ロートル英雄、大好き少女
俺の住む王都ルーシアの片隅に、今はジスレーヌが当主を務める、ヴァリエ家の屋敷があった。
このクレル王国では、領地持ちの諸侯は、必ず家族の誰かが、常に王都ルーシアにいなければならない。
王国を支える名家達の屋敷が、それぞれ城を囲むように建っていて、そこに当主の子息か奥方が住む必要があるのだ。
まあ、一種の人質だわな。
大陸内の他の国では、「女性は当主にはなれず」という厳しい掟があるところもあるが、幸い、このクレル王国にそんな決まりはない。
中原から遠い、大陸北東の外れにあるような、のんびりした国だからだろう。
ヴァリエ家の前当主(ジスレーヌの夫)は、話題の娘を残したまま亡くなり、今のヴァリエ家は、既にジスレーヌが娘が成人するまで仮の当主となっている。
本領というか、ヴァリエ家の領地は王国の南東にあるが、そちらは家臣達に任せてあるらしい。
忙しいことに、俺は対面の翌日には、彼女の屋敷へ招かれ、即座に娘と引き合わされた。
通常、支度金をもらってから準備を整え、ゆるゆると屋敷を訪れるのが、パトロンに抱えられた者としての通例なのだが。
なぜかジスレーヌは、「とにかく一刻も早く我が屋敷へ!」と要請してきて、俺は取る者もとりあえず、屋敷に赴いた。
まあ、ごっそり支度金だけはもらったので、特に文句はないが……なぜ娘の護衛程度の役目でそんなに急ぐのか、謎である。
そして着任当日……俺はヴァリエ家の執事から、豪華過ぎる応接間に通され、椅子にふんぞり返っていると、問題の娘がようやく現れた。
当初、母親の背中に隠れるようにして、顔だけ覗かせ、じいっと俺を見つめていた。
「よくぞお越しくださいましたわ!」
ジスレーヌが笑顔でいい、当然俺も「ああ、どうも」と立ち上がる。
それでもその子は、恥ずかしそうに隠れたままだった。
「ほら、あなたが大好きなおじさんよっ」
と母親に言われ、ようやくおずおずと姿を見せてくれた。
……ていうか、俺はおじさんじゃないぞっ。見た目だけは若いのだ。
「は……はじめまして。ローズ・ド・ヴァリエと申します」
もじもじと挨拶した。
……ていうか、この子、エラい美形だな。
まあ所詮は十歳の子供なのだが、染み一つない雪肌に、大きな碧眼が愛らしい。金糸の如く輝く、母親譲りの金髪が腰まで伸びている。
レース飾り付きの薄い水色のドレス着用だが、スカートの両端を摘まんでお辞儀する姿は、まさに王女のような気品があった。
なぜか赤い顔で俺をちらちら見ているが……それより俺は一人で衝撃を受けていた。
(……なんだ?)
今、ほんの一瞬だが、彼女と目を合わせた時、俺の全身に鳥肌が立ちそうになった。明らかに俺の本能が「敵だあっ」と喚き、戦闘状態に入るように促したのだ。
もちろん、昨日今日生まれたのではないので、表だっては顔色も変えなかったつもりだが。
「よろしく、ローズ。俺が、アラン・ベルナールだよ」
「は……い」
母親の手を握ったまま、ローズが感動したようにコクコク頷いた。
なぜか最初から友好的な波動を放っていて、クソガキ特有の気むずかしさとわがままを警戒していた俺は、肩すかしを食らった気分だった。
俺のファンというのは、どうも本当らしい。
「ほらね、この子は本当に貴方が大好きなのですよ」
母親が気楽に述べた途端、ローズは真っ赤になった。
「お、お母様っ」
「最初に言っておいた方がいいでしょう。アラン殿の英雄伝説を記録したご本も、全部読んでいるのだし、きっとご本人も喜びますよ」
娘の身も世もない恥じらいを見て、ジスレーヌは微笑する。
……ていうか、あんな本を読んでる子がいたのか。別に嬉しくないぞ、内容は大嘘多いし。
「今後は何事もアラン殿に相談し、頼るのですよ。ねっ?」
「はいっ」
いきなりとんでもないことを言うジスレーヌに、俺は立ったまま苦笑した。また、本人も嬉しそうにコクコク頷くしな。
まだ屋敷に来たばかりの元傭兵に、過大な期待かけすぎだろ?
……しかし、彼女の言葉の真の意味を、俺は翌日には早くも悟ることになる。