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純情トワイライト  作者: 森 彗子
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第3章 時の魔法にかけられて

どんなに強く想っていても


距離という大きな壁は子供の私には荷が重い


年齢差十歳

遠い場所にいて

彼には恋人がいる


それでも私は自分から会いに行こうと心に決めて

何年もの間に沢山のお金を貯め込んだ


この時が一番楽しかったのかもしれない






 オリオン座を見上げると赤紫色に浮かび上がる星屑が見える。

 夜空には数え切れない幾億もの星が光を投げ掛けていて、今夜私が目にした星はほんの一握り。


 千夜一夜の出会い。


 地上には何十億もの命が同じ時代に生きていて、私が生涯で出会える人は本当に少ないと思う。だからこそ、どんな出会いにもきっと意味があると思えてならないの。


 その中で心が求める程にその存在を感じられる人は何人いるだろう?



 私には晴馬しかいない。




 消えるどころか日を追う毎に溢れてしまう。会いたくて会えなくて、苦しい程にまた彼の存在が膨らんでいく。

 どうしてこんなにも晴馬を求めるのか、なぜ彼じゃなくちゃいけないのか、ずっと考えていた。

 

 成長する自分の体を鏡で見つめながら、あの頃の晴馬に近付いていく年齢と共に、私は時の魔法にかけられて子供じゃなく大人の女性に変わっていく。



 晴馬が成長した私を見たら、どう思うだろう?



 私を女として見てくれるかな?


 私の恋を受け止めてくれるかな?





 実は私、一度こうと決めたらどこまでもストイックになれる性格だった。


 困っている霊も人も無視して、私は自分の掲げた目標のためだけに一日を生き抜いていた。

 みすずちゃんの言葉は私の迷いや不安を吹き飛ばしてくれた気がして、お爺ちゃんの応援も嬉しくて、待っているだけじゃないお姫様にはなりたくなかった私はひたすら頑張った。


 でも、中学生に出来るアルバイトなんてないから、私はお寺のお坊さんにお願いして墓地の掃除をすることになった。二週間に一度しかない掃除で貰えるお駄賃は千円。町の人達のご先祖様が眠るこの場所を清めながら、みすずちゃんと色んなことを話した時間は宝物になっている。


 お母さんが毎週、お父さんに会いに来てどんな様子なのかそれとなく教えてくれるのも嬉しくて。笑ったり泣いたりしながら、娘の成長を嬉しそうに報告したりするときもあるんだって。普段、私の前では油断も隙もない完璧な親の顔をしているお母さんが、そんな風に私の知らないところで、亡きお父さんとおしゃべりしているなんて。町の人が見たら、やっぱり波戸崎の人間はおかしいって思うんだろうけど、私は気にしない。


 中学生に上がると、苗字に君とさんをつけて呼び合うというルールが始まった。小学生の頃はそんなに厳しく縛らなかったのに、急に先生たちの態度や姿勢が毅然としたものに変わった。ルールからはみ出すと厳しくお説教を受けるので、私は誰よりも模範生徒だったと言える。時間の無駄は避けたかっただけだけど。


 そのルールの中、私の苗字を呼ぶことさえも抵抗がある人がいて、なぜか夏鈴さんとしたの名前にさん付けで呼ばれるのは、ちょっとだけイヤだった。言葉にすることさえも忌まわしいと言う人が本当にいるのだと思い知らされた。


 相変わらず田舎の都市伝説のような波戸崎家の呪いに怯えた一部の人達から、幽霊を見るような目で視られてるのだと感じても、相手にしないことに決めてからは心乱されることはなくなっていた。徹底した孤立を貫いて、誰といても心を許さずに最低限のことだけをする姿勢を崩さなかった。誰に対しても同じ態度だから、誰も何も言わなかったのだと思う。


 だけど、ごくたまに私が曰く付きの家系だということを知っていて、好奇心で近付いてくる人がいた。私がどんな秘めた能力を隠しているのか興味がある、と言われて試そうとしてくるのは、本当に腹が立ったけれど顔には出さないようにした。


 とにかく相手にしないことが一番早い解決策だと、お爺ちゃんが教えてくれた。

それでもあんまりしつこくちょっかい出され続けると、さすがに学校辞めたくなったことが一度だけある。でもすぐに思い直した。

 彼らによって私の人生が歪むことの方が耐えられないと思ったからだ。


 私にはわからない。

 なぜ、そこまでして誰かを嫌いになれるのか。

 なぜ、そこまでして私達を嫌悪し続けられるのか。


 悪者がいないと生きていけない人が、この町の中枢に居座っていることを感じると、いつか私もこの町を出て、何のしがらみもない新しい場所で自由に生きてみたいと思うようになっていった。


 自分にはない素養を持っていると、その人が気になるという気持ちはわからなくもない。私が晴馬を好きなのは、そういう側面もあるからだ。


 晴馬は読書家で、絵を描いている時の姿は鬼気迫るものがあった。


 白紙の紙に立体的な静物画や人物画を描き出す時の、人間離れした集中力や表現力は圧倒的で、そういう時はこちらから話しかけられなかったけれど。すぐそばで彼が描き出す瞬間の熱を感じて、その作業を見守れることに言い知れない喜びを感じた。


「創作意欲を刺激してくれる」と以前、晴馬に一度だけ言われた言葉を信じて良いなら、私だけが彼の才能を引き出すトリガーになれるんじゃないかって思ってしまう。

 自惚れだけど、半分は事実だと思ってる。


 晴馬が「私と出会ってから、絵に対する意気込みや楽しさがより強くなり、周りから無理だと言われていた美大受験に合格できた」と言っていたってえっちゃんから聞いた時は、鳥肌が立つほど嬉しかった。


 私の存在が彼を強くしたなんて、そんなこと言われたら舞い上がってしまうよ。


 そういうことがあるから、私は期待してしまうんだ。



 私が晴馬を必要とするように、晴馬が私を必要としてくれていると感じるのは、私達の魂が元々ひとつだった名残のような気になるの。


 これは誰の共感も得られないと思う感覚だとわかってる。


 だから誰にも言わない。

 言ってしまうと、張りぼての飾り物みたいに一瞬で風化する気もして。



 それだけ、私の恋心はおぼろげで儚いものだったのだと言えるのかもしれない。



 晴馬と過ごした時間がどれほど特別だったのかを、成長しながら実感する。


 偏見や無理解の中にいた私達母子に対して、お母さんの職場の人達や特にえっちゃんだけはとても親切だった。そんな優しい彼女の年の離れた弟に、私は偶然出会えたんだ。運命だって感じるのは当然だと思う。


 お母さんが私生児を育てていることも、私が小さい頃から保育園にも入れずに一人でいたことも、町の人達の冷たい拒絶が始まりだった。保育園の園長先生だけがこっそりと、お母さんの夜勤の時だけ私を預かって育ててくれた。

 本当に一握りの人達がいてくれたおかげで、今の私がいる。


 冷遇対応の人達に対する不信感が募りながらも、一部の心温かい人達がいるこの町を私は憎み切れなくて、切ない気持ちを抱えていった。


 そして、ある時ふと思ったのは。

 もしかしたら晴馬も、私が波戸崎の娘だから切り捨てたのかもしれないっていう疑心悪鬼だ。


 私がこの町を出たいと思う気持ちがあるように、晴馬にも何か事情があったのだとしたら、そんなことぐらいしか思いつかなくて。


 私が曰く付きだから、私から逃げたんじゃないかって……。



 一度でもそう思ったら、酷く惨めな気分に落ち込んでしばらくは昏さに沈んでしまった。



 生きた心地がしない中、墓地の掃除とお爺ちゃんの農業の手伝いを続けてお金は貯まって行った。貯金が十五万円になったのは高校一年生の夏だった。




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