オジサマとお呼びして、いいですかぁ?
ジスレーヌは、途中から「ちょっと所用がありますので」などと断りを入れて俺達を二人きりにしてしまい、当初、俺はかなり戸惑った。
十歳の女の子を相手に、中身はくたびれたロートルの俺が、なにをどうせーというのか。
しかし、お相手のローズは、幸か不幸か最初の頃のもじもじした態度が徐々に影を潜め、本格的に俺を質問攻めにしはじめた。
曰く、「このご本に書いてあることは、全部本当なのでしょうか?」とか「魔王アレクシアとの最後の戦いの時、呪いをかけられたというのは?」とか、「生涯不犯説がありますけど、そもそも生涯不犯ってなんですかー」とか!
ちゅーか、そのロクでもない嘘っぱち伝記本に、「アランは生涯不犯であった」とか、デマを書いた畜生は誰だっ。
ストレートに「エロい経験、一切なし」と書かれた方が、まだマシだっ。
だいたい、別に経験ゼロじゃないっつーんだ。
そりゃまあ、滅多にないのも事実だが。
子供と言えども、いい加減な返事はすべきではないと信じる俺は、なるべく遠回しに全て答えてやったが――。
どういう流れか忘れたが、そのうち俺はローズの部屋にお呼ばれし、さらに驚愕することとなった。
「おっとー」
天蓋付きのベッドやら、華やかな模様付きの壁紙、それにぬいぐるみや人形など、「金持ちお嬢様」的な部屋だったが、妙なところもある。
肖像画みたいなのがたくさん壁にかかっているのだ。
しかも、どれれもこれもレベル高いっ。
油絵もあれば、墨絵もあり、デッサンみたいなのもあるが……なんか題材が全部同じなのだな。つまり、どっかのイケメン男性だ。
「知り合いかい?」
「……さっきお逢いしたばかりですけど」
恥ずかしそうにローズが言う。
ちなみに、部屋に入った途端、お気に入りらしきぬいぐるみを胸に抱いていた。
こういうところはマジで子供だ。
「誰に逢ったの?」
「あ、アランさまです」
「……は?」
なんか今、すげーこと聞いたような。
「ええと、絵のモデルの話だったよな?」
「だから、アランさまです」
「――なんと!」
アランさまです、じゃないだろ。
全然、俺と似てないぞ。
俺はこんなイケメンじゃなくて、もっとこう、眼光鋭くて黒髪が長く、そして皮肉な笑みを口元に刻む癖があってだな――いや、待て。
今挙げた部分……その特徴だけは、このイケメンモデルも同じだ。
ただ、めちゃくちゃ美化されすぎてて、特徴の方が薄らいでるに過ぎない。
この子、俺と会ったことがないはずなのに、特徴だけはばっちり押さえている!
「思いのほか似てたので、嬉しいですっ」
とろんとした目で見上げ、そんなことを言う。
なんというか……ちょっと返事のしようがないな。
子供の順応力は恐ろしいというか、俺が絵の説明や、本棚にびっちり詰まった俺関連の本――て、こんなに俺関連本があったこと自体、本人の俺は全然知らなかったんだが、ともかく、その本の説明などしてもらっているうちに、ローズはもうすっかり俺に慣れてしまったらしい。
というより、本人曰く、「もう想像していた通りの方で、ローズはびっくりしました! とても嬉しいですっ」と興奮気味に言う。
……おまえそれ、そのイケメン美化絵と俺を見比べて、もう一回、言ってみ? と言いたいところである。
まあ、そんな意地悪言わないけど。
ただ、なぜか都合よく二人掛けのソファーがあったので、仲良く並んで座っている時、ローズがまた恥ずかしそうに切り出した。
「お母様は、アランさまがうちに来てくださった時は、親しみを込めて『おじさま』って呼びなさいねと言いました。そうお呼びしていいですかぁ?」
さすがの俺も、戦慄した。
今更だが、いつの間にか手も握られている! 子供特有の少し湿った手の感触に、俺は大いに戸惑った。
ガキンチョの相手とか何年ぶりだろうか。困りものだな、しかし。
気安く「誰がおじさまだ、ぶっ飛ばすぞ!」などと罵倒するわけにもいかない。だいたい、俺の方が立場下だし。
「いや……あー、それはどうかな?」
俺はヤワく断るために知恵を絞った。
「おじさまって、年齢高い人を呼ぶ時だよな、だいたい」
「え、でも多分、百歳は軽く越えているのですよね? ご本を読む限りではそうとしか」
……無駄に俺に詳しい子を説得するのは、なかなかムズい。
しかし、おじさまは勘弁してくれ。なんか一気に年取った気がするんだよ。