第5章 思いがけない再会
願い事があるなら
強く願って忘れることだ
私の賭けは忘れた頃にやってきた
いつもの朝。
変り映えしない風景の中の私は、穏やかな日々を静かに生きていた。
それは嵐の前の静けさともしらずに……。
始業式の朝、家を出て歩く田んぼのあぜ道に出ると
良く見知った顔ぶれのご近所さんが挨拶をしてくれる。
まだ残雪の残る気温8度の中を
薄めのコートを着た学生がちらほらと点在していた。
代り映えしない風景でも、
遠くに望む切り立った山の峰を眺めていると
大きな大地に包まれていることを実感せずにはいられなくて
私は胸いっぱいに深呼吸をした。
吐く息が白くて、首元に巻いた赤いチェックのマフラーに頬を埋めた。
6時27分発の汽車に乗り込んでいつもの席に座ると、
出発からすぐに車掌さんが切符の確認に来る。
お馴染みの顔で微笑みながら朝の挨拶をした。
それから私は、カバンから文庫を取り出して目を落とす。
ガタンゴトンという揺れもすっかり慣れてしまっていて、
手元の本の小さな字を見失うこともなく小説に集中した。
いつの間にか隣駅に滑り込んだ汽車が大きなブレーキ音を立てて停車すると、
私の座席のすぐ外に立つ長身の男が影を落としてきた。
不意にそちらを見ると、どこかで見たような顔があくびをしていた。
ドアが開くと気怠そうにその人が車内へ入って来て、
何を思ったのか私の真正面に腰を下ろした。
他に空席だらけの車中で、対面座席式の椅子の前に座るなんて、と
驚きと戸惑いを同時に感じた私は制服のスカートに下に隠れている両膝をくっつけて
本に目を落としたまま、その人のことを一切無視することに決めた。
視線は感じない。
車掌さんが来て彼の切符を確認するその瞬間だけ、
チラッとその顔を見たら猛烈に懐かしいような気分になったけど…
生憎、それ以上のことは何も思い浮かばないまま、
私は視線を本に戻して目的の駅まで集中することにした。
足元に違和感を感じて本から視線を移すと、男の人の靴が私のつま先同士でくっついていて、ジワリジワリと圧力がかかってきていることに気付いた。
脚を動かして再び本に意識を向けようとすると、またつま先に違和感を感じて目を落とす。
ツンと細く尖った紳士靴の先端が、僅かに私の両足の間に入ろうとしているのがわかった。
ドキドキした。
こんな田舎の汽車の中で痴漢に遭うなんて思ってもなかった。
朝っぱらだというのに……
しかも考えてみれば二両編成の後方の車両内にいるのは私達二人だけ。
大抵の人は一両目に乗っている。
そもそも、私は孤立タイプで友達もいない根暗女子高生。
目立つ要素もなくて、声をかけやすい風貌でもないのに、若くてハンサム風な男性に狙わらる謂れはない。
これは考え過ぎだ、とすぐに結論付けると座席を立って他の席に移動しようとした。
この時、初めて視線がぶつかった。
頬杖をついたまま車窓の風景をぼんやりと見ていたらしい横顔が、
いつの間にか私に向けられていて。
その瞳にはまるで親しみさえ込められている気がして心臓が跳ね上がった。
この目を覚えてる……。
「やれやれ。やっと、見てくれた」
低い声。
それに、細くて長い指がいつの間にか私の左手首を捕まえていた。
「ここにいろよ」
声が出ない。
驚き過ぎて頭が真っ白になる。
「久しぶりだな、夏鈴」
彼は
東海林 晴馬はにっこりと笑った。
「純愛トワイライト」 終わり
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