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純情トワイライト  作者: 森 彗子
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第2章 オズの魔法使いにお願い

突然の出来事で家ごと知らない土地に吹っ飛ばされたら


私なら家から出られない



このお話からわかったことは

人は家に帰るんじゃない


人は帰りたい人のところに帰るのだということ





 お風呂場で気絶するように眠っていた私を発見したお母さんが、悲鳴を上げた。


 真っ白い顔になった私の頬を殴って、目を開けた途端息もできないほどきつく抱きしめられた。止めてないシャワーに服が濡れていくのも構わずに。

 強く、きつく、名前を何度も叫ばれて。


 何が起きているのかわからずに、お母さんにしがみついた私まで叫んでいた。


 何事かと隣の部屋の住民や大家さんが玄関のチャイムを鳴らした。裸の私は三枚もバスタオルを巻きつけられて、「ただの貧血です、すいません」と頭を下げた。看護師のくせに、大袈裟なんだから。でも、恥ずかしいけど久しぶりに少しだけ嬉しかった。



 小さな小さな写真のお父さんに報告するお母さんの背中を見ていると、さっきの高橋さんに感じた気持ちに限りなく近いザラザラした感覚がする。


 もうどこにもいない相手になにやってるんだろう?


 そんな冷たい言葉を口の中で転がしては飲み干す。



 本棚に並ぶ、大嫌いなおとぎ話や恋愛小説を見上げて、ため息が止まらない。



 引っぱたかれた頬も、生理痛らしき下半身の鈍痛も、鎮痛剤によっていくらかマシになってきた頃。解熱作用もあってか、身体が少しラクになった私は窓を開けて空を見上げた。


 この空の下に彼がいる。

 生きていればいつか必ず会うことができる。


 まだまだ子供な私が本気で彼に会いに行こうと思ったら、何が必要なんだろう?



 そんなことを毎晩、星空を見上げて考えてしまう自分に、今日は疑問を投げかけてみたくなった。



 机の引き出しから便箋を取り出すと、お気に入りのインクペンで手紙を書いた。素直な今の気持ちをそのまま書き連ねて、すぐに二つ折りにして封筒に閉じ込めた。


 この手紙を彼に届けたい、という気持ちがぐんぐんと膨らんでいくのを感じながら、ため息をつく。


 彼のことが好きだという気持ちは、もう止められないし、止まらないんだ。


 せめて少しだけでも良いから、遠くからでも良いから、彼の姿を見たい。顔を見て声を聴いて、それだけで十分だから会いたい。会いたくて、会いたくて、苦しいよ。


 晴馬のバカ……。




 翌朝、まだ微熱があったから学校は休むことになった。お母さんは今夜の勤務の前に、私を連れてお墓参りに行くと言い出した。「夏希が呼んでる気がするの」って。


 お父さんの名前は、天川 夏希

 お母さんの名前は、波戸崎 美鈴


 二人の年齢差は4歳。出会って三か月目に赤ちゃんが授かった。私が生まれる一か月前に寿命が来て、お父さんは亡くなってしまった。


 どうして結婚しなかったのか、私はまだ聞いたことがない。

 お母さんがお父さんと結婚して、世間一般の基準通りに入籍していれば私は天川という苗字になっていたはずで、なぜお母さんはこの町で忌まわしいと噂されている波戸崎の名を捨てられなかったのか、興味があった。


「いつか、あなたが成長して物事の成り行きが理解できるようになったら教えるから」


 何年か前に、そう言われたっきりだったけれど、今日は何となくその話の続きが聞けるような予感がした。



 お母さんがくれた鎮痛剤は良く効いて、違和感や軽いめまいがあるぐらいで痛みは殆ど感じなくなっていた。だけど、彼のことを想う度に走る電気ショックみたいな痛みには効いていないことがわかった。


 お母さんのペンダントのロケットの中のお父さんの写真を見て、私も彼の写真が欲しくなる。


 小さな軽自動車に乗って、自宅から30分ほどの場所にある山寺の敷地内の墓地にやって来た。漁村と農村がくっついた北海道の田舎町によく見かけるタイプの、丘の上の墓地。少しでも高い場所から、ご先祖様が見守ってくれるようにという思いを感じる。


 駐車場に車を停めてお墓参りセットを背負い、石畳の階段を登っていくと、町が一望できるぐらいの高台なのだと改めて気付いた。普段住んでいる場所から海は視えないけど、ここからは良く視える。


 灰色の空を映す灰色の海は、退屈な風景に思えた。

 色鮮やかなものがひとつもない灰色だけの風景画に、白いウミネコと黒いトンビが飛び交っている。



 持ってきたペットボトルの水をお墓の足元からゆっくりと回しかけ、タオルで汚れを拭き取ると、お花を生ける花瓶や線香立て、蝋燭立てを綺麗に拭いて、そこにお供え花を活けた。そして、朝早くからお母さんが炊いたお赤飯とお煮しめと、さっき来る途中で買った果物とお饅頭、そしてお父さんが好きだったという煙草をお供えした。


 煙草を一本咥えてマッチで火を付け、それをお墓の上に乗せて手を合わせるお母さん。


 病人だったけど煙草は吸って良かったんだろうか?

 なんてことを考えてぼんやり見ていたら、「夏希は我慢強い人でね、元気になるまで煙草は吸わないって言ってたから、私の前では一度も吸ってなかったのよ」と説明してくれた。


 お母さんは、私の心を見透かしている。


 手招きされて一緒にしゃがんで、お墓に向かって手を合わせる。波戸崎家のお墓に刻まれた名前を見ると、ご先祖様と言っても二人の名前と命日が並んでいた。


 お父さんの名前は、ここでは波戸崎 夏希として書かれている。


「ねぇ、夏鈴。いつか話さなくちゃって思ってて、あなたが大人になる日を待ってきたんだけど。女の子は初潮を迎えると急速に精神の成長も進むって言うわ。本当はまだ少し早い気もするけど、お母さんも今のあなたと同じ年の時に、父さんから聞いた話なの。


大事な話だから、きちんと聞いて欲しいから、余計なことは考えないでね。良いかしら?」


 私は珍しく緊張していたと思う。真っすぐとした力強い視線を受け止めて、私は頷いた。



 お母さんの話は飛躍し過ぎていた。


 なぜ波戸崎家が村民から背を向けられているのか、禁断の話を聞かされてしまった。思っていたのと随分違う上に、頭痛がしてきてしまうような重たい内容だった。


 波戸崎家の祖先は、自然界のあらゆる物には神が宿っていて、その神々の声を聴き、人々が間違いを犯さないために見張り・導くという尊い仕事をしていた。つまり、神道の神官や巫女のようなお役目をしていた。

 天気や地理、穀物の収穫、病気やケガの治癒、妊娠・出産・名付けに関することも、亡くなった人の弔いも総てを担っていた時代があったと言うのだ。


 代々女子だけに現れる不思議な能力は、人々を脅威から守るために使われ、暗い夜の光で照らし、迷い人を正しい道へと導くことが最大の役目として、神から指名を受けるのだという。


 生命の源である海の神様の末裔とされる血を引く巫女の中で、ゆかりという名のご先祖様が禁忌を犯したことが間違いの始まりとされている。血を継承するために選ばれた男子とのみ結ばれることを許されているにも関わらず、許しのない男子と結ばれ生まれた観月みづきには、自然界の神々と交信する能力がほぼ失われてしまった。観月を生んだ縁は病で早死にし、人々は神通力の弱い観月に縋るしかなかった。


「これを呪いと呼んで、純潔を無にしたと怒った当時の民衆を纏める偉い人達が、穢れた血を再び純粋な血統に戻すための誓いを立て、神の意志を必ず守らせようと躍起になったそうよ。観月は沢山の人に見張られて、神託通りの選ばれた男性との間に子供をもうけたの。

子供はどうすれば授かるかは、もう学校で習ってる?」


 私は、かなりしんどい気分で頷いた。



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