初めてあなたの隣に座ったのは、舞う桜に人々がかまうことができない平日の朝
「好き」じゃないからここにいるの。
「好き」じゃないから、あなたがブレーキを踏むまで、隣に座ってるよ。
あなたは5年間、私よりずっと長く生きて。
あなたは2秒間、私よりいつも長く微笑み。
あなたには一人、私より長くその助手席に座ったことがある女の子がいた。
初めてあなたの隣に座った日は、舞う桜に人々がかまうことができない平日の朝。
私の先輩の友達であるあなたは、偶然見かけた急ぐ私の前でそのドアを開けた。
助手席に舞い落ちる花びらと同時に、私もあなたの好意に吸い込まれた。
お互いの通勤の道が重なっていると分かったあなたは、急ぐ私を見つけると、よく声をかけてくれた。
そのドアが開くたびに、私の心の中に桜色に似た層が重なっていく。
春と夏の空気が不思議な気温をつくりはじめた頃に、あなたの方が私より2秒間長く微笑んでいることに気づいた。
それは、私が微笑むのを途中でやめてしまうから。
自分が微笑むことより、微笑むあなたを見てしまうことに意識が奪われてしまうから。
そう、私は……。
銀色の雨が私達を包むカーテンのように降り続く日々。
そのカーテンに守られるかのように、普段話されることのなかった秘密を聞いた。
あなたの好きだった人。
過去にここに座っていた人。
信号待ちで停まる車に、雨が線を描く。
車窓に続くその線、まるであなたのその方への想いも静かに続いているかのように。
空の広さは変わらないのに、青空としての存在感が強い日々。
まぶしくて青くて強い日差しに負けてしまう、
このまま、
あなたを好きでいると。
涼しげな車内で、私は胸の内の熱さに苦しみ、一つの決心をした。
「好き」ではない。
そう、私は……。
舞うイチョウの葉に人々はかまうことができない。
座ろうとした助手席にイチョウの葉が舞い落ちる。
「……今日から、電車で行くね」
あなたは微かに驚いた後に、ほんの少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「いつまでもおじさんの相手なんかしてらんないもんな」
「そんなのじゃないけど」
「好きな人でもできたのかな」
その瞬間、ドアから少し離れた私の足元でイチョウの葉が音をたてる。
何かにヒビが入った、そんな音を。
「好きな人は、いないよ」
今年初めて舞う雪に人々は少し空を見上げる。
私はあなたを懐かしむ。
ずっと隣で季節を感じてきたのに、雪だけは一緒に見ることができなかったな。
でも「好き」じゃなかったよ。
「好き」じゃないから。
だから。
せめて。
雪だけでも一緒に。
本当は、もう少し一緒に。
静かに降り続く雪に、私の想いも続いていた。