序章 忘却の記憶
苫小牧駅のホームに汽車が入ってくる。ディーゼルエンジンの匂いがする白い煙を吐きながら、汽車は次なる駅へと走り去って行く。札幌行きの北斗星を見送ると、日高線の少ない乗客だけがホームの残された。
陽が落ちた真冬の北海道の夜空が晴れていると、気温がグングン下がってまつ毛や吐く息を凍らせてしまう。制服の上に大きめのコートを着て、分厚いマフラーをぐるぐるに撒いた学生が数人立っていて、見慣れた面々だけど私も彼らも互いの名前さえ知らない。
背の高い男の人を見るとハッとしてしまう。首が長く癖のある髪の後姿を見ると、なぜか泣いてしまいそうになる。だけど、私は誰を探しているのか思い出せない。思い出すのが、怖い。思い出してはいけない。
そんな警告灯が頭の中でチカチカと点滅していた。
自宅から高校までを繋ぐ汽車に乗り込んでガタンゴトンと揺られながら、片道三十分程の鉄道の旅をする。夜の風景よりも明るい車内灯のせいで、窓ガラスは鏡になって自分の顔とにらめっこ。
午後七時過ぎの汽車はいくつかの駅といくつもの踏切を通り過ぎた。線路脇を走る道路からこちらを眺める男の人と目が合った気がした瞬間。
降り始めた雪が写真のように静止した。
――― トクン!
あまりにも一瞬だけど、私の心臓が確かに跳ねた瞬間だった。
胸が締め付けられて、汽車が大きく揺れた拍子に窓とおでこがゴツンとぶつかった。
涙目を拭きながら振り返っても、その人影は遠ざかり鼓動はいつもの強さに戻る。
……あの人は一体、誰だったんだろう?