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純情トワイライト  作者: 森 彗子
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ハイドアンドシーク 3

 この熱だって、昨夜の夢が原因だと思ってる。


 私は彼と出会うまで殆ど風邪なんて引いたことがないぐらいの健康優良児だったのに、甘えられる人が出来た途端、私の体質は手の平を返したように変わった。


 彼との出会いはある雪の夜、それは年末の寒波で大雪になった日のこと。


 晩御飯を買いに出かけてすぐ近くの空き地を突っ切ろうとしたら、新しく降った雪に隠れていた深い水溜まりの氷が割れて私は極寒の中水浸しになった。足が抜けなくなって、靴が水の底に張り付いていて、裸足で歩くことも難しいからと思って、私は四つん這いになって靴を取り戻そうとした。全然取れなくて、しばらく力いっぱい頑張って引っ張った。


 そしたら急に。


 靴が急に外れて今度は空高く飛んで行ってしまった。


 今、思い出しても辛い。


 冷たい水に手を入れて、上着も服もズボンも濡れて、降りしきる雪が身体の芯まで冷やして、全部凍りそうなぐらい追い詰められていた。


 お金も失くして、靴も失くして、体温も失くして、通りすがりの人に助けを呼ぶこともできなくて。


 もう死ぬんじゃないかって本気で怖くなって、自分でもどうかしちゃったんじゃないかっていうほどに泣いていたとき、彼は突然やってきて私を抱き上げて救ってくれたんだ。


 綺麗な顔立ちの男の人の顔が目の前に迫ってきて、私に言ってくれたの。


「俺が来たからもう大丈夫」と。


 それまでの私は誰かを頼ったり、誰かと過ごすことを望んだり、してはいけないことだと思い込んでいた。突然現れた優しいお兄さんが、凍てついた私の心をゆっくりと溶かしてくれた。綺麗な顔も、細いけど逞しい身体付きも低すぎない声も、大きな手も、まるでずっと憧れていたお父さんのイメージにぴったりと嵌り過ぎていて、私はとっても嬉しかった。


 彼の介抱と機転を利かせてくれたおかげで、私は一年以上もまるで本当の兄妹のように一緒に過ごした。彼の目が同じ孤独を感じさせるから、私は安心して心を開けていたと思う。


 彼なら全てをわかってくれるって、一瞬で信じてしまった。


 そもそも人に心を開けなかった私が、安易に信じた相手こそが、私の初恋の人。


 彼もまた、両親を亡くした過去を持っていたとわかったのは、出会って数か月後のことだった。


 私達は運命で結ばれていると強く感じた。

 八歳で、そんな風に感じて、勘違いして、夢中になっていった……。


 そんな私の気持ちを、勘の良い彼が知らないはずはなかった。


 枕が涙で濡れて、アイス枕が温められて、髪の毛が首に張り付いて、喉がカラカラ。


 だるくて重たい身体をやっと起こすと、下腹部に痛みとドロリとした熱い何かが流れ出る感触があった。


「あ」


 ふらふらなのに立ち上がると、パジャマもシーツも赤い汚れがついていた。


 高熱が出ているときに初潮だなんて、運悪いなぁ。


 押し入れの襖を開けて、段ボールに入れられたいざという時の生理用品を引っ張り出すと、一番大きなナプキンを選んでそのままお風呂場まで這うようにして移動した。


 熱いシャワーを流し始めると、外気が低いせいかやたらと白い湯気が立ち込めて、あっという間に鏡やドアが曇り出す。


 脱ぎ捨てた服をバケツの冷水に浸して、私はタイルの上にへたり込んだままシャワーを浴びた。


 身体の力が入らないぐらい怠くて涙が流れる。


 急速に変化する自分の肉体を自らの腕で抱きしめた。


 骨と肉と内臓と心までもが乱暴に押し広げられていくような強い痛みに戸惑う。


 もしかして、私だけがこんなに痛くて辛くて苦しいの?


 お腹の痛みが増して、脚の間から沢山の赤い血が混ざった湯が流れて排水溝に吸い込まれていくのを弱々しく眺めた。


 悲しくて。

 寂しくて。

 会いたくて。


 名前を呼んで欲しくて。


 私は自分の腕に噛みつきながら叫んだ。



 もう二度と会えないかもしれない彼の名を―――。



 ――――― 晴馬。



 あなたは今、どこでどうしてるの?






 つづき(第2章 オズの魔法使いにお願い)は明日、更新します。

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