働きたくないので、パトロンを
斡旋所内の掲示板前に立つと、いろいろな募集がある。
ちょっと読み上げただけでも、その募集の幅は広い。
○絵画の才能に長けた者
月に金貨五枚。才能によって増減あり。
○吟遊詩人で名のある者
月に金貨三枚。週に一度、雇い主の前で吟じること。
○童話を書ける者
月に金貨四枚。完成した作品は、全て雇い主が先に読む条件付き。
○彫刻家
月に金貨五枚……ただし、才能によって増減あり。雇い主の依頼を最優先するのが条件。
ざっと見ると、主立ったところでは、芸術関係多いけどな。
見ればわかるが、仕事の求人はほぼ皆無だ。この斡旋所の趣旨ではないので。
ここは、「パトロンを求める者と、援助する者を探す物好き……もとい、金持ち」という、二種類の人間しか来ない場所である。
そしていい加減ロートルな俺の目的は、もちろん前者だ。
正直、もう傭兵とかご免です……あまりいいことなかったし。できれば、余生は楽に過ごしたい。
食べて行くために、仕事から逃げることはできないが、できれば援助をお願いしたい。だからこその、パトロンだ。パトロンがいても、何か頼まれることはあるだろうが、可能なら本当に護衛程度で。
貴族とか地方領主は、腕っ節を抱えるのが一つのステータスらしいから、俺とかどうだ? ただし、本当に戦わない、飾り程度の役割でな。
ずばり本音を言えば、今の俺はマジで「とてつもなく働きたくない」のだ。
労働はご免被る。もう飽きた。
百年以上傭兵やってれば、誰でもそう思うようになるさ。
さて、前置きは終わりだ。
実は今日は、この斡旋所に来て十日目になるんだが、ついに所長が「あんたにぴったりのパトロン希望者がいるぜ、アラン」と紹介してくれた。
気が早いことに、特に王都の休日でもないのに、昼間からもう来ていた。
金髪を結った、どう見ても貴婦人にしか見えない人で、俺はかなり期待した。
「アラン・ベルナール殿でしょうか?」
赤い絨毯が敷き詰められた、貴人専用の待合室にいた彼女は、優雅な物腰で席を立った。金髪碧眼、それに紫のドレスを纏った、上品な人だった。
これは、金持ちそうだ。大いに期待!
「そうです、そうです」
元々が、「とてつもなく働きたくない」気分でパトロン探しを始めた俺である。
楽な余生を過ごすために、ここは最高に愛想のよい笑みを浮かべてみせた。
「俺がアランですよ」
「……ドラゴンスレイヤーでもあり、魔王殺しでもある、あのアラン殿?」
ひたと見据える碧眼に、俺はそっと頷く。
実は内心で驚いている。その辺は経歴として隠していたのだが……いろいろとめんどくさいから。どこで調べたのやら。
「確かにそれは俺のことです……随分と昔のことですが。よろしければ、隅の方で話しませんか?」
人が集まる前にそう勧めたが、馴染みの所長が、「個室を使えよ、みずくせー」と言ってくれた。
勧めに従い、俺は「パトロンになってくれるかもしれない人」を先導し、斡旋所の個室へ向かう。小さな部屋へ入ると、まず座る前に「彼女」が自己紹介してくれた。
「名乗り遅れましたわ。わたくし、ジスレーヌ・ド・ヴァリエと申します」
「これはこれは……確か、地方領主の奥方様ですね?」
「元、がつきますが」
彼女は高そうな扇子で口元を隠し、艶然と微笑んだ。
「うちの人は、去年亡くなりまして」
「それは……お悔やみを」
俺は痛ましそうな顔をつくり、低頭する。
先に相手に席を勧めてから、自分もテーブルについた。ちなみにここは「パトロンを望む者と、適当な人材を求める者」が互いに探り合いをする部屋であり、暖炉まである。
もっとも、今は夏間近なので、関係ないが。
所長が一礼して立ち去るのを待ち、彼女は美しい碧眼でしげしげと俺を見た。
「アラン殿が勇名を馳せたのは、もう五十年以上前だと思いますが……その、お若く見えますね?」
「魔王アレクシアを倒した時、あの厄介な敵を負かした途端、引き替えに呪いをかけられましてね。俺はあいつのタフさと生命力を、そのまま受け継いでいるんですよ。奴に言わせれば、『貴様も、予の気持ちを知るがよい』ってことらしい」
くそっ、アレクシアに災いあれ! お陰で未だに外見は、二十代半ばのままだっ。
今は情が移っちまったが、そうじゃなきゃ、またぶっ殺してやったのに。まあ、あいつの意志がどうあれ、もはやこの呪いは解けないんだけどな。
「――まあっ」
桜の散った模様の扇子で口元を隠し、ジスレーヌは驚嘆の声を上げた。
瞳が輝いているのを見れば、少なくとも話を疑ってないのは確かだろう……この人、相当に調べてから来てるな。
「心強いですわ!」
期待てんこもりで言われ、俺はふと嫌な予感がした。
今の俺は、働きたくないからパトロン求めてんだが、わかってんのかね、この人。
とにかく働きたくないっ。
もういい加減、戦いの日々から逃げて、余生を静かに過ごしたいんだっ。
そこが一番大事なんだが、そこが!
ずーーっと前、アヴァロン喫茶の前に書いてたんですが、その後アヴァロンを書き始めて、放置してました。
でも、死蔵してても寂しいので、掲載しておきます……お試し版として。
もしも「連載になったら、読んでもやってもいいよ?」という方は、ブックマークなどお願いします。
いけそうなら、普通に【お試し版】が外れて、連載になっているかと。
(駄目そうなら更新止まっているかと)
よろしくお願いします。