで、その中でもたぶん一番中途半端だったらしくってね。追放された理由も結局役立たずだったんだって自分で言ってたわ。


だから、具体的な成果を現せないことに不満と不信感を持たれ始めて、母さんは家族を守るために人の心を読めることを世間に公表してしまったの。ずっと後でバカなことをしたと酷く後悔していたけど、当時はその能力を活かして周辺の村との交易に役には立っていたそうよ。村長や農業・漁協の長は物事が有利に運んでとても喜んでいた。一時はこの周辺で最も栄えた村になったのは、母さんの力のおかげなのよ」


 まるで歴史の教科書を読んでいるような内容だと思った。邪馬台国の卑弥呼とか、そんなイメージが沸いた。


 「でもね、利益を独占するために能力を使ったことで罰があたるようになった…。っていうのは、実際どうなのかわかりかねるんだけど。


とにかくある時期から疫病が流行ったり、不作の年が何年か続いたりして、病気と飢えで大衆が苦しんだ時代があったの。米が収穫できなくなって、海外から輸入米を食べて身体を壊す人が続出したのよ。私が小学生の頃なんだけど、土地のものを食べないと力が出なくなるのは自然なことだし、全部が全部農薬をつかった海外の米のせいってわけじゃなかったんだと思うけどね。


急速に時代が変化してきて、食べものも変わって、生活スタイルも変わって、色んなものが変わったの。植物も動物も人も変化に弱い生き物だから、便利になる一方で体調や精神バランスを安定できなくなってしまった、が正解じゃないかって私は思ってる。


 そんなこんなで、母さんは様々な責任を押し付けられて村の人々から虐められた。父さんは母さんを守ろうと山間部の家に連れ出して、病気がちになった母さんと幼い私を育ててくれたの。父さんはこの土地に来てからずっと土を触って恵みを分けて下さいと土地の神様にお願いし続けてきたそうでね、開拓してからは順調に収穫できるようになって自給自足以上の恩恵を受け取っていた。


うちはその頃から村の嫌われ者になったのよね。

母さんが人の心を読む能力で権力者達の重大な秘密を握っているから、誰も手出しはしてこなかったけど、力を間違った使い方をしたせいで寿命が短くなったって言い出してね。本当にすぐ死んじゃったのよ。肺炎だったけれど、自分の死を予感していたのね。

私がまだ7歳の時だったわ」


 そう言い終わると、お母さんは残りのお饅頭を口に放り込んで、モグモグとほっぺたをうごかして咀嚼していた。その顔を見詰めながら、私もようやくお饅頭をかじった。


「この話をしてくれたのは、あんたのお爺ちゃんよ。

あの人、人間不信に苦しんで他人とまともに会話しようとしないのよね。だけど、この話をされた時に、ちゃんと理由があったんだなって思ったわ。


神通力という目に見えない力に頼らずに、私は看護婦になって人と健全に関わりたいって思ってこの仕事を自分で選んだの。実際、やってみてやりがいもあるし向いているって思ってる。夏鈴にも、そんな天職が見つかればいいわね」


「……うん」


 お饅頭のあんこと薄皮が口の上に張り付いて、うまく咀嚼できなくて、ちょっと苦しかった。


 波戸崎家の秘伝の能力。


 私も人が頭に浮かんだものらしき映像が自分の脳裏に流れることはしょっちゅうで、だからそばに近付けなかった。近付きたくないし、近付いて欲しくなかった。


 神通力の名残りなの?


 私が視えている世界は、普通の人には視えない世界だと何となく気付いていたけど、まさかそんなちゃんとした理由があったなんて。


 ………あれ? でも。


「あの…、お母さん。それで、どうしてお父さんと結婚しなかったの?」


「夏希の実家の天川家はね、母さんが追放された原因になった結婚相手だったからよ」


 ………いや、意味がわからないよ。


「私もずいぶん経ってから、そんな理由で入籍しなかったことを悔やんだわ」


「夏希は、天川家の古風なしきたりから逃げてきたって言ってたわ。自分が望まない相手と結婚したり、仕事も決められていて、何のために生まれてきたのかわからなくなるほどずっと苦しかったって。

総てを捨てて家出したはいいけど、身体が弱っていって動けなくなってしまった。そんな時に流れ着いたこの町で、看護婦見習いだった私と出会ったのよ。それは知ってるでしょ?」


「……うん」


「夏希も私も、天川家と波戸崎家のもめ事を知っていた。籍を入れる入れないで実家と揉めて、そういうことが嫌だから逃げてきたのにって……」


 すごく悲しそうに、お母さんはお墓を見詰めてため息を吐いた。


「北海道は、本州で生き難さを抱えた人が流れ着いた第二の故郷。夏希と私の先祖の故郷は同じだった。

初めて彼と目が合ったとき、雷が打たれたみたいな衝撃を受けたのよ。お互いに運命の人だとわかったの……。


そして、お互いに珍しい苗字で、自分が知っている歴史の中に登場する人だとわかって、逆に運命をより強く感じたのね。


ま、でも。

本当は理由なんて関係なくて、私はただ、夏希とひとつの人生になりたかっただけ………」


 お母さんは幸せそうに、だけど寂し気に微笑んだ。



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