魔王を使役する、引退希望戦士
ここは一つ、ガツンと断りを入れねばな。
そう考えた俺は、早速切り出した。
「あー、先に申し上げておきますが、俺が求めているのはパトロンであって、剣術の指南くらいなら渋々しますけど、基本、傭兵稼業はやめましたよ? 飽きたし」
「いえ、もちろん存じ上げております。その、正直申し上げてアラン殿を援助したい理由は、うちの娘のためなのです」
「娘さん?」
彼女は上品に頷いた。
「もう十歳なので、手はかかりませんわ……それに、あの子は貴方のファンなのです」
「はあ」
胡乱な返事になるのもやむなしである。
だいたい俺は、女と上手くいった試しがない。子供も苦手だし、懐かれる自信は皆無だ。
しかし、ジスレーヌはもはや決まりのようにさっさと話を続けた。
「うちの娘の護衛兼遊び相手として、どうかお願いします。月に、金貨二十枚でいかがでしょうか? 娘のそばにいてくださるだけで、いいのですけど」
「うへっ」
……もはや引退した元傭兵としては破格に過ぎる金額だった。ここじゃ、金貨一枚で二ヶ月くらい食えるからな。それが二十枚って!
「なぜまたそんな、大金を? パトロンの相場から考えても、明らかに破格ですが」
「先程申し上げたように、娘がファンですし……それに、貴方はわたくしが捜し出せた中では、最強の戦士でもあります。大事な娘をお任せするには、そのくらいは当然ですわ」
――お金など問題ではありませんから!
きっぱりとジスレーヌは言い切った。
「むう」
この後、俺は幾度となく「この話は怪しい」と感じることになるが、その最初が今だった。
娘がファンとかいう話は置いても、同じ料金で、凄腕の傭兵を十名以上は専属で雇える。なのになんで、ロートルの俺だ?
そりゃまあ、実際には俺が一人いる方が、よほど安心だとは思うが。
しかし……今の俺は、世間から見れば、かつての覇気溢れる英雄アランじゃない。もう戦いに疲れた、「とてつもなく働きたくない元傭兵」に過ぎない。
だから、多少の怪しい点には目を瞑ろうと思った――が。
俺の乗り気を察知したように、ジスレーヌはふとこう言った。
「ところで……お話は全て信じていますが――」
やや挑戦的な目で俺を見つめた。
「もしよろしければ、少し腕を見せて頂きませんか? わたくしの好奇心もありますが」
「ああ、なるほど。俺の素性を知ると、皆さん、そのようなことを望みます」
俺はしたり顔で頷き、ニヤッと笑った。
今後、うるさく同じことを言われないためにも、ここは一つ、とびきりを見せるか。といっても、俺が動くわけじゃないが。
「そのまま動かずに、どうぞ。すぐですから」
俺は居住まいを正し、ジスレーヌに告げ、厳かにコマンドワードを唱えた。
「闇を統べる者にして、全ての魔族を従える者、汝アレクシアよ! 汝の主、アランが命じる。……疾く姿を見せよ!」
「まさか、その名はっ」
さすがにジスレーヌが、息を呑んだ。
「そう、召喚術ですよ」
俺は片目を瞑り、微妙に質問をかわした。どのみち、もう遅い。
まあ、コマンドワードは名前を呼ぶだけでもアリなんだが、この際、少し長めにした。
こういう時こそ、もったい付けないとな。
いずれにせよ、俺が呼んだ途端、部屋に巨大な真紅の魔法陣が生じ、光を放つ。
そこから、迫り上がるようにして、黒髪で黒衣の美女が姿を表した。
……ただし、瞳は赤い……血の色のように。
『なによっ、気持ちよく寝てたのに!』
不機嫌そうに声を上げ、ふとジスレーヌに目をやる。
『この女を殺せと?』
「いやいやっ。ちょっと俺の実力を知りたいそうなんで、手っ取り早く元魔王に来てもらったわけだ」
『私は今だって魔王よ! じゃなくて、言っておきますけどねえっ――』
何か文句を言いかけたが、俺は片手を振って魔法陣ごと退場願った。
その上で、石像のように固まっているジスレーヌに向かい、慇懃に低頭した。
「かつての魔王すら使役するこの俺の実力、さらに見たいですか?」
びびってパトロンの話がポシャらないか心配したが、それは無用だった。
意外にも、ジスレーヌは喜色満面で拍手したのだ。嘘のように、熱心に。
「貴方に決めました、アラン・ベルナール殿っ。貴方こそ、娘に必要な方ですわっ」
……正直、俺は素直に喜ぶより先に、またしても嫌な予感がしたのだが。
しかしこの時は、憧れの引退生活を望む気持ちのあまり、その予感を無視しちまった。
まあ、問題の女の子に会ってから、正式に決めればいいさ。
(EP1、終わり)
というわけで、問題の女の子と出会うのは次ですね。
今は序盤エピソード終わりです。